第304話 精霊樹・オーカドリア
果実の色や形状は通常の物と変わらないな。艶があって桃色をしている。外果皮の厚みはどれぐらいだろうか?切断して確かめてみよう。
尻尾カバーを外して外果皮に
果実が切り裂かれると、切り口から更に濃厚な香りが辺りに広がり、皆の口から涎が零れ落ちていく。正直、私の口の中も涎でいっぱいだ。
ところで、比較のしようが無いから分かりようがないのだが、やはり肉体が進化した際に鰭剣も切れ味や強度が増しているのだろうか?
今まで鰭剣で切断できなかった物が私の角と歯、鱗しかないので検証しようがないのが現状だ。
鰭剣で切断できない物質…。神々なら用意できるのだろうか?
……いや、別に神々に直接鰭剣を振るうわけじゃないから、そんなに警戒しないでほしいんだが?というか、無理そうなのか?
『〈今の私達では難しいねぇ…。例え防げたとしても休眠が必要になりそうだ〉』
との事だ。一応、気を遣ってくれたようで他の皆に聞こえないように思念だけで答えてくれた。
普段からその気遣いを発揮して欲しいものだな。
まぁ、それはいい。果実も切り終えたので皆に配り、一緒に食べるとしよう。
と思ったのだが、ラフマンデーがまだ私達のところに来ていない。
あの子なら一目散で私の元に来そうなものなのだが、何かあったのだろうか?
そういえば、先程発狂してしまったかのような勢いで失態を侵したと叫んで 巣まで飛び上がって言ったな。
礼の失態とやらも気になる事だし、呼びつけて聞かせてもらおう。
「ラフマンデー、ちょっと来てもらっていい?」
「申し訳ありませんっ!!ただいま作業中につき、どうしても主様の呼びかけに答える事ができませんんん!!」
呼びかけを、拒否されただと…!?
先程のように一瞬で私の元まで駆けつけてきてくれると思っていた私には、あまりにも衝撃的な事実だった。
それほどまでにラフマンデーの失態は大きなものだったのだろうか?
皆も待っている事だし、多少断られた程度で諦めてなるものか!事情を説明して、ここまで来てもらう!
「大樹が私の要望を聞いてくれて、果実を一つ用意してくれたんだ。みんなで一緒に食べよう?君以外の子達は皆集まっているよ?」
〈おおぉ……!何と、なんとぉおおお!!ですが!妾は今、主様の元へ向かうわけにはいかないのですぅ!!この身の失態が恨めしいぃいいいい!!どうぞ、妾の事はお構いなくぅ!!!〉
なんてこった。ここまでラフマンデーの決意が固いだなんて。皆早く食べたそうにしているのだが、どうしたらいいのだろう?
〈あ奴の事は放っておけばよいのでは?何やらおひいさま以上に大事な用事があるようですしな〉
〈切り分けた果実は後で渡してやればいいだろう。奴も今は構うなと言っている事だしな。と言うかだ、主よ。我は早くコレを食べたいのだ〉
ゴドファンスとホーディからラフマンデーの対応を提案される。
確かにあの子自身が構うなと言っているから、彼等の言い分は正しいのかもだが、仲間外れにしているみたいであまり気が進まないのだが…。
ああ、駄目だ。他の子達も早く果実が食べたいとこちらを見ている!そんな視線を向けられたら食べないわけにはいかないじゃないか!
仕方がない。ラフマンデーには一言断って、先に食べさせてもらうとしよう。
「君の分の果実は取っておくから、用事が済んだら取りに来てね?」
〈あああああああああああっ!!!なんという、なんという慈悲深さ!!!妾、これまで以上の忠誠を主様に誓いますぅううううう!!!〉
本当に、あの子今何をしているんだろう?可能ならばすぐにでも私の元に向かいたいのだろうけど、彼女のやるべき事がそれを許さないと言った様子なのは分かった。
何かしらの作業をしているようだが、ここまで必死だと、『
私に関わる事のようだし、報告を楽しみにしておこう。
さて、それでは気持ちを切り替えて果実を食べようじゃないか!
「皆、待たせたね。それじゃあ、食べようか」
皆が各々[いただきます]の言葉を発すると、一心不乱に果実をむさぼり始めた。余程我慢していたのだろう。
食べる勢いからして、皆にとって今まで以上に美味いと言う事で良いようだ。
では、私もいただこう。
果肉を口の中に入れた瞬間、噛む前から甘味が私の口の中を支配する。その甘味に感動する間もなく果肉が舌に触れた途端、全身にしびれるような快感が駆け巡る事となった。
何て強烈な甘味なんだ!本来ならば確実にむせるような味の濃さだという筈なのに、その感覚がまるで無い!一体、どうなっているんだ!?これが精霊の力だとでもいうのか!?
皆もあまりの美味さに体を打ち震えさせている!酒精があるわけでもないのに泥酔しているかのような反応だ!
〈ほほ!何と甘美な事か…!よもや、おひいさまがもたらしてくれたあの味を、遥かに上回るとは…!〉
〈しかし、これが姫様の魔力によって生み出された果実だと言うのであれば、この果実こそ真の意味で姫様から
〈うん、私もラビックの意見に賛成。今まで食べてたのは、元から"楽園"にあった味だよね。だから、今食べてるこのオーカムヅミの果実がノア様の味なんだと思う〉
〈ご主人の味!〉
一番に食べ終えたウルミラが嬉しそうに私の体に密着しながら周囲を回り続ける。余程嬉しかったのだろう。非常に可愛いしモフモフがとても心地良い。抱きしめて撫でまわそう。
〈この果実、ただ美味いだけでは無いな。喰らった瞬間に膨大な量の魔力が体に浸透していく〉
〈食べると元気になるのよ!〉〈強くなった気がするわ!〉
うん。ホーディ達が言っている事は間違っていない。驚いた事に、果実を食べた皆の魔力量の最大値が、僅かにではあるが上昇しているのだ。
切り分けた果肉を食べてこれである。丸々一つ食べたらどうなってしまうのだろうか?そもそも、この果実、大量に実るものなのか?
ちょっと聞いてみよう。幹に触れて思念を送る。
とても美味しい果実をありがとう。この果実は、他の樹のように沢山実らせらる事ができるの?
うん 大丈夫だよ 毎日食べられるように 沢山実らせるね
とんでもない回答が送られてきた。他のオーカムヅミの果実と同じ感覚で実らせる事ができるらしい。
どう考えても気軽に世に出して良い物じゃなさそうだ。取扱いについて、ちょっと有識者に相談しよう。
相談したい相手に『
相手は勿論、この果実の名付け親達であるルイーゼとヴィルガレッドだ。
〈ルイーゼ、ヴィルガレッド、ちょっといいかな?〉
〈ノアじゃない。どうしたの?そろそろウチに来るの?〉〈ノアか、息災であるか?坊を余の元に連れてくる日の段取りか?〉
『通話』の反応は良好だし、驚いた様子も無いのは有り難いのだが、何か勘違いをさせてしまっているようだ。
〈〈………〉〉
〈どっちも落ち着いて。魔王国はこの大陸の人間達の国を一通り訪れた後にしたいし、ヴィルガレッドの所にもまだ行く予定はないんだ。〉
〈もったいぶるわね…。まぁ、真打は最後って相場が決まっているものね!我慢してあげる!〉
〈して、ノアよ。余の元に訪れる段取りでなければ何用なのだ?〉
〈ちょっと相談したい事ができてしまってね〉
どちらを先に訪れるかでもめそうになってしまったが、私が次に向かう場所は既に決めているし、まだしばらく旅行に向かう予定はないのだ。早々に話を切り替えさせてもらった。
私が相談事があると告げれば、どちらもすぐに私の相談事に意識を向けてくれた。
〈ルイーゼもヴィルガレッドも、私の住まいの事をどんなふうに認識してる?〉
〈なにやら途轍もないことになっておるな。そなたと同じ七色の魔力が発生した時は何が起きたのかまるで理解できなんだぞ?〉
〈ヤバイことになってるのは間違いないわね。"楽園深部"のそのまた奥で、やたらデカい城が建ったと思ったら、今度は七色の魔力を放つデッカイ大樹よ?世界中の権力者達が大騒ぎしてるわ。〉
そんなことになっていたのか。新聞を読んでいた限りではそんな事は報じられていなかったし、リアスエクやレオナルドも特にそういった気配を見せていなかったから、気付かなかったな。
〈アンタがそれだけ上手く人間のフリができてたってことよ。ファングダムもアクレイン王国も、アンタと"楽園"を結びつけることができなかったのよ〉
〈わざわざ教える必要もない、ということか…〉
〈そうね。アンタの実力を見込んで調査して欲しい、何て口が裂けても言えないだろうし〉
〈言われても私は拒否するね〉
確かに、そういった依頼が発注されてもおかしくは無かったのだが、不思議とそういった依頼はなかったな。
やはり私の不興を買う事を恐れたのだろうか?
まぁ、今はそんな事はどうでもいい。相談したい事はそんな事では無いのだ。
〈大樹の事まで把握してくれてるのは、話が早くて助かるよ〉
〈どうせアレもアンタが何かやったんでしょ?なんなの?アレ〉
〈余が思うに、あの魔力の波長はオーカムヅミではないのか?なぜあれが七色の魔力を放っているのかまでは分からぬがな〉
〈ええっ!?オーカムヅミぃ!?〉
おお、ヴィルガレッドが正解を引き当てた。彼には果実を一つ渡しただけだと言うのに、それだけでオーカムヅミの魔力の波長を正確に理解してしまっていたようだ。
〈ヴィルガレッド、正解。アレ、オーカムヅミの種子に私の魔力をなじませて植えてみたんだ。その結果がアレだよ〉
〈何てことしてんのよアンタは…〉
〈魔力をなじませた種子を植えるとはな…。そなた、なかなか面白い事を企てるではないか。して、結果はどうなったのだ?果実は実ったのか?〉
ルイーゼも食物に魔力を込めると魔物化する事を知っているのだろう。私の行為にドン引きしている。
対して、ヴィルガレッドは単純に面白がっているようだ。相談事の確信に迫ってきた。
〈結果としては、魔物化したと言えばそういえるのかな?精霊が産まれたよ。しかも、ついさっき大樹を通して私の魔力を与えたら、急に流暢に思念を伝えてくるようになった〉
〈はぁっ!?精霊!?〉
〈クァーッカッカッカッ!実に愉快ではないか!そうであれば、ある程度果実も自由に得られるようになるのではないか!?〉
〈うん。早速一つ用意してもらったよ。直径は20㎝ぐらい。だけど味は物凄く良かった〉
精霊が産まれた事に驚いているルイーゼは置いておくとして、ヴィルガレッドの質問に答えて果実の感想を述べていく。
〈それで話は最初に戻るんだけど、相談したいって言うのはその果実の事なんだ〉
〈七色の魔力を放つ大樹が実らせる果実って事は、当然果実も七色の魔力を内包してるのよね?〉
〈ううむ、実に興味深い。是非一度口にしてみたいものであるな。それで、何を相談したいのだ?〉
〈うん。実際に後で食べてもらうとしてね、アレを一切れ食べたら、ウチの子達の魔力の最大値が僅かに上昇したんだ〉
〈なんだとぉおおお!!?〉〈えええええええっ!?!?〉
やはり食べただけで魔力量が上昇すると言うのは、普通に考えたらありえない事なのだろう。ルイーゼもヴィルガレッドもとても驚いている。
〈驚いているところ悪いのだけど、問題はまだあるんだ。聞いてみたら、その果実、通常のオーカムヅミと同じ感覚で実らせる事ができるそうなんだ。つまり、食べれば魔力量が増加するようなものが大量に実ることになるんだ〉
〈〈………〉〉
ああ、やはり絶句してしまったか。そうだよな。私だって流石にこれは問題だと思ったのだ。だから相談させてもらっているのだ。
〈コレ、世に出さない方が良いよね?少なくとも、人間に振る舞ったら拙いよね?〉
〈当たり前でしょうが!!普通のオーカムヅミだって丸々一つ食べたら十中八九死ぬのよ!?人間にとっては劇物も良いところなんだからね!?〉
〈余や坊、ルイーゼならば何の問題も無いだろうが、余の下にいる若い者共にはくれてやれぬな。下手をしたら理性を失い狂いかねん〉
ドラゴンでも若い個体だとだめなのか。
大樹のオーカムヅミ、思った以上にとんでもない劇物だったようだな。
…一応、確認しておこうか。
〈流石に、おすそ分け感覚で渡すのは拙いよね…〉
〈当然である。そなたの住まいに招待した者や余の元に集まった時、その場に問題無く自力で立てる者以外に振る舞うべきではあるまいよ〉
〈それだけヤバイと流石に扱いに困るわね。おすそ分けしてくれるっていうなら、普通のオーカムヅミの方が嬉しいわ〉
まぁ、そうなるよな。仕方がない。大量に余らせる事にはなるが、しばらく大樹のオーカムヅミは私や家の皆の『収納』空間に仕舞っておこう。
〈相談に乗ってくれてありがとう。おかげで方針が決まったよ〉
〈構わん構わん。そなたには恩もあるでな〉
〈私達を頼って相談してくれたのは、素直に凄く嬉しいわ。また相談したい事があったら連絡してくれて良いからね?〉
ありがたい返答をもらったところで『通話』を解除する。
相談して良かった。近い内にルイーゼを連れてヨームズオームと共にヴィルガレッドに会いに行くのもいいかもしれないな。
相談に乗ってくれたお礼も兼ねて、大樹のオーカムヅミの果実も振る舞いたい。
しかし、大樹のオーカムヅミの果実では呼称にやや難があるな。何か良い呼び名を考えるか…。
うん、決めた。精霊の宿る樹なのだから、この大樹は精霊樹で良いだろう。精霊樹の果実と呼称すれば、伝わりやすいと思う。
よし、それなら折角だから、精霊樹に宿った精霊にも名前を付けよう。彼(彼女か?)もこの広場に住まう一員なのだから。
幹にふれて思念を送る。
君の事を、これからオーカドリアと呼ぶけれど、良いかな?
うん 良いよ 名前 ありがとう
ならば、この大樹は今から精霊樹・オーカドリアだ。皆にも伝えよう。
おや?ラフマンデーが作業を終えたようだ。
さて、何か抱えているようだが、ラフマンデーは何をしていたのかな?
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