第73話 素晴らしき読書生活のために

 時間は午後の鐘が七回なる約10分前。私は今、この街の図書館の前にいる。

 相変わらず、ハン・バガーは美味かった。今日もハン・バガーセットを5回頼んでしまった。

 食事を終えた後に、ジェシカからハン・バガー以外も美味いから食べてもらいたいと言われたので、明日は複数の食事を頼もうと思っている。


 朝食のスープやスクランブルエッグは絶品だったのだ。宿の主人が作る他の料理もさぞ美味い事だろう。夕食を食べ終わったばかりだと言うのに、今から明日の夕食が楽しみだ。


 食事の事は今は置いておこう。今は読書だ。図書館だ。

 今日はもう閉館までに2時間程度しかないが、じっくりと本を読ませてもらおう。


 扉を開けて中に入れば、直ぐに資料室で嗅ぎ取った本とインクに用いられた特徴的な匂いが私の鼻孔を刺激する。これならば蔵書量にも期待が出来そうだ。


 「あら、いらっしゃいませ。こんばんは。その見た目・・・聞いていた服装とは違うけれど、貴女が竜人ドラグナムのノアさんで良いのかしら?」

 「こんばんは。服装は今日選んでもらって買った物だね。確かに私はノアと名乗っているよ。話を聞いたのはエリィからかな?」

 「ええ、あの娘の姉のエレノアです。本が好きだと聞いていたから、今日あたりにでも来ると思っていたわ。」


 図書館に入ってすぐに声を掛けてきたのは、エリィを少し大人にさせた容姿に、理知的な雰囲気を纏っている女性だった。


 思っていた通りエリィの血縁者だったようだ。竜人という存在が非常に珍しい上に、長時間資料室に籠っていたからな。家族にもその点を話していたのだろう。

 それにしても、姉妹揃って受付の仕事をしているとは、そういう才に恵まれた家系なのだろうか。


 「元々の予定としては依頼を一度片付けて、午後の鐘が三回鳴った辺りから此処を利用しようと思っていたんだけどね。急遽"中級インター"に昇格する必要が出来たから、追加で依頼を片付けていたんだ。」

 「あら、聞いていた話だと、冒険者としてはあまり積極的に活動しないと聞いていたけれど、"中級"を目指すという事は、指名依頼でも望まれたのかしら?」

 「お察しの通りさ。理由は流石に内密にさせてもらうけれどね。」

 「そうね。気にはなるけれど、どう考えてもとてつもない案件なのは間違いなさそうだもの。内容を聞いて精神衛生を損ないたくは無いわ。」


 エレノアはエリィよりも慎重な性格のようだ。好奇心はあれど、ちゃんと後先の事を考えられる冷静さを持っている。

 まぁ、それは良いさ。彼女との談笑も、きっと楽しいのだろうけれど、私がここに来た目的は読書なのだ。図書館での必要事項を彼女に聞くとしよう。


 「早速だけれど、図書館の利用方法を教えてもらって良いかな?」

 「ええ、まず、館内にいる間はギルド証を預からせてもらう事になるわ。ギルド証は退館する時に返却される事になるの。」

 「それじゃあ、これを渡しておくね。」

 「はい、確かに・・・って、もう"初級ルーキー"になっているのね。午後から依頼を片付け始めたにしては、随分早いわね。って、そうね。"中級"になるのを望まれているから、それに応えてくれているのね。貴女とお話を続けてみたいけれど、貴女の目的は読書ですものね。説明を続けるわ。」

 「こちらの気を使ってくれてありがとう。助かるよ。」

 「基本的にはギルドの資料室と内容は変わらないわ。原則として持ち出しは不可。汚したり破損させた場合は弁償してもらう事になるわ。ただし、図書館内で書写は可能よ。それと、図書館では書物の転写サービスもやっているわ。」


 転写、とな?転じて、写す。つまり、書物の内容を別の媒体に写す事が出来る、という事かな?

 エレノアに確認してみたところ、それで合っているとの事だ。ただし、媒体は紙に限るらしい。


 「全ての書物が転写出来るわけでは無いけれど、料金を支払う事で書物の内容を別紙に写させる事が出来るの。転写させるための用紙は、悪いけれどそちらで用意してもらう事になるわ。」

 「凄く便利なサービスじゃないか。やはり、魔術で行うのかい?」

 「ええ、『転写』と言うそのまんまな名前だけど、かなり特殊な魔術よ。一応、ウチの図書館にもその魔術書は蔵書してあるのだけれど、習得難易度も使用難易度も高いから、あんまり人気が無いのよね。」

 「確認するけれど、『転写』を習得した後は、自分で図書館の書物を転写魔法で写してしまっても問題無いのかな?」

 「ええ、書写が認められているのだもの。むしろ推奨しているぐらいよ?当然、媒体の紙はそちら持ちだけれど。」


 なんと。素晴らしく気前が良いじゃないか。つまり、紙さえあれば書物を手に入れ放題という事になるぞ。


 今日、此処で何の本を読むのかが決定したな。一番最初に『転写』を習得して、必要に応じて改良しよう。


 「十分すぎる。『転写』の魔術書を読む事自体は無料なのだろう?」

 「勿論よ。ただ、さっきも言ったけれど、多くの人にとって実用性があまりないのに習得難易度が高いから、習得しようとする人は少ないわね。魔術構築陣が複雑な上に、消費魔力がやたら多いのよ。」


 どうも一般人にとって、書物という物にはあまり需要が無い物のようだ。

 書物に需要が無いから実用性が無いと判断されてしまうし、魔術構築陣が複雑で消費魔力まで多いと言うならば、習得を嫌厭けんえんされるのも無理はない。


 だが、複雑と言うのはどの程度のものなのだろうか?鑑定士が『我地也ガジヤ』の構築陣にとても驚愕していたから、そこまででは無いだろう。では、『格納』や『収納』と比べたらどうだろうか?


 「難易度が高いと言うけれど、・・・この『格納』と比べてどちらが構築陣が複雑かな?」

 「えぇぇ・・・何の事も無いように『格納』が使えるなんて、しかもより複雑にアレンジされているし・・・。"新人ニュービー"で指名依頼を望まれる訳だわ・・・。そうね、習得難易度で言うなら、貴女の『格納』の方が遥かに上よ。その様子だと、この図書館の本を全部転写する気でいたりするのかしら?」

 「流石に駄目かな?」

 「ああ、いえ、この図書館には禁書みたいな危険物は蔵書していないから大丈夫だけれど、ちなみにノアさん、この街にはどのぐらい滞在する予定かしら?」

 「宿は一週間で契約しているよ。」


 滞在期間を聞いて来るという事は、図書館から私に対して何か用事があるのだろうか?ひょっとして、鑑定士のように指名依頼を出したいのだろうか?

 そうなると、尚更明日からはハイペースで依頼をこなす必要が出て来るな。


 「貴女ほどの魔術の使い手が『転写』を習得してくれるのなら、指名依頼を出す事になるかもしれないわ。人気の書物って、一冊だけだと苦情が来るのよ。」

 「?この図書館にも『転写』の使い手はいるのだろう?」

 「ごめんなさい、説明不足だったわ。転写すると言っても、一冊を丸ごと転写できるわけでは無いのよ。ウチに努めている魔術師だと、せいぜい一度に10ページ出来れば良い方よ。時間だってそれだけ転写するなら30分は掛かってしまうわ。」


 そうだったのか。てっきり『転写』とは一つの本の内容をそのまま転写する魔術だと思ったのだが、違ったようだ。


 ならば、構築陣を精査して、私が理想とする魔術に改良してしまおう。


 「指名依頼の事は了承したよ。習得してみない事には分からないけれど、上手くいくと思う。」

 「それは期待が膨らむわね。話を戻しましょうか。と言っても、転写のサービスと閉館時間が1時間短い点以外はギルドの資料室と変わらないわ。当然、図書館内では静かにお願いするわね。」

 「了解したよ。それじゃあ、早速だけど、『転写』の魔術書を紹介してもらって良いかな?」

 「ええ、案内するからついて来てもらって良いかしら。」


 そうしてエレノアに案内され、私は目的の魔術書を手にしている。それじゃ、今後の私の素晴らしき読書生活のためにも、『転写』を習得するとしようか!



 いやはや、『転写』と言うのは実に素晴らしい魔術だな!これを十全に扱えるようになれば、実質書物を読み放題になれるぞ!?

 この魔術の構築陣を精査していると、その原理を理解する事が出来た。今この時点で効果を確認するための紙を所持していないのが残念でならない。


 この魔術書に記されている構築陣の場合、元となる書物の文字を記録、複製して、複製した内容を転写対象に転移させるというものだった。

 それと、この魔術構築陣だと、複製できるのは本を書く際に使用されているインクに限られるようだ。

 極めて限定的、かつ疑似的にではあるが、空間転移を使用しているようなものだったのだ。

 魔力消費量が多い筈である。この点は自分の体を通して文字を移動してやれば、大幅に魔力消費量を抑えられるし構築陣も簡易化されるだろう。


 さらに、調整次第では、自分が頭の中に記憶した内容を別媒体に転写させる事も可能だ。この方法ならば元になる本の内容を記憶してしまえば、転写用の媒体を用意するだけで良い。

 元になる本がその場に無くとも、本を量産させる事が可能になるのだ。


 ・・・自分で開発しておいてなんだが、いくらでも悪用できそうだな。この構築陣を公開するのは止めておこう。


 そして、元の『転写』と比べても遥かに馬鹿げた魔力を消費するが、私にとっては理想的な魔術を開発する事に成功した。


 媒体を転写元の書物と同量の枚数、紙を用意する必要があるものの、手にした書物をそのまま転写物に全て一度に転写させる事が可能な魔術だ。

 これならば私が使えば、物の数秒足らずで本の内容を全て写す事が可能になる。

 魔力消費量も私から見れば微々たるものだ。これは本当に素晴らしい魔術を習得した!しかもこの魔術、更に改良する事が出来るかもしれない。



 そろそろ午後の鐘が九回鳴る時間になる。図書館を退館する事にしよう。

 明日、早速依頼を片付けるとともに大量の紙を手に入れるとしよう。明日の夜にも図書館に訪れて、大量の本を手に入れるんだ!宿に戻るとしよう。ふかふかの敷物が私を待っている!




 頭に何かが当たる感覚。極上の寝心地に包まれる中、頭にだけは本当に小さな感覚が伝わってくる。

 正直、とてもむず痒い。その小さな感覚が一度では無く、一定の感覚で何度も繰り返されるのだ。煩わしいなんてものでは無い。

 とても気持ちよく寝ているというのに、一体何事だと言うのだろう?


 堪らず意識を覚醒させて体を起こしながら瞼を開ければ、自分の腕ほどの長さの木の棒を持って息を切らしているシンシアが私の目の前にいた。

 どうやら先程のむず痒さは、約束通りシンシアが私を起こすために棒で私の頭を叩き続けていた事によるものらしい。


 「おはようシンシア、起こしてくれてありがとう。」

 「ぜぇっ、はぁっ、ぜぇっ、の、ノア姉、チャン、はぁっ、ぜぇっ、起きなっ、すぎっ!はぁっ。」

 「目覚めが悪くてゴメンよ。こっちに来てくれるかい?」


 私にとってはほんの小さな感覚だったのだが、シンシアにとっては全力の振り下ろしだったのだろう。

 私を起こすためだけにここまで疲労させて、これからの仕事に支障をきたしてしまうのは、いくら何でも可哀想だ。

 彼女の疲労を回復させて、ついでにほんの少しだけ魔力を流しておこう。


 シンシアが言われたままに素直に私の傍に来てくれる。この娘は本当に素直で良い子だな。つい可愛がりたくなる。


 「そんなになるまでよく頑張ってくれたね。お疲れ様。」

 「ふぇへぁあああ~~。なんか体が楽になってくぅ~~。」


 さて、シンシアの体力も回復したようだし、私も服を着て一階に降りるとしよう。


 ちなみに、服装は昨日シンシアが選んでくれた、厚手の長袖とロングスカートだ。明日はクミィの選んでくれたワンピースを着るとしよう。


 「あっ!ノア姉チャン!今日はオレが選んだ服を着てくれるの!?」

 「折角選んでくれたんだ。着ないと言う選択肢は無いよ。」

 「やったあああっ!!ノア姉チャン、スッゲエ似合ってるぞっ!!」


 シンシアが今の私の容姿を褒めてくれている。とても嬉しくはあるのだが、それ故にこの服を汚したり破損させないようにしないとな。

 となると、この服に『不懐』を掛けておくのが一番だろう。


 "初級"冒険者ならば"中級"の依頼が受けられるのだ。早急に"中級"に昇格するためにも、エリィにはなるべく"中級"の依頼を斡旋してもらおうと思っている。その中には当然、討伐依頼も含まれる筈だ。攻撃を受ける前に討伐してしまえば問題は無いが、何事にも万が一と言う事態はあるのだ。

 衣服への処置も終わった事だし、一階へと降りよう。今日の朝食も実に楽しみだ。



 「あら、ノアさん。おはよう、今日は早いのね。」

 「おはよう、ジェシカ。こんなに早くから外へ出かけるのかい?」

 「ええ、いつもこのぐらいの時間には仕事に行っているわ。」


 一階に降りた際に一番に挨拶をしてくれたのはジェシカだった。服装はこの宿の制服では無いが、それに劣らず華やかな衣装だ。これから仕事に向かうらしい。

 彼女が宿の手伝いをするのは夜間だけだ。本人曰く、[宿の制服も悪くないし気に入ってはいるが、他の服も着てみたい]、との事。今彼女が着ている服は別の飲食店の制服だそうだ。


 シンシア曰く、そこそこ値の張る店らしく、給料も良いのだとか。場所を教えてもらって、余裕が出来た時にでもお邪魔してみる事にしよう。


 「今日の服はまた随分と昨日のとは雰囲気の違う服装ね。この服を選んだのってシンシアじゃない?」

 「良く分かったね。その通りだよ。やっぱり、あの娘は露出のある服を嫌っているみたいだし、そこで分かったのかな?」

 「ええ、普段があの格好だからね。自分でも今のノアさんみたいな恰好をすればいいのに、頑なにロングパンツばっかり履いているのよね。」


 ジェシカはシンシアにもっと女性らしい恰好をしてもらいたいようだ。

 私も最近になってようやく人間の顔の美醜が分かるようになってきたのだが、ジェシカもシンシアも器量が良い。

 姉としては、可愛い妹が似合う格好をしてくれない事に不満があるのだろう。


 私はアレはアレで似合うと思っているのだけれどね。一目見ただけでは少年と間違いかねない格好と言うのは、あまりウケがよろしくないらしい。



 ジェシカを見送り、宿の主人が用意してくれた昨日と変わらない絶品の朝食をいただいてから、冒険者ギルドへと足を運んだ。

時間としては、ちょうど午前の鐘が七回鳴ったところ。冒険者ギルドが戸を開ける時間だ。


 ギルドに着いてみれば、既に大勢の冒険者達がギルドの扉の前で待機していた。

 その大多数が男性かつ前衛を務める役割の者達ためか、熱気が凄まじい。


 というか、少しどころではなく臭うな。見渡してみれば、冒険者達の見た目は清潔とはお世辞にも言えない格好となっている。


 この臭いは、汗だけでなく老廃物の臭いも、だろうか?加えて装備についた魔物ないし魔獣の体液や、何らかの油汚れも臭いの原因になっていそうだな。


 とにかく、一言で言って、臭い。この連中を甘やかすわけでは無いが、私の精神衛生上のためにも、ちょっと魔術を使わせてもらおう。この辺り一帯に『清浄ピュアリッシング』を掛ける。


 「ぬおっ!?何だこりゃっ!?」

 「魔術かっ!?いったい誰がっ!?」

 「この辺り全域に発動しているぞっ!?なんつー馬鹿げた魔力量だよっ!?」

 「この魔術は・・・『清浄』かっ!?いや、スゲエありがてぇけど、マジで誰がやってんだコレっ!?」

 「おおおおお!!鎧に付いてたしつこい汚れが見る見るうちに剝れてくぅ!!誰だか知らんがマジでありがとおおおおっ!!」


 一応、自分達の体臭などを気にしている者達もいたらしい。ちょっとした騒ぎになってしまったが、まぁ、悪臭に囲まれるよりは大いにマシだ。


 それにしても、エリィ達は毎回この臭いを纏った冒険者達の対応をしていたというのか?それも至近距離で、朝一番に。

 彼女達に頭が下がると同時に、ちょっとこの連中が許しがたくなって来たな。

 ギルド内は清潔に保たれているというのに、汚れを纏ってギルド内に入られたら、迷惑なんてものじゃないだろうが!


 この連中には文句を言ってやらないと気が済まん。


 「お前達、いつもあんな汚れた状態で、朝一番にギルド内に入っているのか?」

 「あ、アンタは竜人の・・・!アンタがコレをやってくれたのか!?」

 「お前達のためじゃない。私が臭くて堪らなかったからだ。それにあそこまで装備を汚して・・・、定期的に手入れをして汚れを落とすべきだろうが!」

 「い、いや・・・、メンテナンスにも金が掛かるし・・・、こまめにってのはチトきついぜ?」


 鎧の汚れが落ちて喜んでいた冒険者が言い淀みながらも反論を述べている。全く、そんな甘ったれた心構えでどうすると言うのだ。お前達が恋慕を抱いている相手はライバルが多いのだぞ?


 「お前達は皆、ギルドの受付嬢達にほとんど恋慕に近い感情を持っているんじゃないのか?彼女達が毎日朝一番に相手をする連中が、悪臭を放つような相手で、そんな連中に好意を持たれるなどと、本気で思っているのか?依頼をこなしてくれて感謝はされるかもしれないが、そんな状態で番いつがいの相手として相応しいと思われると、本気で思っているのか!?」

 「いや、番いて・・・。」

 「そ、そりゃあ、言ってることは分かるけどよう・・・。」

 「彼女達の気を引きたいのなら、せめて依頼を受注する時ぐらいは清潔にしろ。それぐらい、最低限のマナーと思え。受付嬢達だけじゃないぞ?私がそうなのだ。同業の異性にだってお前達が不衛生ならば不愉快に思われるぞ。」

 「で、でもよお、アンタみたいに『清浄』が使えりゃ良いだろうけど・・・。」


 甘ったれた事を言うんじゃない。使えないのなら使えるようになれば良いだけだろうが。誰にでも魔力はあるのだし、『清浄』の消費魔力はこの連中にとっても微々たるものの筈だ。一般人ですら常用できる魔術なのだからな。


 「覚えろ。魔術書なら資料室にある。」

 「無茶言うなよ。それをやるには魔術言語を覚えなきゃだろ?」

 「当たり前だ。それも覚えろ。資料室で覚えられる。」

 「いや、でも資料室にはこんな人数は入れねぇし、そもそも魔術言語の本も魔術書も一冊ずつしか置いてないだろ?」


 ほう。つまりどちらの本も手に入ると言うのならやる気があるという事だな?

 だったらちょうど良い。昨日私が開発した『転写』改め『複写』の効果を確かめさせてもらおうじゃないか。


 「なら明日まで待て。代金は取るが、どちらも私が用意してやる。」

 「はぁっ!?いや、マジで言ってんのか!?魔術書じゃなくても本の値段ってのはやたら高ぇんだぞ!?」

 「本気で異性から好かれたいと思うのなら、払えるはずだ。料金はセットで銀貨二枚だ。お前達ならば余裕で払える金額の筈だろう。」

 「いや、安すぎだろオイッ!?」

 「実質紙の値段だけだからな。私にはそれが出来る。その真偽は明日のこの時間になれば分かる筈だ。ああ、紙を自分達で用意するなら代金はいらん。その代わり、ちゃんと魔術言語も『清浄』も覚えろ。そして使え。本を私から受け取ったのにも関わらず、不衛生なままギルドに入ってみろ・・・。その時は・・・。」


 そこまで言ってから私は言葉を一度止めて、冒険者達に分かるように地面に尻尾を叩きつけた。事前に地面に尻尾を叩きつける場所には『不懐』をこっそりと施してあるので石畳の道路が破損するという事は無い。

 とても良く響く乾いた音が辺りに広がり、冒険者達がたじろいでいる。

 ここにいるほとんどの者達には、見覚えがある。私が冒険者登録をした際の一部始終を見ていた連中も半数以上いる。

 そういった連中は、私の尻尾の威力が分かるのだろう。


 「私がギルドから叩き出す。」


 そう言って、軽く睨み付けながら言葉を締めると、密集していた冒険者達が一斉に後ろへ下がり、ギルドの扉までの道が出来てしまった。


 そこまではしなくて良いと思うが、折角道を譲ってくれたんだ。有り難く一番に入らせてもらおう。

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