第588話 挨拶回りをしよう

 鍛冶工房に足を踏み家れると、作業を終えて一息ついていた火の精霊がすぐさま私の気配を察知した。嬉しそうにこちらへ寄ってきている。

 ドルコも精霊視ができるようになっているため、突然の火の精霊の反応に困惑しながらもこちらに移動してきた。


 私の胸に飛び込んで来た火の精霊を優しく抱きとめてその姿を確認する。

 相変わらず可愛らしい姿をしていて、つぶらな瞳で撫でて欲しそうにこちらを見つめている。

 うんうん、私も君に会えて嬉しいよ。撫でて欲しいところを重点的に撫でてあげようじゃないか。


 私の傍でリガロウがじっとりと火の精霊を見つめているのだが、火の精霊はまるで気にした様子はない。気付いてはいる筈なのだが、そんなことよりも私に構ってもらいたいのだろう。


 「…まぁ、いいです。偶にしか会えないでしょうし、大目に見てやります」

 「ありがとう。後で沢山撫でてあげるからね」

 「キュー♪」


 やはり私の眷属は我慢のできる良い子だな。つい可愛がりたくなってしまう。後で沢山可愛がってあげるとしよう。


 「精霊様、いったいどうされたのですか!?急に炉の外に出るなんて今まで…っ!?」

 「久しぶりだね、ドルコ。"黒龍烹"、とても助かっているよ」

 「は、ははぁーっ!」


 火の精霊を追って来たドルコもまた私の姿を視界に収める。

 早速"黒龍烹"の使い心地を伝えようと思ったのだが、何かを言う前にすぐさま跪いて固まってしまった。


 まぁ、似たような反応を以前もされたから特に何かを言うつもりはない。若干火の精霊が呆れているようにも見えるが、気にする必要もないだろう。

 ドルコの反応はウチの子達からしたら好評のようだしな。


 〈うむうむ。この者は礼節というものを良く分かっておる〉

 〈自然とああいう態度を取ってくれると、ボク達も嬉しいよねぇー〉

 〈金属がピカピカだわ!素敵よ!〉〈とっても綺麗なのよ!いい仕事をしているのよ!〉


 …レイブランとヤタールはドルコの態度よりも鏡のように磨き上げられた商品が気になって仕方がないようだ。望むのなら気に入った品を1品買っていくとしよう。

 ただ、ここに並べられているのはどれも装飾品ではなく総じて武具なのだが…。

 "黒龍城"の装飾の参考にでもするか?


 人間達の城や屋敷には装飾として金属鎧などを並べられている時があるし、真似てみるのも一興だ。

 それに、武器はともかく鎧はオーカドリアのボディを制作するうえでも参考になるかもしれない。


 それはそれとして、いつまでもドルコに跪いてもらうわけにもいかない。そろそろ立ち上がってもらい、用件を伝えさせてもらおう。

 まぁ、用件と言っても挨拶をしに来ただけなのだが。


 〈ここに並べられている商品で欲しいものはある?〉

 〈盾が良いわ!飾って眺めるの!〉〈盾なのよ!ピカピカの盾を壁に飾るのよ!〉

 〈ノア様に鎧は似合わなそうだけど…鎧と服の組み合わせって言うのも悪くないかも…〉


 商品が欲しいと思ったのは光物が好きなレイブランとヤタール、そしてフレミーの3体か。理由も分かりやすい。

 レイブランとヤタールは盾を1つの絵画のように鑑賞するようだし、フレミーも鎧を衣装の一つとして何らかの新作を手掛けようとしているみたいだ。


 "黒龍烹"の使い心地をドルコに伝えて彼の仕事ぶりを褒めた後に、店頭に並べられていた商品の中に欲しい品があったことを伝えて購入させてもらおう。


 ドルコは私が彼の製作物を購入していくとは思っていなかったようで非常に驚かれてしまった。


 それはそうだろうな。

 私は今までまともな防具を身に付けたことなど一度もないのだから。必要だとは思われないだろう。


 ドルコはかなり職人気質な鍛冶師だ。私が商品を求めた理由が実際に防具として使用するためではなく観賞用だと知ったら、やはり気を落とすのだろうか?


 「とんでもございません!どのような形であれ、我が作品が貴女様の琴線に触れたというのであれば、これほど喜ばしいことはありませんとも!」


 問題無かったようだ。

 私が本で得た知識なら、ドルコのようなタイプは丹精込めて作った作品を本来の用途で使用されずに観賞用にされてしまうのを嫌がるものだと思っていたのだが、受け入れてもらえたようだ。ありがたく購入させてもらおう。



 ドルコの鍛冶工房を後にしたら次は私の写真集を制作するにあたって利用した服飾店だ。

 無事写真集を記者ギルドで受け取ったことに加え、写真集を制作してくれたことに礼を伝えようと思ったのだ。

 ついでに、新作の服や小物が無いか見ておくつもりでもあった。


 店を訪ねてみればドルコと似たような対応で迎えられてしまった。撮影の時にはこのような態度は見たことが無かったので、正直非常に意外である。


 「いえいえ!私達とて敬うべき御方ぐらい平時ならば分かりますから!」


 写真撮影の時は平常ではなかったと?

 確かに思い返してみれば、撮影を行っている時の各店の店長の様子は、撮影者と同じく終始興奮気味だった。

 今もまぁ、興奮状態ではあるがそれでも撮影時の時ほどではない、ということなのだろう。


 店長並びに店員達から写真集の撮影に協力したことをこれでもかと感謝された。

 この店だけでなく他2件の店の売り上げも跳ね上がるように伸びたようだ。


 写真集そのものだけでなく写真集で使用された衣服や小物までもが大量に売れたというのであれば、写真集の宣伝効果は凄まじいことになったのだろうな。


 だが、決して私の写真だったからというだけでこのような結果になったわけではないだろう。


 「私がただ写真に写っていただけでも多分写真集も店の商品も売れていたのだろうけど、今みたいな売れ方はしていなかっただろうね。ここまで写真集も商品も売れたのは、間違いなく写真集の製作に関わった者達全員が全力で良い物を作ろうとした結果だよ」

 「これ以上ないお褒めの言葉でございます!我等一同、今回の件でつけあがることなく精進視し続けることを貴女様に誓わせていただきます!」


 向上心の高い者達だ。好感が持てる。

 この様子なら写真集の成功に胡坐をかいてつまらない商品しか作れなくなるようなこともないだろう。

 今後も定期的に店に寄らせてもらうとしよう。



 3つの服飾店に顔を出してそれぞれの店で気に入った商品を買いあされば、時間は演劇にちょうどいい時間になろうとしていたので、劇場まで足を運んだ。


 今回も支配人が私を特等席まで案内してくれるようだ。今回はリガロウも一緒である。


 「今回もよろしく頼むよ」

 「はっ!お任せください。……あの…ノア様?」

 「ん?何かな?」


 案内してもらう前に金貨の入った袋を支配人に渡しておく。前回無料で劇場を楽しませてもらった分と、今回の分。それから私からの気持ちだ。袋には300枚の金貨が入っている。


 「この額はいくら何でも多すぎでは…」

 「気にしなくて良いよ。お金には困っていないし、それだけ前回は楽しませてもらったということだから」


 そして今回はリガロウだけでなくウチの子達も、人間達には分からないが一緒に演劇を楽しむのだ。

 姿が見えないからと無銭視聴とも言えるようなズルはしたくない。後腐れなく堂々と楽しませてもらうのだ。


 透明化させているウチの子達には人が付かないから軽食などは出ないが、あの子達は何か飲み食いしたかったら自分の『収納』から取り出して勝手に飲み食いするだろうから気にする必要もないのだ。


 タイミングが良いことに、今回の演劇もミニア・トゥガーテンによるものだと教えてもらえた。演目は前回の時とは違うため、どのような内容になるかは全く分からない。非常に楽しみだ。

 そして今回も2本立てである。たっぷりと楽しませてもらうとしよう。



 2本目の演劇が終わり、膜が下ろされ始めるころには、私は席を立ちあがって拍手をしていた。

 今回もまた心が躍るような素晴らしい内容だった。皆が言うには、自然と表情がコロコロと変わっていたらしい。私の隣で支配人も非常に嬉しそうにしている。


 「今回も楽しませてもらったよ。彼等にお礼をしたいから、また後でここに訪れさせてもらうよ」

 「は。彼等に伝えておきましょう」


 今回用意するミニア・トゥガーテンへのお礼は絵ではない。少し時間が掛かりそうだったので、午後の時間を利用して作ってしまおうと思ったのだ。


 制作しようと思っているのはジオラマだ。

 ミニチュアサイズの演劇風景を作ってみようと思ったのだ。


 ただその場の光景を縮小させただけのジオラマを作るつもりはない。

 一度ウチの子達のぬいぐるみを作った際に、私はデフォルメという手法を知ったからな。演者達の等身を低くしてデフォルメした姿のジオラマを造ろうと思う。


 可愛らしく、それでいてカッコよく。そんな作品を目指してみよう。



 劇場を出るころには時刻は昼食時となっていた。そろそろ"ダイバーシティ"がチヒロードに戻って来てもおかしくない時間帯だ。

 きっとアジーはおなじみの店でクリームシチューを食べているのだろう。私もあの店に言ってみるとしよう。


 「アイツ等、あれからどれぐらい強くなってますかね?ちょっと戦ってみてもいいです?」

 「構わないけど、君と違って彼等は"氣"を扱えないからね?ちゃんと手加減してあげるんだよ?」


 ただでさえリガロウは"ワイルドキャニオン"での修業が終わる頃には"ダイバーシティ"よりも強くなっていたからな。

 しかもこの子は進化したグラナイドと日々互いを高め合っているため、ドンドン実力を上げている。もはや"ダイバーシティ"ではリガロウの相手は務まらないだろう。

 もしかしたら生前の全盛期だった頃のヴァスターよりも強くなっているのかもしれない。既にリガロウは人間が勝てるようなドラゴンではなくなっているのだ。


 では、『広域ウィディア探知サーチェクション』で"ダイバーシティ"が街に帰ってきているかを確認しよう。


 …ふむふむ。2手に別れているな。

 アジーとスーヤは私も訪れたことのある飲食店に。他の3人と1羽は冒険者ギルドだ。報告以外にも魔物の素材を卸しに行っていたりと少し忙しそうにしている。


 彼等が全員揃って食事を取るのはもう少しだけ時間が掛かりそうだ。

 私の来訪を"ダイバーシティ"に悟られないためにも気配を消し、人気のいないところで待機して彼等が揃うのを待つとしよう。



 本を読んで時間を潰すこと約40分。ようやくティシア達が飲食店まで移動を開始した。

 ここからは常時『広域探知』使用して"ダイバーシティ"達に見つからずに移動してアッと驚くような登場をするのだ。

 勿論、移動中に周りの街の住民達にも、私の姿が見えないようにしておく。


 "ダイバーシティ"のメンバーが5人揃った。アジーもスーヤもまだ食事を食べ終えていない様子だから、私も彼等の食事にお邪魔できる状態だ。


 「リガロウ、彼等にイタズラしてみる?」

 「良いんですか!?やってみたいです!」


 彼等を驚かせる方法を考えてみたのだが、リガロウにやってもらうことにした。

 協力を要請してみれば、この子も非常に乗り気である。


 移動中にどのようなことをしてもらうか説明をし終わる頃には、"ダイバーシティ"が利用している飲食店に到着していた。


 ではリガロウ。


 やってしまいなさい!

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