第375話 謁見のついでに
兵士長の後に続きゆっくりと城内を進む。折角なので、この国の城の作りや設置された調度品を観察させてもらうとしよう。
まぁ、観察させてもらうと言っても首や視線を動かすわけではない。
『
どうせこの街にいる間、私はリナーシェの要望でこの城で寝泊まりすることになるだろうからな。視覚的な意味で楽しむのは、暇な時間を見つけてからで十分なのだ。
"ダイバーシティ"達はリナーシェにしょっちゅう城に呼び出しされていたようで、城の中に入ってからも緊張した様子はまるでない。
「ティシア、貴方達はフロドに謁見したことはあるの?」
「ええ、まぁ。リナーシェ様を城に送り届けた際に」
「あの時は謁見することになるとは思ってなかったから、みんなガチガチに緊張しちゃったよねー」
「今となっては、良い思い出だ。今では遊びに付き合わされたりもするからな」
「ソレお前だけじゃね?アタシはんなこと一度もねぇぞ?」
エンカフは城に呼び出された際に、フロドと遊ぶこともあるらしい。どのようなことをして遊んでいるのだろうか?私の知らない遊びの可能性もあるし、後で聞いてみよう。
時々国王と遊ぶような仲だと言うことは、初めての謁見でも特に問題は起きず、今でもニスマの王族とは良好な関係を築けていると考えて良いのだろう。
フロドと言うのは、言うまでもなくこの国の国王の名前だ。
フロド=ニスマ。フィリップの結婚相手にリナーシェをとレオナルドに打診した張本人である。彼は以前からリナーシェの勇猛ぶりを知っていたようだ。
国民からは可もなく不可もなしと言った評価を受けている。だが、それが決して悪いことというわけでもない。
この国はティゼム王国やファングダムと比べればやや劣るが、それでも世界的に見れば豊かで平和な国だと判断されている。そんな豊かで平和な現状を維持できているだけでも、よくやっていると答える声もあるのだ。
むしろ、何故そんな人物からフィリップのような人物が産まれてしまったのか疑問に思われることが多い。彼の妃もそれは同じだ。
勿論、内面がどうなっているかなど、心を読めなければ分かりようもない。だが、両者とも国民から禄でもないとは思われていないのだ。フィリップの禄でもなさは、両親から引き継がれたものではないと考えているのが国民の判断だな。
そんなフィリップではあるが、リナーシェと結婚してからは大分マシになったとも言われていたりする。いや、マシになったというよりも、大人しくなったというべきか。少なくとも、常にリナーシェが隣にいるのが原因なのか、他者に迷惑をかけるような行為を行うことはなくなったようだ。
今もリナーシェに腕を組まれた状態で、やや強引に引きずられるようにして移動している。
まぁ、引きずられているのは、私から距離を取ろうとしているからなのだが。
一体、フィリップは私の何にそこまで怯えているのだろうな?彼には私の正体がバレていたりするのだろうか?
特に魔法を使用している様子もないし、何かしらの魔術具や古代遺物を隠し持っているわけでもない。本当に謎である。
フィリップを引きずるリナーシェは特に気にした様子はない様子だ。実ににこやかな表情である。
彼女は本当にフィリップのことが好きなのだろう。まぁ、その理由は顔が好みだから、という聞く者が効けばドン引きしてしまうかもしれない理由なのだが。
リナーシェは、どれだけ相手の性格が悪くても自分ならばその性格を矯正できると本気で信じているようだ。例えフィリップが禄でも無い人間だとしても、彼女にとってはさほど問題ではないのだろう。実際のところ、何とかなっているようだしな。
現状、リナーシェはこの国で最も強い人間だ。それこそ、この国の宝騎士をあっさりと下してしまうほどに。
加えて、彼女は極めて好戦的で苛烈な人物である。下手に刺激して暴れられたら困るというのが、周囲の人間の判断なのかもしれないな。
要するに、私に対する扱いと同じである。どうしようもないほどの物理的な暴力を個人で所有し、更には十分すぎるほどの権力を持った地位まである。逆らいようがないのである。
勿論、リナーシェとて人間だ。緻密に計画を立てて彼女を貶めようとすれば可能ではあるのだろう。計画が察知されなければ。
リナーシェは勘の鋭い女性だ。何かよからぬことを企てたとしても、すぐに感づいてしまう気がする。
周りの人間も同じ考えの様で、リナーシェに対して何かよからぬことを企む気は今のところないようだ。
ゆっくりと兵士長の後ろを歩き続けること10分。ようやく謁見の間に到着したようだ。正面には玉座に腰かける中年男性の姿が見える。勿論、この国の国王、フロド=ニスマだ。
兵士長が歩みを止めると、彼の後について来た私とリガロウ以外の全員が片膝をついて頭を下げた。
国王に対する態度としては当たり前の態度だ。まぁ、私は跪かないし頭も下げないが。
問題は、私とリガロウ以外の全員が跪いていることだ。そう。王族の筈のリナーシェとフィリップも私達と一緒になって跪いているのである。
兵士長が背後の状況を確認もせずに、私の姿がフロドに、フロドの姿が私に見えるように横に移動した。そしてそのままフロドに対して私達をこの場まで連れてきたと報告を始めるようだ。
この場にいるのは私達以外にも大臣や宰相らしき人物、護衛の近衛兵達を確認できるのだが、私の様子を見ても特に憤るような様子は見せていない。ティゼム王国での私のやり取りを知っているのだろうか?
兵士長がフロドに向けて張りのある声を上げて報告を始める。
「陛下!『黒龍の姫君』様と"二つ星"冒険者パーティ"ダイバーシティ"を案内してまいりました!」
「ついでだから私も来ました。フィリップも一緒です」
「あの、リナーシェ?どちらかと言うと、ワタシ達は、アッチ側でノアさんを迎える立場じゃないかなぁ…?」
間違いなくアッチ側で迎える立場だな。多分リナーシェは、ノリでここまで付いて来たのだと思う。そしてそのまま"ダイバーシティ"達に釣られてその場で片膝をついてしまったのだろう。腕を組んだままだったフィリップも、彼女と一緒に跪く形になってしまった。
「あっ!そうだったわ!フィリップ、アッチに行きましょ!」
「おぅっふ!」
フィリップに指摘され、ハッとした様子で立ち上がり、そのままフロドの方へとリナーシェは移動する。
跪いた状態であっても腕を組んでいたフィリップも、当然のように彼女の動きに合わせて移動させられる。やや強引に引っ張られた形になったので、小さく悲鳴を上げているな。アレでは子供に抱きかかえられた人形かぬいぐるみだ。
しかし、そんなやり取りを見ても周囲の誰もが何も言わないでいる。言えないわけでもないようだな。特に問題のない行為として扱っているようだ。
いかに王太子とその妻だからと言って国王の前でその態度は咎めなくて良いのかと、人間の常識を学んだ今は疑問に思いもするが、多分良いのだろうな。
もしかしたら、本来は良くないのかもしれない。だが、この場にいて国王フロドと謁見を行っているのは私なのだ。
国王に謁見をすると言う状況であるというのに跪くことも頭を下げることもしていないというのに、特に咎められていないこんな状況だからこそ、普通の謁見ではないと判断してリナーシェの行為も許されているのかもしれない。
リナーシェとフィリップが玉座から少し離れた場所まで移動してこちら側に振り向いたところで、フロドが口を開いた。
「この国の国王を務めている、フロド=ニスマだ。今後、よろしく頼む。遅まきながら、貴女に歓迎の言葉を送らせてもらおう。ニスマ王国にようこそ。この国は楽しんでくれているかな?」
「うん。旅の供も得られたし、美味い料理も沢山知れた。そしてこの国に来た目的も果たせた。それに、新しい娯楽も知れたからね。この国で得たことはとても多いよ。来てよかったと思ってる」
「それは良かった。ティゼム王国やファングダムには及ばないかもしれないが、貴女の部屋を城に用意している。どうだろう?」
どうだろう、というのはこの城で寝泊まりしたらどうか、と言うことだな。私は最初からそのつもりだったし、特に問題無い。
多分だが、私を城に宿泊させた、という事実が欲しいのだと思う。私の人間達への影響力を考えると、その可能性が高い。
だから街に到着するなりパレードを行って城に案内し、私が宿泊施設へと足を運ばないようにしたのだ。
「部屋を用意してくれているのなら、利用させてもらおう。リナーシェとも、積もる話があるからね」
「2人はとても親しい関係だと聞いている。貴女がこれまでの旅行で経験したことを、リナーシェにも伝えてあげて欲しい。それとなのだが…」
リナーシェと話をするのは歓迎だ。私が経験したことを存分に話すとしよう。彼女には手紙を送っていないからな。新聞で得られなかった情報もあることだろう。
尤も、リナーシェは会話をするのも歓迎するだろうが、それ以上に私やリガロウ、そして"ダイバーシティ"達と戦いたいのだろうが。
それはそれとして、フロドが何やら言いよどんでいるな。私に何か頼みがあるようにも見える。
今の私は冒険者だから、大抵のことならば報酬次第で請け負うが、彼が何を望んでいるのかが予想できない。彼は私に何を望むのだろうか?
答えは、私が所持しているテュフォーンだった。
私が王都の冒険者ギルドでテュフォーンの素材を卸すと知ったのも、初手で私を城に通した理由の一つになるのだろうな。
テュフォーンの素材は人間達からすれば極めて強力な武具の素材となる。直接売ってくれるのならば、是非とも買い取りたいのだろう。
勿論、冒険者ギルドに素材を卸したとしても王族が自軍の戦力増強のためにギルドから買い取ることもできる。ただしその場合は少々どころではなく割高の価格となるだろうからな。可能ならば、私から直接買い取りたかった、というのがフロドの考えだったのだ。
金に困っているわけでもないし、適正価格を支払ってくれるのなら、私に断る理由はない。手間が省けるからな。
まぁ、手間が省けたと言っても、一応この街の冒険者ギルドに依頼が来ていないか顔を出す予定ではあるが。
私の考えをフロドに伝えると、彼は早速取引を開始し始めた。よほど他の者の手にわたらせたくなかったのだろう。
提示された金額は金貨2000枚。全ての素材が揃っていれば3000枚出されてもおかしくなかったそうなのだが、"ダイバーシティ"達の修業に必要だったので使っていたからな。この金額というわけだ。
それでも金貨2000枚という金額は莫大な金である。遠慮なく取引に応じて金貨を受け取ろう。
…せっかく包丁で1000枚の金貨を消費したというのに、結局この国に訪れた時よりも所持金が増えてしまった。
私が大量に金貨を所持していたところで、人間達にはあまり意味は無いのだ。どんどん消費していかないとな。
それは分かっているのだが、如何せん一般常識として金貨とは1枚だけでも相当な大金である。簡単に使いきれるものではない。
アクレイン王国で行われたオークションのような、一度に大量の金貨を消費できる催しがあるのならば、是非とも教えて欲しいところだな。
なお、金貨を直接受け取る際、フロドから小声で[2人だけで話がしたい]と告げられた。
少しどころではなく深刻な声色だったため、厄介事なのかもしれない。今晩にでも話を聞かせてもらうとしよう。
テュフォーンの素材の取引が終わったところで謁見は終了となったようだ。再びフィリップと腕を組んだ状態で私の元に駆け寄ってきた。
フィリップは相変わらずやや強引に引きずられたている。彼の表情からは、諦めの感情が見て取れる。おそらく、彼にとっては日常的なことなのだろう。なにせ早朝だろうが深夜だろうが真昼間だろうと脱走をしてその都度リナーシェに捕らえられているそうだからな。いい加減、彼女から逃れるのも諦めたのかもしれない。
彼女が言っていた、性格はどうとでもなるというのは、こういうことなのかもしれないな。
さて、私達の元に駆け寄ってきたリナーシェが何をしたいのか。
考える間でもない、彼女の口から発せられる言葉は、この街に着く前から予想出来ていたことなのだ。
「堅苦しいのはここまでよ!ノア、早く私と戦いましょ!勿論、貴方達ともね!ノアに修業を付けてもらってどれだけ強くなったのか、私に教えてちょうだい!」
本当に、相変わらずの様子である。リナーシェはとても瞳を輝かせている。私達と戦いたくて仕方がなかったのだろう。
戦うのは構わない。そのためにこの街まで来たというのもあるからな。
だが、問題が無いわけではない。
私、リガロウ、そして"ダイバーシティ"。
いくらリナーシェとて、全員を相手取るつもりはないようだからな。
彼女が誰と最初に戦いたいのか?
それが問題だ。
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