第590話 私の作品を披露しよう

 ココナナの工房に移動してから拡張された空間にリガロウと"ダイバーシティ"達を案内し、思いっきり戦ってもらっている間、私は翌日ミニア・トゥガーテンへ送るためのジオラマを制作させてもらう。

 勿論、並行してこの場にいる皆に振る舞うためのパルフェも制作しておく。


 使用するハチミツは奮発してラフマンデーの眷属達が作った魔力の籠っていないハチミツだ。

 まぁ、魔力が籠っていなくても人間には強力な滋養強壮効果があるだろうからあまり大量には入れないが。


 だが隠し味以上の量は入れようと思う。存分に堪能すると良い。

 味付けに加え、盛りつけの最期に上から細い網目状に垂らすのだ。最上部にはアイスクリームが載っているので、程よく固まり下に垂れないようになっている。


 しかしこのままにしておいてはその内アイスクリームの温度でハチミツが結晶化して固まってしまい見栄えが悪くなってしまう。完成したらすぐに『収納』に仕舞っておこう。


 しかし透明化しているウチの子達は別だ。

 まだ"ダイバーシティ"達はリガロウと戦っている最中なので、この子達には今のうちにパルフェを堪能してもらおう。


 〈わーい!パルフェだー!ボク、パルフェ好きー!〉

 〈アラ!今回はハチミツがかかってるわ!キレイだわ!〉〈ひんやりなのよ!フワフワなのよ!美味しいのよ!〉

 〈ノア様奮発したねぇ。リガロウだけじゃなくてあの冒険者達にも食べさせて上げるんでしょ?〉

 〈ふぅむ…。リガロウはともかく、あ奴等には少々分不相応やもしれませぬが…。まぁ、以前にもおひいさまから提供されているのであれば…。……んんん~~~!この冷やかさ!この味!この食感!堪りませんなぁ~!〉


 パルフェは家でもそれほど出しているわけではないスイーツだからか、ウチの子達も大喜びである。尤も、だからこそゴドファンスなんかはそんなパルフェを人間達に振る舞うことにやや思うところがあるようだ。


 なに、ラフマンデーのハチミツやオーカムヅミを使用したスイーツを提供する気はないから安心なさい。

 ゴドファンスの基準で提供するスイーツを用意しようとしたら私の手製のスイーツが提供できなくなりそうだ。


 私だって私が作った物で喜ばれたいのだから、これぐらいは大目に見て欲しいのである。



 リガロウとの戦闘が終わった"ダイバーシティ"達は、文字通りボロボロと言った様子だった。彼等からしてみれば死を覚悟するような死闘だったようだな。

 なお、リガロウはまったく消耗しておらず元気いっぱいだ。拡張空間を解除した途端、私の元まで甘えに来た。優しく抱きしめて首回りと頭を撫でてあげよう。


 「キュルルー…。クァアアアー…」

 「お疲れ様。彼等と再び戦ってみてどうだった?」

 「前より強く放ってますけど、ちょっとだけですね。人間って成長が遅いんですか?」


 首をかしげながら実に不思議そうにリガロウが訪ねてくる。

 この子の場合、比較対象が自分やグラナイドのため、"ダイバーシティ"を含めた人間達の成長速度を正確に把握できないでいるのだ。


 この分だとジョージと再会した時にガッカリしそうだな。今のうちに人間の成長速度について説明をしておいた方が良いだろう。


 「人間達の成長が遅いのではなく、リガロウの成長速度がとても速いんだよ。それに、リガロウはルイーゼ達に稽古をつけてもらえたけど、彼等はそうではないだろう?」

 「あ!そう言えばそうでした!う~ん…それじゃあ、アイツ等にはまた師匠のところで修業を付けてもらったらどうでしょう?」


 悪くないな…と、言いたいところだが、おそらく"ダイバーシティ"達が"ワイルドキャニオン"での修業に耐えられたのは私が食事と風呂、トイレに加えて安全に休める場所を提供したおかげだろう。

 彼等だけを"ワイルドキャニオン最奥"に放り出しても、あの時ほどの成長は見込めないと思っていい。


 「そうなんですか?ぐきゅう~…。確かに、師匠との修業はいつもボロボロになりますからねぇ…姫様に治してもらわないと毎日は辛いです」

 「それに、私達はこれから別の大陸に行くからね。彼等に付き合ってはあげられないんだ」

 「そうですね!船に乗って海を移動するんですよね!楽しみです!」


 バラエナの時とはまた違った光景を見られるだろうからな。私も楽しみにしている。

 なお、移動中にズウノシャディオンがいそうな場所を通過するようなので、その時になったら一度船の進行を止めてもらおうと思っている。勿論、止められればだが。

 私ならば距離が離れていてもすぐに追いつけるし、気分の問題なのだ。


 ズウノシャディオンはクジラらしいからな。クジラとは基本的に非常に大きな生き物である。どれほどの大きさか、前々から楽しみで仕方がないのだ。


 『まぁ、どれだけデカくてもルグほどのデカさじゃあねぇよ。だが、驚かせる自信はあるぜ?』


 ……やはり神というのは、突然に声を掛けてくるのが好きなようだな。

 この街が王都ではなく巫覡がいないからってまったく…。

 他の子達に反応が無いところを見るに、私にだけ思念を送ってきたようだ。

 緊急事態でもないのだから、私の方から呼びかけない限りこちらに声を届けないでもらいたいのだが…。


 『ガハハハハ!スマンスマン。ま、大目に見てくれや!俺がいる場所の真上まで来たら教えてやるからよ!』

 〈『うん、まぁ、それは助かる。頼んだよ』〉


 夢中になることがあるとつい時間を忘れてしまう私には嬉しい情報だ。ズウノシャディオンが知らせてくれるというのなら、存分に船から眺める海の光景を楽しめそうだ。


 さて、そろそろボロボロになってしまっている"ダイバーシティ"達の治療を行ってしまおうか。

 全員、体力も魔力もほぼ尽き欠けているし、ココナナに至っては魔導鎧機マギフレームの4割近くが破損してしまっている。

 修復は手間も素材も非常に消費することになるだろうから、私も手伝わせてもらおう。勿論、リガロウと戦わせたのはコチラの我儘みたいなものだから、材料は私持ちだ。


 本当ならば魔術で怪我を治療せずに自然回復をさせて生命力の最大値を成長させてやりたいところだが、それではまともにパルフェを食べられなくなってしまうからな。手早く全回復させてしまおう。

 …後で話を聞いたリナーシェが怒りそうだし。


 「皆もお疲れ様。私のリガロウは物凄く強くなっただろう?」

 「物凄く、何て言葉が生易しく感じるレベルで強くなってたんですけど…?」

 「ぶっちゃけ、今のリガロウって普通にハイ・ドラゴンより強いですよね?」


 ああ、強い。私を背中に乗せてくれたあのハイ・ドラゴンのトリオがまとめて挑んでもあっさりと勝てるだろう。

 なにせ今のリガロウは"氣"と魔力を融合できるからな。魔力量はともかく出力が桁違いなのだ。

 なお、先程の"ダイバーシティ"達との戦いではリガロウは"氣"を使用していない。

 それでもあの子はグラナイドとの日々戦い続けることによって肉体的にも魔力的にも成長し続けていたのだ。


 その成長速度は人間の常識の範疇を軽く超えている。そのため、"ダイバーシティ"はおろかリナーシェでも既にリガロウに勝つのは不可能に近いと言って良いだろう。


 リガロウの凄いところは、その事実を知ったところで調子に乗ったりつけあがったりしないというところだ。自分よりも更に上の存在がいるとしっかり理解しているからな。

 その上、既に生前のヴァスターの実力を越えているというのに彼に対しての態度が以前と変わっていないのも嬉しい話だ。

 私がリガロウに構っていない時なんかは、よくヴァスターと話をしているようだ。彼の話が面白いらしい。


 家にいる時にこっそり就寝前のリガロウの様子を見たことがあったのだが、ヴァスターから昔話を聞かされていたな。

 話を興味深そうに聞いているのにその内眠気に勝てなくなって眠ってしまうリガロウの様子の、何と可愛らしかったことか…。あの時はついあの子の傍に幻を出して寝顔を撫でてあげていたぐらいだ。


 話が逸れた。

 とにかく、リガロウは自分の現状の強さを把握できているし、その強さに奢らないという話だ。


 さて、治療や魔力の補充も済んだことだし、リガロウや"ダイバーシティ"達にもパルフェを振る舞うとしよう。



 ただでさえ"ダイバーシティ"達にはパルフェが好評だったからな。そこに高品質なハチミツが加わったら更に好評になるのは当然の帰結だった。全員とても幸せそうな表情をしている。


 唯一、フーテンが自力でパルフェを食べられないのでティシアから食べさせてもらっている状態だが、ティシアにもフーテンにも不満の表情は無い。

 フーテンにとってパルフェは修業の日々以来食べたことのなかった味のようで、非常に感動していたし、ティシアはそんなフーテンの表情を見てとても満足気だ。勿論、彼女自身も食べている。


 なに?フーテンは自力で食べられないのにウチの子達はどうやって自力でパルフェを食べたかだって?

 そんなものは『補助腕サブアーム』を用いてスプーンを操作すれば即解決である。ウチの子達はこの魔術によって広場で提供している料理の殆どを自力で楽しめているのだ。

 ただ、ラーメンのようなスープと麺を同時に味わうような料理ばかりは口の構造上不可能なので、球状に浮かべたスープの中に一口サイズの麺を丸めて食べてもらっている。我ながら良い発想だと思った。


 さて、"ダイバーシティ"達は全員パルフェをお代わりまでして食べ尽くし、ココナナ以外は暇な時間になろうとしていた。


 ココナナが暇ではない理由は当然彼女はこれから魔導鎧機を修理するためである。私が修理の手伝いと素材を提供すると伝えれば両手を汲んで拝むような姿勢で感謝されてしまった。


 ココナナが大切にしている魔導鎧機を壊してしまったのは私も同然なのだから、これぐらいは当然だと思うのだが…。まぁ、感謝したければ好きなだけしてくれ。信仰心でなければ特に問題は無い。


 そうしてココナナの魔導鎧機の修理に取り掛かろうとしたところで、エンカフから質問が入った。

 ココナナの工房を借りて何をしていたのか、興味が湧いたのだろう。

 パルフェを作るだけならばもっと適した場所があったからな。ココナナの工房でなければならなかった理由を彼は知りたいのだ。


 他ならぬ演劇が大好きなエンカフの質問だ。答えるのは吝かではない。

 彼ならば私の作品を正確に評価してくれるだろうし、是非とも確認してもらうとしよう。


 「実は貴方達が帰ってくるまでの間に色々と時間を潰していてね。その中の1つに演劇の観賞があったわけだ。今回もとても楽しめたから、そのお礼の品を作っていたんだよ」

 「ま、まさか…!それを見せていただけるので!?」

 「見たいのだろう?見せてあげよう」


 意外にもエンカフ以外のメンバーも興味があるようだ。

 遠慮はいらない。徳留にすると言い。今回のは…いや、今回の作品も自信作だ。忌憚のない感想を聞かせてくれ。


 『収納』からジオラマを取り出してリガロウや"ダイバーシティ"達に見せてみる。なお、ウチの子達はリガロウ達が戦っている間に気の済むまで鑑賞済みだ。


 「「「「「おおおおお~~~っ!」」」」」

 「本物とは違った形をしてるんですねぇ…。これもゲイジュツってヤツなんですか?なんだか不思議な気分です」


 不思議な気分、か…。魔王国の観光生活が、リガロウに良い影響を与えたのだろうか?もしかしたらこの調子で芸術関連の刺激を与えていけば、この子も何か芸術に目覚めるかも…。


 いや、よそう。芸術とは無理に楽しむようなものではないのだ。

 見たい時に見てありのままに作品を受け止め、向き合い、感動をする。それが私なりの芸術の楽しみ方というものだ。

 だが、それはあくまでも私の楽しみ方だ。他者に強要売るものでもないし、まして芸術自体を押し付けるような真似はしたくない。


 今、リガロウは私の作品を見て関心を覚えている。


 その姿に満足しておけばいいのだ。

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