第599話 まさかの移動手段

 タスクは泰然自若と言う言葉が似合うな。何の動作もなしに唐突に『通話コール』で声を掛けてみたのだが、まるで慌てた様子がない。

 コレがフウカやグリューナだったら多少は慌てていただろうし、興奮もしていただろう。


 〈『通話』…と言いましたか?こうして秘密裏にお声がけ下さるということは、"彼"のことを説明していただけるということでよろしいですか?〉

 〈そのつもりだよ。ただし…〉

 〈試合…いえ、稽古はこのまま続けるし、途中で稽古が止まる様ならそこで話は終わり…と?〉


 いやいや、流石にそこまで意地悪はしないさ。事情は今の稽古がどのような結果になろうと説明するとも。

 ただ、このまま稽古は続けさせてもらうというだけの話さ。そんなに警戒しないでもらいたいな。


 〈はぁ…。では、何故ノア様があの怪盗と親しくしているのか、説明をお願いします〉

 〈なに、私にとっては大した理由ではないのだけどね。多くの人々にとっては大した話だったりするんだよ〉

 〈それは…ジョージ殿下が親し気にしているのと関係があったりするのですか?〉


 ああ、そうか。タスクは私がドライドン帝国でジョージに干渉したのは知っているだろうが、ジョージにどのような干渉をしたのかは知らないだろうからな。

 元より詳細を説明するつもりではあったが、順を追って説明した方が良さそうだな。


 だが、険悪な空気を払うためにも最初は結論から述べさせてもらおう。


 〈先に言っておくと、一応怪盗も救国の英雄と言えるほどの活躍を裏で行ってたりするんだよ〉

 〈ドライドン帝国で、ですよね?〉

 〈そう。始まりは今から約3年前らしいよ?ジョージがたまたま怪盗とジェットルース城で出会ったのが始まりだ〉


 その後、ジョージがドライドン帝国を脱出するために怪盗に自分を国から逃がすよう依頼をし、当時宰相だったアインモンド=ハイテナインと繋がっている者達を調べ上げ、かの国が未曾有の危機に陥りかけていたことが判明。

 私が帝国に訪れていようがいまいが、あのタイミングで怪盗はジェットルース城に侵入してアインモンドの計画の要になっていた媒体を盗み出していただろう。


 私が関与しないところでイネスは転移魔術が可能な状態になっていたからな。段取りは十分だったのである。

 まぁ、私が関わっていなかった場合、およそ数ヶ月でイネスの苦労は無駄になっていたのだが。


 とは言え、それを言ってしまったらどれだけイネスやジョージが頑張ろうとも私がいない時点であの国は詰んでいたわけだが。

 そこは私のバックに五大神がいるからな。たまたまではなく必然的にドライドン帝国は救われたのだ。


 ジョージを含む皇族達はアインモンドの計略によって兄弟同士で殺し合いをさせられるところだった。まぁ、殺し合いというのはただの建前で、実際には長兄であるジェルドスに兄弟達を皆殺しにさせるつもりだったのだが。


 ジョージは兄弟達を救うため、何より自分が生き延びるために私に助けを求めた。私がいなかった場合、多分だがイネスに自分を鍛えて欲しいと願い出ただろう。

 もしかしたらその場合でもジェルドスに勝てていたのかもしれない。だが、可能性は極端に低かっただろう。

 というか、有無を言わさずにドライドン帝国の外へイネスが連れ去っていたかもしれない。


 怪盗に拉致されるという形で国外へ連れ出せば、少なくともジョージの身に危険はないだろうとは考えるからな。

 尤も、周りがそう思っていてもアインモンドがそれを認めたかは、はなはだ疑問ではあるが。


 〈よもや、ドライドン帝国でそのようなことになっていたとは…。いえ、アインモンド宰相は我々も不審に思ってはいましたが…〉

 〈で、ジェットルース城から抜け出す際に居合わせた怪盗も一緒に"ドラゴンズホール"へ行ってジョージに修業を付けたわけだね。その際、折角だからということで怪盗にもジョージの修業を手伝ってもらったのさ。元々知り合いだったし、一緒に修業をした中でもあるからね。仲が良いのはそういうことだよ〉

 〈なるほど…そういった事情がおありでしたか…。ところでノア様。今日までの間に怪盗が重ねてきた罪状の件ですが…〉


 タスクは生真面目だなぁ…。

 救国は救国。犯罪は犯罪。タスクからすれば、そこに恩赦などは考えていないようだ。


 〈タスクが怪盗を捕まえたいのは、貴方が騎士だからかな?〉

 〈法を犯した者を見過ごすわけにはまいりませんので〉


 今のままでは何を言っても怪盗を逃がす気がなさそうだ。むしろ私に怪盗を説得して欲しいとまで言い出して来そうだ。


 〈…ノア様。折り入って頼みがあるのですが…〉


 そら来た。言っておくが、私は嫌だぞ?

 イネスをここで拘束するつもりも自首するように説得をするつもりもないからな?


 多分だが、イネスはジョージ達と共にオルディナン大陸へ行くつもりなのだ。

 それはつまり、私も旅行先でイネスと合流する可能性が高いということだ。

 ジョージ達の向こうでの滞在期間がどれほどかは分からないが、入れ違いになるとは思っていない。


 造船技術の優れたスーレーンの交易船ですら魔大陸からオルディナン大陸に移動するのに2カ月近く掛かるのだ。デンケンがそう言っていたのを私は覚えている。


 ジョージ達はおそらく魔大陸で造られた船でオルディナン大陸へと移動するだろうから、間違いなく移動には2ヶ月以上時間が掛かるだろう。


 交渉次第にはなると思うが、デンケンにアクレイン王国でのバカンスを早めに切り上げてもらえれば、先にオルディナン大陸へと向かったジョージ達に追いつくのも可能だと思うのだ。


 つまり、向こうの大陸でも知人と旅行を楽しめる可能性があるのだ。

 可能性があるのならやってみたいだろう。イネスは勿論、ジョージやシャーリィに向こうでも稽古や修業が付けられるとなれば、シャーリィもリガロウも大いに喜びそうだしな。


 〈あの…ノア様?先程も申し上げましたが、陛下からノア様の要望を極力叶えるよう伺っておりますので、怪盗の説得や拘束を要求したりはしませんよ?〉


 おっと?意外にもタスクは私の予想とは違った要望をしてくるようだ。

 では、彼は何を望むというのだろうか?


 〈オルディナン大陸へは、オスカーも一緒に連れて行ってもらえないでしょうか?〉


 ?


 どういうことだ?

 何故私がオスカーをオルディナン大陸へ連れて行くのだ?いや、それぐらいは別に構わないが…。

 タスクの言い方では、まるで私がジョージ達とも一緒にオルディナン大陸へ向かうような口ぶりに聞こえるのだ。


 〈ああ、すみません。説明していませんでしたね。アイラ夫人やジョージ殿下達は、明日このモーダンに停泊するスーレーンの交易船団。その最高責任者であるデンケン提督の所有する船、"マグルクルム"にて移動しますよ〉


 んんー?おかしくないか?

 デンケン達が来るのは明日なのだろう?

 それでジョージ達がこの街を発つのが1週間後の筈。


 いくらなんでも出発が早すぎないか?デンケンももっとバカンスを堪能したいだろうに…。

 モーダンに停泊して積み荷を降ろして反対に積み荷を積んでと…。

 そんなことをしていたら1週間なんてすぐだぞ?


 〈もうちょっとデンケン達を休ませてあげたら?〉

 〈いや、私達が決めたことではありませんので…。これはどちらかというとスーレーン…もっと言うならオルディナン大陸からの依頼ですから〉


 んんんんん~~~?オルディナン大陸からの依頼ぃ~?

 何だか話がややこしくなってきていないか?

 他大陸の総意としてアイラを含めたティゼム王国の人間達に用があるというのか?


 まさかとは思うが、例の帳簿の存在が明るみになったとかの話では無いよな?


 あまりにも私の顔が困惑に満ちていたのだろう。しかも余計なことを考え過ぎてしまったせいで、少しだけ力の加減を誤ってしまった。


 ハイドラの鞭撃を回避したタスクだったのだが、回避したはずの鞭撃が更にタスクを追尾するように迫っていったのだ。

 

 回避した際の反動もあり、あえなくタスクは初めてハイドラによる鞭撃を受けてしまうことになる。

 ハイドラの刃がタスクの右耳を連続して掠めるように通過していった。

 ハイドラの刀身がノコギリの刃のように屈曲した刀身をしているため、何度も右耳を痛めつけられるような感覚に陥ったのだろう。


 表情には出ていないが、『通話』でタスクとは繋がっているため、非常に痛そうにしているのが嫌でも理解できる。


 〈ゴメン。しかし、急に突拍子もない話になったものだから…〉

 〈………。いえ、こちらも淡々と事情を述べてしまいましたから…。順を追って説明しましょう〉


 助かる。ただし、稽古はやめない。

 私がハイドラを戻す素振を見せないため、タスクの表情は真剣そのものだ。焦っていると言ってもいい。

 まぁ、内心も別の意味で焦り気味なのだが。


 私に伝えるべきを伝えていなかったのが拙いと感じたのだろう。

 しかし、タスクに非があるとは私は思っていない。


 なにせ、私がこの街に来たのは今日だからな。

 この街に来て早々シャーリィが絡んでくるわジョージとイネスを回収するわ早速稽古をつけるわで、タスクに詳しい話を聞く時間などあってないようなものだったのだ。


 ちなみに、タスクの机に詰まれていた書類の山の中には見事なまでにジョージ達の大陸移動に関する書類が無かった。


 〈決まったのは先月の話ですし、最優先で片付けなければならない内容でしたからね。ティゼム王国とオルディナン大陸の信用に関わる重要な仕事だったのです〉

 〈考えてみたら、凄い大仕事だよね。あんなに書類が溜まってたいのは、そっちの仕事を優先してたから?〉

 〈それだけというわけではありませんが、大体そんなところです…〉


 タスクも大概仕事人間だよなぁ…。マコトほどではないが。

 彼にも助手や副官を付けてやったらどうだろうか?

 もしかしなくとも、オスカーがその立場だったりするのか?


 だがそうだとした場合、タスクの要望を受け入れたら彼はしばらくオスカーがいないまま職務をこなすことになる…。

 それは即ち、タスクの仕事を手伝える者がいなくなるということじゃないか!


 〈ご安心ください。ノア様が手伝ってくれたおかげで、私もだいぶ楽ができますから〉


 安心できるわけがないだろうが!どう考えたって私達がオルディナン大陸から帰って来たらタスクは仕事まみれになっているぞ?


 とは言え、折角頼まれているのだ。オスカーをジョージ達と一緒に旅立たせないのは、あまりにも惜しい。


 多分だが、ジョージもシャーリィもオルディナン大陸から戻って来たら見違えるように強くなっているだろう。

 それでは少しオスカーが可哀想に思えてくる。


 仕方がない。

 少々癪な気もするが、タスクの要望を受け入れようじゃないか。

 それはそれとして、今よりも少しだけハイドラを振るう速度を速めておこう。

 意味は特にない。強いて言うならちょっとした癇癪だ。


 それよりも、詳しい話を聞かせてもらおうじゃないか。


 私はまだ、詳しい説明をしてもらっていないのである。

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