第420話 超大御所集団(認識されない)

 リガロウに跨りドライドン帝国へと出発するわけだが、蜥蜴人達の集落からそのまま噴射飛行で向かうわけではない。

 そんなことをすれば"楽園"からリガロウが出現したと観測されてしまうからな。まずは転移魔術で魔大陸の適当な上空に移動するのだ。


 「転移魔術でしたっけ…?地に足を付けていた状態から一瞬で空にいる状態って、何だか変な気がしますね」

 「自分の意思で地面から離れたわけじゃないからね。リガロウ、ドライドン帝国の位置情報を思念で伝えるから、好きな速度で移動すると良いよ」

 「了解です!……この距離なら…30分で到着して見せます!」


 予め転移魔術で上空に転移することは伝えていたので、リガロウもヴァスターも驚いている様子はない。

 現在地とドライドン帝国の位置情報をこの子に思念で送れば、この子は張り切った様子で全力の噴射加速を開始した。

 先月ニスマスを発った時よりも速くなっている。蜥蜴人達の集落に預けたのは、この子の成長に大いに役立ったようだ。


 ドライドン帝国の国境には、リガロウの宣言通り30分で到着した。


 既に人間達にもリガロウが空を高速で移動できることは知れ渡っているので、それほど驚かれることはないと思っていたのだが、私達の姿を遠目で確認出来た者達は驚愕と言って差し違いないほどに驚いていた。


 それもその筈だ。

 私がこの国を訪れることは人間達は誰も知らないのだ。まさか自分達の国に私が訪問して来るとは思っても見なかった、そんな様子が手に取るように分かる。


 そしてその驚き方なのだが、2つの反応に分かれている。リガロウもそれを感じ取っているようだ。


 「人間達が驚いているのはその通りですけど、なんか…反応が両極端ですね…?」

 〈おそらく、何も知らない一般の人間達と私を滅ぼした者達とで、反応が分かれているのでしょうね〉


 ヴァスターが語る通り、一般人と"女神の剣"の関係者とで私達の来訪に対する反応が明らかに異なるのだ。

 『広域ウィディア探知サーチェクション』を併用した『モスダンの魔法』で私達の姿を確認した者達を確認して調べてみたが、一般の人間達はリガロウの姿を見て、その背に私を乗せているのが分かるのだろう。有名人が自分達の国に来訪してきたことを興奮しながら喜んでいる様子だ。

 対して"女神の剣"の関係者達はというと、かなりの焦燥感に襲われている様子だ。


 やはり連中にとって、私という存在は最大級の障害なのだろうな。

 自分達の計画を潰されてしまうかもしれない、そう考えているのだろう。まぁ、私は実際に潰すつもりだが。


 ニスマ王国から移動して来た"女神の剣"は一直線にドライドン帝国の首都へと向かっているようだが、私は一応観光の名目でこの国を訪れたのだ。連中と同様に一直線に首都に向かおうものならば、自棄を起こされる可能性がある。

 それでは折角連中に合わせて移動した意味が無くなってしまう。

 私達は国境から最も近い都市・ナンディンに一度降りて、そこから観光をしながら1週間かけて首都・ロヌワンドへと向かう予定だ。


 勿論、既に"女神の剣"の拠点は把握しているので、この1週間の間に連中が拠点に全員集まるのならば、その時点で即座に殲滅する。拠点には既に『幻実影ファンタマイマス』の幻を無色透明の状態にして出現させているのだ。


 この地域にいる者達に限らず、"女神の剣"の警戒心は非常に高い。例え姿を消していようとも、登録していない魔力反応を僅かでも察知した場合、構成員達に侵入者の存在を知らせる装置が複数設置されている。


 何故そんなことが分かるのか?簡単なことだ。『隠蔽』の魔法を使用してからの『広域探知』と『モスダンの魔法』を併用すれば、その程度のことは訳はないのだ。

 しかも私は事前にルグナツァリオから連中の拠点の情報を渡されているのだ。装置の認識を掻い潜ることぐらい容易である。

 幻はこのまま待機させ、連中が一堂に会する機会を待つことにする。


 ナンディンの城壁、城門近くに着陸すると、すぐに3人の兵士が駆けつけてきた。騎獣には乗っていない。

 リガロウから降りて兵士達を迎えると、彼等は私の元に辿り着くとすぐさま跪いて頭を下げだした。既に見慣れた光景である。


 「こんにちは。今回はこの国を観光させてもらいに来たよ。早速入国審査をするのかな?」

 「ははぁっ!栄えある我等がドライドン帝国に、ようこそお越しくださいました!煩わしいかもしれませんが、規則のため形だけでも入国審査を受けていただきたく存じます!勿論、『姫君』様には特別待遇をするよう皇帝陛下からお触れが出ておりますので、平民達のように並ばれる必要はございません!」


 言葉の端々に自尊心の高さが伺える言葉遣いだ。とりわけ、彼等は平民や他国に対して優越感を抱いているように思える。

 とは言え、邪な感情は感じられないし、私に対しても敬う気持ちがあるようなので、特に気にしないことにした。

 彼が私のあずかり知らぬ場所で平民に高圧的な態度を取っていようとも、それがこの国の民度だと判断するまでだ。


 兵士達に城門のすぐ近くに設けられた部屋に案内されて簡単な書類にサインをすれば、それで入国審査は終了だ。特別待遇とやらの効果なのだろう。

 おそらく相手が貴族であったとしても、場合によっては長時間拘束される可能性があると見た。


 ドライドン帝国、聞いていた以上に貧富の差が激しそうな国だな。

 フレミーも言っていたが、資源的な意味だけでなく、精神的な意味でもあまり豊かな国ではなさそうだ。

 仮に私が今みたく大国の姫としての地位や権力を持たず、ただの冒険者として活動していた場合、非常に面倒臭いことになっていたのかもしれない。

 癪ではあるが、私がもてはやされるようにと都合を合わせてくれたルグナツァリオには感謝しておくとしよう。


 『どういたしまして。言っただろう?私は貴女は称賛されるべきだと』

 〈『普通の人間には聞こえないからと言って、真言そのままで語り掛けてくるんじゃない。私が発した真言は人間には聞き取られるんだぞ』〉


 感謝の念を少しでも送れば、予想はしていたがルグナツァリオがすぐさま返答を寄こしてきた。まったく、巫覡がいないからとこの国にいる間は頻繁に声を掛けてくるつもりだな?

 どういうわけか五大神が真言を使ってもそれを知覚できるのは巫覡だけのようなのだが、私が真言を使った場合、普通に音として人間に認識されてしまうのだ。


 いきなり五大神に語り掛けられてきて、つい私も普通に真言で返してしまった場合、いきなり訳の分からない言語を発したように人間から見えてしまうのだ。

 私に語り掛ける時は思念会話にしてもらいたい。


 〈『そうだね。そうだった。では、今後気を付けるとしよう』〉

 〈『ところで、もう全員私に意識を向けているの?』〉

 〈『おうよ!今回はよろしく頼むなぁ!』〉

 〈『僕等がこうして集まるのって、本当に滅多にないことなんだぜ!楽しませてもらうよ!』〉

 〈『ノア、いっぱいお喋りしようね!』〉


 いっぺんに真言による思念が送られてきて、あっという間に私の頭の中が賑やかになってきた。なお、思念は私にだけ送られてきているようで、リガロウやヴァスターには届いていない。

 

 ロマハの声がかなり弾んでいるな。家の広場にいる間はまるで会話をしていなかったからか、自由に会話ができる今の状況をとても楽しみにしていたようだ。

 ルグナツァリオとすぐに喧嘩を始めなければ良いのだが…。2柱を窘めるダンタラも今回はいるとは言え、彼女も強制的に2柱を止められるわけじゃないからなぁ…。

 喧嘩を続けるようならダメージを与えられる思念の送り方をダンタラに教える話、2柱は覚えているのだろうか?

 というか、ダンタラはどうしたのだろうか?まだ大陸の地下を精査している最中なのだろうか?


 〈『はーいはいはい!たった今終わりましたよぉー!ふぅー、何とか間に合ったようですね!』〉

 〈『いや、微妙に間に合ってねぇぞ?』〉

 〈『タラっちだけ遅刻だねー。ゆっくりで良いって言われたからって、手を抜きすぎたんじゃなぁ~い?』〉

 〈『うぐぅっ!?か、加減が難しすぎますよ~!』〉

 〈『こらこら、煽らない煽らない。それでダンタラ、少なくともこの大陸にある連中の拠点は把握できた、と言うことで良いんだね?』〉


 つい最近まで休眠状態になっていたので、その分の負担が他の神々に回っていったのだろう。津波の件がいい例だろうな。

 津波のことだけではないが、負担になった分を清算するかのようにキュピレキュピヌがダンタラを煽り、罪悪感を植え付けている。

 ダンタラの性格を把握しての言動だろうな。彼女が休眠して負担が増えたこと、思いの他根に持っているのかもしれない。もしくは、ダンタラの反応を単純に楽しんでいるだけか。


 とにかく、こうしてダンタラも会話に加わったと言うことは、この大陸の地下の状態を全て把握し終えたと言うことだろう。

 確認を取ってみれば、自信に満ちた声が帰ってきた。


 〈『ええ、ええ!勿論ですよ!すべて、把握しました!連中の拠点だけでなく地上への移動経路もバッチリですよ!』〉

 〈『それじゃあ早速だけど、情報を思念で伝えてもらっていい?』〉

 〈『はい!情報のやり取りはルグと一度経験しているみたいですし、一度にすべて送ってしまって大丈夫ですよね?では、いきますよ?』〉


 私が返事をする前に、一気に情報が押し寄せてきた。

 いやまぁ、このぐらいの情報量ならば何ともないようだから助かったが、これがもし私でも耐え切れない量だとしたら、何もない場所でいきなりダメージを負っていたことになったんじゃないか?

 そんな様子を周りの人間に見られたら何事かと騒ぎになるところだった。


 〈『ダンタラ、少し慌てすぎだよ。私の強度を信用してくれたからなのかもしれないけど、そこまで急ぐわけでもないんだ』〉

 〈『あああああ!?ご、ごめんなさい!大丈夫でしたか!?痛くなかったですか!?治療しましょうか!?』〉

 〈『いや、だから大丈夫だって…もう少し落ち着こう?』〉


 おかしいな。私の知るダンタラはもっと落ち着いた年上の女性というイメージがあった筈なのだが…。目覚めて報告に来てからのダンタラは何故か残念なイメージが付いて離れない。

 彼女がこういうそぶりを見せるのは、珍しくないことなのか?


 〈『いや、メッチャレアだよ?今のタラっち』〉

 〈『普段は落ち着いているのだけどね、一度慌てだすと、なかなか戻らないのがダンタラだよ』〉

 〈『あああああ!止めて下さい!暴露大会とか良くないですよ!貴方達の失敗談とかも暴露しますよ!?』〉


 暴露大会は良くないと言った直後に自分も暴露すると言うのはどうなんだ?

 いかんな、このままでは一向に話が進みそうもない。


 まとめて締め付けるか?


 そう思った瞬間、神々の意識が一つになった気がする。先程までの賑やかな気配がピタリと収まったのである。戯れもここまで、と言うことだな。

 それにしても、世界中で有名になってしまった私もだが、今回の旅行にこうして五大神の意識が常について来るというのは、凄まじい事態だな。それを認識できるものはこの国にはいないらしいが。不思議な感覚だ。少し面白い。


 さて、それではそろそろドライドン帝国の観光を開始しよう!


 手始めに、リガロウを預り所に預けなくては。

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