第589話 "ダイバーシティ"との交渉
"ダイバーシティ"のメンバー達が和気あいあいと会話をしながら食事を楽しんでいる。
今回しかけるイタズラは、透明な状態のままリガロウに彼等の元まで移動してもらい、彼等の目の前で透明になったまま彼等の料理を食べてもらおうと思っている。
狙い目はスーヤの目の前に置かれている厚切りのステーキだ。
焼き加減は十分に火を通したウェルダンだな。柔らかさこそレアには及ばないが肉の風味は増して噛み切りやすくなっているのが特徴だ。
その分肉は固くなってしまうためレアの方が人気があるようだが、柔らかい肉というのは比較的噛み切りにくい肉ということでもある。
肉が固くて噛み切れないというのは、単純に加熱のし過ぎである。適切に火を通せば、ウェルダンはレアよりも食べやすいのだ。
さて、そんなウェルダンのステーキなのだが、今まさにスーヤがフォークを刺そうとしたところで透明になっているリガロウが横から咥えて一口で食べてしまった。
ウルミラの施した透明化は半端ではなく、口を開けても内側が見えるということはない。
"ダイバーシティ"達からは、目の前で厚切りステーキが宙に浮かびそのまま消えてしまったように見えただろう。
「えええーーーっ!?ぼ、僕のステーキがあああっ!!」
「えっ?な、何が起きたの…?だ、誰かいるの!?フーテン!」
〈ピ、ピヨォ~…。ワタクシにも分かりません~…〉
ステーキが消えた原因を探ろうとティシアがフーテンに索敵を頼むが、流石に彼にも察知はできないようだ。皆隠形が上手くなった者である。
しかし、このままでは不安にさせてしまい、最悪の場合この店から客を全員避難させてしまうような大事になりかねない。
ウルミラの頭を軽く撫でてリガロウの透明化を解除してもらうことにした。
「うんまぁ~~~い!」
「「「あああーーーーーっ!!?リガロウーーー!?」」」
うん。良い反応だ。徒大成功だな。ついでにリガロウの姿に驚いている彼等に声を掛けるとしようか。
「元気そうだね。相席させてもらってもいいかな?」
「「「「「………」」」」」
おっと?リガロウがいるのだから私もいるのは当然だと思ったのだが、私の予想に反して皆絶句して固まってしまっている。
それほどまでに私の登場は衝撃的だったのか。
まぁ、確かに予告もなしに急に姿を現したのはやり過ぎだったのかもしれない。"ダイバーシティ"どころか周りの客まで驚いてしまっている。
少々イタズラが過ぎてしまったようだ。
「それで、相席してもいいかな?」
「ははははハイヨロコンデー!!」
「…ああ、ちょっと良いかな?スーヤが頼んでいたステーキを3皿追加で頼むよ」
「は、はい!かしこまりましたー!」
挙動不審になっているティシアに[落ち着いて]と言おうと思ったのだが、流石にすぐに落ち着くの土台無理な話だと思ったので、驚きはしているがまだ正気を保っているウェイトレスにリガロウが食べてしまったスーヤのステーキを再度注文することにした。
なぜ3皿頼んだか?私とリガロウも食べるからだが?
リガロウがステーキ1皿で満足するわけがないじゃないか。ステーキ以外の料理も頼ませてもらうとも。
が、ステーキ1枚だけでは満足しないだろうからひとまずはもう1枚頼ませてもらったというわけだ。
注文した料理が届くまで少し時間が掛かるだろう。
それまでの間、固まってしまった"ダイバーシティ"達に声を掛けて正気を取り戻していくとしよう。
ステーキが届くまでになんとか"ダイバーシティ"達の正気を取り戻すことには成功したが、改めてやり過ぎだと反省することになった。
「いや、ホントに!ショック死するかと思いましたから!」
「悪かったって。軽率だった。せめて伝言ぐらいは入れておくべきだった」
「それで、今回はこの国に旅行に来たってわけじゃないんですよね?どこに行くつもりなんですか?」
なかなか察しが良いな。
まぁ、以前この国に訪れた時はオリヴィエを経由してではあるが事前に連絡を入れていたから、今回はそれが無かったからそう判断したのだろう。
別に隠す話でもないので目的地は伝えておこう。
「アクレイン王国の港町モーダンだよ。去年約束をしていてね。スーレーンから来る交易船に乗せてもらってオルディナン大陸に向かうつもりなんだ」
「へぇーーー!オルディナン大陸!別大陸って確か、農作物とかコッチと違ってたりするんですよね!?」
「そうそう。だから今から結構楽しみなことが多いんだよ」
"ダイバーシティ"達は大陸から外に出たことはないようだが、それでも他大陸に対する多少の知識はあるようだ。
それに、面白い話を聞くことができた。
「そういえば、ティゼム王国の貴族が結構前にアクレイン王国に向かったらしいですよ?なんでもオルディナン大陸に渡るためだって聞きました。もしかしたら同じ船に乗るのかもしれませんね?」
「それはまた楽しみな話だ」
その貴族は私が知っている人物なのだろうか?
ティゼム王国で私の知る貴族と言えばモスダン公爵だが、彼が他大陸に行く理由が思い浮かばない。
となれば、別の貴族がオルディナン大陸に向かったことになるだろう。
あの国の悪徳貴族は私が軒並み潰したから、オルディナン大陸に向かおうとしている貴族も決して良からぬことを考える人物ではない筈だ。
知り合いならば嬉しい限りだが、果たして誰が来る事になるだろうな?
そんなことを考えているところで注文したステーキが届いた。なお、他の料理も食べたかった私はあの後更に追加で料理を注文していたりする。中にはステーキが到着するよりも早く私の元に届けられた料理もあった。アジーの食べているクリームシチューもその1つだ。
「ふぃ~~~!やっと食べれるー!ってアレ?なんか最初に頼んだヤツよりもおっきい?」
「どうせだから大きいサイズを注文させてもらったよ。スーヤならそれぐらい入るだろう?イタズラとは言え、横から料理を奪ってしまったわびだと思ってくれればいい」
これから食べようと思った料理が別の誰かに食べられてしまうのは気分が悪いだろうからな。徒とは言えそれは変わらない。食べ物の恨みは怖いのだ。本で何度も読んだ。
そんなわけで、スーヤにはいたずらをしてしまったわびも兼ねて本来彼が注文していたステーキよりも大きなステーキを頼ませてもらった。
私とリガロウのステーキも同じサイズなのはご愛敬と言うヤツだ。
「それで、皆はこの後時間はある?折角こうして再開したんだし、リガロウの相手でもしてくれると嬉しいんだけど」
「お前達、あれから強くなったか?俺は凄く強くなったぞ!」
「それは…流石の向上心だな…」
「アタシ等はなかなか実感わきづれぇんだよなぁ…なにせリナーシェ姫様がよぉ…」
あれからも"ダイバーシティ"はリナーシェの稽古相手を務めているようだ。というか、彼等でなくては彼女の稽古相手を務められないと言った方が良さそうだな。
リナーシェには彼女に適した魔術の習得方法を教えていたが、多少は魔術を魔術を使いこなせるようになったのだろうか?
「ヤバいですよ。正直ノア様が相手じゃなかったら[何てことしてくれたんだ!]って罵倒を浴びせてます」
「言っちゃってる言っちゃってる」
ティシアの口ぶりからして、問題無くリナーシェは魔術を使用できるようになっているみたいだ。
それも1つや2つどころではなさそうだ。
直接会って実力を確かめられないのが残念ではあるが、この後リガロウと戦う彼等の実力を見てから判断させてもらうとしよう。
と、すっかりリガロウと戦ってもらうつもりでいたが、"ダイバーシティ"はリガロウのいい手を務めてくれるだろうか?
「良いっすよ?今じゃリガロウと戦うなんてこと滅多にできないでしょうし、ノア姫様と仲が良いっつー特典をガッツリ利用させてもらいますわ」
「代わりと言っては何ですけどぉ…」
ふむ。
どうやらリガロウと戦うこと自体は問題無くても、無償でやってくれるわけではないようだ。
確かにな。
彼等は冒険者なのだ。願いをするならちゃんとした報酬を用意すべきだな。
何を求めているのだろうか?
「戦いが終わった後で、パルフェなんて食べられたらなぁ~って思いまして…」
なるほど。とびっきりのご褒美が欲しいわけか。ティシアの要望に全員が激しく首を縦に振っている。
お安い御用だとも。今回は前回使用していなかったハチミツを使用したパルフェを用意させてもらうとしよう。
「構わないよ。ただし、食べ過ぎてトイレの世話にならないようにするためにも、前回と同じくお代わりは1つだけ。それで良いかな?」
返答は言葉ではなくジェスチャーによって答えられた。
ティシアは肯定的な意思を示す親指を立てる仕草をしているし、他の者達は隣にいる者達と両手でハイタッチをしている。余程嬉しかったのだろう。
なお、パルフェはリガロウだけでなく透明化したままのウチの子達にも食べさせてあげるつもりだ。
「それじゃあ、昼食が終わって小休憩したら早速始めてもらって良いかな?それとココナナ。リガロウと戦っている間、貴女の工房を少し貸してもらうよ?」
「へ?は、はぁ…。え?ノ、ノア様は見ていたりとかは…」
「大丈夫。リガロウとの戦いは貴女の工房で行うつもりだから」
「んぇあ!!?」
おっと、いかんいかん。あまりにも突拍子のないことを告げてしまったせいか非常に驚かせてしまったな。
精密機器なども置いてあるココナナの工房内で戦闘行為でも行おうものなら、彼女の大切な道具や
そのままの状態で戦えば。
当然の話だが、『空間拡張』を使用して十分なスペースを用意したうえで戦ってもらうとも。
しっかりとどういった環境で戦ってもらうかを説明すれば、ココナナは安堵して胸をなでおろすしぐさをした。魔導鎧機で。
「あっ!そう言えばノア様ってマギモデルの大会に出たんですよね!?しかもとんでもない性能のマギモデルを使って!」
「エキシビジョンマッチでね。ピリカと一緒に作ったんだ」
「見せてもらうことってできますか!?」
「勿論。リガロウとの戦闘が終わったら見せてあげよう」
マギモデルトーナメントの話はここチヒロードにも正確にではないにしろ行き届いていたようだ。
マギフレーム越しだというのに、ココナナが目を輝かせて私に尋ねてきているのが良く分かる。
私のマギモデル、即ち小さな私を見せるのは構わないが、午後5時にはヒローの子供達を迎えに行く必要がある。その時間を過ぎないように注意しておこう。
ココナナにだけ優遇しているように思われるかもしれないが、工房を使用させてもらう対価のような物だ。
マギモデルを見せる約束をすれば、小躍りしそうな勢いでココナナは喜び出した。
どうやら彼女はピリカに対して強い憧れを抱いているようだ。彼女の作品が気になって仕方がないのだろう。
これはいよいよ2人を合わせたくなってくるな。
今回はその願いはかなわないが、いつかは実現させてみたいところだ。
私の予想では、きっと運命的な邂逅となる筈だ。
さて、食事も済んだことだし、そろそろ移動を開始しよう。
驚かせてしまった詫びとして、ここの料理は私が支払わせてもらおう。
なに、気にすることはない。
"ダイバーシティ"には、これから大変な思いをしてもらうことになるのだから。
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