第303話 大樹に宿った精霊
最初の旅行から帰ってきた際に植えたオーカムヅミの種子。ファングダムへ向かう時はまだ私の膝ほどの高さだった。
ルイーゼとヨームズオームを連れて一度この場に帰って来た時も、家の高さと同じぐらいだった筈だ。
ファングダムから正式に帰宅した時も、そこまで高さは変わっていなかった。他のオーカムヅミの樹の方が背が高かったのを覚えている。
それが今や100mを超える大樹だ。一体このオーカムヅミに何があったと言うのだろうか?
ぼんやりとオーカムヅミを見上げていると、ヨームズオームに声を掛けられた。
―ノア~、オーカムヅミが気になる~?―
「うん。ファングダムから帰って来た時はまだこんなに大きくなかった筈だからね。正直、凄く驚いてるよ」
なにせ噴射飛行で帰ってきている途中からその巨大さは確認できていたのだ。
今はまだ私の城よりも背が低いが、その内追い越しそうな成長速度である。
先程ラフマンデーが目覚めてから私の元に来た時、上空から来たと錯覚したのは、彼女の巣がこのオーカムヅミの大樹の上層部に作られていたからだ。
そして何と言っても、私がオーカムヅミの大樹に驚いているのは、宿している魔力についてだ。
七色の魔力を宿しているのである。
確かに私は種子に、と言うか果実に自分の魔力をじっくりとなじませてから植えたのを覚えている。
だが、だからと言って七色の魔力を発するようになるなどとは想定していなかったのだ。
成長の糧になってくれればそれで良い。その程度の考えだったのだが…。
どう考えてもここまでこの樹が大きくなったのは、私が七色の魔力を浸透させたのが原因だろうな。
まぁ、ある意味では都合がいいのかもしれない。
この大樹が発している魔力量や密度は結構な量であり、ヨームズオームの半分近くにまで迫るほどなのだ。今後成長を続ければ、ヨームズオーム以上の魔力を持つ事になりそうだ。
さて、ここまで樹木が大きくなっているこの大樹だが、残念ながらまだ果実は実っていなかったりする。
帰宅中にその巨大な姿を見た時は、さぞ大量の果実を実らせているのではないかと期待していたため、本当に残念である。
この大樹は、後どれぐらいで実を付けるのだろうか?
私がアクレイン王国へ行っている間、この大樹の世話もしてくれていただろうし、ラフマンデーなら分かるんじゃないだろうか?ちょっと聞いてみよう。
一声呼べば、やはり彼女はすぐさま私の元まで駆けつけてきてくれた。
〈いかがなさいましたか主様!?それにしても主様から何度もお声がけしていただけるとはこのラフマンデー!恐悦至極に御座いますぅううう!!!〉
「そう?私としては何度も呼びつけて悪いと思っているのだけど、それはひとまず置いておこう。ラフマンデー、このオーカムヅミの大樹はまだ一つも果実を実らせていないのだけど、どれぐらいで実を付けると思う?」
短時間で何度も呼びつけたりしたら辟易としてしまうかと思ったのだが、ラフマンデーは辟易とするどころか非常に喜んでいる。
特に不快にも思っていないようなので大樹の果実について意見を求めたら、またしても態度が豹変してしまった。
地面に降りて頭を下げだしたのである。
〈申し訳ございません!申し訳ございません!!こちらの大樹が果実を実らせる時期が妾には分からないのですぅううう!!!〉
「そっか。教えてくれてありがとう」
地面に降りて頭を下げたのは謝罪のためだった。私の質問に答えられない事を陳謝している。
確かに答えを知っているかもしれないと期待はしたが、別に分からなくても怒るつもりも無ければ攻めるつもりもない。
むしろ、分からない事を分からないとハッキリと伝えてくれた事を嬉しく思う。
その事をラフマンデーに伝えたら、彼女は感極まった様子で私を称えだした。
〈おおおお…!主様のお望みに応える事の出来なかったこんな妾に対し、なんという慈悲深さ…!あああ…っ!これこそが幸福っ!妾、尊さで胸が埋め尽くされますぅうううっ!!!〉
「…この子って、私がいない間もこんな感じなの?」
流石に気になってヨームズオームに訊ねてみると、私がいない時はまだマシな方なのだとか。
ただし、私に関わる話になると、やはり今みたいな状態になるらしい。
本当に、人間でいうところの巫覡みたいな子だ。他の皆は呆れたりはしないのだろうか?
―んー?むしろみんなは褒めてるよー?―
「褒めてる?」
どういう事だ?意味が分からない。四六時中こんな感じで騒いでいたら、流石に煩わしいと思わないのか?
―それだけノアのことを大切に想ってるってことだからねー。みんなこの子のこと偉いって言ってるよー―
あー…。そういう事か。程度は違えど、この広場にいる子達は皆、ヨームズオームを除いて私に対してラフマンデーとそう変わらない感情を持っているのか。
敬愛だとか、忠誠だとか、そういった類の感情が皆からは感じ取れる。ラフマンデーはその感情が一際強いのだ。
その思いの強さは皆も認めるところ、という事なのだろう。
〈あああああああああああっ!!!失態!!失態ぃいいいいいっ!!!〉
皆のラフマンデーへの態度に納得したところで、ラフマンデーは悲鳴のような叫びをあげながら急上昇して自分の巣へと戻って行った。
彼女にとって何かとてつもない失敗をしてしまった事に気が付いたのだろう。
それが何かは分からないが、多分、私にとって笑って済ませられる話だと思う。
さて、巣へと飛び去ってしまったラフマンデーの事は放っておくとして、オーカムヅミの大樹に意識を戻そう。
それにしても本当に大きいな。幹の太さは通常のオーカムヅミの5倍はある。これだけ大きな樹木となると、根も地中深くまで張り巡らせていそうだな。
ふと、この大樹の状態が知りたくなって軽く触れてみると、驚愕すべき事態が発生した。
私の魔力が大樹に吸い取られたのである。驚いて思わず手を放してしまった。
私の魔力量からすれば微々たるものではあるが、果実の外果皮のみが所有していた魔力を吸収する力を、大樹そのものが行使した形になる。
まさか、実を付けないのは栄養が足りていないからなのだろうか?
ならばと思い再び幹に触れて好きなだけ魔力を吸わせてやることにする。
魔力の心配をする必要はない。
私は食べたものを即座に魔力に変換できるからな。いざという時は『収納』空間に大量に仕舞われているトゥルァーケンの足でも食べていればいいだろう。
おいしい
………大樹から声が聞こえてきたんだが?
ありえるのか?そんな事が。
いや、植物の魔物がいるのだから、意志を持った植物が存在しても何もおかしくは無いのか。
もっとほしい くれる?
まぁ、欲しいと言うのなら構わない。
どうやら動物で言うところの空腹状態に近い状態だったみたいだし、遠慮せずにもっていくと良い。
その代わりと言っては何だけど、美味しい果実を実らせてくれると嬉しいな。
わかった あまいのがいいの?
そうだね。甘いのが良いな。それと、少しだけ酸味が欲しい。
って待て待て。普通に思念だけで意思疎通できてしまってるぞ?一体、どうなっているんだ?
すこしすっぱいの まかせて
それはそうと、味の要望には色々と応えてくれるらしい。そんな事まで出来てしまうのか。
普通に会話をしてしまっているが、私の幻聴というわけでは無いよな?
ああ、そうだ。こういう時こそ『モスダンの魔法』の出番じゃないか。
この大樹がどういった存在なのか、少し調べさせてもらおう。
………驚いた。大樹に、明確な意思が宿ってる。
これは、人間達で言うところの精霊という存在だろうか?
精霊。
魔力自体が意思を持った、所謂精神生命体の総称だ。実態を持たないものが殆どだったりするわけだが、中には石や金属と言った無機物や、植物に宿るような者達も精霊と呼ばれている。
無機物や植物に宿る事ができるのは、おそらく意思の有無が関係していると本に記載されていた。
地域によっては五大神とは別に信仰の対象になったりする存在だ。
その正体は、定義で言うなれば魔物の一種だったりする。
尤も、精霊という存在を神聖視する者は多く、魔物の一種だと言うと強く反発する人間が殆どだが。
なぜ無機物や植物に宿る者を精霊と呼ぶのか。
それは、単純に本来は意思を持たない、もしくは非常に希薄であるためだ。
未だに私の魔力を吸い続けているこのオーカムヅミの大樹は、私が種子に込めた七色の魔力を糧に意思を持つようになったんじゃないかと思っている。
というか、それぐらいしか意思を持った理由が思い浮かべない。
ん?待てよ?
そうなると、ラフマンデーに渡した私の魔力を浸透させた植物の種は、このままだと意思を持って魔物化すると言う事か?
まいったな…。魔物化しないでほしいと意思を込めたわけだが、果たしてどうなるのだろうか?
ラフマンデーの仕事は思った以上に早く、私が大樹の事を聞く頃には既に渡した種子を植え終わっているのだ。
やらかしてしまっただろうか…?植えてしまった以上、最早回収する気は無い。
文字通り自分で蒔いた種だ。どのような結果になろうとも、潔く責任を取ろう。
おや?魔力が吸われなくなったな。もう十分なのだろうか?
美味しかったよ ありがとう
満足してくれたらしい。少しだけ言葉が流暢になった気がする。
もう魔力を吸わせる必要も無いようなので、幹から手を放そうかと思ったのだが、大樹の方はまだ私に用があるらしい。
ここの花、一つずつもらっていい?
いいよ。なんだったら、一つと言わず好きなだけ持って行っても構わないよ?
流石に、全部持って行ってしまうのは遠慮してもらいたいが。
大丈夫 欲しいのは あくまでも花弁の情報だから
凄いな。もう言葉遣いが流暢になっている。これもやはり、満足いくまで魔力を得た事が原因だったりするのだろうか?
うん おかげでこうして気軽にお話しできる 本当にありがとう
魔力を得ただけでこれほどまで変化があるのか。これはやはり、私の魔力の影響が強いのだろうな。
それはそうと、欲しかったのは花弁の情報、か…。この大樹に花を咲かせる、という事でいいのだろうか?
うん 花は元々咲くけど
周りにある花達に合わせて
同じ色の花を咲かせたいの
一つの樹木に様々な色の花が咲く事になるのか。それはさぞ、賑やかな光景になるのだろうな。
そういえば、元々オーカムヅミは花を咲かせると言っていたな。どんな形状をしているのだろう?
今から咲かせようか?
植物が明確な意思を持つと、そんな事までできしまうのか。大したものである。
すぐにでも花を咲かせることができるらしいが、遠慮しておこう。どうせ、いずれは見る事ができるのだ。
それに、その時はきっと、"楽園最奥"にあるオーカムヅミが一斉に花を咲かせるのだと思う。
想像するだけでも分かる。絶対に絶景だぞ?
だったら、その時まで楽しみは取っておいた方が良いと思うのだ。
折角初めて見る花なのだ。より良い景色で見たいと言うのが私の意見だ。
人間達の言葉に、[花より団子]という言葉がある。ある程度自在に花を咲かせたり果実を実らせられるのなら、是非とも果実を実らせてもらいたいな。
いいよ ちょっと待ってて
なんと。言ってみるものだな。まさか本当に果実を実らせてくれるとは。
どんな果実が実るのだろう?
大きさは?形は?色は?味は?気になる点が多すぎるな。
この大樹が実らせる果実について思いを巡らせていると、私の頭上から直径20cmほどの球体が落下して来た。
もう果実が実り、しかも態々私の元に落としてくれたらしい。
―ふぉ~…。おっきいねぇ~―
まったくだ。受け取った果実は、私が今まで食べたどのオーカムヅミの果実よりもずっと大きい。
そして香りは非常に濃厚。とは言え、通常の数倍もあるわけではない。
まぁ、それで構わない。匂いが強すぎたら、皆がむせてしまうだろうからな。
香りを楽しみながら果実を観察していると、皆が私の本体の元まで集まってきた。やはり匂いが気になるのだろう。
〈主よ。何やら面白い事になっているようだな?〉
「うん。わざわざ一つ用意してくれたんだ。折角だし、皆で食べようか」
〈賛成だわ!食べましょ、食べましょ!〉〈どんな果実になるのか、ずっと楽しみだったのよ!〉
〈普通のよりも匂いが強いしとっても大きい。きっと味も濃厚なんだろうね〉
皆待ちきれないと言った様子だ。
では、ラフマンデーも呼んで、果実を切り分け、皆で食べるとしようか。
精霊の果実。どれほどの味か、確かめさせてもらおうじゃないか!
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