第587話 チヒロードへ行こう!

 翌日。

 シンシアに起こされて私は食べ慣れた朝食を食べに行く。

 レイブランとヤタールには今回はシンシアに起こしてもらうからと『通話』は遠慮してもらった。

 なお、ウチの子達は私がシンシアに棒で叩かれて起こされるのを知っている。


 初めて映像で見た時こそ驚愕していたようだが、あの子達はこうでもしなければ私は起きられないと知っているため、すぐに平静を取り戻してくれた。

 それどころか幼いながらに一生懸命頑張っているとシンシアを褒めてすらいた。


 そんなウチの子達は相変わらずリガロウと共に宿の外だ。

 透明化も解除していないため周囲からはいない者として扱われている。


 朝食を食べ終わったらイスティエスタを出発だ。

 次にこの街に訪れた時は、ウチの子達を透明化をせずに訪れたいものだ。



 シンシア達"囁き鳥の止まり木亭"の従業員達に別れを告げ、私達は街の中でリガロウに空へと駆け上がってもらった。

 あまり高い場所まではいかないでもらったので、既に起床している住民達は私達が街から発つ光景を確認していたりする。


 分かっていてやったことだ。分かりやすく私がこの街にはもういないと教えるつもりであの場所で目立つようにリガロウには飛び立ってもらった。

 本来なら噴射加速によって音などでないが、今回は音も出してもらっていたりもする。というか私がそれっぽい音を出した。

 おかげで聴力の優れているウルミラがうるさそうにしていたので、後で謝っておこう。



 時間を掛けずにチヒロードに到着してまず最初に訪れるのは、やはりヒローの屋敷だ。今日はここに厄介になる予定なので挨拶をしておかなくてはな。


 屋敷の前で着陸すれば、ヒローに仕えている騎士達がすぐに私達の元まで駆け寄ってきてくれた。

 彼等もリガロウのことは知っているし、なんなら世話にもなっているのですぐに分かったようだ。


 「ノア様!リガロウ様!お久しぶりでございます!本日はどういったご用件でしょうか!?」

 「チヒロードの記者ギルドに用があってね。せっかくだから顔を出させてもらったよ。ヒローはいるかな?」

 「はっ!少々お待ちください!」


 ヒローは屋敷にいるようだ。

 もしかしたら不在の可能性もあったのだし、予め連絡を入れておけば良かったか。まぁ、不在なら不在で以前訪れた際に泊まる予定だった宿を利用させてもらうつもりだったので構いはしない。


 それほど時間を掛けずに騎士が私の元まで戻って来た。急いで来たようだが、流石に日頃から鍛えているだけあってこの程度では息切れなど起こしていない。


 「お待たせいたしました!どうぞこちらへ!奥様共々ノア様の再訪をお喜び下さっております!」


 案内されて屋敷の扉をくぐれば、以前と同じように夫婦揃ってエントランスで出迎えられた。今回はリガロウも一緒に屋敷の中に入れてもらっている。


 チヒロードの記者ギルドに顔を出すついでに1日泊めてもらえないか尋ねれば、即答で快諾された。更に、今日の夕食には始まりのカレーライスとショートケーキも出してくれるらしい。

 その上もっと泊っていって欲しいとまで言われたが、今回の旅行は他大陸へ向かうのが本来の目的であると告げると、意外なほどあっさり引き下がってくれた。


 「こういった会話は社交辞令である場合が多いですからね。勿論、望まれるのでしたら好きなだけ宿泊していただいて結構です。子供達も喜びます」

 「貴族って言うのは何処の国も似たようなもののようだね」


 少なくとも、魔大陸に存在する国の貴族という階級はどの国でも建前を大事にする傾向があった。魔王国もその点は変わらなかった。

 感情が読み取れる私からすると、本音を建前で隠す行為にあまり意味を見出せないのだが、人間はそうもいかないのだろうな。


 以前であれば面倒臭い者達だと切って捨てていた話ではあるが、今ではオリヴィエやルイーゼと言った地位の高い友人を得たことで多少の理解はある。

 …まぁ、面倒臭いと思っていること自体は変わらないが。


 挨拶も済ませたのでひとまずは別れを告げてチヒロードへと向かうことにした。

 ついでに、屋敷に戻ってくる際は子供達も一緒に連れ帰って欲しいと依頼を受けた。

 その程度のことで再び始まりのカレーライスが食べられるのならば喜んで連れて帰ろうではないか。


 ヒローの屋敷まで移動していた時点でチヒロードの上空をリガロウに通過してもらっていたので、大体の住民が私達がこの街を再訪したと知っている。


 リガロウから降りることなく城門の内側へと案内され、私達はすぐに記者ギルドへと足を運ぶことにした。

 目的は勿論、私の写真集である。

 相変わらず入手難易度は高そうだが、一冊ぐらいなら現物を置いてあると思うのだ。


 そんなわけで記者ギルドを尋ねてみれば、写真集を制作するために撮影に立ち会った記者が私を出迎えてくれた。

 会うなりいきなり両手で握手を掴まれ激しく上下に揺さぶられながら感謝の気持ちを伝えられた。


 記者の態度に一瞬だけゴドファンスが目を光らせたが、すぐに相手の非常に強い感謝の気持ちが伝わってきたためかすぐに気持ちを静めた。

 家の広場にラフマンデーという前例がいてくれたおかげか、過剰な反応をしても私のことを思ったうえでの反応ならば納得してくれているようだ。


 〈思うところが無いわけではありませぬが、おひいさまに向けられた感謝の気持ちは間違いなく本物ですからなぁ…〉


 渋々といった納得だったようだ。

 ゴドファンスだけでなく君達が感情を強めると間違いなく人間達には耐えられなくなるから今は抑えようね?


 さて、目的の写真集なのだが、やはり私に渡すように1冊保管していたようだった。

 尋ねなくてもすぐさま是非受け取って欲しいと手渡されたのである。


 「おかげさまでガッポガッポですよ!大儲けです!もう毎日毎日印刷が間に合いません!」

 「それは…大丈夫なの?」

 「大丈夫では無かったりするんですけどね!なんと!写真集を大層気に入っていただいたある筋の方が印刷に協力して下さることになり、生産に目途が立ちそうなのです!」


 多分だが、交渉しに来た魔族のことを言っているのだろう。

 なぜわざわざ伏せるのか少しだけ気になりはしたが、魔族達は人間の生活圏内でその正体をあまり明け透けにはしたがらない様子だ。記者側もその意を尊重しているのだろう。


 用件は片付いたことだし、後は子供達を迎える時間になるまでゆっくりとこの街で過ごすとしよう。

 以前私が掻いた絵画がどうなっているかも気になるしな。

 どうせだから、あの絵画の行方についても記者から聞かせてもらうことにした。


 あの絵画は街の中央にガゼボともパビリオンとも呼べるような施設を建設して、そこに展示してあるようだ。

 件の建物にはベンチも設置されているため、座ってじっくりと絵画を眺める者が後を絶たないらしい。


 なお、密閉空間ではないため雨風を凌ぎきれるような建築物ではない。人によっては野ざらしと判断する者もいるかもしれない。


 だが、当然のように対策済みだ。

 絵画に関してはこれ以上ないというほどの防護を施され、大雨が降っても全く劣化していないのだとか。

 注意しなくてはならないのは、防護が為されているのは絵画のみなので建物内には当たり前のように雨風は入ってきてしまう点だ。天気の悪い日は大人しく屋内にいろ、ということだろう。


 完全に密閉された空間にしてしまうと街の景観が悪くなってしまうため、こういった形にするしかなかったのだそうだ。


 幸い今日は天気も良好で絵画を眺めるのに適した環境だ。しばらくの間皆で私が掻いた絵画を眺めさせてもらうとしよう。


 「クルルァー…」


 おや、リガロウが絵画を見つめて感嘆とした声を出している。

 そういえば、家の皆はこの絵画とほぼ同じ内容の絵画を見ているのだが、リガロウはどちらも初めて見るのだったな。

 チヒロードにいた頃はまだリガロウは街の中に入って私と一緒に観光ができていなかったのだ。まだそれほど時間は経っていない筈だが、懐かしく思えてくる。


 そう言えば、ニスマ王国を観光するにあたって非常に世話になった冒険者パーティ・"ダイバーシティ"達はどうしているだろうか?またリナーシェに呼ばれて模擬戦や訓練に付き合わされているのだろうか?

 少し気になったので確認してみよう。


 わざわざ『広域探知ウィディアサーチェクション』を使う必要はない。冒険者ギルドに顔を出してギルド職員に聞いてみればいいだけの話だ。そう時間は取らないだろう。


 結論を言ってしまえば"ダイバーシティ"達は現在この街にはいなかった。

 だが、リナーシェに呼ばれて王都・ニスマスへ行っているわけでもない。依頼を受注して最寄りの魔境へ向かっているようなのだ。


 私と出会う前から受注したことのある依頼なうえ、彼等にとってはそれほど難易度の高くない依頼のため、昼前には戻って来るとのこと。


 「よろしければ彼等に言伝を預かりますよ?」

 「いや、それには及ばないよ。ありがとう」


 良いことを思いついた。

 ならば、彼等の昼食にお邪魔させてもらうとしよう。昼食を取っているところにひょっこりと顔を出して驚かせてやるのだ。


 となれば私の存在を察知される訳にはいかないし、『広域探知』を使用して彼等の動向を探っておかなければ。『広域探知』の有効活用だ。

 今から彼等の驚く表情を想像するのが楽しみになって来るが、彼等が戻ってくるのはまだしばらく先である。


 劇場ので演劇を楽しんでも十分時間に余裕があるだろうし、公演時間を確認していくつか思いついた予定の順番を決めさせてもらおう。


 確認してみれば演劇の公演にはまだ時間があるので、先に別件を片付けることにした。

 私がまず足を運んだのは私の包丁、"黒龍烹"を打ってくれたドルコに会いに行くことにした。

 "黒龍烹"がとても使い心地が良いことを伝えたかったし、火の精霊の様子も確認しておきたかったのだ。彼等にどのような変化があったのか、私は気になっている。


 ドルコの鍛冶工房に足を運べば心地いい金属の打撃音と心を躍らせるような熱気が伝わってきた。この熱気は火の精霊によるものだな。ドルコと良い信頼関係が築けているようだ。


 作業が一段落するまでは鍛冶工房の外で待機しておくとしよう。

 ドルコはともかく精霊は私の気配に敏感だ。鍛冶工房に足を踏み入れた際にあの子が私を認識して作業に支障が出る可能性が無いとは言い切れないのである。


 ウチの子達もリガロウもドルコが槌を打ちつける音が心地良いらしい。なんとあのレイブランとヤタールまでもが大人しく耳を傾けているのだ。


 「なんか、この音を聞いてるとワクワクしてきますね!」

 〈うむ…。名作が作られているというのがヒシヒシと伝わってきおる…。なるほどのぅ…。精霊と力を会わせることでこのような変化が…〉

 〈共同作業って言うのも良い物だねー〉


 ドルコの作業はフレミーとゴドファンスに好評のようだ。

 この子達はものづくりに目覚めているわけだが、自分の作品はすべて自分で作り上げられてしまうからか、力を合わせて何かを作るという経験に乏しいのだろうな。


 オーカムヅミの酒やハチミツ酒は3体の合作らしいが、それぞれの得意な力を行使したというわけではなく、私が持ち帰って来た知識を参考にして創ったらしいから、いまいち共同作業をしたという自覚がないのかもしれない。


 だが、私は知っている。

 フレミーもゴドファンスも、しっかりと共同作業をしていることを。そして私達はその恩恵を既に受けていることを。

 私が魔王国から帰って来た時の衝撃は本当に凄かったのだ。


 そう。ホーディが作った料理である。

 彼の身に付けているエプロンはフレミーの作品だし、私が魔王国から帰って来てからというもの、私達が使用している食器はどれもゴドファンスが製作したものだ。

 これももまた、彼等の共同作業と言って良いだろう。少なくとも私は言う。


 もっと言うなら、最近はラフマンデーの眷属や配下が育てていた作物も料理に使うようになってきたから彼等との共同作業でもあるのだ。


 自信をもって良い。

 君達は既に力を合わせる素晴らしさを知っているよ。


 と、心の内側でフレミー達を励ましていたらドルコの作業が一段落ついたようだ。


 では、鍛冶工房に足を踏み入れるとしよう。

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