第398話 観光を台無しにする急用
買い物の結果に満足し、リナーシェに城に戻ることを伝えると、彼女は少しだけ名残惜しそうな様子を見せた。リナーシェとしてはもう少し街を見て回りたいのだろうか?
「実を言うと、こうしてフィリップとデートする機会ってそんなに頻繁にあるわけじゃないのよ。それに、ノアってまだお土産らしいお土産は買ってないんじゃないの?」
私達に付いてきたのは、デート目的だったのか。今の状況のように城下街に出かける機会はあまりない、とリナーシェは語る。
あまり時間が過ぎると昼食の時間と被ってしまうため、早めに城に戻ろうと思ったのだが、ショートケーキは逃げるわけではないからな。それならばリナーシェの要望を優先させて、もう少し城下街を見て回ってもいいかもしれない。
ショートケーキは、午後の訓練が一息ついたあたりで振る舞えばいいだろう。
では、まずは出かける時に予定していた冒険者ギルドにでも顔を出すとしよう。
勿論、冒険者ギルドだけではない。リナーシェが指摘した通り、家の皆へのお土産を見て回るのだ。
「それじゃあ、今度は冒険者ギルドに向かおうと思うけど、良いかな?」
「勿論よ!冒険者ギルドに顔を出すのは初めてだから、ちょっと楽しみだわ!」
"ダイバーシティ"達は、結構な頻度でリナーシェからの依頼という形で呼び出しを受けていたわけだが、当然彼女が直接冒険者ギルドに足を運び依頼を出したわけではない。
おそらくは、今回こうして私達に同行している護衛達にでも指示を出して、冒険者ギルドに依頼を発注させたのだろう。
いや、護衛には護衛の仕事があるのだから、護衛ではなく侍女あたりに指示を出したのか?
どちらにせよ、彼女が冒険者ギルドに顔を出すことは、これまで一度も無かった。それはファングダムにいた頃から変わらないのだろう。
時間が時間なので、今の冒険者ギルドは非常に閑散としていることだろう。
大人数から注目を注目を浴びることにまだ慣れていないリナーシェにとっては都合がいい筈だ。
残念ながら冒険者ギルドの出入り口の大きさは、リガロウが入れるほどの大きさではないため、この子だけは外で待機という形になってしまう。
というか、今までが都合よくリガロウが通れるほど大きな出入り口だっただけなのだ。本来ならば人間が通れればそれで良いのだから、それほど大きな出入り口は必要ないのである。
すぐにできることではないだろうが、いずれはこの子にも体の縮小化を覚えてもらった方が良いだろうか?城に戻って部屋でくつろげる時間になったら聞いてみよう。
リガロウを一体だけ外に置いて行かなければならないことに心苦しさを感じてしまうが、私は引きずるようにして冒険者ギルドの施設内へと足を運ぶことになった。
リガロウ自身が、私を施設内に入るように促したからである。
「本来ならばこうして姫様と共に人間の街を見て回ることすら難しいのです。街の景色を見ることですら俺にとっては新鮮なのですから、姫様は遠慮なくその建物の中に入ってください」
毎度のことだが、私の眷属、物凄く良い子だ。感動した。優しく抱きしめて沢山撫でてあげよう。
リガロウを撫でまわしていると、私の後頭部に手刀を放つ動きを察知したので、尻尾で優しく受け止めた。
まぁ、リナーシェだろうな。リナーシェだった。
「自分の騎獣が可愛いのは分かるけど、構い過ぎて時間を浪費しないでよね?日が暮れるまでリガロウを撫でまわすつもりなの?」
「だって、凄く良い子で可愛いから…」
リナーシェの言い分は分かるし、彼女の言い分は紛うことなく正論なのだ。だが、リガロウが可愛いから撫でたくなってしまうのだ。
しかし私の我儘でリナーシェや"ダイバーシティ"達が何もできずにいるのもまた事実。本当に心苦しいが、一時の別れだ。なるべくすぐに戻って来るから、それまで良い子にして待っているんだよ?
「チヒロードじゃ普通に離れて行動してたんでしょ?何で今更になってそんなにベッタリなのよ…」
「ニスマスに来てからはずっと一緒だったからね。その分、別れが後ろ髪惹かれる思いになるのさ」
アリドヴィルやチヒロードでは、騎獣は預り所に預けるものだというルールに従っていたからな。
それがニスマスに来てからは一緒に王城に入れるどころか、同じ部屋で寝泊まりまでさせてくれたのだ。ずっと一緒に居たくなるのは、当然じゃないか。
駄々をこねていても何も始まらないので、気持ちを切り替えて冒険者ギルドの施設へ足を踏み入れると、やはり内部は閑散としていた。
3人の冒険者の姿が確認できるが、冒険用の装備を殆ど身に付けていない様子を見ると、恐らく今日の彼等は休日なのだろう。それぞれ別の受付嬢に熱い視線を送っている。
以前マコトに聞いた話なのだが、ギルドの受付は訪ねてきた者の心象を良くするために、外見の優れた者を起用することが非常に多いのだ。それは受付嬢も受付僮も変わらない。
気があるのならば見ていないでもっと自分をアピールすべきだとは思うが、いちいち指摘するのは止めておこう。それはいらぬお節介というヤツだ。私が口出しすることではない。
そんな受付嬢に夢中になっている冒険者達も、私達の来訪は無視することはできなかったようだ。
私達が施設に入った途端、私達の気配を察知して視線をこちらに向ければ、彼等は目を見開いて私達を凝視しだした。
"ダイバーシティ"達はともかく、私やリナーシェ、ついでにフィリップは滅多に目にすることがない人物だ。それが揃いも揃ってこの場所に訪れることが、いまだに信じられない。そんな感情がありありと伝わってくる。
彼等のことは無視して受付に声を掛けておこう。
尤も、受付達も彼等と同様に非常に驚いているのだが。ここは出入り口から一番近い人物ではなく、一番スムーズに対応できる人物に声をかけるとしよう。
受付達の中でも一番肝の据わった人物は…。
うん。彼にしよう。気だるげな様子でこちらに視線を送り、自分のところにはまず来ないだろうと思っている青年だ。顔立ちはやはり受付を任されることもあって非常に整っている。
意表を突いたわけではない。彼が一番優秀そうに見えたので声をかけることにしたのだ。
まぁ、このギルドで降ろすつもりだったテュフォーンの素材はフロドに渡してしまったので、ここでの用事は依頼の確認ぐらいなのだが。
「こんにちは。私宛に図書館から依頼は来ている?」
「っ!?こ、ここ、こんにち…っ!あっ!いえっ!少々お待ちを!」
依頼を確認するために、受付僮が依頼書をまとめた分厚い本を慌てて開いている。
少し時間が掛かりそうだから、カウンターから離れておこう。
声を掛けられるとは思っていなかったからこそ、声を掛けられると驚いてしまうものだ。まるで、自分の存在が気付かれることはない、とでも思っていたかのような反応だな。
実際、彼は隠形が非常に得意なようだ。"ダイバーシティ"達からもリナーシェからも高く評価されている。
「見た通りすんごい美形ですからね。彼を狙ってる女の子ってかなり多いんですよ。毎日勤めてるって言うのに隠形の効果で滅多に察知されないから、幻の受付僮なんて言われたりもしてますね」
「彼、結構やるわね…!身体能力が隠形と同じレベルで高かったら、稽古相手になってもらいたかったところよ!」
「ははは…。良かったなぁ、ピーター君。君の平穏は守られたようだよ…」
リナーシェにとっての最上位の賛辞なのだろうが、他の者が聞いたら苦笑しか出来ないのだろうな。それはつまり、一日中リナーシェとの訓練に付き合わされることになると言うことなのだから。
現にスーヤが受付僮のピーターとやらに、やや恨みがましく声を掛けている。まるで彼もいっしょにリナーシェと訓練をしようと誘っているかのようだ。
"ダイバーシティ"達にとって、リナーシェとの訓練は非常に疲れるのだろう。ショートケーキを作り終えて私が彼等の元に来た時には、大量の汗を流していたからな。
スーヤは、ピーターとはそれなり以上に親しい関係のようだ。だからこそ、先程の冗談めいた恨み言も出てくるのだろう。
そのピーターの確認も済んだようだ。さて、私に向けられた依頼は?
「お、お待たせいたしました!まず、図書館から本の複製依頼が届いています」
「いつものことだね。他には?」
「はい。一件、討伐依頼が指名依頼で発注されています」
指名の討伐依頼、か。私を指名にするのだから、相当厄介な相手なのか?
「依頼主はフロド陛下。討伐対象は、アンデッドドラゴンになります」
また随分と厄介事の臭いがしそうな依頼を出してきたな。
「そのドラゴンが元は何のドラゴンだったかは分かる?」
「ハイ・ドラゴンですね。長いこと巣に引き籠っていて、大人しいドラゴンだったのですが、最近になって討伐されたらしく、冒険者が度胸試し感覚で巣に近づいたら"
「討伐した者の情報は?」
「それが…討伐した者の情報がまるで見つからず、討伐された正確な時間も分からないのです。冒険者達が確認した時には巣の周辺は汚染が広がり、凄まじい腐臭がしていたそうです」
はた迷惑なことをしてくれたものだな。そのハイ・ドラゴン、何もしなければ危害を加えない、比較的人間に対して友好的なドラゴンだったんじゃないか?わざわざ討伐する必要性を感じないのだが…。
十中八九まともな人間の仕業ではないだろうな。冒険者が討伐したかも怪しい。
冒険者ならば討伐した際に素材を持ち帰るなり自慢するなりして、自分の行動を報告するだろうからな。
「元がハイ・ドラゴンであったため、その戦闘力は未知数です。どうか、討伐をお願いします」
「分かった。結構な緊急事態のようだし、すぐに取り掛かろう。そのドラゴンの巣の位置を教えてもらえる?」
「っ!ありがとうございます!今、地図をご用意します!」
ピーターはカウンターの下からニスマス周辺を書き記した地図を取り出すと、ハイ・ドラゴンの巣の位置に印をつけて私に渡してくれた。リガロウに全力で噴射飛行をしてもらえば、10分足らずで到着する位置だ。
アンデッドドラゴンの討伐に加え、ついでに本の複製依頼の方も受注手続きをしてもらい、冒険者ギルドを後にした。
ギルドの施設を出て私を出迎えてくれたのは、当然私の可愛い眷属。リガロウだ。
「終わりましたか?何か依頼を受けたのですか?」
「うん。少し厄介な奴をね」
そう言って、リガロウに受注した依頼の説明をする。
「君ならあっという間に目的地に到達するだろう。頼める?」
「勿論です!さっさとその同胞を解放してやりましょう!」
そうだな。私としても、討伐対象のアンデッドドラゴンが生に執着して"蘇った不浄の死者"になったようには思えないのだ。
積極的に外へ出て活動していたのならばともかく、巣に引き籠って大人しくしていたそうだからな。
アンデッドドラゴンを討伐すると同時に、『真理の眼』によって今回の経緯を確認するつもりだ。
さて、リガロウに全力で移動してもらう以上、他の者達に今回の討伐依頼を同行してもらうわけにはいかない。
彼等には少しの間、何処かで時間を潰してもらうことになるのだが…。
「それならもう一回ギルドに入りましょ!冒険者ギルドには訓練場があるんでしょう!?今日のトレーニングは途中で終わっちゃったから、ノアが戻ってくるまでの間、ロスした分を取り戻しましょ!アナタ達も折角だから付き合いなさい!」
「「「………」」」
"ダイバーシティ"達だけでなく、護衛の騎士達にもリナーシェはトレーニングに付き合えと言っている。騎士達に拒否することはできないようだ。
言葉は発していないが、諦めた様子で静かに首を縦に振っている。
"ダイバーシティ"達とフィリップの視線が私に向けられる。
その目には共通の意思、[お願いだから、早く戻ってきてください!!]といった願いがこれでもかと込められていた。
彼等を助けるわけではないが、さっさと終わらせて戻って来るとしよう。
何せ、この後は家の皆のお土産を見て回るのだ。ほぼ確実に禄でもない思惑によって生じた面倒事などに時間をかけるつもりはない。
リガロウの背に乗り、出発の合図を出す。
「それじゃあリガロウ、行こうか」
「はい!」
元気な返事と共にリガロウが跳躍し、魔力の板による足場を形成して、上空に駆け上がる。
ある程度の高さまで駆け上がったところで六つの噴射孔から魔力を噴射して、一気に大空へと飛翔した。その際、地上にいた者達に噴射によって排出された魔力を浴びて被害を被るものはいなかったようだ。
この子は、どの程度の高度からならば自分の噴射が地上に影響を与えないか、正確に理解しているようだ。そして実際に地上に影響がないように魔力を噴射させている。
やはり、私の眷属はとっても良い子だ!依頼を終わらせて帰って来たら、沢山褒めて抱きしめて撫でてあげよう!
効果範囲を最大にして『
「リガロウ、アッチだ。巣から少し移動してる」
「分かりました!汚染が広がる前に、さっさと片付けましょう!」
この速度ならば、後5分ほどで目標に到達するだろう。
凄まじい腐臭がするとのことだったので、しっかりと臭いを遮断する結界を張っておこう。
同胞の"蘇った不浄の死者"、か。
実際に確認するまでは分からないが、自ら望んでそうなったのではないというのならば、可能な限り安らかに眠らせてやるとしよう。
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