第401話 お待ちかねの時間

 今日の分の観光を終えて城に戻ると、城門には昨日街の入り口で私を出迎えた兵士長が待機していた。結構な時間、待たせてしまったのだろうか?


 「お帰りなさいませ。それと、アンデッドドラゴンの討伐、お疲れさまでした。報酬を授与なさるために、謁見の間にて陛下がお待ちしております。差し支えなければ、このまま謁見の間までご案内させていただきますが、よろしいでしょうか」

 「うん。よろしく頼むよ」

 「ははぁっ!」


 これは予想していたことなので、素直に兵士長の案内を受けてフロドの元に向かうとしよう。

 このまま全員で謁見の間に向かうものかと思ったのだが、そうではないらしい。


 「それじゃ、私達は訓練場に行ってくるわ。お昼までにあと1時間とちょっとはあるでしょうから、少しは体を動かさないと。ね、みんな!」

 「「「………」」」


 リナーシェはやはり体を動かしたりないのだろう。昼食までの時間、訓練に身を費やすようだ。

 当然のように今回の私の観光に付き合った"ダイバーシティ"達やフィリップ。それに護衛の騎士達も付き合わされるらしい。

 今のリナーシェに何を言っても通用しないと分かっているからか、誰も反論しようとしていない。


 リナーシェの言葉に気を沈めている者達が大多数の中、リガロウだけは乗り気である。

 この子もアンデッドドラゴンの討伐に参加したのだから、私と共に謁見の間へ向かうのかとも思ったが、別に格式ばった授与式というわけでもないのだ。リガロウは連れて行かなくてもいいだろう。


 「行っておいで。昼食の時間になったら合流しよう」

 「はい!」


 私が許可を出すと、リガロウはリナーシェよりも先に訓練場へと向かって行った。その様子を見てリナーシェも負けじと訓練場へと駆け出していく。勿論、フィリップを引きずって。

 "ダイバーシティ"達や護衛の騎士達も思い足を引きずるようにして彼女の後をついて行った。


 〈あの子はいと尊き姫君様の御力をその目にして、より強くなることを今まで以上に臨むようになったようですね。微笑ましいことです〉

 〈正直、怯えられなくてホッとしているよ。あの子とはこれからも人間の生活圏を観光する時に一緒に行動するからね〉


 リガロウは私の力の一端を目にして、少しでも自分が私を乗せるにふさわしいドラゴンになろうと励むことにしたようだ。それが素直に嬉しい。

 ハイ・ドラゴンの魂から見ても、元気に訓練場に向かうあの子の姿は、はしゃいでいる子供のように見えたのかもしれないな。


 我儘なのは分かっているが、やはり彼の魂をすぐに星に還してしまうのは、あまりにも惜しい。

 後でロマハに連絡して、彼の魂をしばらく預かってもいいか聞いてみよう。



 兵士長に案内されて謁見の間に移動すると、特に待たされることもなく感謝の言葉を述べられてそのまま報酬の金貨3000枚と、ニスマ王国の国生が彫られたこった装飾の腕輪を受け取ることとなった。

 素材はオリハルコン製。随分と奮発したものである。


 「それだけのことを貴女はしてくれたのさ。ティゼム王国やファングダムから見れば我が国の影響力は小さいだろうが、こういったものは多い方が良いだろうからね。好きに使ってくれ」

 「そうさせてもらうよ。そのまま装飾品として使えそうなデザインでもあるみたいだし、気分で身に付けるかもしれないね」

 「それはいいね。我が国の宣伝になる」


 実際のところ、悪くないデザインをしているのだ。ファングダムの黄金の首飾りやティゼム王国の儀礼剣のように使いようが無いわけではない。

 ニスマ王国を贔屓することにはなるが、関係ないな。私が身に付けたいと思ったら身に付ける。それだけだ。

 その結果ニスマ王国の影響力が強くなったとしても、フロドもフィリップも私から見れば信頼できる人物だ。問題はない。


 報酬を受け取った後、今晩もチャトゥーガに誘われたので了承しておく。今回はエンカフも誘うそうだ。無理強いはしないようにな。


 謁見の間を後にしたら、昼食の時間までは部屋で待機して、ハイ・ドラゴンの魂から、彼の巣で何が起きたのか事情聴取をさせてもらった。


 私が『真理の眼』で確認した内容と照らし合わせると、認識阻害効果を持ったローブを纏った10人に満たない集団に奇襲を仕掛けられたのだ。

 ハイ・ドラゴンが眠っている間に彼の力を抑制する結界を準備し、結界を起動させるとともに一気に最大火力を叩きこんだようだ。


 認識阻害効果を持ったローブという時点で察せるだろうが、当然この行為を行ったのは"女神の剣"だ。

 少し魔力を大目に消費して連中の過去を遡ってみたのだが、連中は既にこの国から撤退しているようだ。

 王城に忍ばせた連中の構成員が全員リナーシェに賊として排除されたことに加え、交流があった"魔獣の牙"との連絡が一切取れなくなったことで危険と判断したのだ。

 連中には他に行く当てがあったようで、そちらに移動している途中でついでとばかりにハイ・ドラゴンを強制的に"蘇った不浄の死者アンデッド"にしてこの国に被害を与えようと画策した、というのが今回の騒動の顛末である。


 悪あがきも良いところだ。

 連中も私のことは認識しているし、自分達にとっての最大の脅威だと自覚しているため、ハイ・ドラゴンを"蘇った不浄の死者"にしてもどうせすぐに排除されると分かっていたのだ。


 それにも拘らず、連中はハイ・ドラゴンを"蘇った不浄の死者"にした。連中にとっては本当に道中のついでであり、大した労力でも無かったのだろう。だからこそ、不愉快なのだが。


 連中の移動先は方角からして、ドライドン帝国。

 ちょうどいい。どの道次はあの国に旅行へ行こうと思っていたのだ。ジョージへの接触のついでに、連中を始末させてもらうとしよう。



 ハイ・ドラゴンからの事情聴取も終えて昼食を取った後は、私もリナーシェ達の訓練に参加させてもらうことにした。


 といっても、模擬戦や試合を行うわけではない。ちょっとした指導である。

 リナーシェは相変わらず魔術の扱いが苦手のようだからな。

 自分が使いたいと思った魔術は必死になって習得したようだが、それ以外はからっきしなのだ。


 リナーシェは、複雑な魔術構築陣を魔力のみで形成するのが苦手なのだ。構築陣自体は中級魔術ぐらいならば記憶しているし、集中して時間をかければ使用も可能である。戦闘中には隙だらけになってしまうので、使える筈もないが。


 私がリナーシェに行う指導は、リナーシェやシャーリィのような特別な才能を持った者でなければできそうにない習得方法だ。

 今回の指導でリナーシェが魔術を問題無く実戦で使用できるようになったら、シャーリィにあった時にもこの習得方法を試してみようと思う。


 やることはリナーシェにとっては難しくない。

 魔術構築陣を描いた紙を宙に浮かべて、リナーシェの前に出す。


 「リナーシェ。この紙に書かれている構築陣を、剣でなぞることはできる?」

 「余裕よ」


 舐めているのか、とでも言いたそうに、簡単に構築陣にのみ刃を入れていく。その動きに寸分の狂いもない。見事だ。


 「それができるなら後は簡単だね。剣に魔力を通してもう一度同じことをして」

 「?別にいいけど…」


 続いて私が出した指示も、難なくこなして見せるリナーシェ。

 魔力が宿った剣によって、紙に書かれた魔術構築陣が正確になぞられる。それはつまり、魔術構築陣が魔力によって描かれたと言うことだ。


 リナーシェの目の前に、完成された魔術構築陣が浮かんでいる。その結果に、彼女は驚きを隠せないようだ。


 「え…っ?コレって…」

 「それじゃあ、ソレの中心を魔力を纏わせた剣で軽く突いてみよう。触れる程度で良いよ」

 「わ、分かった…!」


 突きを放つのではなく、魔力を纏わせた剣先で魔術構築陣の中心をリナーシェが軽く触れれば、魔術構築陣の中心から巨大な火球が出現して前方へ勢いよく射出される。

 今回私がリナーシェになぞらせた魔術構築陣は、攻撃魔術として最も有名と言われている、火炎魔術の『火球ファイアボール』だ。

 位階としては中級。魔術を生業とする者ならばそれほど難しい魔術ではない。

 魔大陸ではこの魔術を3秒内に発動できれば、ひとまずは一人前の魔術師だと言われるような魔術だ。


 リナーシェが魔力を纏わせた剣で魔術構築陣をなぞった速度は0.3秒。

 これだけの速度で魔術構築陣を組み立てられるのならば、一般的には実戦で通用する速度だろう。


 あまりにもあっけなく魔術が発動したことに、実際に魔術を発動させたリナーシェ自身も驚いている。


 「ええ…噓でしょ…?」

 「事実さ。後は反復練習あるのみだね」

 「最終的にはどうなるの?」

 「次の段階は紙を用いずに剣だけで魔術構築陣を描くこと。それができたら今度は剣ではなく指で。それも問題無くこなせるようになったら、指も使わずに魔力の操作だけで。それができるようになれば、ほら、魔術が使えるようになった」


 リナーシェにやってもらう訓練内容を説明して最終的な理想を語ったのだが、何やら不満があるようだ。


 「ねぇ、指から先の難易度跳ね上がってない?」

 「魔力を操作する鍛錬も行えばいいじゃないか。リナーシェは月獣器を操れるんだから、そっちも難しくない筈だよ」

 「むぅ…。まぁ、頑張ってみるけど…。何でこんな簡単な方法が知れ渡ってないのかしら…?」


 当たり前である。本来はペンで魔術構築陣をなぞることすら人によっては難しいのだ。寸分も狂うことなく剣でなぞれるだけの技量を持つリナーシェのような人物でなければ、この習得方法は不効率も良いところだろう。普通の習得訓練をした方が遥かに習得が早い。


 だが、今しがたリナーシェがやって見せたように、魔術が苦手でも体を動かす技術が突出しているならば習得は、可能なのだ。

 シャーリィもリナーシェと同じタイプの人間なので、同じ方法で魔術を習得できるようになるだろう。

 ただし、シャーリィは魔力操作がまだ碌にできないだろうから、それも訓練する必要があるだろうな。




 この時間は、ひたすらにリナーシェには魔術構築陣をなぞる作業を繰り返してもらった。

 彼女としても手応えがあったのか、特に不満を漏らさずにひたすらに反復練習に励んでいた。

 リナーシェの訓練に付き合う必要が無くなったので、"ダイバーシティ"達やフィリップから感謝の視線が送られてきた。


 それはいいのだが、"ダイバーシティ"達よ。彼女が魔術を存分に使用できるようになったら、その矛先は確実に貴方達に向けられるようになるぞ?


 訓練が終わったら、いよいよお待ちかねの時間。特別なショートケーキをリナーシェの部屋で食べるのだ。

 彼女も待ち遠しかったようで、訓練が終わってからとおいうもの、期待を込めた視線をずっと私に向けていた。


 今回部屋にいるのは私とリガロウとリナーシェ。それとフィリップだ。フーテンはいない。あの子はティシアの従魔なのだから、当然である。


 紅茶も淹れて、ショートケーキを収納空間から取り出せば、瞳を輝かせたリナーシェが両手を合わせて歓喜の声を上げている。


 「キャーーー!!待ってたわぁーーー!!果肉が大きい!それにスポンジケーキの間にも大きな果肉が!ねぇノア!クリームの色が前のと違うけどコレって!?」

 「クリームにもフルルのフルーツを使用しているからだね。しつこくない程度に、フルーツの風味をクリームから感じられるようになっている筈だよ」

 「やだぁ、もー!聞いてるだけで美味しそうじゃない!もう食べて良いわよね!?」

 「うん。いただこう」


 リナーシェの最速に私が頷けば、全員で一斉にケーキを口にする。

 その瞬間、私の口の中が幸せに満たされることとなった。


 自分で作っておいてなんだが、実にいい出来栄えだ。見事である。自画自賛してしまうが、こればかりは仕方がない。

 フルーツのみずみずしさと酸味にクリームの甘さが絶妙にマッチしている。

 スポンジケーキの食感も良い。しっとりと滑らかでありながら、柔らかさを損なっていない。


 自然と顔がほころんでしまう美味さだな。沢山作りはしたが、今この場で食べる分は今しがた収納空間から取り出した分だけだ。少しずつ食べて、なるべく長い時間幸せを堪能し続けよう。


 意識を周囲に向けてみれば、全員が幸せそうな表情をしている。

 リガロウは以前同様少しずつケーキを口にしてそのたびに目を閉じて甘い鳴き声を出しているし、リナーシェは耳を小刻みに動かして喜びを体現している。フィリップもケーキの味を気に入ったようだな。自然体の笑みを浮かべている。


 「~~~っ!最っ高!!ノアってば本当に凄いものを作っちゃったわね!これ以外のスイーツを楽しめなくなっちゃったらどうしてくれるの!?」

 「心配はいらないよ。少なくとも、ショートケーキ自体はこの城のシェフも近い将来作れるようになるだろうからね」

 「ホントにっ!?」


 彼等は料理のプロフェッショナルだ。

 ならば、私が料理を作っているところを直接目にして、完成品をその口で味わえば、再現は時間を掛けずに実現すると信じている。

 彼等が提供してくれたこの城での食事を口にして、私はそれを確信している。


 「後は、ファングダムからフルルのフルーツを取り寄せれば」

 「またこの味を楽しめるのね!?」


 拍手をしながら喜び出したと思えば、今度はフィリップを抱きしめて喜んでいる。リナーシェの腕にはそれなり以上の力が込められているらしく、フィリップが若干苦しそうだった。


 お茶会も終えたら、夕食までの時間は空き時間だ。


 部屋でのんびりと過ごすとしよう。

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