第600話 得意技
オルディナン大陸の人間達は、何を求めてアイラを自分達の大陸に招待したのだろう?
招集という線は考えていない。
アイラ自身にもティゼム王国にも応じる理由がないからだ。それに、オルディナン大陸へ向かうのはアイラだけではないしな。
海をまたいで遠く離れた国がティゼム王国の真実に辿り着いているとは思えないし、目的としては"楽園"由来の素材の取引に関する交渉が妥当と言ったところだな。
〈勿論、あわよくば今まで以上に利益のある取引を望むのでしょうが、彼等の1番の望みはソコでは無かったりします〉
ハイドラによる鞭撃と打撃を凌ぎながら、タスクが私の考えを訂正する。
今の私の考えはかなり表情に出てしまっているようだな。
それとも、『
まぁ、特に自分の心や思考を閉ざしてなどいないから、読み取ろうと思えば私の思考も読み取れるかもしれないな。
尤も、教えるつもりのない情報に関してはしっかりと防護させてもらってはいるが。
五大神という容易に相手の心を読み取れる存在がいるのだ。
世の中には思考が読み取れる魔法や魔術があるかもしれないし、そういった魔法や魔術の使い手がいないとも限らないのだ。
ついうっかりだなどというつまらない理由で、私の情報を漏洩させるわけにはいかないため、肝心な情報は『通話』が使用できるようになった時点で封鎖済みである。
だから、今の私の思考を読み取られたとしても特に問題は無い。
〈ええと…。その表情の理由は良く分からないのですが…。オルディナン大陸がティゼム王国に求めているものを説明してもよろしいですか?〉
〈…構わないよ。続けて〉
タスクが『通話』を通して私の思考を読み取っているというのは、単純に私の思い過ごしだったようだ。
思考を読み取られても問題無いと得意げな表情をしていたのは、私も自分で理解できていたからな。
唐突にそんな顔をされれば困惑もするというものだ。
どうやら私はかなり表情が動いていたらしい。タスクは私の表情を見て私の考えを予測していたようだ。
では改めて尋ねるとしよう。オルディナン大陸はティゼム王国に何を求めているのだろう?
〈ノア様ですよ〉
〈私?〉
別に私はティゼム王国に所属しているわけではないが?
そもそも私を求めるのなら、ティゼム王国ではなく私に直接言うべきでは?
〈無茶言わないでください。現状ノア様は世界中のどこへだって行けるではありませんか。ティゼム王国が招待されたのは、あの国が最も貴女様と親しい関係だと思われているからです〉
まぁ、最初に訪れた国だし、最も訪れた回数の多い国であるのは間違いない。
だがな、私が最も親しい国はティゼム王国ではなく魔王国だぞ?その点は間違えて欲しくない。
〈本当に魔王陛下と親友かつ対等の間柄となられたのですね…。とは言え、魔王国に連絡を取ることも要求を出すことも不可能なのは、ノア様も存じているかと〉
それはそう。魔王国への入国手段は勿論、連絡手段も非常に限られているからな。
魔大陸の人間ですら魔王国への確実な入国方法や連絡手段を確立させていないというのに、他大陸の人間ができる筈もないのである。
まぁ、他大陸の者に魔王国へ要求を出したり自分達の大陸に招待すると言ったことは不可能だろう。
それで、オルディナン大陸は私の何を求めているのだ?
〈魔王国から世界中に向けてあのような通達がありましたからね…。その上、以前ノア様はデンケン提督にオルディナン大陸へ行ってみたいと語っていましたから、待ちきれなくなったのだと思います〉
つまり、なにか?
早く私に自分達の大陸にも訪れて欲しいから、現状私と最も交流のある国の者達を歓待して私にオルディナン大陸へ行くよう催促してもらうのが、彼等の目的だとでも?
〈まぁ、かいつまんで説明すればそう言う話になります。まさか彼等も、ティゼム王国の使者達を招待したその時点でノア様もご一緒しているとは考えていないでしょうね〉
私に言伝を頼んでもらうために私と親しい者達を自分達の国に招いたら、私も一緒に来てしまったことになるわけだからな。彼等の驚きは隠せるものではないだろう。
タスクもそれを理解しているからか、やや意地悪そうに小さく笑っている。
なるほど。なかなか愉快な話じゃないか。
今回の旅行もまた、楽しめそうだな。良い思い出が沢山作れそうだ。
さて、そろそろ頃合いだろうか?
タスクとの『
シャーリィに見ることもまた修練だと言った手前、見ても分からないような動きを見せても意味がない。オスカーに至っては既に呆然としてしまっている。このまま戦いの内容を激しくし続けたらシャーリィも同じような状態になってしまうだろう。
「タスク、貴方の基礎的な動きは大体分かったよ。そろそろ得意技の1つでも見せてもらえないかな?」
「簡単に言ってくれますね。ですが、見せろと仰るのでしたら吝かではありません。…見せるのは1つでよろしいのですか?」
ほう。期待させてくれるじゃないか。つまり、タスクには自分だけの自慢すべき技が複数あるということだ。
流石は上位の宝騎士。こうでなくてはな。
ならば、見せて欲しい。もっと言うなら、この場にいる者達に存分に見せつけて欲しい。
なにせ今のやり取りをした途端、シャーリィは勿論、騎士舎で訓練を行っていた騎士達が期待に満ちた眼差しで私達に視線を送っているのだ。
しかし、タスクは見た目と違ってかなり肝が据わっているな。
線が細く物腰も柔らかいため視線を集めることに抵抗を覚えるタイプだと思っていたのだが、タスクに動じた様子は微塵もない。
「アクレイン王国の武闘大会ではもっと多くの人々から、もっと言えば陛下を始めとした王族の方々からも視線を集めるのです。この程度のことで動じてなどいられませんよ」
ほほう、武闘大会。実に心躍る言葉だ。
何度も話に聞くし何度も本で目にした言葉だが、生憎と私はまともな大会に居合わせたことが無い。
経験があるとしたら、ドライドン帝国で行われた非公式の決闘か、マギバトルトーナメントぐらいだ。
どちらも戦う催しではあるのだが、この2つを数に入れるのは何か違う気がする。
機会があれば是非とも私も何らかの形で関わってみたいところだ。
出場したいだなどと、無粋なことは言わない。審判だったり司会進行役だったり優勝者との特別試合だったりと、関わる方法はいくらでもあるのだ。
いっそのこと、少額ではあるが寄付でもしてみようか?
いや、色々と思いを馳せ巡らせたい話ではあるが、今はタスクに集中しよう。
せっかくこちらが望み、満を持して得意技の1つを見せてくれるというのだ。無下にしてはあまりにも無礼というものだ。
勿論、これからタスクが得意技を披露するからと言って私はハイドラを振るうことを止めるつもりはない。
宝騎士ともあろう者が得意技を放つのに溜を要するなど、甘えにもほどがあるからだ。
実戦で技を放つからそれまで待って欲しいなど言ったところで、待ってくれるような相手はいないのである。
いやまぁ、何事にも例外はあるから、必ずそうとは言わないが。
グリューナのドゥームバスターを真っ向から受けたのもその例外の1つだな。アレは受けてみたいと思ったのだから仕方がないのだ。
これまでと同じように死角からのハイドラによる鞭撃と正面からの打撃を魔術でいなし、体を傾けて回避をしながら、タスクは私がハイドラを振り払ったタイミングで自分の剣を振るった。
剣の刀身は、私にまるで届いていない。だが、あくまで届いていないのは剣の刀身だけだ。
これは褒めずにはいられないな。体を少し仰け反らせて斬撃を回避させてもらおう。
私の背後にある部隊の端に小さな裂傷が入り、さらにその先にあった訓練用の的が真っ二つに両断された。更にはその先にある壁にも…いや、壁には防護魔術が施されていたようだ。無傷である。
尤も、今のでかなり魔術効果が薄れてしまったようだ。観戦していた騎士が複数人で慌てながら防護魔術を掛け直していた。
タスクの放った斬撃は、リガロウの放つ飛爪のように魔力を飛ばしているわけでも無ければ、真空波によって射程を伸ばした斬撃でもない。
あの斬撃の正体は、魔力を含んだ水だ。
タスクは、自分の剣に魔術によって極薄の水の膜を纏わせ、斬撃と同時に高圧かつ高速で斬撃に乗せて剣に纏わせた水を飛ばしたのである。
水に限らず、液体というのは高圧で放つことで凄まじい破壊力を生み出す。タスクはその性質を利用したのだ。
単純に魔力の刃を飛ばすのとはわけが違う。
放たれた水の斬撃は、人間の肉眼ではまともに視認できないほど小さな水の粒子なのだ。
大抵の者には何が起きたのか分からないような、見えない斬撃と感じてしまうだろう。
魔力だけでも同じことができないわけではないが、人間がいざそれを実施しようとした場合、その難易度の高さに苦心することだろう。
魔力は扱うものの意思次第でどのようにでも変質させられるのだが、同時に明確な性質を持たせるのは非常に難しいのだ。
だからこその水の使用である。
直接水を用意すればそれで目的が達成されるのだから、いちいち魔力で水の性質を再現する必要など無いのだ。
勿論、人間の肉眼では捉え切れないほど微細な水の粒子を斬撃として飛ばす時点で非常に難易度が高い。
タスクは溜めを必要とせずにこの技を放った辺り、本当に得意技なのだろうな。
そんな得意技を初見で回避してしまったからか、タスクは苦笑して小さくため息を吐いてしまっている。
あの反応は、私が回避できると予想していたのだろうな。
「…初見で回避なさるとは…。ノア様には見えるのですね…」
「そうだね。もっと小さく…半分以上小さくてもハッキリと見えるよ。だけど、実に見事な技だ。そういう技を見るのはとても楽しいよ」
「お褒め頂き、恐悦至極です」
得意技を回避されたからと言ってこの試合が終わったわけではない。引き続き私はタスクに対して彼がかろうじて凌げる攻撃を繰り出していく。
タスクも回避や迎撃の合間に私に水の斬撃を繰り出している。
初撃からして溜めを必要とせずに放ったことから、彼の剣術のすべてであの水の斬撃が使用できるとみてよさそうだ。
あの水の斬撃は射程距離を気にする必要が無いため、わりと強引に放ってくることもあった。
少し我儘に突き合わせすぎてしまっただろうか?タスクがほんの僅かにだが自棄を起こしているような気がする。
本当に微細な感情だ。おそらくタスク自身も気付いていないんじゃないだろうか?
タスクの得意技も1つとは言え見れたことだし、この辺りで良いだろう。
稽古はまだまだ続くのだし、私とタスクで舞台を独占するわけにもいかないのだ。
それに、タスクにはどちらかというとこちら側にいて欲しいからな。
強引に放たれた水の斬撃をハイドラ受け止め、受け止めた水をハイドラに纏わせ、同じようにタスクに向けてハイドラを振るう。
「お返しだよ」
「っ!?」
若干無理な体勢で技を放ったため、見えているというのに身体が動かせないようだ。
舞台に『不殺結界』を展開しているわけではないので、もう片方のハイドラを振るってタスクに向けた撃ち出した水の斬撃は止めておこう。
「良い物を見せてもらったからね。ちょっと真似をさせてもらったよ。私達だけでこの場を使うわけにもいかないし、この辺りにしておこうか」
「ふぅ…!そうしていただけるとありがたいですね。最後のアレは少し冷や汗をかかされましたよ」
「それは悪いことをしてしまったね。最近分かったことなんだけど、私はどうやらイタズラ好きでね。親しい者にはこうして驚かせたりして反応を見たいんだ」
「………ノア様に親しい者と思われていることを光栄と思っておきましょう…」
言葉を返してもらうまでにかなり間があったな。
うん。まぁ、イタズラで命の危機にさらされたらたまったものではないからな。その反応も理解はできる。
「ちょっと興が乗り過ぎたみたいだ。悪かったね。それでなんだけど、ここからはタスクにもコッチ側についてもらって良いかな?」
「そうしていただけるとありがたく思います」
コッチ側というのは、当然教える側という意味だ。
シャーリィやオスカーは私が面倒を見るとして、他の騎士達はタスクに面倒を見てもらおうと思う。
なお、ジョージとイネスの担当は引き続きリガロウだ。
「ノアさーん!俺も!俺もタスクさんに見てもらいたいっス!ちょっとでいいっスから!」
「殿下!伏せて!」
「へ?どぅっはぁっ!?」
リガロウの相手は相当にキツいようだ。
タスクが騎士達の面倒を見てもらうように言った直後、ジョージまでタスクに面倒を見てもらいたいと言い出した。
当然、私に意識を向けてしまったせいでリガロウから見て隙だらけとなってしまっている。
すぐにイネスがリガロウの突進に気付き、ジョージの右頬に回し蹴りを当てて強制的に彼を地面に叩き倒している。
「グルァアッ!よそ見してると危ないぞ!」
「あい…スンマセン…」
「逼迫した状況でよそ見はいけませんぞ殿下。気持ちは分からないでもありませんが」
言いながらイネスも懇願するような視線をこちらに送っている。
彼女からしてもリガロウの遊びに正面から付き合うのは厳しいようだ。ジョージとリガロウに悟られないようにしているが、彼女の目から感じる感情は必死そのものである。
しかし、その要望に応えるわけにはいかない。リガロウの遊びにまともに付き合えるのはこの2人しかいないだろうからな。
タスクも大丈夫ではあるだろうが、彼はこちら側。騎士達を見てもらいたいのだ。辛いかもしれないが我慢してもらおう。
なに、辛いからこそそれを乗り越えれば以前よりも確実に強くなっている筈だ。頑張りなさい。
「さて、シャーリィもオスカーも十分に休めたね?そろそろ本格的な稽古を始めようか」
「待ってました!先生!私もさっきのヤツやってみても良いですか!?」
「え!?シャーリィ様、アレができるんです!?」
「水があれば!」
それじゃ駄目だろう。水も自力で用意できてこその技なのだから、シャーリィの要望に応えるわけにはいかない。
やってみたいのならばせめて簡単な魔術だけでも溜め無しで使用できるようになってもらわなければな。
魔術の話をした途端、シャーリィが急に顔をしかめだした。
「シャーリィ。剣術ばかりでは、いずれ対応しきれない相手と対峙した時に詰んでしまうよ?貴女でも…いや、貴女のような人に適した魔術の習得方法があるから、それを教えよう。オスカー。貴方は私の背後に立って。私が貴方の方に振り向くまで可能な限り立ち続けなさい」
「は、はい!」
シャーリィに教えるのは、リナーシェと同じ魔術の訓練方法だ。
魔大陸の住民が多用するトレナスト流魔術は、魔術構築陣を魔力によって組立て、構築陣に必ずある『実行』の魔術言語に魔力を流すことで魔術が発動する。
つまり、魔術の使用には正確な魔術言語と構築陣の形状を覚える必要があるのだ。
シャーリィはこの魔術言語や構築陣を覚えるのが苦手なのだと思う。
頭に知識を詰め込むのが苦手なようなのだ。そんなシャーリィでも、リナーシェに教えた訓練方法ならば魔術が使用できるようになると思う。
頭で覚えられないのならば、体で覚えればいいのである。
シャーリィの場合、剣術の型や相手の癖といった体を動かすことに起因する内容ならば、抜群の記憶力を発揮するのだ。頭ではなく体が覚えているのである。
「というわけでね、剣で魔術構築陣を描いて徐々に剣から離れていけば、いずれは魔術を使用できるようになるといった習得方法だ。リナーシェはこの方法でかなりの数の魔術を覚えたようだよ?」
「そ、そんな説明をされたらやらないわけにはいかないじゃないですか!やってやりますよ!私だって魔術を使いたくないってわけじゃないんです!」
気合は十分だな。ただ、動かない的に向かって魔術の訓練をしても仕方がないからな。的はコチラで用意させてもらうとしよう。
オスカーは私の背後に立ってもらい、なるべく両足だけで立つように言っておいた。
私の背後には当然尻尾がある訳で、彼には私がシャーリィを見ている間、私の尾撃を凌いでもらうことにした。
勿論、無造作に尻尾を振るうわけではない。
騎士達が好んで使用している"アドモ流剣術"と同じ軌跡で尻尾を振るわせてもらった。
騎士舎での訓練は私にとっても楽しい時間だったようで、あっという間に夕食の時間が迫り、騎士舎に訪ねた私達は訓練を終えてそれぞれの宿泊先に戻ることにした。
勿論、昼の休憩時間に昼食も取っている。騎士舎の食堂で一堂に介しての賑やかな昼食となった。
なお、ジョゼットとアイラの会話は午前中だけで片付いたようで、午後からは2人も稽古の内容を見学していった。
午後に入って早速シャーリィが下級とは言え魔術を使用したことに両手で口元を塞ぐほどに驚いていた。
一応、シャーリィも魔術が使用できなかったわけではなかったのだが、それでもああまで感動されたのは、やはり普段の私生活に置ける信頼が原因か。
しばらくは一緒にいることになるようだし、この機会に彼女の剣術以外の面倒も見ておくとしよう。
ジョージに任せても大丈夫な気がしないでもないが、男性では難しい部分もあるだろうからな。
この街に来て早々にシャーリィが絡んできたため、私は宿の宿泊手続きをしていなかったのだが、そこはアイラが上手く動いてくれたようだ。
私も彼女達が泊まる宿の世話になった。
そしてその翌日。
遂にデンケンが交易船団を引き連れてこのモーダンの街に訪れる時が来た。
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