第421話 ドライドン帝国の民度

 騎獣の預り所というのは、大抵の場合は何処の国も城門の近くにあるようだ。そうでなければ移動が面倒臭いだろうから、当然といえば当然だな。

 預り所にリガロウを連れて行くと、従業員が欲望に満ちた目でリガロウを凝視しているのが手に取るように理解できた。

 欲しいのだろうか?欲しいのだろうな。なにせリガロウは私の自慢の眷属だ。カッコいいし可愛いぞ?譲ってやるつもりは無いがな!そもそもリガロウが認めないし。


 「それじゃあ行ってくるよ。明日の朝この街を出るつもりだよ」

 「承知しました!コッチは思いのほか広々としているので、結構快適に過ごせそうです」


 リガロウに用意されたスペースは他の騎獣達のスペースよりも広々としている。

 それもその筈だな。騎獣2体分のスペースを用いているのだ。突貫工事でもしたのか、互いの領域を遮っていた仕切りをやや強引に取り除いた跡がある。


 急いで対応したのだろう。僅かな時間だというのに、この時点で私に対応した者達は私に気に入られようと必死になっている気がする。


 「姫様に気に入られたら多大な恩恵を得られるでしょうからね。浅ましいとは思いますが、気持ちは理解できます」

 〈いと尊き姫君様が今まで訪れた国では、気に入った者達に凄まじい恩恵が下りましたからね。どうもこの国の人間達は邪というほどではありませんが、欲が強い傾向にある様です〉


 これがこの国の普通なのだろう、ヴァスターはそう言いたいらしい。

 となると、私に気に入られようとするために頻繁に声を掛けられる可能性もあると言うことか。

 宿泊先を決めるだけでも少し煩わしいことになりそうだな。


 預り所を離れ、そんなことを考えながら宿を探して街中を歩くこと15分。ふと、人間達から特に声を掛けられていないことに気付いた。

 意識を少し街中の人間達に向けてみれば、どうやら声を掛けようとするも結局怖気付いて下がってしまっている様子だ。


 今の私は特に魔力や気配を発しているわけではないのだが…。この国の人間達が私の心境を察せるだけの要領の良さを皆が皆持っているとも思えない。声を掛けられないことに、何らかの理由があると考えるべきだな。


 私が考えつく中で一番可能性があるのは…。


 〈『貴方達、何かしてる?』〉

 〈『お!さっすがぁ!もう気づいちゃった!』〉

 〈『目的はジョージとの接触とあの連中の排除ではあるけど、それはそれとして貴女は快適な旅行を楽しみたいだろうからね。煩わしい思いをしないように、私達の気遣いというヤツだよ』〉


 毎度のことながら非常に助かるのは確かなのだが、事前に通達して欲しいな。それとも、神々はそれぐらい察せるようになれ、とでも言いたいのだろうか?

 今のところ悪影響はないが、私に煩わしい思いをさせたくないのなら先に伝えてくれた方が話は早いと思う。


 〈『気付かれないようならそれでもいいかなって思ったの』〉

 〈『俺達ゃ基本的に見守る立場だからな!いつも自分から何かしたって相手に言わねぇのよ!』〉

 〈『聞かれれば答えますけど、私達は人知れず活動するのが基本でしたから…。あ、ですがノアがこれから先教えて欲しいというのなら、勿論通達しますよ!』〉


 そうしてくれると助かる、と言いたい所なのだが、少し嫌な予感がしたので返事を思い止まった。

 気軽に[これからは何かをするなら事前に連絡して欲しい]と答えた場合、どうでもいいことまで逐次報告されるような気がしてならなかったのだ。

 5柱とも、程々という言葉を知らなさそうだからな。私を見習って力のコントロールの訓練をするべきだと思うのだ。


 〈『簡単に言うけどさ、ノアちゃんみたくパパっと力をコントロールできちゃうのは、ちょっとどころじゃなくおかしいからね?』〉

 〈『なんだってそんだけの力をちょっと検証しただけで制御できるようになっちまってんだろうなぁ…?』〉

 〈『ノアの学習能力は反則じみてる。羨ましい』〉


 おっと?なにやら5柱から妬みにも近い羨望の意識を向けられているような気がしてきたぞ?

 全員私がすぐに自分の力を制御できたことに理不尽さを覚えているようだが、そうでもしなければ私は"楽園"に住む可愛い生き物達と戯れることなど、今もまだできていなかったのだ。

 コントロールできるようになるために必死になるのは、当然のことだろう?


 まぁ5柱が言いたいのは、必死になったからとすぐにできるようになったら世話は無い、と言うことなのだろうが。

 しかし、できてしまうものはできてしまうのだ。私が悪いみたいな言い方はしないでもらいたい。



 さて、話が進まないので私の文句は私の胸の中に留めて(意識したら五大神にも心を読み取られなかったみたいだ)今日宿泊する宿を探すとしよう。

 そして今回はある意味で最高の案内役が私には付いている。…若干頼りなくもあるが。


 〈『ルグナツァリオ、私が今まで宿泊して来た宿と同規模の宿泊施設ってこの街にありそう?ある様なら教えてもらえる?』〉

 〈『それぐらいお安い御用だよ。頼ってくれて嬉しい限りだ』〉


 流石は天空神だ。おすすめの宿も容易に調べてもらえるようだな。

 しかし、神に宿を案内させるとか、人間達が知ったら卒倒しそうなほど罰当たりなことをしているのだろうな。


 おや?何やらロマハが不機嫌になっている。


 〈『むぅ…。ノアには『広域ウィディア探知サーチェクション』があるんだから、いちいちルグに聞かなくても分かる筈なのに…』〉

 〈『そうは言うけどロマハ、『広域探知』で確認できる内容にも限度があるからね?流石に従業員の態度や料理の質を完全に把握しきるのは難しいよ?』〉

 〈『人間のことについて聞きたいことがあるならルグに聞くのが一番だよね!なんせ、ずぅっっっと観てるんだからさ!』〉


 珍しくルグナツァリオを駄龍と呼ばないのは、ケンカになるのを避けるためだろうか?ケンカになったらどうなるのか、今のところまだ覚えてくれているようだ。そのまま今後も忘れないでいて欲しいものだ。


 ルグナツァリオの案内に従って、私がこれまで宿泊して来た宿と同規模の宿の元まで歩いて行く。

 そうして到着した場所の目の前にあるのは、明らかに高位貴族が宿泊するような、極めて豪華な外装のホテルだった。


 ………いや、まぁ、貴族用の宿にも一度アリドヴィルで宿泊したけどさぁ…。


 やはり、駄龍は駄龍だったようだ。締め付けておこう。


 〈『ぐわああぁあああーーーーっ!!?なんでぇーーーーっ!?!?』〉

 〈『むしろこりゃあ、ルグの方が何で?ってなるぞ?』〉

 〈『ノアちゃん、多分ティゼム王国とかアクレイン王国で宿泊した規模の宿を紹介して欲しかったと思うぜ?』〉

 〈『高級ならいいってもんじゃない。それが分からないから駄龍』〉


 まさにロマハの言う通りなのだが、こうして扉の目の前で足を止めてしまっている以上、ホテル側の人間達も扉を開けるのを今か今かと待ち構えていることだろう。仕方がない、今日はこのホテルに宿泊しよう。


 少し大きな、明らかに呆れていると分かるようなため息を吐いた後、『影幕シャドウカーテン』で身を隠してから身なりの良い服装に着替えよう。

 こういう場所は、宿に限らずいちいちドレスコードが必要だから面倒臭いのだ。


 着替え終わって『影幕』を解除すれば、当然のように周囲から視線が集まってきた。というか、『影幕』を使用した時点である程度の視線が集まっていた。私がどのような姿になるのか、気になっていたのだろう。


 今回の服装は、こういった施設に入るのに可もなく不可もなくといった、ごく普通の赤い色のドレスだ。

 ベルベット生地で作られているわけではないが、この服もフウカの作品であり、品質自体は非常に良い。

 堂々とした佇まいで扉へ向かい歩み始めれば、感嘆の声やため息を吐き出す者達が大勢現れた。が、気にする必要はないので無視だ。さっさと扉を開けよう。


 「当ホテルへようこそ。この街で最上級のおもてなしをさせていただきます!どうぞ、ごゆるりとお楽しみくださいませ!」

 「とりあえず、1日宿泊させてもらうよ。明日には次の街へ行こうと思うんだ」

 「…承知いたしました。では、宿泊料と部屋の利用料として、合わせて金貨10枚頂戴いたします」


 金貨10枚など、私からしたら訳もない額なので自然な動作で『収納』から金貨を取り出して支払うわけだが、妙に高額だな。しかも宿泊料に加えて部屋の利用料?そんなものもあるのか?

 金に余裕のある者しか利用しない施設ではあるのだろうが、何と言うか、金持ちから金をむしり取ろうとする意志が感じ取れて少し辟易としてしまうな。これもまた商法の一つなのだろうか?


 私が一泊しかしないと伝えたら露骨に表情が硬くなったし、この国の人間達は基本的に欲望に忠実な者が多いのかもしれないな。

 そして私から見たら反応が分かりやすい、と。


 「この宿の食事はどうなっているかな?」

 「!ハイ!朝食は当ホテル自慢のビュッフェ形式となっておりまして、お好きなものをお好きなだけお召し上がりいただけるようになっております!そしてディナーは当ホテル自慢のシェフ達が、腕によりをかけて毎日違ったメニューを提供させていただいております!」


 ビュッフェ…。確か、今は既に亡き国で"飾り棚"を意味する言葉だったか。

 現在では、大量に並べられた小分けされた料理を自分の好みに合わせて取り分ける食事形式だったな。

 なお、[好きなだけ]と従業員は語っていたが、固定の金額で食べ放題というわけではない。取ったら取った分の料金を支払う形式になっている。


 ビュッフェ形式とはそういうものだから、文句はない。問題があるとすれば説明の仕方だ。

 アレでは人によっては食べ放題と勘違いする者がいてもおかしくないぞ?わざとやっているのか?


 〈『わざとだねぇ…。どうやら、この従業員は貴女のことを敬うべき相手と見ながらも、世間知らずで大量に金を落としてくれる金ヅルだと思っているようだよ?』〉


 神々は、人間はおろか私の心まで読み通せるからな。こういう時は非常に便利だ。

 まぁ、私のことを人間として扱うのなら、特に何か言うつもりは無い。その上で私のことを吹聴したければ好きにすればいい。

 五大神が信仰されている人間社会でルグナツァリオとキュピレキュピヌの寵愛を持つ私と、ただの人間の言葉。どちらが信用されるかなど、明白なのだ。


 この従業員に限った話ではないが、この街の人間達はどうにも欲が前に出すぎているようではある。彼の態度も、この国にとっては普通のことなのだろう。そしてこの国では別に違法というわけではないのだ。


 ならば、私が文句を言うことはないし、指摘もしない。尤も、評価を聞かれたら忖度せずに正直に評価を口にするが。


 チェックインを済ませたら部屋を一度確認して冒険者ギルドへ向かうとしよう。

 部屋の様子は、まぁ、この規模のホテルならば妥当な内容の部屋、と言ったものだった。決して悪い部屋ではない。

 が、多分他の国ならば同じ値段でより良い部屋に宿泊できるだろうな、という確信が私にはあった。


 こうなってくると、食事の方にも若干の不安を覚えてしまうな。

 この国でしか採取できない素材があり、それが名物料理として使用されることが多いらしいので、それを期待しておくとしよう。



 冒険者ギルドに入ってみれば、ここは他の国と対応が変わらない様子だった。正直かなり気が休まった。


 ホテルを出てからも服装を変えなかったので、かなり視線を集めることとなったが、今更気にするほどのことではない。受付からドレス姿を素直に称賛されたし、コレで良かったのだ。


 恒例の依頼チェックなのだが、やはり図書館からいつもの複製依頼が来ているようだ。

 ちょうどつい先ほど依頼が届けられてきたらしく、リガロウの姿を上空に確認した直後に依頼を発注したのだと思われる。


 図書館からの依頼は当然受注するとして、ふと掲示板に目を向けると面白そうな依頼を見つけたので受注してみることにした。


 「えっと、こちらの依頼ですか?し、正直、ノア様にはあまりにも簡単すぎる依頼なので歯ごたえが無いかと…」

 「歯ごたえよりも、納品物自体が気になってね。実物をこの目で確かめてみたいんだ」

 「し、承知しました。受注手続きを行いますので、少々お待ちください」



 依頼のランクは"中級インター"。"上級ベテラン"の私ならば受注可能な依頼だ。

 依頼内容は竜酔樹の実の納品。


 先程述べた、この国でしか採取できない素材である。


 この国がワイバーンを使役できる理由であり、その名の通り、ドラゴンに影響を与えられる素材でもある。

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