第187話 採掘都市・ゴルゴラド

 とても暖かく、心地良い感覚。優しい温もりが、安らぎを与えてくれるのを感じる。この感じは一体、何なのだろうか?

 どうでもいいか。今分かっている事は、私がとても快適だという事だ。出来る事なら、ずっとこうしていたいと思えるほどに。


 この感覚は、そう。家でみんなと一緒になって寝ている時の、あの感覚に近いものがあるな。

 それにも関わらず、意識はまどろまず、それでいて自分が眠っているという事が理解できている。


 私にとって最高の状態だ。この至福の状態が、何時までも続いて欲しい。




 突如爆音が鳴り響き、私の意思が強制的に覚醒させられる。


 折角心地良く眠っていたというのに、一体何事だっ!?


 そう思って周囲に意識を配ってみれば、すぐにその正体が分かった。

 オリヴィエのあの時計である。


 完全に抜かった!彼女は予め自分のベッドの近くに、あの時計を置いていたようなのだ。読書に夢中になっていてすっかり失念してしまっていた。


 至福の時間から一気に最悪の目覚めをさせられた気分である。とりあえず、未だ爆音を鳴らし続けているあの時計の音を止めよう。

 オリヴィエはまだまどろみの中にいるようだし、尻尾を伸ばして時計を手繰り寄せてしまっても問題無いだろう。


 さて、時計を手繰り寄せたのは良いのだが、コレは一体どうしたら止まるんだ?

 何やらとても複雑な構造をしていて、コレを止めるのは一筋縄ではいかないような気がする。


 壊してしまうわけにもいかないし、どうしたものやら・・・。


 「あぅぅ・・・うるさいですぅ・・・。」


 爆音が耳元に近づいたからなのか、オリヴィエが煩わしそうに時計まで腕を伸ばしてきた。

 有り難い。彼女は寝ぼけながらも時計を止める事が出来るようだし、このまま時計を手渡してしまおう。


 オリヴィエは寝ぼけながらも時計を受け取り、時計を操作して爆音を止めた。


 爆音を止めるための操作が思った以上に複雑だった。

 あんな操作をしなければ音が止まらないのなら、たとえどれだけ意識がまどろんでいたとしても、意識を覚醒せざるを得ないだろうな。


 良く考えられていると思うのと同時に、悪辣さを感じてしまう。

 何せピリカが作った魔術具なのだ。当然相当頑丈に作られている事だろう。そう易々と破壊する事など出来ない筈だ。

 爆音を止めたければ、手順に則って複雑な操作をせざるを得ないのだ。


 それにしても、オリヴィエは相当に寝起きが悪い娘だな。自分の近くまであの時計を近づけなければ反応しなかっただなんて。

 狐の因子を持った獣人ビースターなのだから、聴覚も非常に優れている筈なんだがなぁ・・・。不思議なものである。


 「あれ・・・何か、違和感が・・・?」


 目を覚ましたはいいが、オリヴィエは昨日私のブラッシングを受けてそのまま寝落ちしてしまっていたのだ。私と同じベッドで寝ていたとは思っていないだろう。


 「おはよう、リビア。を止めてくれてありがとう。」

 「んぇ・・・?ふぇあっ!??ノ、ノア様がどうして私のベッドにっ!?!?」

 「逆だよ逆。貴女が私のベッドで寝てたんだ。」


 かなり動揺してしまっているな。しかしそこまで動揺する事なのか?解せぬ。


 「すすスす済みません!ね、寝苦しくなかったですかっ!?」

 「とんでもない。むしろ暖かくてとても心地良かったよ。今後も一緒に寝たいぐらいだった。」

 「ノ、ノア様・・・。あのですね、そういった発言は、例え同性相手でもするものではないですよ・・・?」


 私の本心を語ったら、オリヴィエは呆れた様子で私を窘めた。

 むぅ。何故、人間というのは添い寝をしたがらないのだ。あんなにも心地良く眠れるというのに。やはり解せぬ。


 私が不満げな気配を隠さずにいると、オリヴィエから添い寝、そして同衾について朝食の時間まで懇々と説教されてしまった。


 オリヴィエ曰く、同じベッドで寝るという行為は人間にとっては生殖行為同然の行為であり、伴侶となるべき人物以外とはするべきでは無いとの事。

 大げさすぎる気もするのだが、オリヴィエは王族である。その点はかなり厳しく教えられたのもしれないな。


 残念だが、オリヴィエと添い寝をするのは今後諦めた方が良さそうだ。



 説教が終わり、朝食を取れば、この町を発つ事になる。

 ちなみに、今日発刊された新聞は説教を受けている最中に『幻実影ファンタマイマス』を用いて購入済みだ。

 幻の姿は私ではなく、変装したオリヴィエの姿で向かわせた。その方が違和感がないからな。


 私達がこれから向かうのは、最も大規模な金脈があるゴルゴラドと呼ばれる都市だ。可能ならば金脈に足を運び、魔物の存在を感知しておきたい。

 その後どうするかは魔物の状態によるとしか言えないが、ただ単純に魔物を斃すつもりは無い。


 ルグナツァリオに魔物の話を聞いた際、件の魔物を倒す必要が無いかもしれないと思ったからだ。

 というか、排除する意向を伝えたら難色を示されてしまったのだ。


 ルグナツァリオはあらゆる生物の命を対等の価値観で見ている。個体に対して贔屓はするが、種族による贔屓はしないのだ。


 そんなルグナツァリオが、多くの人間の命が失われる事になった原因を。放置しておく筈が無い。

 にも関わらず彼が魔物を滅ぼさなかったのには、必ず理由があるわけで、私はその理由を知る必要がある。


 まぁ、私も件の魔物については本でしか知らず、その本の内容も人間視点での話となる。

 だから、件の魔物の事情も知っておく必要があると判断したのだ。


 ルグナツァリオから事情を聞いても良いが、それは最後にしようと思う。

 彼が説明をしなかったのは、私が何でもかんでも教えてもらう事を良しとする性格では無いと知っているからだし、きっと私ならば自分が説明しなくとも真相を知る事が出来ると思ったからだろう。


 まずは件の魔物に意思があるのか、そして魔物と意思疎通が出来るかどうかを確認しよう。

 そして、もし意思疎通が可能ならば、何故毒を振りまくのかを問いただそう。

 そこで魔物の言い分と私の解釈に食い違いが生じたのなら、その時こそルグナツァリオに真相を訊ねる事にしよう。




 そんなわけで現在はゴルゴラドだ。今回は部屋を確保したら街を見て回らずに金脈を見に行く事にした。

 ちなみに、部屋は勿論スイートルームだ。多分、この旅行中はスイートルームかそれに準ずる部屋にしか泊まらないと思う。


 金脈に訪れて坑道の見学を希望したら、まぁ、盛大に歓迎されてしまった。

 金の採掘に従事する者達が軒並み男性だっためか、歓声で熱気が凄まじい事になっていた。

 とは言え、流石に採掘現場に近づく事は許可できないらしく、入り口付近を見学した程度だったが。


 意外だったのはオリヴィエの反応だ。彼女は汗と油や土の汚れにまみれた男性に囲まれた状況でも、彼等に対して特に不快な表情をする事なく、むしろ彼等に対して深い感謝の感情と敬意まで表していた。


 「彼等の臭いとか、嫌じゃないの?」

 「何とも思わないと言えば嘘になりますが、彼等が汗にまみれ、油や土に汚れているのは、彼等が一生懸命に働いている証です。それに対して不快感を示すのは失礼にあたると思います。そして、彼等が懸命に働いて金を採取してくれているからこそ、ファングダムがここまで潤ったのは、紛れもない事実です。その事に感謝をして敬わない筈がありません。」


 彼女の言葉に偽りはない。本心からそう言っているのだ。とても素晴らしい心構えだと思うし、好感も持てるのだが、それ故にここでその発言をするのはちょっと拙かった気がする。


 「・・・うっ・・・ううぅっ・・・ここに勤めて30年・・・。今まで女の子からそんな事言われたの初めてだ・・・っ!」

 「こ、こんなに可愛くて綺麗な娘に、こんな事を言ってもらえるなんて・・・。それだけで俺はもう!・・・もう・・・っ!」

 「この仕事、やっててよかったぁーーっ!!」

 「せ・・・聖女や・・・聖女様やでぇ・・・。」

 「見た目も中身も綺麗とか、そんなのもう好きになるしかないじゃん・・・あ、もう好きになってたわ・・・。」

 「『姫君』様と聖女様かぁ・・・。最強の組み合わせじゃね?」

 「お、お嬢さんっ!是非、貴女の名前を教えてくれっ!!」


 今のオリヴィエは化粧をして印象を薄くしているからと言っても、門番が一目で見惚れるぐらいには器量が良いのだ。

 女性に関わる事が少ない彼等が、器量の整った少女に心から先程の言葉を伝えられたら、こうなる事は必須、というわけだな。


 彼等は皆、すっかりと私のファングダム案内人、"リビア"のファンになってしまったようだ。


 「ノ、ノア様・・・ど、どうしましょう・・・。」

 「悪く思われているわけじゃないんだから、普通に対応してあげればいいんじゃないかな?何かあっても私がいるから、問題は起こさせないさ。」 

 「で、では・・・その、ノア様のファングダム旅行の御案内をさせていただいています、"リビア"と申します。」


 私に促されて、今も感激して泣き出してしまっている男性達に、オリヴィエは自分の"今の名"を名乗り、丁寧に礼をする。


 「「「「「うぉおおおおおっ!!リビアちゃあああああんっ!!」」」」」

 「ぴゃうっ!?」

 「「「「「ああありがとおおおおっ!!!」」」」」

 「は、はぃいいい・・・。」

 「気持ちは分からないでもないけど、あまり脅かさないようにね?」


 男性達全員が精一杯の歓声で"リビア"に感謝の気持ちを伝えると、あまりの声量に彼女は驚かずにはいられなかったようだ。


 何せ坑道全体が彼等の歓声で震えてしまっているのだ。聴力に優れたリビアには、さぞ衝撃を受けた事だろう。

 ちょっとした騒ぎになってしまったが、金脈の見学は無事に済んだと言える。


 ついでなので、ここ最近の金の採掘量も教えてもらった。

 やはり採掘量が減少している事は彼等も承知しており、それ故に将来に不安を抱く者も僅かではあるがいるらしい。


 このまま新たな財源を見つける事なく金の採掘量が減り続ければ、その不安も増大する一方だ。思った以上に財源の問題も深刻になってきているようだ。

 こうなってしまっては、なりふり構ってはいられないかもしれないな。せめて魔物の問題ぐらいは早急に片付けてしまおう。


 坑道に『幻実影』の幻を顔無しの性別不明状態かつ透明状態にして潜り込ませてもらった。

 彼等には悪いと思うが、此方も真剣だ。採掘の邪魔をしたり危害を加えるつもりは無いので、勘弁してもらいたい。



 金脈の調査は幻に任せるとして、私達は街の散策だ。金脈の最大手という事もあり、金を用いた装飾品を数多く取り扱っていると思ったのだが、そう言うわけでは無いらしい。


 何でも採掘された金は一度、ファングダムの王都・レオスに集積され、そこで金の分配を決めるらしい。


 流石に貴金属でしかも国の一番の財源だからか、その管理は国が行うようだ。

 先程の金脈にも国から送られてきた役人がいたらしい。全員ほぼ同じ筋骨隆々な体系で同じような服装をしていたので、まるで分からなかった。


 オリヴィエ曰く、現場で働く者の気持ちが分からない者に、管理者となって上に立つ資格は無いとの事。役人も一緒になって彼等と同じ仕事をしているのだとか。

 それに加えて役人は採掘された金の集計、管理も行っているのだから、頭の下がる思いである。


 では、ゴルゴラドには何があるのかと言うと、金脈で働く者達の、あの筋骨隆々な体を作るボリューム満点の肉料理の数々だ。

 昼食時ともなれば、至る所から香辛料と様々な肉の香りが漂ってくる。


 私からすれば食欲をそそる堪らない香りなのだが、油分も多いためか、オリヴィエには少しキツそうだった。昼食は野菜も提供してくれる店に行く事にした。


 勿論、肉料理だけがゴルゴラドの名物と言うわけでは無い。採掘をするための道具を大量に用意する関係上、優秀な鍛冶師が非常に多く、それ故に武器や防具の質も他の街に比べて良質だ。

 また、優秀な鍛冶師が多いからか、装備の装飾を施す彫金師も多いようだ。


 冒険者も高ランクになってくると装備の装飾に拘る者が現れ始め、装備に装飾の依頼を出すのだそうだ。そうして独自の装飾を施す事で自分を宣伝するらしい。

 そんなわけで彫金師による彫刻や装飾品も品質が良い。ファングダムで質の良い装備や装飾品のためだけにゴルゴラドに態々訪れる者もいるほどだ。


 とても興味深いが、今日は他の場所を見て回る予定なので、また日を改めて職人区域を見て回るとしよう。


 今日午後に見て回るのは、坑道には入れないが故にどのように金が採掘されているのかを事細かに説明する施設、金脈館と名付けられた観光施設である。


 施設内では、ゴルゴラドの歴史に加え、どのような道具が使用されているか、そしてその道具の発展過程まで紹介されていた。

 しかも金の採掘を疑似体験出来るコーナーもあったのだ。


 流石に本物の金を使用するわけでは無いが、使用されている採掘道具それ自体は本物だ。金脈で働く者達への理解も深まるというものだ。

 が、この疑似体験コーナー、実を言うとあまり人気が無いらしい。


 それと言うのも、坑道での採掘は一般の人間からすればこの上なく重労働なのだ。好き好んで大変な思いをしたくない、と言うのが大半の者の意見らしい。

 そういった事情から、施設の職員に貴重な体験が出来た事に感謝を述べたら、いたく感激され、逆に深く感謝されてしまった。


 なお、私がこうして金脈の採掘を疑似体験している間も幻で採掘現場を見て回っている。彼等の作業を認識しながら私も採掘作業を行っていたので、妙に一体感を感じる事が出来た。まったくもって貴重な体験である。


 ちなみにオリヴィエは採掘作業を一緒に体験してくれなかった。彼女曰く、過去に疑似体験を行ったら、とても疲れてしまったうえに、次の日腕が上がらなくなってしまったのだとか。


 先に言ってくれれば、例え疲れて腕が上がらなくなったとしても、私が治療したのだが、まぁ過ぎた事だ。気にしない事にした。



 金脈館の観光が終わったら、宿で夕食だ。この宿もゴルゴラドの他の食事事情に漏れずボリューム満点の肉料理がメインである。

 私からすればどれも総じて美味かったのだが、その中でもカラーゲと言う料理が得に気に入った。


 味を染み込ませた一口サイズの鳥肉に、衣をまとわせて油で揚げた料理なのだが、一口サイズであるがゆえに非常に食べやすく、そして噛んだ時の小気味良く砕ける衣の食感と溢れ出る肉汁が絶妙に合わさり、非常に味わい深かったのだ。


 ただ、人間にとってはカラーゲの温度は焼飯と同じくすぐに口に入れられる温度ではないらしく、一口でカラアゲを食べている私を見て、オリヴィエが少し心配そうにしていた。


 後、彼女にとってはカラーゲのサイズは大きいようで、数回に分けて食べていた。

 熱そうにしながらもとても美味そうに食べている表情が実に可愛らしかった。


 そしてこのカラーゲ、酸味のある果汁を滴らせる事で味が変わるらしいのだ。

 早速、付随していた輪切りにされた果肉で試してみたところ、果汁の酸味がアクセントになるうえ、酸味で口の中に残る脂っこさがサッパリするのだ。


 果汁をかけたカラーゲとかけないカラーゲを交互に食べる事で、飽きる事なくどちらのカラーゲも存分に楽しむ事が出来た。



 食事が終わったら、今日は図書館へは行かずに魔物の調査だ。

 これまで複製して目を通してきた本を基に、金脈の全体位置を確認する。

 御伽話の通り、地下の魔物を金で包む事で封印したというのなら、金脈の全体像を調べる事で魔物の大きさが分かるだろうと思ったからだ。



 幻での調査と資料を照らし合わせた結果、私の予測する魔物の正体はあまりにも巨大な大蛇だと判断した。

 形状からミミズの様な環形動物の可能性も考えられたが、そこは『広域探知』によって魔物の形状を把握できたので大蛇で間違い無いと思う。


 まぁ、大蛇かミミズかは比較的どうでもいい。問題はその巨大さだ。


 金脈の位置は、ファングダムの国境内側を沿うようにして国全体を覆っている。しかもそれだけではなく、この街ゴルゴラドから王都・レオスの真下にまで伸びていたのだ。

 金脈の位置がそのまま魔物の大きさになるのであれば、魔物の大きさはまさしくファングダムを包み込み、なお余裕があるほどの巨体だったのだ。


 「リビア、王都の近くに金脈の坑道はある?」

 「ええ。既に閉鎖されてはいますが、レオスからそう遠くない場所に。」

 「今も入れそうかな?」

 「廃坑となっていますので、本来であれば入れません。ですが、ノア様のあの魔術でしたら・・・。」


 そうだな。『幻実影』に廃坑内部に入ってもらい、そこから私と『入れ替え』れば、問題無く廃坑内部に入る事が出来るだろう。


 「リビア、この街の観光が終わったら、レオスへ行こう。」

 「っ!それは、つまり・・・。」

 「王都レオスの真下。多分、そこに魔物の頭部がある。魔物に会いに行ってこようと思うよ。」


 少々強引だが、対策も一応考えた。新たな財源の案は未だ思いつかないが、魔物の問題だけでも近い内に片付けてしまおう。

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