第621話 セッションを始めよう!

 歌を歌って見せるのはその通りなのだが、いきなり前触れもなく歌い出しても訳が分からないと思われるだろう。

 まだ警戒されているようだし、敵意が無いことは伝えておこう。


 「意外かもしれないけど、私は花が好きでね。この場所に咲き乱れる花々はどれもとても美しいと思えるし、実際のところ今も楽しませてもらってる。だからこそ、こうして花々には傷をつけないようにしているんだ」

 「そう…‥。確かに意外ね。でも、私の花畑を褒めるためにわざわざここまで来たわけでは無いのでしょう?……用件は何かしら?」


 ううむ……。大事そうにしている花々を褒めてみたのだが、あまり警戒を解かれていないな。

 まぁ、タイミングがタイミングだからな。十中八九ミスティノフを取り戻しに来たと思われているのだろう。

 実際にその通りだし、このままその用件を伝えてしまってはリリカレールから顰蹙を買うことになるのは間違いなさそうだ。

 既に彼女はミスティノフを自分の所有物にしようとしているのだからな。


 ならば、変に遠回しな話題をしても警戒を強めるだけか。少し踏み込んだ話をしてみよう。


 「ところでリリカレール。つい先ほど、素敵な体験をしたみたいだね?」

 「……ええ、そうよ。もうこの声無しでは正気を保てそうにないぐらい素敵な声を楽しませてもらったわ。ずっと聞いていられる、とても素敵な声を」

 「うん。私もこの場所に来る途中で耳にしたから、それは良く分かるよ。だけど、それでは十全に楽しめているとは言えないな」

 「どういうこと……?」


 む、やはりミスティノフの話をしだしたら途端に警戒心が強くなったか。だが、それと同時に不可解さも覚えたようで、私の話をひとまずは聞く気になったようだ。

 リリカレールは、彼の歌が初めて耳にした音楽なのだろう。つまり、彼の歌声だけしか音楽を耳にしたことが無いのだ。

 それはそれで羨ましい話だし、素敵な経験だと思う反面、とても勿体ないと思っているのも事実だ。


 音楽とは、歌だけではないのだからな。それをリリカレールに証明してみせよう。


 「私も去年知ったばかりだが、人間には音楽と呼ばれる文化がある。音程の違う音を特定のリズムで奏で、旋律を組み立てるんだ。貴女が魅了された声もまた、その一端だよ。素敵な花畑を見せてくれたお礼に聞かせてあげよう。私が初めて耳にした、音楽という概念を。あの感動を貴女にも伝えよう」


 『収納』からビオラを取り出し、私が初めて耳にした音楽。冒険小説の一節を彷彿させられたあの曲を、リリカレールの前で演奏することにした。



 演奏が終わると、リリカレールは根による瞬間移動によって私の目の前に現れ、私を力強く抱きしめだした。

 彼女の気持ちは良く分かるので、私も彼女を抱きしめ返す。

 私も初めて音楽を耳にした時は、感動のあまり演奏者を無意識のうちに抱きしめていたからな。気に入ってもらえたようで私も嬉しい。


 フレミーとリガロウもリリカレールの行動は自然なものだと考えているようだ。2体とも誇らしげというか自慢気な表情をしてリリカレールの様子を眺めている。


 「どう?凄いものだろう?コレが音楽だよ」

 「ありがとう……!ありがとう……!こんな素敵な音を教えてくれて、本当にありがとう……!」


 リリカレールは、涙を流していた。それだけの感動を私が与えたということなのだろう。

 これは素直に誇っていいことではないだろうか?

 なにせ彼女は私が音楽を聞かせる前にミスティノフの歌を聞いていたのだ。

 ならば、生半可な音楽では大した感動を与えられなかった気がする。


 そんなリリカレールに、私は更に衝撃的な事実を伝えることにした。

 

 「さて、リリカレール。私が十全に楽しめていないと言った理由、理解できたかな?」

 「……ごめん。そっちはまだ分からないわ。でも、素敵な音というのは、何も1つだけではないという事実は理解できたわ」

 「そこまで理解しているならもう答えは出たも同然さ。音楽は、何も1つの音で奏でなければならないものではないんだ」

 「えっ!?ま……まさか……まさか、嘘でしょう……!?あ、貴女は……!貴女の音とあの子の声を……!?」


 そう、その通り。私が楽器で演奏し、ミスティノフが歌う。

 本来ならば、私に向けたミスティノフの歌の披露も、楽器の演奏が加わった状態での披露だったのだ。それを今から行うのである。まぁ、披露される本人が演奏することになるので、若干予定とは違うのだろうが。


 せっかくここまで素敵なステージが出来上がっているのだ。美しい花々に囲まれた舞台での、たった1体のために開かれるコンサート。

 実に贅沢な話じゃないか。たっぷりと堪能してもらうとしよう。


 と、その前に。当人に確認を取らなくてはな。


 「初めましてになるね、ミスティノフ。いきなりだけど、魔大陸の歌で歌える歌はある?」

 「で…では、レナル街道花景色を…!」


 ほう、この花畑で美しい花が咲き乱れる景色を称える歌を歌うとな?

 良いじゃないか。良いセンスをしている。


 「では、予定とは少し違うけど、私に貴方の歌を披露してもらえるかな?私が貴方に合わせよう」

 「わ…分かりました!よろしくお願いします!」

 「ほ、本気なのね!?貴方達は、本気で2つの音を1つに……!」


 そうとも。歌唱の素晴らしさを知り、演奏の素晴らしさを知った。ならば、演奏と歌唱が1つに調和された時の感動も知っておかなければな。

 さぁ、セッションを始めよう!



 奏で、歌った楽曲は1曲では終わらなかった。というか、今も目下セッション中である。


 「キャーーーッ!!どっちもステキーーーッ!!」

 「それじゃ、今度は私が歌うよ?」

 「ハイ!ギターはお任せください!」


 なんと意外なことに、ミスティノフはギターのみではあるが楽器の演奏ができたのだ。

 まだ無名時代には、路上でギターを弾きながら歌を歌い路銀を稼いでいた時もあったらしい。


 楽器の演奏ができるのならばということで、彼にギターを弾いてもらい私が歌を披露してみれば、コレもリリカレールにの琴線に見事に触れることとなった。結果、今のように大興奮している魔妖花が出来上がったというわけだな。


 というか、盛り上がっているのはリリカレールだけではなかったりする。

 この辺り一面に咲き乱れる花々も、私達の奏でる音に一挙一動しているのだ。

 最初は少数の花が小さく揺れる程度だったため、リガロウやミスティノフは風で揺れているのかと思っていたようだが、そうではないのだ。

 楽曲を聞き、明確な意思を持って自身の体を楽曲に合わせて動かしていたのである。

 ここは魔境の最奥なのだ。周囲に咲き誇る花々も、ただの花というわけでは無かったのである。


 1つが動けば、後はその動作が波紋のように広がり、あっという間にこの場所は大観衆の中での盛大なコンサートに早変わりした。

 花々達に音を出す能力はないが、自分達の意思を表現することはできる。

 彼等は皆して感動と興奮、そして感謝の意思を表し出したのだ。

 茎を左右に揺らし、上下に伸縮し、花弁を開閉したりと、曲調に合わせて動く花々達は見ていてとても愉快だった。おかげで彼等をより喜ばせようと、演奏にも歌にも更に力が入った。


 リリカレールも音楽を聴く体験を十分に楽しんだだろう。

 では次だ。どうせだからとことんまで音楽を楽しんでもらうとしよう。今度は彼女にも音を出してもらうのだ。


 1つの楽曲を終え、次の楽曲に映るまでの間にリリカレールの傍に移動し、彼女の肩を組む。


 「ひゃーーーっ!!?肩!肩組まれてるーーー!!?」


 ……今更肩を組むぐらいで何だというのだ。最初に私が演奏を聞かせた時に思いっきり抱擁し合ったのだから、肩を組むぐらいどうということは無いだろうに。


 〈そりゃあ、ノア様とあの子の演奏と歌ですっかりファンになっちゃったみたいだからねぇ…‥。完全に上下関係が出来上がっちゃったんだよ。格上の方から密着して来てくれて嬉しいんだよ〉


 なるほど、そういうものか。ならば問題無いな。ファンサービスと言うヤツだ。

 

 「リリカレール、驚いている場合では無いよ?」

 「へ?」

 「次の曲は、貴女が耳にした歌だ。今度は貴女も一緒に音を出そう」

 「えええええーーーーーっ!!?」


 だから驚いている場合ではないのだ。

 ホラ、ミスティノフが次の曲を演奏し始めたぞ?一緒に歌おうじゃないか。


 「で、ででででも……私が貴方達のような声を出せるかどうか……」

 「拙くたっていい。綺麗でなくて良い。リリカレールに、歌ったり演奏したりする楽しさを知って欲しいんだよ」

 「ふぁあああ~~~……!そそそそんなこと言われちゃったら、興奮でどうにかなってしまいそうよぉ……!」


 どうにかなってしまえばいい。時には感情に任せて自分の心を体の外にさらけ出すのも悪くないのだ。

 私だって何も無計画にリリカレールの肩を組んだわけでは無い。

 こうして密着することで彼女に極微量の魔力を送り、歌詞や音程を事前に伝えてフォローするのである。


 「さぁ、貴女を慕う花々達にも、貴女の歌声を聞かせてあげよう!もっとこの場を盛り上げよう!」

 「~~~~~っ!!もうこうなったらやってやるわ!どうなっても知らないわよ!?」


 若干自棄になってしまっているところはあるが、それで良い。リリカレールに自分の音を出す素晴らしさを知ってもらえるのだからな。

 誰が言ったか、[音楽に国境はない]という言葉。今もまだその言葉の真意は分からないが、私はこの言葉に更に咥えたい言葉がある。


 音楽には、国境も種族も関係ない。

 勿論、好みによる違いはある。だが、音楽によって得られる感動は人間も魔族も魔物も魔獣も。そこに違いはないのだ。


 きっとこの感覚は、音楽だけに留まる話ではないのだと思う。

 結局のところ、良いものは良い。


 コレが私の中での真理なのだ。

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