第400話 ニスマスでお土産探し
さて、私達はニスマスに帰る途中、ハイ・ドラゴンの巣を通過することにした。
あくまでも通過するだけだ。巣の近くで停止したりはしない。
彼に何が起きたのかは後程事情を聴かせてもらうわけだが、それとは別に『真理の眼』で彼の巣で何が起きたのかを確認しておこう。元からそのつもりだったからな。
しかし、巣を起点にして移動して来た場所の汚染が酷いな。このままにしておけば、この森の周囲にかなりの黒色の魔力が広がってしまいそうだ。
そうなれば、腐食はともかくこの森に疫病が蔓延し、生きるものには死を誘う呪いが掛かり、植物は枯死してしまう。
私ならばハイ・ドラゴンの朽ちた肉体同様、浄化することも可能だが、それをするつもりは無い。理由は、ハイ・ドラゴンの肉体を浄化しなかった理由と同じだ。
"
現状、黒色の魔力による汚染の浄化が可能な人間は、特別な才能を持った魔法の使い手に限られているのだ。教会案件である。
五大神からの寵愛を持つ私を悪く扱うことはないだろうが、だからこそ、汚染の浄化が可能と分かれば担ぎ上げられるのが目に見えているのだ。そんなことになれば、自由に人間の国や街を観光できるかどうか怪しくなってくるのである。
浄化をしなくとも汚染の除去は可能である。かなり暴力的な手段にはなるが。
早い話、汚染が周囲の環境に悪さをしているのならば、その汚染された場所を物理的に排除してしまえば良いのだ。
汚染されていない場所にまで危害を与えるわけにはいかないので、私が汚染を排除しよう。こういう時は、『真・黒雷炎』で焼滅させてしまうに限る。
幸い、ハイ・ドラゴンが移動した距離は私から見れば大した距離ではないので、それほど高出力の『真・黒雷炎』を使用する必要はない。しかも直線で移動してくれたので、威力と方向を調節して『真・黒雷炎波』を使用すれば問題無く除去が可能だ。
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その際、リガロウの後方で巨大な閃光が発生した形となったので、少し驚かせてしまったようだ。
「あの汚染状況をそのままにしておくわけにはいかなかったからね。物理的に排除しておいたよ」
「片手間であれだけのことを…。姫様の御力って…」
進化した際に私と自分の力の差を理解したとリガロウは語っていたが、私の力の全貌を把握したわけではなかったようだな。
幸い、怯えの感情よりも尊敬の感情を向けられているが、だからと言って力を見せびらかし続ければ、その内本気で怯えられてしまうだろう。
この子が相応の力をつけるまでは、この子と一緒にいる時もあまり力を振るわないことにしよう。
『広域探知』を使用したついでに、巣の内部に『真理の眼』を使用してハイ・ドラゴンの身に何が起きたのかも確認しておいた。
これで完全に用件は済んだ。さっさとニスマスに戻るとしよう。
まだ30分も経っていないが、今の時点で"ダイバーシティ"達やフィリップが悲鳴を上げている気がするのだ。
ハイ・ドラゴンの巣からニスマスの冒険者ギルドに到着するまでの時間は行きと同じくおおよそ10分。
なお、戻ってきた際は城門をくぐらずに空から来たので、周囲の者達からは非常に驚かれた。
現場に向かう際に空へと駆け上がる様子を見られてはいたが、ハッキリと噴射飛行は見せていなかったからな。私達が到着した様を見た者達は、全員がリガロウに対して興味を抱いていた。
冒険者ギルドの扉を開ければ、私の帰還をリガロウが着地した時点で察知していたピーターが、早速私の元へと駆けつけてきた。
「ノア様っ!アンデッドドラゴンは、どうなりましたか!?」
「問題無く終わったよ。少し森が汚染されていたから、それも焼き払う形で除去しておいた」
ギルド証を取り出し、ピーターに渡しながら報告する。だが、ハイ・ドラゴンの魂を保護したことまでは伝えるつもりは無い。
単純に危険な魔物を排除した。人間達に伝えるのは、それだけでいいだろう。
それと、ハイ・ドラゴンの魂を保護した器だが、強い意志を持った者は収納空間に収めることができないため、外に出したままである。
だが、この場にいる誰もが器についての話をしていない。視線すら器に行くことはないだろう。
離れた位置から視認できるほどの大きさではないからな。
私が作った魂の器の大きさは、直径15㎝ほどだ。オリハルコン製なので、そのままの大きさならば普通に目立ってしまう。
本来の大きさならば、だ。
家の皆が今も習得に励んでいるであろう、身体縮小の術。アレを思い出して、物質の縮小を行ってみたのだ。
以前ヨームズオームに食事を与えるために食料の巨大化は成功しているので、その逆ができない筈がないのだ。
思った通り、物質の縮小は魔法を使用することで容易に成功した。
縮小させた器は、現在私が身に付けている耳飾りに、丁度良い空洞があったので、そこに入れておくことにした。
そのため、魂の器が誰かの目に入ることがないのである。
ギルド証を確認したピーターが、とても嬉しそうに私に礼を告げる。
「おお…っ!確かに!ありがとうございます!フロド陛下も喜ばれるでしょう!少々お待ちを!すぐに手続きを終わらせてきます!」
依頼官僚の手続きにはそう時間は掛からないだろう。ギルドの訓練場に向かうのは依頼官僚の手続きを終えてからにしよう。
1分足らずでピーターから声が掛かる。本当に時間が掛からなかったな。
ピーターのカウンターには特に何かが置かれている様子はない。彼の手には、私が渡したギルド証があるだけだ。
依頼の報酬は、何処に行ったのだろう?
緊急事態だと思ったので碌に報酬について確認しなかった私が悪いのだろうが、それにしたってアンデッドドラゴン。しかも元がハイ・ドラゴンともなれば、報酬金額は軽く金貨千枚を超えている筈だ。
しかも依頼主が国王であるフロドともなれば、報酬は必ず渡されると思っている。その点の心配はしていない。
この場に報酬が無いのは、やはり多額過ぎてこの場で渡す事ができないからだろうか?
金貨千枚ともなれば一般的な人間からすれば相当な重量だ。ピーターでは抱えることも難しいかもしれない。
後日、日を改めて別の場所で渡されると考えるべきか。
「お待たせいたしました。既に陛下の耳にもアンデッドドラゴンが討伐された知らせが入っていることでしょう。報酬については、城に御帰還後、陛下が直接授与して下さります」
「それは、謁見の間とかで盛大に行われたりする?」
「いえ、流石に急な出来事ですからね。授与自体は謁見の間で行われるかもしれませんが、それほど多ごとにはならないと思います」
それは助かる。別に授与式のような事をするのならそれでもかまわないが、時間が掛かるだろうからな。報酬を受け取るのは、最悪次にニスマ王国に来た時になりかねなかった。
そろそろ家に帰りたくなってきた私にとって、この国にあまり長居する気はないのだ。報酬の授与が手早く終わるというのであれば、ありがたい限りだ。
ギルド証を受け取り、地下の訓練場に向かうとしよう。訓練をやり足りないリナーシェには悪いが、観光を再開するのだ。
訓練場で皆と合流し、再び街の中を歩いて回る。
まずは、分かりやすいお土産としてホーディとゴドファンス、それからフレミー用の酒類だな。この国特有の酒を手に入れよう。
酒を見て回っている最中、リナーシェが私に悪態をついてきた。
「ノアったら真面目ねぇ、もうちょっと時間を掛けて来ても良かったのよ?」
「私は観光をしたかったのだから、それはできない相談だよ。禄でもない用事はさっさと片付けるに限るのさ」
碌に訓練の時間を取れなかったせいで、消化不足なのだろう。彼女からすれば、丁度準備運動が終わったところに私が帰ってきたのだ。悪態もつきたくなるというものだろう。
だが、私にとってはアンデッドドラゴンの討伐は予定外の出来事なのだ。貴重な時間を浪費しないためにも、可能な限り手早く片付けるのも、当然だと言わせてもらいたい。
「それにしても、結構な量のお酒を買うのね?ノアの家にいる子達って、皆お酒を飲むの?」
「皆ではないけどね。好きな子は好きなんだ。そこまで頻繁に訪れないだろうから、買える時に買えるだけ買っておくのさ」
ヒローの子供達が大人になるまでには再びこの国を訪れるつもりだが、それまでにあの子達は、今回購入した酒を全て飲みつくしてしまうだろうな。
他の国で購入した酒もまだ残ってはいるが、私が家で生活している間も、3体ともそれなり以上のペースで飲んでいたのだ。
酒の購入が終わったら、今度はウルミラ用の玩具だ。昨日ちょうどフロドからチャトゥーガという遊びを教えてもらったからな。
昨日使用したような魔術具でもある高級品でなくてもいいから、良いものを購入して持って帰ろうと思う。
多分だが、ゴドファンスやラビックは気に入る気がするのだ。もしかしたらホーディも。皆で遊んでもらいたい。
極めて硬い石を削り、艶が出るまで磨き上げた駒のチャトゥーガを見つけたので、それを2セット購入させてもらおう。
かなりの高級品のようだが、私からすれば大した額ではない。この後さらに所持金が増えることが確定していることだしな。
次。レイブランとヤタールに対するお土産だ。いつの間にかフーテンが首にアクセサリを身に付けていたので、あの子達にちょうどいいと思い、同じような物の購入を決定した。
ティシアに入手先を教えてもらえば、従魔用の装備を取り扱っている店があるとのことだった。
「従魔用ってことは、やっぱりノアの家に一緒に住んでるのって、人間じゃないのね…」
「…そうだね。仮に人間と一緒に過ごしていたら、こうして人間の生活圏に旅行に来ることも無かったんじゃないかな?」
少し迂闊だったかもしれないが、気にしないことにした。幸いなことに、私とリナーシェの会話を聞いている者もいないようだったしな。
それに、彼女は私が自分の素性を隠していることを認識している。
彼女はおしゃべりな性格ではあるが、私の正体に関係する話を公に語る人物ではないと信用している。彼女と試合を通じて、なんとなくだが人柄分かるのだ。
…ああ、そうか。
以前ティゼム王国でシャーリィが剣を交えることで相手の人柄を理解していたのも、この手の感覚だったのだな。
いつの間にか理解していたので、やり方を訪ねられても教えようがないが。
それはそれとして、レイブランとヤタールに渡すアクセサリも手に入った。
ついでにリガロウ用の首飾りも購入した。直径15㎝ほどの空洞がある、球体の首飾りだ。
私が"ワイルドキャニオン"で作った首飾りは、首に付けた途端あの子の体に取り込まれてしまったからな。店を出たら早速あの子に掛けてあげよう。今度のアクセサリは私が関係しているわけではないので、体に取り込まれることはないと思いたい。
案の定、店を出てリガロウに首飾りを掛けても、この子に取り込まれることはなかった。リガロウも私から飾りを送られてとても嬉しそうだ。大事にしてもらえると嬉しい。
喜んでいるリガロウの首筋を撫でながらこの子を愛でていると、耳飾りから、ハイ・ドラゴンの思念が聞こえてくる。
〈いと尊き姫君様は、その幼子をとても可愛がっておられるのですね〉
〈初めてできた、私の眷属だからね。可愛くて仕方がないとも〉
〈それにしても、とても才能に溢れた幼子ですね。我々が邂逅した時にも思ったのですが、命が終わった身でありながら、卑しくもこの子の将来を見てみたいと思ってしまいます〉
ハイ・ドラゴンも、リガロウのことを気に入ったようだ。肉体が健在だったら、やはりとても可愛がっていたのかもしれないな。
今はまだ無理だが、この子が力を身に付けてヴィルガレッドの所に連れて行ったら、どんな反応をするのか楽しみで仕方がない。
きっと、ヨームズオームの時と同じように可愛がる気がしてならないのだ。その時はきっと、だらしのない顔をするだろうから、しっかりとそのだらしのない顔を鮮明に記録しておくのだ。
その映像をヴィルガレッドに見せて、からかってやるのだ。慌てふためく様子が容易に目に浮かび、つい、笑みが浮かぶ。
「ノア~?なんだか悪だくみをしてそうな顔になってるわよ?何を考えてたのかしらねぇ?」
「なに、年の離れた知り合いをからかえる材料が手に入ったと思ってね」
「ふぅ~ん…。ま、いいわ!私に意地悪するためじゃないみたいだし!それで?次はどこに行くのかしら?」
次に向かうべきはラフマンデーとオーカドリアのためのお土産だ。
食料関係、もっと言うのなら植物の種やニスマ王国で確認ができる花の数々だ。
種子に私の魔力を少しだけ馴染ませて植えれば、私の家の広場でも問題無く植物が育つと実証できたのだ。今後も旅行先で植物を購入して、ラフマンデーに育ててもらうつもりだ。
お土産ではなく、仕事を持ち帰っているような気もするが、多分あの子はとても喜ぶだろうから、気にしないことにした。
不満に思われるようになったら、その時は別のお土産を考えよう。
オーカドリアは、"楽園最奥"の花を自分の樹に取り込んで咲かせられるようになっていたからな。持ち帰った花も取り込んで、咲かせられるような気がしたのだ。
色とりどりの様々な花を咲かせる大樹。きっと見ごたえがあると思うのだ。
さて、食料関係の買い物も終り、残るはラビックへのお土産だ。真面目なあの子のお土産には、今回も人間の、この国の武術に関する書物を用意しようと思っている。つまり、図書館案件だ。
図書館へは明日以降に顔を出すつもりなので、今日はこれで城に戻るとしよう。
フロドから依頼の報酬を受け取ったら、後はゆっくりと過ごさせてもらおう。
リナーシェの午後の訓練が終わったら、一緒にショートケーキを食べるのだ。
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