第399話 導魂神・ロマハ
リガロウにアンデッドドラゴンの居場所を指摘してから3分。場所はハイ・ドラゴンの巣から少し離れた、樹木が乱立する山腹だ。時期が時期のため木々からは葉が軒並み残っておらず、山は全体的に茶色くなっている。
そんな山腹を、黒色の魔力を周囲にまき散らしながら、少しずつ前進する木朽ちたドラゴンの姿を確認した。アレが目標だな。
"
一般的に生前に強い未練を残した者や生に執着していた者の魂が、死後も肉体に留まり星に還元されることを拒むことによって発生する、現象に近い存在だ。
"蘇った不浄の死者"が持つ魔力は例外なく一色。黒色のみである。
黒色の魔力は死を司り、その魔力に触れるものを様々な形で死に追いやる。
私が"
壊死に枯死、疫病に呪い。生きとし生ける者から忌避されるあらゆる要因が黒色の魔力からは発生する。
このままアンデッドドラゴンを放置してしまえば、この辺り一帯は間違いなく生物が生活できる環境ではなくなってしまう。
「リガロウ、正面に回り込んで」
「了解です!」
私が『
それならば、あまり自重する必要もないから、私が自分の翼で移動しても良いのだが、今の服装で翼を出せば、折角の衣服が台無しだ。
それに、リガロウの機動力で十分アンデッドドラゴンの移動速度を超えているので、私が自分の翼を使用する必要はないのだ。
『モスダンの魔法』でアンデッドドラゴンの状態を確認して分かったのだが、やはりこのドラゴンは自らの意思で"蘇った不浄の死者"になったわけではないようだ。
本来彼の心臓部に合ったはずの魔石が無くなっており、代わりに黒色の"
そう、古代遺物だ。つまりこの騒動の原因は、十中八九"女神の剣"の仕業と見て良いだろう。本当に禄でもない連中である。国に大きな損害を与えるには非常に有効な手段であるため、本当に質が悪い。
ハイ・ドラゴンの"蘇った不浄の死者"の討伐など、本来ならば"
"ダイバーシティ"達ならば討伐隊に抜擢されるだけの実力は十分にあるが、彼等だけで成し遂げられるわけではないのだ。
彼等に加えてリナーシェと試合の審判を務めていた宝騎士を含めたとしても、まだ戦力が足りない。目の前にいるのはそういう相手だ。
だからこそ、フロドは私に指名依頼を出したのだ。正しい判断である。
そんなアンデッドドラゴンから、苦し気な声が聞こえてくる。
〈オ…オオオ……コ………コ……テク……オアアアアア!!!〉
見ていて、いたたまれないな。彼自身は死を望んでいるというのに、心臓部に取り付けられた"古代遺物"によってそれが許されていないのだ。
口汚くなるが、胸糞が悪くなるというのは、こういうことなのだな。不愉快な気分にさせられる。
「姫様!」
「分かってる。さっさと終わらせよう」
リガロウが焦った様子で私に行動を催促する。この子にとっては、例え私が魔力で防護していてもアンデッドドラゴンの放つ魔力が辛いのだ。
進化を果たしたとはいえ、この子はまだ幼竜。永くを生き続けてきたハイ・ドラゴンから見れば、生まれたても生まれたてだ。力の差は歴然である。
生前の彼にこの子を会わせてあげた場合、孫のように、それこそモスダン公爵がエリザを愛でるるかのように可愛がっていたかもしれない。
"古代遺物"の強度はそれなり以上だ。リナーシェが全力でグレートソードを叩きつけたとしても、コレを破壊しきることはできないだろう。破壊するには相応の火力が必要になる。
こんな物騒な物は残骸の一欠けらも残しておく必要がないのだ。跡形もなく消し去っててしまおう。
尻尾カバーを外し、
それだけで問題無く"古代遺物"は完全に消滅した。朽ちたハイ・ドラゴンの体から黒色の魔力が放たれることはなくなったようだ。
「や、やった!流石姫様!姫様に掛かればアンデッドになったハイ・ドラゴンだって敵じゃありませんね!」
あっという間に元凶を片付けた私を、リガロウが褒めちぎって喜んでいる。
私の力の一端を間近で見ることができて、はしゃいでいるのだろう。年相応の少年らしくて可愛らしい。
ただ、確かにこれで元凶は片付けたが、問題が全て解決したわけではない。朽ちたドラゴンの肉体自体は、まだ残っているのだ。
ハイ・ドラゴンには若干の意思が残っていたので、もしかしたら"古代遺物"を取り除けば会話ができるのではないかと考えたのだ。だから、肉体ごと消滅させるようなことはしなかった。
とは言え、既に理性を失っていた魂だ。
自身を"蘇った不浄の死者"にさせていた元凶を取り除いたからと言って、すぐに理性を取り戻せるわけではないのは、当然だな。
だが、理性を取り戻す伝手はある。
ここは一つ、ヴィルガレッドの真似でもしてみようと思うのだ。
あの時彼が何をしていたのかを頭に思い浮かべて思い出しながら、ハイ・ドラゴンに向かって私の意思を送ってみる。
私だってドラゴンの姫なのだ。やってみせるさ。
「〈気をしっかり持てっ!貴方を穢す元凶はすでにない!永くを生きたハイ・ドラゴンとしての矜持、私に見せてみろ!〉」
「は、はいぃっ!?」
〈オ…オオ……おおぉっ!?…こ、この気配は!?このお声はぁっ!!〉
ヴィルガレッドがルイーゼに正気を取り戻すために行った、声と思念を同時に伝える手法。
密着していたリガロウにも私の声だけでなく思念が届いたようで、驚いてしまっている。この子を驚かせたことは、後で謝っておこう。
それはそれとして、私の目論見自体は上手く行ったようだ。相変わらず朽ちた体はそのままだが、ハイ・ドラゴンは理性を取り戻したようである。
肉体さえ無事ならば、すぐにでも平伏してしまいそうな声色だ。
流石はハイ・ドラゴン。魂だけとなっても会話は可能なようだ。
そうと分かれば彼の魂を回収して、腐臭を放つ彼の朽ちた遺骸を片付けてしまおう。一応、許可はとるが。
「無事意識を取り戻せたようだね。それ自体は喜ばしく、何があったのか事情を伺いたいけど、その前に良いかな?貴方の肉体、消滅させるが構わないね?既に腐敗が進み、誰の恵みにもなりそうにない。ああ、魂の方は私の方で保護させてもらうよ」
〈勿論です。お手数をお掛けしますが、お願いいたします。いと尊き姫君様〉
許可も得たことだし、早速行動を開始しよう。ロマハには悪いが、彼の魂は少しの間預からせてもらう。
まずは魂の回収だ。
魂が生物から抜けて消えていく様子を何度か目にしたことがある。
今回はその消えゆく魂が肉体から出る際に私の元に引き寄せ、星へと還る前に保護しようと思うのだ。
生命の循環をせき止める行為のため、ロマハからは歓迎されなさそうだな。
『大丈夫。それぐらいなら問題無い。手伝おうか?』
咎められないと分かったのはありがたいのだが、まさか手伝いまで申し出てくれるとは。五大神は誰も彼も、少し私に甘すぎやしないか?
『生物でありながら私達と対等に会話ができる存在はとても貴重。それに、ノアも生まれたてなんだから、甘やかすのは当然。で、手伝う?』
鼻息を荒くして語っているような気がするのは、私の思い込みだろうか?
まぁ、手伝ってくれるというのなら頼むとしよう。魂を直接扱うことなど初めての行為なのだ。
その道のプロフェッショナルとでも言うべき存在が手伝ってくれるというのならば、是非教えを請わせてもらう。
『任せて。まずは魂を保護する器を作る。元の肉体よりも強固な物が良い』
「…?なんです?コレ?姫様…じゃないですよね?」
そうロマハが嬉しそうに語ると、私の目の前に魔力で形成された球体が出現する。コレを解析して真似ろ、と言うことらしい。
リガロウにはロマハの気配が認識できないので、突如魔力の器が形成されたことに困惑している。
「ハイ・ドラゴンを、同胞の魂を助けるためのものだよ」
「助けられるんです!?」
リガロウは私がハイ・ドラゴンの魂を保護するつもりだとは思っていなかったようだし、それが可能なことだとも思っていなかったようだ。
まぁ、普通はそうだろう。死霊術を使えばやれないことはないのだろうが、その死霊術の大半は禁呪扱いだ。
そもそもあまり知られている知識ではない。リガロウが驚くのも無理はないのだ。
魂を保護するための器を私が形成すると、ロマハが嬉しそうに次の指示を出してくれる。
『ノアは魂を知覚できてるから、後は難しくない。彼の肉体から魂が抜けたら、ノアの魔力で魂を覆ってあげて、そのまま魔力ごと器の中に入れてあげて。それで魂の保護が完了する』
そんなことでいいのか。意外と簡単だな。
いやまぁ、本来は魂を知覚すること自体が難しいようだし、私の場合は前提条件が既に揃っていただけか。
「待たせたね。貴方の魂を保護する準備ができた。もう肉体から離れてくれて大丈夫だよ」
〈心より、感謝いたします。いと尊き姫君様。事情を説明するためにも、しばしの間、お世話になります〉
朽ちた肉体からハイ・ドラゴンの魂が抜けていく。教えられたとおり、肉体から離れた魂が霧散してしまう前に私の魔力で覆い、形成した器の中に連れてこよう。
それにしても、このハイ・ドラゴン。私のことを呼ぶときは[いと尊き姫君様]で固定するつもりなのだろうか?彼がそう呼びたければ止めるつもりもないが、言い辛くないのか?
ハイ・ドラゴンの私に対する呼び方について考えていると、ロマハから追加で魂の扱いについてのアドバイスが来た。
『念には念を入れるなら、物理的な頑丈な器も用意してあげると良いよ』
魔力の器だけでも私の魔力ならばそう簡単に破損はしないだろうが、物理的な器があった方が安定するのはその通りだな。
誰も見ていないことだし、『
アダマンタイトほど頑丈ではないが、魔力に対しての親和性が高いから、今回の目的に適している筈だ。
まぁ、人間からしたら非常に希少な金属のため、人前で見せるわけにはいかない物になってしまうのは間違いないな。
それにしても、さっきからロマハが妙に嬉しそうだな。何か良いことでもあったのだろうか?
『ノアの役に立てた』
それだけ?
『私にとっては大事。駄龍は最初からノアに協力してたし、ダンタラもノアのお願い聞いてた。そのせいでまだ寝てるけど。キュピィはノアに寵愛を渡してるし、ズウも津波の時にノアに協力した。私だけ、ノアの役に立ってなかった』
そういうものなのか。
そういえば、ファングダムでウルミラにオリヴィエの護衛を頼んだ時も、何処か嬉しそうにしていた気がする。家に帰ってあの娘の様子を聞いたら、とても誇らし気に自慢していたと皆が言ってたし。
『これで皆に自慢できる』
〈『ほどほどにしないと、またルグナツァリオとケンカになるよ?』〉
『望むところ。今度こそあの駄龍を分からせる』
…私は今回の旅行の帰りにルグナツァリオのところに顔を出すつもりだ。
彼にリガロウの姿を直接見せてやりたいから、というよりも、リガロウに彼の姿を見せてやりたいからだ。きっととても驚く筈だ。意地悪かもしれないが、私はその様子が見たいのだ。
それはそれとして、その時にロマハと下らない口喧嘩をしているようだったら、どちらにも少し強めに殴る思念を送っておくとしよう。
さて、少しの間放置してしまったが、仕上げを行うとしよう。抜け殻となった朽ちたハイ・ドラゴンの肉体の処分だ。
ほぼ全体に腐食が進んでしまっていて、素材として使えそうな場所はほとんど残っていない。未だに腐食が進んでいない場所は、角の先端部と数本の牙ぐらいか。
ギルドの報告の際には、ギルド証に討伐記録がされるだろうから必要ないかもしれないが、一応証拠品として腐食していない部分を回収しておこう。
なお、私ならば魔法を使用して腐食した部分を浄化させることも可能ではある。
だが、既に"蘇った不浄の死者"となった姿を冒険者達に確認されている以上、やるべきではない。
そんなことをしたら面倒なことになるのは目に見えているからな。
私の時間を奪われて煩わしい思いをしないためにも、余計なことはしないのだ。
腐食していない僅かな部位を回収したら、『消滅』の意思を込めた魔力球を生み出し、それを朽ちたハイ・ドラゴンの肉体に向けて射出する。
魔力球が朽ちたハイ・ドラゴンの肉体に触れると、瞬く間に魔力球が触れた場所から朽ちたハイ・ドラゴンの肉体のみが消滅していった。
「…こ、これが…姫様の御力………」
〈何と言う凄まじさ…この力すら、いと尊き姫君様の力の一端ですらないとは……。流石は"楽園"の主様…〉
「さて、やるべきことも済んだし、ニスマスに戻るとしようか。リガロウ」
「は、ハイ!先程の建物の所に行けばいいんですね!?」
全長20m以上あるドラゴンの巨体が瞬く間に消滅してしまった様子を目の当たりにして、リガロウが恐れ慄いている。私の呼びかけに対しても、若干怯えが含まれている気がする。やらかしてしまっただろうか?
今後、この子から怯えられるようになってしまったら、流石にショックを受けてしまいそうだ…。
それと、ハイ・ドラゴンは私が何者かを理解しているようだ。
彼もグラシャランと同じく、私がヴィルガレッドと地上で会話をしている時に僅かに放った七色の魔力を感知できたらしい。
それができる時点で、生前の彼は相当力を持ったドラゴンだった筈だ。もしも彼にその気があるのなら、リガロウにドラゴンの先輩として、少しで良いから知識や戦い方を教えてあげて欲しいな。
既に死した者に頼むのもどうかと思うので、できればで構わないが。
まぁ、それは後で良いだろう。ギルド証を確認すれば、しっかりとアンデッドドラゴンを討伐したと記されている。
これで依頼は完了だ。ニスマスに戻って、観光を再開しよう。
家の皆に、ニスマ王国のお土産を買ってあげるのだ!
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