第305話 ハチミツを食べよう!

 急いでいるようではあるが、ラフマンデーの速度は普段の彼女の速度と比べて非常に遅い。何かを抱えているのが原因のようだが…。


 アレは、ガラス瓶だろうか?『我地也ガジヤ』で作ったようだが、ラフマンデーの体よりもずっと大きいぞ?


 あの容器の中身は…あっ!ハチミツだ!結構多いぞ!?あの容器なら、2ℓは入ってるんじゃないか!?


 ラフマンデーは、既にハチミツを精製できていたのか!それを私に渡したくて、急いで巣に戻っていたのか!

 彼女が言っていた作業というのは、ガラスの容器を制作してハチミツを詰める作業だったのだろう。


 何と言うか、本当に忠誠心が高いと言うか熱狂的と言うか…。

 とにかく、彼女の働きにはちゃんと労わないとな。


 他の子達が大きなガラス瓶を抱えているラフマンデーの姿を確認すると、やはり最初に目に付いたのは、容器に入っている黄金の液体、即ちハチミツに目を奪われたようだ。

 つい先ほどオーカドリアの果実を食べて満足げな表情をしていたばかりだと言うのに、皆の口元には涎が溢れている。


 無理もない。皆既にハチミツの素晴らしさは知っているのだ。

 この広場で育てた花の蜜から作ったハチミツともなれば、どれほどの味になるのか、期待しない方がおかしいのだ。


 しかも、間違いなく美味いだけでは済まないだろうな。ほぼ確実に摂取した者の能力に上昇効果が発生すると思われる。

 故に、このハチミツを人間達に振る舞うつもりは無い。この辺りはオーカドリアの果実と同じ扱いになりそうだ。



 遂にラフマンデーが私の元まで到着した。

 ガラス瓶を地面に卸せばいいものを、彼女は私の目線のよりもやや低い位置に高度を合わせ、相変わらずガラス瓶を持ったまま空中に停滞している。


 〈主様!!お待たせいたしましたぁ!!このラフマンデー!身を粉にして働きこの聖域にて育てた花々から集めた蜜でございますぅううう!!!主様の御帰宅に合わせ、一番に献上するつもりの筈が、主様にお声がけしていただけたことの喜びのあまり、その事を忘却してしまった妾の愚かさを恥じる次第にございますぅ!!どうか、どうかお許しをぉおおおお!!!〉


 ああ、やはりこの子としては最初にハチミツを渡せなかったことはおろか、そのこと自体を忘れていたことに罪悪感を感じていたのか。


 やはり、私にとって笑って済ませられる問題だったな。内容だけ考えれば可愛らしいとすら思える。


 とは言え、ラフマンデーや他の子達からしたら、笑って済ませられるような話では無いのだろう。

 多分だが、結構前からハチミツは出来上がっていたと思うのだ。

 だが、皆の考えることだ。まず最初にハチミツを口にするのは私から、とでも思っていたのだろう。


 皆早く食べたそうにしているし、ゴドファンスやホーディが先程ラフマンデーに少々辛辣な態度だったのは、ハチミツをすぐに私に届けることを忘れていたからなのかもしれない。


 だとするなら、受け取る前にラフマンデーに礼を言ったり褒めたりすると、他の子達としてはあまり面白くないのかもしれないな。


 「いただこう。早速味見をさせてもらうよ?」

 〈御心のままにぃいいい!!!〉


 ガラス瓶を受け取り、『収納』から小さじを取り出して一掬い。

 ラフマンデーが献上してくれたハチミツは非常に透明感があり、ガラス容器越しでも反対側の景色が鮮明に見えるほどである。

 粘性はそれほど高くない。掬った傍から小さじに収まりきらなかったハチミツが瓶の元へと落ちていく。


 ハチミツが零れなくなったところでハチミツが付着している小さじを口に咥えれば、先程感じた全身を駆け巡る快感を、再び体験することとなった。


 美味い!

 味は当然濃厚で舌触りはとても滑らか。しかも口に含んだ瞬間、花畑の花の香りが口いっぱいに広がったのだ!

 香りも無作法に混ぜ合わせたような香りではない!七種類の花々達が、それぞれ補い合うような、調和のとれた香りだ!


 たった1ヶ月程度でこれだけの物を用意してくれるとは、ラフマンデーは本当によくやってくれた!これは褒めないわけにはいかないだろう!


 私の目線よりもやや低い位置で、頭を下げた姿勢のまま停滞しているラフマンデーの頭を、優しく撫でてあげよう。


 〈おおおおおっ!!?!?〉

 「とても美味しかったよ。ありがとう。そしてよくぞこれだけのハチミツを用意してくれたね。君のような者が私に仕えてくれることを、嬉しく思うよ」

 〈きょほ…っ!?ほ…ほぉおおおっ!?おぅううう…っ!〉


 一通り感謝を述べて褒めると、ラフマンデーは羽をはばばたかせる事も忘れてしまい、地面へと落下してしまった。

 怪我はないようだが、極度に興奮しているうえに痙攣してしまっている。


 「この子、大丈夫だと思う?」

 ―怪我とかじゃないから平気だよ~―


 もし問題がある様なら、今も私に絡みついているヨームズオームに治療を頼もうかとも思ったが、何も問題無いらしい。


 だが、この状態でオーカドリアの果実を渡すのは流石に問題がありそうだ。


 〈流石にそれはやめた方が良いでしょうね。私達も、アレを一口食べただけでどうにかなってしまいそうでしたから〉

 〈ねぇ、ノア様。この果実の事もオーカムヅミって呼ぶの?流石に味が違い過ぎると思うんだけど…〉


 皆も私と同じ判断のようだ。

 そして今のところこの大樹の名前がオーカドリアというのはたった今名付けた私以外には知り得ていない。

 いや、精霊は自分の名前を知ってはいるが、彼(彼女?)の声は、どうも他の子達には届いていないようなのだ。


 大樹の精霊もまた、この広場の住民なのだ。皆に紹介してあげないとな。


 「オーカムヅミとは別の名前にするよ。それというのも、この大樹には精霊が宿っていてね、明確な意思を持っているんだ」

 〈精霊とは、あの精霊ですな?〉

 「そう、物や植物に宿ったり実態を持たない精神生命体の、あの精霊だよ。私の魔力を糧にして生まれたみたいなんだ」


 皆驚いているようだな。視線をオーカドリアに向けている。精霊を視認しようとしているのだろうか?


 「実を言うと、もうこの大樹には名前を付けたんだ。精霊にも確認を取ったよ」

 〈ではおひいさま。この大樹の名をお教えいただけますか?〉

 「大樹の名前は、オーカドリア。精霊樹・オーカドリアだよ」

 〈精霊樹・オーカドリア…〉

 〈また仲間が増えたわね!素敵なことよ!〉〈果実がとっても美味しかったのよ!ありがとうなのよ!〉


 順応速いな。まぁ、害はないし極上の果実をもたらしてくれるのだから、歓迎するのも頷ける。


 さて、皆にはオーカドリアのことを説明できたが、今の会話内容をラフマンデーは聞き取れていただろうか?

 彼女に視線を映せば、未だに地面に背中を付けた状態で痙攣したままである。


 今声をかけて反応するだろうか?


 「ラフマンデー、私の声、聞こえる?」

 〈はひ……主様のお声…妾にも…伝わって…おります…〉

 「なら、オーカドリアの事も聞いてた?」

 〈尊き主様のお声…聞き逃す筈も御座いません…!それが恐れ多くも住まわせていただいている大樹様の話ともあれば…!〉


 意外なことに、ラフマンデーはオーカドリアに精霊が宿る前から、かなりの敬意を持っていたようだ。

 明確な意思があると分かった今、これまで以上に敬意を払いそうだな。

 彼女は今まで通りオーカドリアに作った巣に住まう事ができるのだろうか?


 どうやら、その点は問題なさそうだな。

 何とラフマンデーにはおぼろげながらオーカドリアの声が聞こえるらしい。


 〈伝わってくるのです…!尊き御方の気配が、妾に今まで通りの場所に住まい、御身を世話する許しを与えて下さった大樹様の意思が…!〉

 「オーカドリアは花も沢山咲かせるみたいだから、その花から作ったハチミツも期待させてもらうよ?」

 〈きょえええええええい!!!〉

 ―賑やかな子だね~―


 復活した、という事でいいのか?

 今までのように、広場上空を縦横無尽に飛び回りだしてしまった。

 あっ、そうだ。復活したのなら、オーカドリアの果実を渡しても問題ないだろう。好き放題飛び回っている所悪いが、もう一度私の元まで来てもらおう。


 しかしあの状態で、呼んだら来てくれるかなぁ…?

 まぁ、駄目元で読んでみるか。


 「ラフマンデー」

 〈はいただいまぁ!!!〉 


 呼ぶどころか名前を口にしただけで来るのか。

 皆は特に反応していない辺り、皆にとってラフマンデーのこの態度は当たり前のことなのだろう。

 とりあえず、オーカドリアの果実を渡してしまおう。


 「はい、コレ。さっきも言っていたけど、オーカドリアの果実だよ。落ち着いたら食べると良い」

 〈お…おおお………!〉


 果実を渡そうとはしたものの、ラフマンデーはその場で震えるだけでまるで動く気配がない。まさか、またなのか?


 いや、ちゃんと受け取ってくれるようだ。

 震えながら停滞する事3分間。動いたと思えば、ゆっくりと果実を受け取り、同じような速度で巣まで移動してしまった。

 どうであれ、オーカドリアの果実は受け取ってもらえただ。


 ならば、ここから先はラフマンデーが私に献上してくれたハチミツの話だ!

 未だオーカドリアに顔を向けて精霊樹を見上げている皆に声をかけると、慌てたように振り向いた。


 「皆、待たせたね。ラフマンデーのハチミツ、存分に味わおう」


 そう伝えれば、全員歓声を上げているかと錯覚するほど喜んでくれた。


 「結構な量があるからね。好きなものに付けて食べるとしよう。何かリクエストはあるかな?」

 〈パンよ!パンに付けて食べたいわ!〉〈焼菓子にもつけてみたいわ!〉

 〈姫様。直接つけて食べるのも良いですが、料理をする際に加えてみるのは如何でしょうか?〉

 〈我はなにも付けず、そのまま味わってみたいな〉

 〈お肉!お肉に付けてみたい!〉


 様々な意見が飛び交っている。そのどれか一つしか試さないなどというケチな真似はしない。全て試そうじゃないか。今後もハチミツは手に入るのだから。


 最初にラフマンデーのハチミツ単体の味を知って欲しかった私は、まずはホーディの望みを叶える事にした。


 分かり切っていた事だが、非常に好評だ。人間達のハチミツよりも美味かったと私も感じたからな。皆も同じ意見のようだ。


 〈何と甘美な…!あ奴をこの地に迎え入れた甲斐があるというものですな…!〉

 〈クセになっちゃうわ!美味しいわ!〉〈美味しいものがいっぱいで幸せよ!〉

 ―美味しい~―

 〈ぐぉおおおーーーっ!!!美味いぞぉーーーーーっ!!!〉


 ホーディに至っては珍しく叫んでしまうほどの衝撃だったようだ。

 そういえば、ホーディは人間達のハチミツでもここまでとは言わないが大きな反応をしていたな。

 彼にとっては一番の好物にもなっていた筈だ。


 今私が手にしているハチミツが入った瓶を、そのままホーディに渡せばとても喜んでくれるのは間違いないが、現状ハチミツはコレが全部だ。少しの間、我慢してもらうとしよう。



 ラフマンデーのハチミツを知ってもらったところで他の要望を叶えていくと、要望を叶えた食べ物の数々を食べ終えるころには、辺りは歓喜の渦に飲まれたかのような状況となっていた。


 無論、その歓喜には私の歓喜も含まれる。やはりラフマンデーのハチミツは、とてつもなく素晴らしいものだった!


 食べた際には明確に身体能力が向上しただけでなく、感覚の鋭敏化、集中力上昇、五感の強化に加えて、自己回復力や肉体強度すら上昇していた。

 生憎と私にはあまり変化を感じなかったのだが、確実に変化をもたらすと予想していた私は、ハチミツを食べた皆に『モスダンの魔法』を用いようと思っていたのだ。


 その結果が先程述べた効果である。

 私が見た限り、人間達が取り扱っている"楽園浅部"の素材を利用した料理や道具などよりも、遥かに効果が高い。流石と言うか何と言うか、である。


 〈主よ!オーカドリアは大量の花を咲かせるのだったな!?〉

 「うん。でもそれは、オーカムヅミも同じだろう?」


 多少は正気に戻ったホーディが私に質問をぶつけてきた。だが、私も皆に確認したい事があるので、ついでに聞いてみた。

 質問に質問を返しているみたいだが、一応ホーディの質問には短く答えているので、問題無いとは思いたい。


 〈咲かせるとも!それも"楽園最奥"の景色が変わってしまうほどにな!時期になったら"黒龍城"の玉座から"最奥"を見渡してみるとよい!ここだけの話、我もその時が楽しみだ!〉


 おお!それはいい案だ!

 ならばその時には、皆で風変わりした"最奥"の景色を楽しみながら皆で盛大に飲み食いしてみるとしよう!人間達の文化にあった、花見というヤツである!


 〈それよりもだ!主よ!彼奴にはオーカドリアの花からも蜜を集めさせると言うことで良いのだな!?〉

 「勿論。彼女もやる気十分のようだよ?」


 私の答えを聞いた途端、広場に咆哮が広がった。あまりの声量に、ウルミラが驚いてしまったほどである。それだけホーディにとっては嬉しい事だったのだろう。可愛いところもあるじゃないか。


 他の皆も、ラフマンデーがオーカドリアの花からも蜜を採取すると知ってとても喜んでいる。

 花畑の蜜でこれだけの味だったのだ。精霊樹の花から取れた蜜にも期待しているのだろう。当然、ラフマンデーに採取を頼んだ私も実に楽しみにしている。


 ハチミツは存分に楽しんだ。


 ならば、今度はアクレイン王国での日々を皆に話するとしよう。

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