第362話 ねずみ算
ヒローと会話をしながら、エントランスまで移動する。私はヒローの少し後ろを歩くようにしている。そして屋敷の出入り口の前で、彼は歩みを止めた。
ヒローは少しの間考える素振をした後、私に向かって静かに告げた。
「やはり、設置するのであれば、ここが良いですね」
ヒローが選んだ設置場所は、出入り口の扉の真上だ。この屋敷に入った時ではなく、屋敷から出る際に必ず目にする位置になるな。
屋敷の玄関口を開けた際にすぐに目に入るような場所があれば、迷わずそこに絵画を設置しようとしたのだろうが、生憎とセンドー邸のエントランスは広い。それ故に、壁に絵画を設置しようとするとどうしても扉から遠くなってしまうのだ。
設置場所も決まったことだし、早速絵画を設置したいところだが、例の絵画のキャンバスにはまだ額縁がない。設置する前に額縁を取り付けた方が良いだろうな。
どうせこの絵画は家に持って帰るのだから、額縁に使用する素材は"楽園"の素材で問題無いだろう。まぁ、それでも"楽園浅部"の素材に留めておくが。
額縁の意匠も凝ったものにする必要もないだろうな。ヒローも、いつの間にかこの場所に来ていたヒローの家族達も早く絵画を見てみたいようだし、シンプルなものを手早く製作してしまおう。
「おや、それは?」
「額縁をまだ作っていなかったからね。絵画の披露するのは、もう少しだけ待ってもらうよ」
「御自分で額縁を?いやはや、聞きしに勝る多才ぶりですな。羨ましい限りです」
世辞、というわけでもないようだな。ヒローは偽りの感情なく私を羨んでいる。
額縁一つ作るのも、良いものを作ろうとしたら、人間の場合は職人が必要になってくるのだろうな。
何でもかんでも自分一人でできてしまうというのは、人間達からしたら異常なことなのだろう。
「私がスーレーンの交易船団の立体模型を作ったのは知っているだろう?凝ったものを作るわけでもないし、アレが作れるのだから額縁を用意するぐらい、どうとでもなるさ」
無視するのもどうかと思ったのでヒローの言葉に返しながら木材を魔力刃で削り額縁を作っていく。
自分で言っておいて何だが、少し嫌味ったらしかっただろうか?
幸い、今の言葉で気分を害した者は誰もいないようだ。
……良し、額縁は形状はこんなもので良いだろう。
後は表面を魔術で保護してやれば、そう簡単に朽ちることも無い筈だ。
城壁で描いた絵画を『収納』から取り出して絵画に額縁を取り付けたら、早速指定した場所に絵画を設置しよう。魔力で位置を固定しておけばいいだろう。
「おお…これが…」
「まぁ…」
「「「………」」」
絵画を設置するや否や、この場にいた私以外の全員が息を呑んで絵画を見つめることとなった。城壁の時もそうだったが、思った以上に私の描いた絵は彼等から高評価をもらえているようだ。
10分ほど沈黙したまま絵画を眺めていただろうか。誰に語るでもなく、ヒローが絵画の感想を呟きだした。
「街の者達がここまで直談判しに来るのも当然だな…。これは、この絵画は是非ともチヒロードに欲しい。間違いなく街の宝になる…」
それほどか。
これも世辞ではないようだな。そもそも、私に向けて放った言葉ではないようだし、他の鑑賞している者達は未だに声を出せずに眺めたままだ。
まぁ、私も上手く描けたとは思っている。このまま気のすむまでのんびりと鑑賞するのも良いだろう。そもそも、そのために描いたとも言えるからな。
尻尾を椅子代わりにして、私も鑑賞するとしよう。
おっと、いかんな。子供達が辛そうだ。
なにせ絵画の位置は扉の真上。ある程度身長のある大人はともかく、子供は大きく首を上に向けなければ絵画を鑑賞できないのだ。
ヒロー達に抱きかかえるように伝えるのも、少し無粋か。彼等も絵画に心奪われているようだからな。
ここは、私が何とかして見せよう。
とは言え、あまり大袈裟なことはしない。子供達の足元に『石壁』を発動させて、踏み台のようなものを用意するだけだ。
いきなり魔術を使用したら驚かれるだろうから、先に一言断ってから発動するとしよう。
…うんうん。とても嬉しそうだな。
それにしても、喜んだ後すぐに3人ともすぐに私に礼を告げてきたのには驚きだったな。本当に礼儀正しい子供達だ。優しく頭を撫でておこう。
子供達が私に対して礼を告げた時の声でこの子達の両親であるヒローとナナリーも気付いたようだな。若干申し訳なさそうにしているのは、子供達に気遣ってやれなかった故の罪悪感からか。
「おお、ありがとうございます。本来ならば、私達が率先して気付かねばならなかった事だというのに…」
「ごめんなさい、貴方達…」
2人とも子供達に平謝りしているが、当の子供達は全くと言っていいほど気にした様子がない。それよりも絵画の鑑賞に集中したいようだ。
「本当に素敵な絵ですね…。おかげさまで、素敵な思いでを鮮明に思い出すことができましたわ」
「ん…!あー…子供達よ。そろそろ、風呂に入る時間じゃないかね?」
ナナリーが絵画の感想を述べ出した途端、ヒローが気まずそうにしだした。唐突に子供達をこの場から外させたいという思いが強くなりだしたのだ。
多分だが、ナナリーの言う素敵な思い出とやらが、ヒローにとってはあまり他人には知られたくない羞恥の記憶なのだろう。
それを知ってか知らずか、子供達は風呂に入るように促されていたく不満気だ。ここは子供達を味方してあげるとしよう。
「素敵な思い出とやらを聞かせてもらっていいかな?」
「ええ、勿論です」
「ナ、ナナリー!?」
私がナナリーに話を促せば、ヒローはそれを遮ることができないだろうからな。子供達への風呂への催促はうやむやにさせてもらおう。
ナナリーの語る素敵な思い出というのは、つまるところ、ヒローの彼女へ対するプロポーズの話だった。あの城壁の景色を見せて、[この景色を守るために生涯自分を支えて欲しい]的なことを述べたらしい。
息子はともかく娘達は色恋沙汰に興味があるようで、非常に興味深そうに耳を傾けていた。
それから30分。満足のいくまで絵画を鑑賞した後、私とヒローは彼の執務室へと移動していた。私にこの街のための絵画を制作してもらうための依頼をどうするか話し合うためである。
「依頼、発注する?」
「そうしたいのは山々なのですが…やはり問題は報酬をどうするか、ですね…」
「それについては、私に考えがあるのだけど」
「なんと!聞かせていただけますか!?」
当然、こういった反応になるよな。なにせ、依頼を受ける立場の私が報酬を指定する形になるのだ。先程までの悩みが瞬く間に解消されるのである。
「ヒロー。領民から、チヒロードの住民から資金を集めるんだ」
「チヒロードの住民から、ですか?」
「街の者達が望むというのなら、街の者達に払わせるといい。一人一人が出す金額は、個人の裁量に任せよう。募金というヤツだ。彼等が出し合った金額を貴方が受け取り、それと同額を貴方が加えた金額を報酬金額として受け取ろう。」
「まさしく、センドー領からの依頼、と言うことになるのですね…」
そういうことだ。だが、もう少し条件を付け加えた方が良いだろうな。ないとは思いたいが、あまり資金が集まらずとも依頼を受けなければならないという状況は、個人的には避けたい。
「ただし、条件を付けよう。募金をする際に署名も集めるんだ。そして街の住民の過半数から募金を得られなかった場合、私は依頼を受けない。それでどうかな?」
「断る理由がありませんよ。直談判に来た者達も納得するでしょうし、今後街の住民達が強く団結力することになるでしょう。是非とも、その条件で依頼を発注させてください」
決まりだな。私としても、絵を描くのは嫌いではないのだ。多くの善良な者達から強く願われたら、答えたくなってしまうものなのだ。
何となくだが、きっとその思いに応えて描く絵画は、私の思いだけでなく私に願った者達の思いまで込められる気がする。
………ふと思ったのだが、こういった行為を続けていたら、神とあまり変わらないのでは?
いやいや、今回は大勢の者達からの願いに応えるだけだから、個人の願いをかなえるわけではないのだから、多分、神としての振る舞いでは無い筈だ。
…いやダメだろ。その考えの延長にあるのが、きっと人間達にとって都合の良い神になるんじゃないだろうか?
少々いい気になり過ぎただろうか?
最近は私に対する周囲の反応にも慣れ、私自身が開き直ったことで自重せずに行動しすぎていたような気がする。
…いや、気がするじゃない!思いっきり自重せずに行動してる!このままではいつかは本当に神として崇められてしまいそうな気がする!それは避けたい!
崇められないようにするためにも、人間達に対して、もう少し横暴に振る舞うべきだろうか?
いや、ないな。自分で考えておいてなんだが、これはない。多分罪悪感が凄いことになるだろうし、その反動で今まで以上に何かやらかしてしまいそうな気がしてならない。
…現状、他者から神のように崇められてしまったら、その都度神ではないと否定する他ないか。
仕方がない。多少煩わしくはあるが、私が行って来た行動の結果だと思って諦めてその都度否定し続けよう。
まぁ、私の杞憂かもしれないしな。もしかしたら神と崇められることがないかもしれないし。うん!考え過ぎないようにしておこう!
日付が変わり、私がヒローの子供達とチヒロードに向かうと、早速依頼を発注するための募金を募る声が耳に入ってきた。
あの話を決めたのは、街の城門が閉じてしまう午後8時以降だった筈なのだが、いつの間に情報が伝わったのやら。
"ダイバーシティ"達とも合流して、その辺りの話を聞いてみたところ、センドー家に仕える騎士に通達に向かわせたらしい。
領主に仕える騎士ならば信用があるのだろう。
騎士といえど閉じられた城門をくぐることはできないが、街の責任者を呼び出して領主の言葉を伝えることはできるそうなのだ。
そうして昨日の内に依頼の内容が知れ渡ったというわけだ。今日の新聞に目を通せば、絵画の写真もしっかりと写っている。
やはり、写真越しではあまり込められた思いは伝わってこないようだな。
だが、僅かではあるが感じ取ることができる。
人間にも伝わるかどうかは分からないが、この写真の絵画に興味を惹かれるかどうかが、依頼を受けるか受けないかの分かれ目になりそうだ。
そんなことを考えていたら、ティシアから私の考えを否定されてしまった。彼女曰く、必ず依頼を受注することになると言うのだ。
「今のうちにどんな絵画を描くのか考えておいた方が良いですよ?多分、2日もしたら集まると思いますから」
「募金を募っているは、あの場所にいる人達だけみたいだけど?」
声を張り上げて募金を募る者達を指差し、そんなにすぐには集まらないんじゃないかと彼女の意見に反論するも、その意見もあっけなく否定された。
「これからすぐに増えてくに決まってるじゃないですか。見て下さいよ。早速あの人達の所に人が集まってきてますよ?」
言われるままに募金を募っている者達に意識を集中してみれば、確かにティシアの言う通り募金について詳細を訊ねているようだ。
彼等は自分の募金と署名を終えると、署名用紙を受け取り、募金を募っていた者達から離れた場所へと駆け出して行った。
離れた場所で募金活動を行うつもりなのだ。
なるほど、こうして募金と署名の回収速度が増えていくのだな。
って、また来たぞ!?しかも募金と署名を終えたら、また同じように署名用紙を受け取って離れた場所に駆け出して行ったじゃないか!
ティシアがこれからすぐに増えると言っていたのは、こういうことか!
しかも、離れた場所でも同じようなことが起きていると考えると、途轍もない速度で署名と募金が集まることになるんじゃないのか!?
「お気づきになりました?こういうの、ねずみ算って言うらしいですよ?」
なんてこった!これでは2日どころか、下手をしたら今日中に募金も署名も集まってしまうんじゃないか!?何という行動力だ!
「そりゃあ、ノア様がこの街のために絵画を描いてくれるなんて知ったら、誰だってこうなりますって」
「これも私の影響力というヤツか…」
「ですね」
……私は、自分の影響力がどれほどのものか最近になって分かってきたつもりでいたのだが、とんだ自惚れだったようだな。
思っている以上に私は人間達から慕われているようだ。
色々と反省すべき点はあるだろうが、今は慕われていることを喜んでおこう!
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