第402話 空に現れるは感謝の言葉

 夕食を済ませた後は予定通りフロドとエンカフと共にチャトゥーガだ。基本的に私を相手に、2人で交代で挑まれた。

 フロドの攻め方は昨日とそう変わりはない。多少の違いはあれど、基本的な流れは同じなのだ。好きな攻め方なのだろう。

 チャトゥーガに限らず、この手の遊びには勝利のために最適な手段や法則、所謂定石というものが存在する。そしてその定石はチャトゥーガにおいては一つとは限らないのだ。


 相も変わらず劣勢に追い立てられて眉根を潜めているが、それとは関係なしに駒を動かしながら私に声を掛けてくる。

 チャトゥーガを行いながら、別の話題をするのは、彼の趣味なのだろうか?


 「アンデッドドラゴンの件、改めて礼を言わせてもらうよ。貴女がこの国に来てくれなければ、少し拙いことになっているところだった」

 「感謝の言葉は素直に受け取るとして、どうしてわざわざ冒険者ギルドに依頼を出したのか聞いていい?貴方なら、最初に謁見の間に呼んだ時にでも私に依頼できた筈だよ?」


 大した問題ではないし、既に終わったことなのであまり気にしてはいなかったが、こうして改めて話を持ち出されると少し気になってくる。

 フロドならば、いちいち冒険者ギルドを介して依頼を出す必要は無かった筈だ。

 それに、私が冒険者ギルドに顔を出さない可能性も、なくはなかったのだ。何を思って、彼は冒険者ギルドに依頼を発注したのだろうな?


 「それほど難しい話ではないよ。まず、貴女ならば必ず冒険者ギルドに顔を出すと思っていた。なにせ、ニスマスで寝具を購入予定だとみんなが知っていたからね。それに、街についたら必ずと言っていいほど、貴女は図書館から依頼が来ていないかギルドで確認をしていた」


 フロドの手番が終わり次第、すぐさま駒を動かしたため、、唸りながら私の問いに答えている。

 うん、指摘されたとおりだ。

 新しい街に着いたら図書館から複製依頼が来ていないか確認するのは、既に私の中での一つの決まりとなっているようなものだからな。

 今後もそれは変わらないだろう。


 私がギルドに顔を出すと分かっていた理由は分かったが、では何故いちいちギルドに依頼を通したのか。

 その辺りもフロドは説明してくれた。


 「貴女は世界中で既にその強さや特異性を認識されている。大抵の者は、貴女に対して尊大な態度を取ろうとしないだろうね。だが、それでも貴女の正式な立場は"上級ベテラン"冒険者であることには変わりはない」

 「あくまでも私をただの"上級"冒険者として扱おうとする者が未だにいる、と言うことだね?」


 私の問いに、フロドが黙って首を縦に動かす。

 デヴィッケンのような輩は何処にでもいる、と言うことだな。私だってそれが分からないわけではない。おそらくだが、私が出会っていないだけでティゼム王国やファングダム、アクレイン王国にだってそういった輩はいる筈だ。


 「彼等とて、貴女が尋常の存在ではないこと自体は理解しているとも。だが、事実は事実だ。彼等はそれを言い分にして貴女を従わせようとする。まぁ、その結果どうなるかは聡い者ならばアクレインでの出来事で分かると思うがね。だが、煩わしいだろう?そういった問題は時間が解決するだろうが、少しでもその時間を早めたかったのさ」


 つまるところ、私に冒険者としての実績を積ませたかった、と。


 冒険者のランクは、例え王族の言葉と言えど急激に昇級させることはできない。

 ルグナツァリオやキュピレキュピヌから寵愛を受け取ろうと、いく先々で国を救うような偉業を達成させようと、それは変わらない。

 "星付きスター"という、一種の特権階級になるためには、必ず3年以上"上級"冒険者としての活動が必要なのだ。


 そして3年ピッタリ"上級"として活動していれば、即座に"星付き"に昇級できるというわけでもない。3年間というのは、あくまでも制度の話であり、実際にはもっと長い時間を要することが殆どである。

 実際、"ダイバーシティ"達も数ヶ月で"上級"冒険者まで上り詰めはしたが、彼等ですら"星付き"になるのは、そこから4年掛かったそうだからな。


 今のうちに数えきれないほどの実績を冒険者として築き上げさせ、3年後に即座に"星付き"にさせるために、冒険者を経由して依頼を出した、と言うことだ。

 少しでも早く、デヴィッケンのようなマコト曰く"余程の大馬鹿者"に絡まれないようにするために。


 国王からの直々の依頼となってしまった場合、面倒臭いことに冒険者としての実績にはならない。

 冒険者ギルドを仲介していないから、ギルドには何の利益も無いからな。だからフロドは、わざわざ冒険者ギルドを介して私に依頼を発注したのだ。


 「私のためを思っての行動だったと言うことは分かったよ。とは言え、例え"星付き"や"一等星トップスター"になっても、冒険者自体を下に見ているような者はそれでも絡んでくるのだろうね…」

 「愚かなものだろう?幻滅したかい?」

 「いいや?幸い、そういったマコト曰く"余程の大馬鹿者"とやらは、ごく少数らしいからね。今のところ、そういった輩もいる、程度の認識に留まっているよ」

 「ほう、"ウィステリア"もなかなか辛辣なことを言うものだね。まぁ、私から言わせれば、"星付き"どころか"一等星"に尊大な態度をとるような輩はもはや"救いようのない大馬鹿者"だがね」


 フロドの方がよほど辛辣ではないだろうか?それとも、マコトの言葉に対抗したか?フロドの言い分も尤もではあるが。


 うん。想定通りの動きだな。駒を動かして宣言をしよう。


 「コレで詰みだね」

 「んっ!?あー…そこに伏兵がいたかぁ…。エンカフ、御覧の通りだよ。『姫君』は例え談笑中といえど一切容赦してくれない」

 「いや、分かっているのなら対局に集中しましょうよ…」


 エンカフがフロドの対局中も談笑していたことを咎めているが、私が思うに談笑していようとしていなくとも、同じ結果だったと思う。

 勝敗の話ではなく、盤面の話だ。

 あくまでも推測だが、フロドは会話と対局、両方の処理を並列して行えるのだ。そして、例え一つの物事に集中しても、処理能力は変わらないと見た。


 「ははは、こればかりは止められないよ。それはそうと次は君の番だぞ?叩きのめされるといい」

 「ひょっとして、私が『姫君』様に叩きのめされるところを間近で見たい、とか思っていませんか?」

 「ははは」


 フロドは笑ってごまかしているが、聞くまでもないな。彼の目がエンカフの問いを肯定している。[目は口程に物を言う]とは、良く言ったものだ。



 5回ほど対戦をしていると、私の耳から思念が送られてきた。


 〈ううむ…。人間も侮れませんね…。1本、取られました…〉


 私が2人と対局している間、ハイ・ドラゴンの魂も彼等と疑似的に対局していたようだ。器用なことをするものである。

 というか、彼はチャトゥーガを知っていたんだな。


 〈貴方もチャトゥーガができるんだね〉

 〈これでもそれなりに永い時間をを生きていましたからね。人間の情報、娯楽や情勢も耳に入ってくるのですよ。尤も、こうして対局の真似事をするのは、初めての試みなのですが…〉


 疑似的にとは言え、対局をするのは初めてだったようだ。楽しそうに語っている。

 …もしも彼が星に還らずにリガロウの傍にいてくれるのなら、その時は、あの子を預けた蜥蜴人達にチャトゥーガを広めてもらうのもいいかもしれないな。あの子にとっても良い娯楽になるかもしれないし。


 うん。やはりハイ・ドラゴンの魂、無理を言うことになるかもしれないが、しばらくの間留まってもらうようにハイ・ドラゴンにもロマハにも頼んでみよう。


 その日、私はハイ・ドラゴンの魂にチャトゥーガを楽しんでもらうためにも追加で5回。昨日よりも多く対局した。




 それからの城での生活は実に緩やかなものだった。

 朝起きて朝食を済ませたら軽くリナーシェ達の訓練に付き合い、午前10時過ぎ頃に"ダイバーシティ"の誰かを連れて、城下街へでて図書館へ。本の複製依頼やラビックへのお土産探しだけでなく、単純に私の読書時間でもある。

 ココナナが付いて来てくれた時に、ついでとばかりにリナーシェとの試合で見せてくれた"魔導鎧機マギフレーム"の機能について色々と聞かせてもらった。


 「あー、リナーシェのアレを参考にしたんだ」

 「はい!一度にすべて、と言うわけではありませんが、リナーシェ様が武具を浮遊させて操っていたのは何度も目にしていましたから!」


 彼女は自分の好きなことになると声量が大きくなる傾向があるので、周囲に防音結界を張ることを忘れない。[図書館ではお静かに]、というヤツだ。読書を愛する者として、コレは譲れない。

 彼女の声量はともかく、話の内容は実に有意義だった。少し面白いことを思いついたので、家に帰ったら実施してみようと思う。


 城に帰って来たら昼食を取り、リナーシェの魔術特訓に付き合った。その甲斐あってか、最終日には紙をなぞらずとも剣で魔術構築陣を描けるまでになっていたのは、流石としか言いようがない。


 「流石の成長速度だね。これなら、一月もしない内に指すら使わずに魔術を使えるようになるんじゃないかな?」

 「あくまでもこの魔術は、よね?ねぇノア?この練習方法なら確かに魔術構築陣を作れるけど、覚えたい魔術があったら、その都度剣でなぞるところから始めないとならなくない?」


 リナーシェの指摘は正しい。リナーシェが魔術構築陣を描けるようになったのはあくまでもこれまで反復練習をこなしてきた一つの魔術だけなのだ。

 だが、私はそれほど問題があるとは思っていない。


 「コツさえつかめば、それほど大変じゃないと思うけどね。問題無く魔術が使えるようになったら、試しに他の魔術でも発動できないかやってみればいい。出来なかったら、徐々に難易度を下げていくんだ」

 「で、魔術が発動したところから反復練習の繰り返し、と…」

 「そういうこと」


 今のリナーシェならば、何も剣でなぞらずとも指でなぞれば問題無く魔術構築陣を描ける気がするのだ。最初の内は、少し手間取るかもしれないが。


 次に彼女に会う時は、魔術を併用した戦いを見せてくれるだろう。その時が楽しみである。

 私も壊れてしまった玩具を作り直すだけでなく、更に改良を重ねてリナーシェを驚かせてやろう。


 夕食を食べた後もこれまでと同じくチャトゥーガの時間だ。ハイ・ドラゴンの魂が思いの他チャトゥーガを楽しんでいたからな。

 一度、私の代わりにフロドやエンカフと対局するかと誘ってみたのだが、今のままでも十分楽しんでいると言われて断られてしまった。少し残念である。


 他に印象に残ったことと言えば…。やはり、リガロウや"ダイバーシティ"達の再戦だな。

 あのリナーシェが一度の試合で満足する筈もなく、城に滞在してからの3日目以降私が家に帰るまでの3日間、毎日午前と午後で1回ずつ試合を行っていた。まぁ、最終日は午前の1回だけだったが。


 私が滞在していた間での試合の戦績は、初日の試合も含めてリガロウが4勝1敗1引き分けで勝ち越し、"ダイバーシティ"達は2勝2敗2引き分けと、なんと引き分けという形で終わった。

 "ダイバーシティ"達は負け越してしまうかとも思ったのだが、意外にも健闘したようだな。

 2戦目はあっけなく敗北してしまったのだが、それ以降は思いのほか食いついたらしい。そどころか、私が帰る日には見事勝利を収めたのだ。


 最後の試合が終わった時、初日よりは余裕のある"ダイバーシティ"達に私は称賛の言葉を送った。


 「よく頑張ったね。白状すると、最初にリナーシェに勝った後は、彼女の成長速度を考えるとそれ以降は勝てないと思っていたよ。おめでとう」

 「流石に負け越しちまったら、修業を付けてくれたグラシャランの旦那やノア姫様に顔向けできねぇっスからね!」

 「意地を見せてやりましたよ!」

 「まぁ、その結果、今後は今まで以上に呼び出されるんだろうがな…」


 エンカフが今後自分達に起こるであろう未来を創造し、辟易としている。

 ただでさえ気に入っていた冒険者パーティが、自分と対等に戦えるほどまでに成長してくれたのだ。稽古相手としては、これ以上ないほどの相手だろうからな。

 しかもランドラン達まで成長しているから、今まで以上に時間を掛けずに移動が可能なのだ。呼び出される機会が多くなるのは、避けられないだろう。


 城で食べる最後の昼食も終え、遂にこの時が来た。別れの時である。


 「今回の旅行、本当に得るものが多かった。また会う日を楽しみにしているよ」

 「ええ。いつでも遊びに来ていいわよ!魔術を覚えるアテも出来たし、今度こそ、アナタに一撃入れて見せるんですから!」

 「この度は、我が国を救っていただき、誠にありがとうございました」

 「フィリップったら、未だに他人行儀ねぇ…。ま、変に怖がらなくなったし、いいとするわ!」


 フィリップの感謝の言葉は、アンデッドドラゴンの件だけでなく、"女神の剣"についても言及している。それを理解できるのは、私と彼だけではあるが。

 流石にリナーシェもフィリップの心境の変化に気付いたようだが、それが私と"女神の剣"について話し合ったのが原因だとは思っていないようだ。


 これでリナーシェとはしばらく会うことがなくなるだろう。両手を広げて、彼女に抱擁を促す。

 その様子を見て、苦笑しながらもリナーシェは私を抱きしめてくれた。


 「アナタって変なところで甘えたがりよね?私達家族を救ってくれたとは思えなくなっちゃうわ」

 「私としては、甘えているつもりは無いのだけどね?純粋に、友人とスキンシップが取りたいだけだよ。結局、城にいる間碌に抱きしめる事ができなかったからね」

 「だからそれは…。まぁ良いわ。しばらく会えなくなるでしょうし、少しは大目に見てあげる」


 同性で友人同士なのだから、抱擁ぐらいいくらしても問題無いと思うのだが…。まったく、本当に貴族というのは面倒臭いものだ。


 時間にして1分ほど抱きしめ合ったところで、お互いに腕を解放して離れる。


 リガロウに跨り、この国を発つとしよう。


 「それじゃあ、またね」

 「ええ!あんまり遅いと、大人になった私の子供達がアナタを出迎えることになるわよ!」

 「肝に銘じておくよ。リガロウ」

 「はい!」


 合図を出すと、冒険者ギルドから街へ出た時と同様に、リガロウは跳躍してからの魔力板による足場によって空へと駆け出していく。


 既に人間達には周知の光景なので、驚かせることもないだろうと思ったのだが、ふと意識を下に向けてみると、多くの声が聞こえてきた。



 「「「「「お達者でーーーっ!!!」」」」」

 「「「また来てくださいねぇーーーっ!!!」」」

 「「「『黒龍の姫君』様、ばんざぁあああい!!!」」」

 「案内していないこの国の名所は、まだまだありますからねーーー!!」



 私を送り出してくれる国民達の声だ。その中には、"ダイバーシティ"達の声も混ざっている。

 なんとも嬉しい送り出しだな。随分と好かれてしまったものである。ニスマスの街そのものに、そこまで貢献した覚えはないのだが。


 少しだけ、彼等の声に応えよう。

 リガロウが噴射飛行を始める前に、掌に魔力を集め、直径10㎝ほどの球体を生み出す。それらは極小の粒子の集合体だ。


 球体を街に向かって放り投げ、粒子をニスマス上空にまき散らした後、粒子を操作してそれぞれ配置に付けてから、爆発させる。

 爆発と言っても、破壊力があるわけではない。半径10mの範囲に30秒ほど色を残しておくだけのものだ。


 その爆発によって生じた色を、下から見たニスマスの住民達が、先程以上の声で歓声を上げている。

 私は、彼等に言葉を送ったのだ。


 洒落た言葉は用いていない。

 ただ、[素敵な経験をありがとう]とニスマ王国の言語でニスマス上空に表示したのだ。

 文字の読み書きができない者には理解できないので悪く思うが、コレが私が今できる彼等への返答だ。


 ニスマスの人々の歓声を聞きながら、リガロウが噴射飛行を開始し、急速にニスマスから離れていく。


 さて、"楽園"に帰るとしよう!


 だが、その前に


 「リガロウ、ちょっと寄り道をさせてもらうよ?」

 「寄り道ですか?」


 そう、寄り道。


 リガロウを、ルグナツァリオに会わせてあげるのだ。

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