第620話 急行!"オルディナン・リョーフクェ"!

 そうと決まればさっさく移動を開始するとしよう……と言いたいところだが、移動を開始する前に"ヴィステラモーニャ"達に話しておかなければならないことがある。


 「それじゃあ今からリリカレールのいる場所まで向かうけど、貴方達はついてこなくて良い。というか、ついて来ることができない」

 「そ、それは……」

 「状況は逼迫しているからね。リガロウに乗って一気に進む」


 衣装の素材とミスティノフの護衛を依頼として受けた以上、ミスティノフの安否が気になるのは承知の上だが、彼等を連れて行くわけにはいかない。


 リリカレールは私を一目見ただけでその正体に気付くだろうからな。それどころか、"オルディナン・リョーフクェ"内に入った時点で気付くだろう。グラシャランの時もそうだった。

 だとしたら、リリカレールの元に"ヴィステラモーニャ"達を連れて行った場合、私の正体が彼等に露見される可能性がある。その事態を避けるためにも彼等を連れて行くわけにはいかないのだ。


 「それと、一応は冒険者として依頼を受けることになるんだ。報酬を要求させてもらうよ?」

 「は、はい!勿論、我々に支払えるものでしたら、全財産だろうと支払う所存です!」


 そうまでして指名依頼を出すというのなら、ミスティノフを失った時のスーレーンでの損失は"ヴィステラモーニャ"達の全財産では到底補填できないような損失なのだろうな。

 というよりも、彼等に依頼を出した有力者からの制裁を何としてでも避けたいのかもしれないな。

 まぁ、私が求める報酬は、彼等の財産では無いのだが。


 彼等の言葉に首を横に振り、こちらの要望を伝える。


 「リリカレールと話を付けて無事にミスティノフを連れ戻して来たら、貴方達に極秘以来を発注した有力者とやらと面会がしたい。できるね?」

 「え……?」

 「で、できはしますが……。いえ、それどころかむしろ向こうから貴女様に礼がしたいと申し出てくるかと……」


 まぁ、そうなるだろうな。だが、こちらも有力者に用件ができてしまったのだ。ならばアポイントを取り付けて少し無理を言わせてもらうと予め伝えてもらうという、いわばメッセンジャーとして働いて欲しいという要望もまた、報酬としても良いと思うのだ。


 「実を言うと、この大陸でやりたいことがあってね。それを実現するためにも、件の人物と話し合う必要があるんだよ。悪い話ではないと思うよ?」

 「「「………」」」


 いや、そこで黙られても……。

 実質無償でミスティノフを助けに行くと言っているのだから手放しで喜ぶのかと思ったのだが、どちらかというと警戒されているよう見えるのは気のせいだろうか?

 悠長にはしていられないのだから、早いところ決めて欲しいのだが……というか承諾してもらいたい。


 「この報酬では、支払えないの?」

 「い、いいいいいえいえいえ!そのようなことはありません!」

 「で、ですが、よろしいのですか!?実質無償で依頼を受けるようなものなのですよ!?」

 「私は金に困っていないし、貴方達の所持品で興味が引く物もないからね。私の要望を叶えて欲しいというのが報酬では不服かな?」

 「め、めめ滅相もございません!必ずや、貴女様の要望を伝えてまいります!」


 良かった。これで指名依頼は成立だ。受付に手続きを済ませてもらおう。


 "ヴィステラモーニャ"にミスティノフの護衛依頼をしたのは、おそらくミスティノフのスポンサー的な人物だ。

 私を歓迎するためにミスティノフを起用し、当の本人の護衛や彼が身に纏う衣装の素材集めを画策できることからも推測ができる。

 だから、ミスティノフの今後をどうするかを相談する際には、件の有力者と話を付ける必要があるのだ。


 オルディナン大陸の旅行で開く盛大なコンサート。ミスティノフに限らず、この大陸中の名うての音楽関係者と共に行おうと思ったのだ。

 それには一時的にとは言えミスティノフや今後出会うであろう音楽関係者に私と同行してもらう必要がある。

 その許可を得るために件の有力者に面会する必要があるのだ。

 言ってみれば、ミスティノフを救った際の報酬ということになるな。彼の身柄をリリカレールから無事救出する代わりに彼の時間を少し私に譲ってもらうのだ。

 1曲歌を歌うだけで数百枚の金貨が動くような人物の時間を譲ってもらうのだから、金銭的に見れば相当な報酬だと考えている。


 そして、私が思うに推定ミスティノフのスポンサーに私の要求を断ることはできない。

 魔境の主と話を付けられる存在からの要求なのだ。断れば何が起こるか想像できないだろう。まぁ、断られたら素直に引き下がるつもりではあるが。


 所詮は私の思い付きだ。突発的な思い付きに無理に付き合わせるつもりはない。

 仮に1人も私の開催するコンサートに参加してくれる音楽関係者がいなくとも、私1人でコンサートは開くつもりだし、私にはそれができるだけの力があるのだ。

 誰にも迷惑を掛けない場所でこの大陸に住まうすべての者に私が奏でる音楽を届ける。それが私のやりたいと思ったことなのだ。

 そのために必要な魔術具も魔術も"マグルクルム"で移動中に開発済みだ。後は大陸を移動しながら魔術具を設置し、時が来た時に開発した魔術を使用すればいい。


 これ以上のコンサートの話はまた別の機会にしておこう。今はリリカレールに会いに行くのだ。

 彼女も音楽に興味を持ってくれたのなら、私が開催するコンサートに興味を持ってくれると思う。存分に楽しませてあげるとよう。


 指名依頼の受注手続きも済んだところでギルドから出ると、丁度リガロウが上空からギルドの入り口前に着陸してきたところだった。実に素晴らしいタイミングだ。まだ事情を知らない外にいた住民達が、突然のリガロウの登場に驚き慄いている。


 「姫様、お待たせしました!早速行きましょう!」

 「いいタイミングだよ、リガロウ。それじゃあ、行ってくる」

 「い、行ってらっしゃいませ!」

 「ど、どうかよろしくお願いします……!」


 特に合図をするでもなく、リガロウが跳躍して噴射加速を行い移動を開始する。


 「向かうべき場所は分かっているね?」

 「勿論です!師匠と同じような魔力を感じ取れました!そこに向かって一直線です!」

 〈おー、やるねー。これは将来が楽しみだねー。ラビックが気に入るわけだよ〉

 「ぐ、グキュ!?き、気に入られてたんですか?」


 この街から"オルディナン・リョーフクェ"はそれなりの距離がある。にも拘らず旅館からリリカレールの存在を把握できたのだ。リガロウも精度はともかく『広域ウィディア探知サーチェクション』をかなりの規模で使用できるようになっていたのである。だからこそ、この子は迷うことなく全力の噴射加速による移動を開始したのだ。

 その事実に、フレミーが感心を抱いていた。この子もフレミーに褒められて若干照れているようだ。

 それ以上に、ラビックから気に入られていたという事実に驚いていたようだが。


 いままでラビックは挑む側だったからな。挑まれ、そして教えを享受するということが無かったのである。

 魔王国でリガロウに稽古をつけていた時のラビックは、本当に充実していて楽しそうだった。

 家に帰ってからも、しばらくはホーディにリガロウの話をしていたな。あの時は珍しく口調が若干早口になっていた。


 それだけラビックはリガロウのことを気に入っていたのだ。

 言われたことは素直に聞くし、伸びしろもある。そして着実に成果を見せてくれるのだ。少なくとも、私ならば気に入らないわけがないな。

 日に日に動きが良くなっていくリガロウの様子を見て何度も満足気に頷いているラビックの姿は非常に可愛らしかったのを覚えている。まぁ、教えられた動きを実践してラビックの方を見て確認を取るリガロウも可愛かったのだが。


 そんな私の可愛い才能あふれる眷属は、リリカレールに会うのを非常に楽しみにしている様子だ。

 敵うことは無いと理解してはいるが、それでもどこまで通用するか確かめてみたいのだろう。噴射加速を行い飛翔するリガロウの瞳は、闘志で満ち溢れていた。

 が、リガロウには悪いが、私は最初からリリカレールと敵対するつもりはない。そのことは伝えておかないとな。


 「リガロウ、まずは私がリリカレールと話をするから、現場には丁寧に到着するようにね?彼女の周りには花が咲き乱れているようだけど、決して1輪も散らさないように」

 「キュ?戦わないんですか?」

 「話を通した後でなら腕試しをしてみるのもいいけどね。敵対したいわけじゃないんだ」


 『広域探知』で確認してみたが、リリカレールはミスティノフを自分の住処へと連れて行き、熱帯林とは到底思えないような花畑の中心に佇んでいる。

 自分の花弁にミスティノフを乗せ、歌を歌わせているな。

 魔術の効果で私の耳にも当然のように彼の歌声が耳に入るわけだが……なるほど、非常に素晴らしい。


 男性でありながらも小鳥のさえずり高く張りがあり良く響く声によって奏でられ得る歌声は、噂に違わず聞く者すべてを魅了すると言って良いだろう。

 声が良いだけでなく、歌も非常に上手いのだ。私が聞いた限り、少なくともルイーゼよりも上手い。

 魔物に、それも魔境の最奥に歌という文化があるとは思えない。しかも初めて聞いた歌がコレではリリカレールが独占したがるのも無理はないだろうな。

 彼女もすっかりとミスティノフの歌声に魅了され、人間体の両手を両頬に当て、顔を赤らめて身を悶えさせて恍惚とした表情になっている。


 このままでは人間体でミスティノフを抱き寄せて花弁を閉じてしまい彼を自分の中に閉じ込めてしまいそうな勢いだ。それほどまでにリリカレールは興奮してしまっている。

 まぁ、そうなる前に私達が"オルディナン・リョーフクェ"の領域内に入ったことで彼女も私達の存在を察知してその心配もなくなったのだが。


 リガロウはともかく、私やフレミーの気配をリリカレールは無視できない。かなり警戒した様子だ。表情も恍惚とした様子から緊迫した表情になり、額から冷や汗が流れている。その人間体、発汗機能があるんだな。とにかくかなり慌てている様子だ。

 尤も、だからと言って私達の道を塞ぐような行為はしないようだ。真っ直ぐに彼女の元に向かっているためか、むしろ植物を分けて道を作ってくれている。


 「彼女もこちらと争う気はないようだね」

 〈魔力を抑えていても彼女にはノア様が何者か分かってるだろうからね。勝てない相手に敵対する気はないんじゃないかな?〉

 「キュ!もうすぐ到着します!」


 リガロウは私に言われたとおり、花畑の花に一切ダメージが入らないよう、花畑に入る前に噴射を停止してゆっくりと花畑に入ってくれた。おかげて樹海を抜けた先でとても美しい光景に巡り合うことができた。

 巨大な薄桃色の花弁の中央に佇む緑肌の女性の姿がある。それがリリカレールだ。

 彼女の周囲には多種多様な可憐な花が咲き乱れ、この光景を目にした者に場所が熱帯林の中だという事実を忘れそうにさせる。


 私が花畑の花を荒らしてはならないと言ったからか、リガロウは地面に直接着陸せず、花の上に魔力板を発生させて花に触れないようにして花畑に侵入した。

 私も同様に花の上に魔力板を発生させて花を傷付けないようにしてリガロウから降りるとしよう。


 「初めまして、リリカレール。私はノア。そしてこの子はリガロウ、そしてフレミー。それ以上の自己紹介は不要だね?」

 「……はじめまして。まずは、周囲の花を傷付けなかったことにはお礼を言っておきましょう。まさか、別大陸の姫である貴女がこの大陸、そしてこの領域に来るとは思わなかったわ。」


 分かっていはいたが、かなり警戒されているな。

 こっそりと自分の葉と蔦を操り、ミスティノフを私の視界に入らないようにしている。私に譲りたくないのだろうな。

 それでも敵対、いや、私の不興を買うつもりはないようだ。最初に出た言葉が感謝の言葉なのだから、気を使った甲斐もあったというものだな。


 それにしても、リリカレールまで私を一目見て姫と呼ぶのか。これはもう、一定の強さを持つ者からは私は姫として見られると考えてよさそうだな。

 今更姫呼ばわりされることに抵抗はないが、1つの考えの決着としておこう。今後は初対面の存在に姫と呼ばれても気にしないでおこう。


 さて、最初の会話はまずまずと言ったところだが、問題はここからだ。

 リリカレールがミスティノフを私の視界から遮ったように、彼女は彼を手放したくない様子。

 それでも私が望めば渋々ながらに譲ってくれそうではあるが、それをした場合、今後の関係が危ぶまれそうだ。なるべくならどちらにとっても不満なく話を終えたいのだ。


 ここまでに来る途中、"オルディナン・リョーフクェ"内で興味深い植物を多数確認できたのだ。できることなら、いくつか採取して街に戻りたい。

 リリカレールに許可を取る必要など無いのかもしれないが、どうせなら彼女から認められた状態で採取したい。


 それというのも、私は今の時点でリリカレールにとても親近感を抱いているからだ。


 今私達がいるこの花畑。その光景が、私をとても魅了しているのだ。

 多種多様な花々が不均一に咲き乱れているというのに、不思議と不快感が無い。それどころか、完全に自然任せに自生したであろうにも関わらず、一種の統一感を持っているのだ。

 この花々の種子を植えたのはリリカレールなのだろうが、彼女は花々に対して手入れなどをしている様子はない。

 まるで、花々がリリカレールを称え、喜ばせるために自ら今のように咲き乱れたように見えてならない。花の一輪一輪から、朧気ながらに意思を感じられるのだ。


 リリカレールには、花々達にそれをさせるだけの徳があるのだろう。

 そんな相手を、嫌いになどなれる筈がない。


 だとしたら、私がやることは彼女を喜ばせるところからだな。


 ミスティノフの歌を聞いて喜んだというのなら、私も歌を聞かせて彼女を喜ばせて見せよう。

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