第601話 交易船団、来る!

 レイブランとヤタールには、この日のために事前に早めに起こしてもらうように頼んでいたので、私はシャーリィよりも早くに目が覚めた。


 朝食を取りにレイブランとヤタールを両肩に乗せて廊下を移動したところ、今しがた目覚めたであろう、大あくびをしながら自室からシャーリィが顔を出してきた。

 そして既に起床している私を見て驚愕している。


 「先生って朝全然起きられない人って聞いてたのに…私より先に起きてる…!」

 「私1人じゃ無理だよ。この子達のおかげ」


 レイブランとヤタールに意識を送れば、この娘達はそれに応えるかのように翼を広げて自身の存在感をアピールしだした。


 私がアクレイン王国に入国した時からウチの子達の存在は透明化させていないため、人間達にも認識できる筈なのだが、不思議なことにウチの子達について尋ねようとする者は殆どいなかった。

 オスカーとジョゼットがレイブランとヤタールやゴドファンスを見て何かを訪ねたそうにしていただけである。


 おかげでウチの子達は好きなように過ごせたのだが、何処か解せない。

 ウチの子達は誰もが私の自慢の配下だというのに、誰も気にしていないというのは少し…いや、かなり不満がある。


 ウチの子達は私が人間達に称えられたり私に対して人間達が恭しい態度を取ると機嫌が良くなるわけだが、私もウチの子達を褒めてもらったりしたら機嫌が良くなるようだ。フレミーに対するフウカの反応でそれが良く分かった。

 だからこそ、何の反応も無いと面白くない。


 「……………」


 というか、シャーリィですらレイブランとヤタール達を見て固まってしまっている。

 この娘達の魔力は絶妙と言っていいほど上手く隠蔽されている。威圧などもしていないため、何故そこまで固まっているのかはなはだ疑問である。


 「シャーリィ?」

 「………あの、ノア先生?昨日からずぅっっっっっと!聞きたくても敢えてスルーしてたことがあるんですけど!」

 「うん、聞かせて?」


 しばしの沈黙の後、シャーリィからやや怒気を含んだ口調で聞きたいことがあると言われた。

 スルーなどしないでその場で聞けば良いと思うのだが…。

 とにかくシャーリィの質問を聞かせてもらおう。


 「なんっなんですか!?先生が連れてきたその動物?達は!!?なんか凄く先生のこと慕ってるし、先生は先生でメチャクチャ可愛がってるし!」


 うんうん。ようやく言及してくれたか。

 不思議だろう?今までリガロウぐらいしか私の身内と呼べるような存在がいなかったというのに、突然沢山の中の良いモフモフ達を連れてきたのだから。コレで何の反応もない方がおかしいのだ。

 昨日までの状況は異常事態と言っても良いだろう。私は今のシャーリィのような反応を、この国に来た時から人間達に期待していたのだ。


 「私の家に一緒に住んでいる子達だよ。全員ではないけど、今回の旅行では一緒に来てくれることになったんだ」

 「せ、先生の家って…確か人が住めないような場所って聞いたんですけど…」

 「そうだね。それは今でも変わっていないよ」

 「でも、その…先生が連れてきた動物?達は普通に暮らしてるんですよね…?」


 呼び方があまりにもぎこちなさすぎないか?こんなに可愛い見た目をしているのだから、もっとこう、[あの子達]とか[その子達]とか、そんな感じで読んでもらえないだろうか?

 まぁ、ウチの子達は全員千年以上の時を生きているので若干失礼かもしれないが。


 〈別に気にしてないわ!〉〈大した問題じゃないのよ!〉


 この娘達は悪感情が含まれていなければ呼ばれ方は特に気にしないらしい。寛容なことだな。


 〈うっとうしかったらぶちのめせばいいじゃない!〉〈気に食わないならブッ飛ばせばいいのよ!〉


 あ、いや違う。コレ単純に人間という存在が自分達から見てあまりにも矮小な存在だから気にも留めていないだけだ。


 「…?なんか、今物凄い寒気が…」

 「早朝はまだ冷えるだろうからね。部屋に戻って暖かい紅茶でも飲むと良い。私は先に朝食をいただいておくよ」

 「あっ!ちょ、先生!……う゛ぇ゛っ!?」


 どうやらシャーリィはレイブランとヤタールの思念を微量ながらに感じ取ってしまったようだ。

 この娘達から[ぶちのめす]だの[ブッ飛ばす]だのといった非常に物騒な感情を向けられれば、寒気を抱くのも無理のない話である。


 シャーリィが私を呼び止めようとしたのだが、レイブランとヤタールが同時に振り返りシャーリィを見つめると、彼女はその場で青ざめて硬直してしまった。


 できればシャーリィにもう少しレイブランとヤタールを自慢したいところだが、このままでは寒気を抱くどころか失神してしまいそうだったので、多少強引ではあるが話を切り上げてさっさと朝食を取りに行くことにした。


 〈その辺にしておこうね?〉

 〈だらしがないわね!ちょっと見つめただけじゃない!〉〈このぐらいで勘弁してやるのよ!〉


 シャーリィも最初に出会ったころと比べれば見違えるように強くなりはしたが、それはあくまでも人間の基準で考えた場合だ。

 レイブランとヤタールを始めとしたウチの子達からすれば、シャーリィがどれだけ強くなろうとも人間の枠組み内。何も変わっていないのと同議である。


 ウチの子達については、また今度時間がある時にでも詳しく説明しよう。



 シャーリィと別れて朝食を求めて食堂に辿り着けば、既に何人か自分の席を確保して朝食を楽しんでいる最中だった。

 その中にはイネスの姿も見受けられた。

 今のイネスが怪盗の変装した姿だと知っている者は極少数である。そのため、大抵の者は今のイネスを見てもコレと言った反応はしないだろう。


 折角なので声を掛けておこう。一緒に朝食を取るのだ。


 「おはよう。こちらの都合に付き合ってもらってありがとうね」

 「…おはようございます…。はぁ…」


 おや、挨拶を返してもらえたのは良いのだが、イネスの様子が妙だ。普段の彼女ならば明るい挨拶が帰って来る者だと思っていたのだが…。


 「どうかしたの?今日もいい天気だよ?港からは、さぞ交易船団の様子がよく見るんじゃないかな?」

 「あのぉ~…、ノア様?もしかしなくても、このまま私もオルディナン大陸に行くんですか?」

 「行かないの?てっきり一緒に行くものだと思ってた」


 ここモーダンまでこっそりとジョージの後を付いて来たのだ。

 それだけの執念を見せるのなら、当然オルディナン大陸を目指すものだと思っていた。


 「あくまで!内緒でですぅ!モロバレな状態で一緒について行く気はなかったんですぅ!」

 「向こうで偶然を装って会おうとしてた?」

 「そうですよぉ!その方がこう、ミステリアスな印象を抱いてもらえるじゃないですかぁ!」


 なぜイネスはジョージにミステリアスな印象を与えたいのだろうか?それが魅力的だと思っているのだろうか?

 そんなことをしなくともイネスは十分魅力的な女性だとは思うのだが…。


 「…イネスはジョージを番にしたいの?」

 「いやいや!いやいやいや!急に何を言い出すんですかまったく!そんなわけないじゃないですか!そんなことになったら注目の的ですよ!?無理ですって!」


 違ったか。しかしこの反応…。無理をして否定しているようにも見える。


 「質問を変えよう。もしもジョージから告白されたら嬉しい?」

 「…ノア様って自分では恋愛感情とかまるで抱く気配がないですけど、他人の恋バナとか好きそうですね…」

 「うん。嫌いじゃないよ。自分が経験できそうにない分、興味が湧くんだ」


 相変わらず、私は他者に対して恋慕の思いを抱いた経験が無い。

 最も親しくなった相手も同性のルイーゼだし、同族の異性で最も親しい相手であるヴィルガレッドは父親のような感覚だ。

 彼も彼で私とならば子を成せるだろうに、私を娘のように見ているせいかそういった感情を抱かないようだ。

 そんな私だからこそ、恋愛を題材にした話には興味が湧くのだ。


 ルグナツァリオ?論外だ。神と番になる気はないし、そもそも彼にはそういった感情がまるで起きそうにない。

 遥かに年上の筈なのに、何故私の方が年長者のような振る舞いをしなければならないのだ。


 ……いや、知らん。神に見初められて伴侶になることも過去に何度かあるとか言われても、だから何だとしか言えないぞ。そもそも、そんなことをしているからロマハから色魔と呼ばれるんじゃないのか?

 というか、感情だけで不満を伝えてこようとするんじゃない。話が進まなくなるだろうが。締め付けるぞ。


 …良し、やかましい気配も去ったことだしイネスとの会話を朝食を楽しみながら続けるとしよう。



 高位貴族が宿泊するような施設なだけあって私が利用した部屋も夕食も、文句無しに楽しめた。

 そして今、朝食も同じように楽しませてもらっている。


 港町というだけあって朝食に出てきたのは魚料理だ。三枚におろした赤身魚の切り身を絶妙な焼き加減で提供してくれている。

 切り身には魚の皮もついているのだが、この皮がまた美味かった。


 表面はほんの少しの焦げ目が付く程度に加熱され、切り身から皮をはがして箸で摘まみ上げてみれば、皮は垂れることなく確かな硬さを得ていたのだ。口に含んで噛んでみれば、容易に砕けてまるで焼き立てのベーコンのようなカリカリとした食感を楽しめた。


 だが、それはあくまでも皮の表面の話だ。

 皮の裏側、身に付いていた部分はというと、非常に脂がのっていてしかも栄養素まで豊富だったのだ。

 更には脂が味付けに用いた塩を吸収し、まさしく魚のベーコンでも食べているかのような味わいを私に齎した。


 この皮だけを提供して酒のつまみにでもすれば、結構売れるのではないだろうか?


 「あ、分かります?結構人気商品だそうですよ?」

 「流石だね。私が思いつくことぐらいなら既に始めてしまっていたか」


 ほんの少しだけしょっぱいと感じる味付けに小気味良い触感。これで酒に合わない筈がないのだ。

 まぁ、今は朝食時ではあるが。

 しかし、そんな商品があるのなら今晩にでも早速注文させてもらおう。


 昨日の晩にもこの宿でモーダンの高級酒を口にしたが、鮮やかな香りながら長く舌に仄かな甘味の残る良い酒だった。

 部屋に戻った際にフレミーとゴドファンスにも飲ませたが、当然のように彼女達も気に入ってくれた。


 この宿でのみ取り扱っている酒だったため、以前モーダンに訪れた時には購入できなかったのだ。勿論、今回は購入させてもらったとも。

 少しだけ無理を言って多めに購入させてもらった。家で帰りを待っているヨームズオームやホーディにも飲ませてあげるのだ。


 なお、昨晩は能力を抑えて酔ったりはしていない。

 酔った拍子にウチの子達の詳細を説明しかねなかったからだ。

 私の正体を知っているルイーゼの傍でならともかく、人間達の前で酔うつもりはない。人間達に私の酔った姿を見せるのは、当分先の話になるだろうな。


 朝食を取っている間にイネスと恋バナの続きをしていたのだが、それで分かったことがある。


 イネスは、僅かにではあるがジョージに気があるな。

 ただ、自分が年上だということに加え、ジョージの立場や自分の正体のこともあって自分ではありえないと考えているようだ。


 まぁ、ジョージから見たイネスは私と親しい、何故か自分を付け回す新聞記者だからな。

 彼の様子をイネスから聞いてみたが、日々をマコトの雑用と冒険者の依頼で各地を奔走しているようだし、恋愛にかまけている余裕がないといった様子だ。


 ……このままだとジョージがマコトの二の舞になりそうだな。

 選んだのはジョージではあるが、マコトの後継者という選択肢を与えて願ったのは他ならぬ私だ。

 もしもジョージが番を見つけられなかったら、責任を取って私が相手を見つけてみるか?


 「やめた方が良いと思いますよぉ…?絶対迷惑がりますって…」

 「でも、イネスが見た限りではジョージも恋愛というか、番が欲しい様子なんでしょ?」

 「あくまでもいつかは…ってやつですよ。現状は今の生活が楽しくて仕方がないご様子ですからねぇ。ええ、大変良いお顔をしてくれています」


 ああ、イスティエスタで僅かにだがジョージのブロマイドを所有している女性冒険者が確認できたが。ブロマイドの制作者はイネスだな。

 正確には、イネスがブロマイド用の写真を撮影して記者ギルドに提出。ブロマイドとして発行して販売、と言ったところか。


 「いやぁ、流石は殿下。あの整ったお顔に周囲の評判も相まってバカ売れですよぅ!取り分は6:4と少々向こうに渡し過ぎたような気もしますが、そんなことがどうでもよくなるぐらいにはガッポガッポですよぅ!」


 余程実入りが良かったのだろうな。イネスがもうけ話を企む強欲な商人のような表情をしている。

 この分だとブロマイドの第2弾を制作する予定があるのだろうな。


 しかし、そうなると少し気になるところがある。


 「……ジョージは当然ブロマイドについて知ってるんだよね?で、彼の取り分は?」

 「………コノアトニデモワタスヨテイデシタヨ?」


 渡していないうえに、この様子だとそもそもブロマイドについて話していないな?

 そもそもあの写真はジョージの許可を得て撮影したのか?


 「フウカが知ったら怒りそうな話だね」

 「ヒュイッ!?つ、伝えますよ!ええ!誠心誠意説明させていただき、私の取り分から8割ほど殿下にお渡しします!」


 イネスはフウカに相当な苦手意識を覚えてしまったようだな。彼女の名前を出した途端、明確に怯えだした。

 彼女達の仲は良好のようだが、ただ単に良好というわけでもなさそうだ。

 私のあずかり知らぬところで、上下関係がハッキリと決まってしまうような何かがあったに違いない。


 『真理の眼』を使用すればその辺りも容易に理解できそうだが、フウカに聞けば済みそうな問題なのでやめておくことにした。魔法を使用して確認するのは、フウカから話を聞いた後だな。



 朝食を終えた私は、早速停泊所まで足を運ぶことにした。ウチの子達やリガロウも一緒である。

 停泊所まで来た理由は、勿論船を見るためだ。


 というか、既に私の目からは交易船団の船体が見えている。

 この停泊所に到着するまでにはまだ時間が掛かりそうだし人間達の目では確認できない距離ではある。


 そのため、早起きして釣りをしに来た住民が私の姿を見て驚愕している。彼等もまさか、私の視線の先に交易船団があるなどとは思っていないだろう。


 前回は最後尾にいたため、尻尾で高さを確保しなければ碌に確認ができなかったからな。

 今回は最前列で尻尾も使わずに確認してやろうというのだ。


 水平線の先からこの停泊所に到着するまでの一部始終、その全てをこの目に納めさせてもらうとしよう。


 どうせデンケンはまた停泊する前に自分達を歓迎してくれる相手の姿を確認するのだ。


 今度は皆でデンケンと視線を合わせてみよう。

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