第202話 ケジメをつけよう

 自分の姿を見て顔をしかめる。何とか以前の状態に戻す事は出来ないだろうか?

 『幻影』を応用すれば誤魔化すこと自体は出来るのだが、私が望むのは変装的な物では無く、変身的な意味での外見の変化だ。

 角や翼を体内へと仕舞うように、鱗や角、頭髪の光沢も以前の状態に戻せないものだろうか?


 悩みながら試行錯誤を繰り返していると、ヨームズオームが私の動作を訝しんで何をしているのか尋ねてきた。


 ―ノアー、何してるの~?何か調子おかしい~?―

 「調子はすこぶる良好だよ。ただ、角や鱗や髪の状態を以前の状態に戻せないかと思ってね。色々試してはいるんだけど…。」


 私が虹色に光沢を放つ部位を以前の状態に戻したい事を告げると、ヨームズオームは慌てて私を制止しだした。


 ―えーっ!?駄目ーっ!元に戻しちゃヤダーっ!今の方がキラキラしてて綺麗だよー!そのままでいてー!?―

 「むぅ…。君の要望に応えてはあげたいけど、今の状態だと派手過ぎる気がして、落ち着かないんだよなぁ…。」


 私とヨームズオームとの間で、意見の相違が出てしまったかぁ…。出来ればこの子が喜ぶ事をしてあげたい私としては、やはりこの子の要望に応えてあげるべきなのだろうか?


 「別に悩む事じゃないでしょ?アンタのしたいようにすれば良いじゃない。」

 「そなたはドラゴンとしては慎ましすぎるところがあるのぉ。力のあるドラゴンというものは、本来もっと煌びやかであるぞ?そう、この余のようにな!」


 ヴィルガレッド曰くドラゴンとは派手好きが多いらしい。うん、まぁヴィルガレッドも大概派手な外見をしているとは思う。

 まぁ、"楽園"に来たドラゴン共の様にギラギラしてないだけマシではあるが。


 それとルイーゼ、簡単に言わないで欲しい。私にとってはどちらも重要な事なのだから。それと、何故先程から私の胸部を頻繁に睨み付けているんだ?


 まぁ、良いか。私が見た限り、体毛を除く人間部分の肉体には劇的な変化は見られなかったのだ。だから私にとっての問題は体毛とドラゴン部位の光沢である。


 人間達が今の私を見たら、騒ぎになってしまうのは間違いない。

 以前の状態に戻さずに人前に現れるのならば、せめて虹色の光沢を放つようになってしまった理由ぐらいは欲しいのものだ。


 …駄目だ、今のところ虹色の光沢を以前の状態に戻す事は出来なさそうだ。

 仕方が無いから、人間達の前に出る際には『幻影ファンタム』による幻で以前の状態を見せておく事にしよう。


 さて、魔力嵐が発生するまではこの場所も快適な環境になったので、酒に合う料理でも出そうかと思っていたのだが、いい加減ルイーゼを彼女の居城に返してあげないといけないと思う。


 とにもかくにも確認だな。


 「ルイーゼ。今更なんだけど、城には帰らなくて大丈夫?」

 「ホントに今更ね…。一応、私がファングダムの上空に行ったのは魔王国の国民達も承知の上よ。一応、アンタに捕まった時の事も側近には伝えてるし。」


 悪い事をしている自覚はあるから、そんなに責めるような視線をこちらに向けないで欲しいな。ちゃんと城の近くまで送るから。

 だが、私に拘束されていた事は伝わっていたらしい。なら、もう少しここにいても大丈夫だろうか?


 「流石にそろそろ戻った方が良いでしょうね。そろそろ城を出てから5日が経過しようとしてるし。」

 「…ところでルイーゼ、今って何時ごろか分かる?」

 「?時間?…午前6時前ね。それがどうかしたの?」


 なんてこった!私が魔力嵐の中で意識を失っている間に5時間近く時間が経過していたのか!


 「ファングダムに幻を出さないと!」


 拙い!私が意識を失っていたという事は、当然『幻実影ファンタマイマス』も解除されてしまっているという事だ!そして時間が時間だから同じ部屋で就寝しているオリヴィエはとっくに起床済みだ!急いで幻を再配置しておかないと!


 「あぁ、アンタ上でも下でも幻使って色々やってたのよね。」

 「便利な魔術であるな。」

 「ごめん!ちょっと外に幻出してくる!」


 魔力嵐が発生したのが深夜の時間帯で本当に良かった。

 もしも日中に魔力嵐を鎮めようとして意識を失ってしまったら、大騒ぎになっていた事は間違い無いだろうからな。

 『幻実影』の事は今はまだ信頼のおける人物以外には知られたくないのだ。確実に余計な警戒心を与える事になる。



 魔力の感知範囲を広げ、可能な限りファングダムの近くまで転移しようとしたところで、私は自分がとんでもない能力を習得している事を理解した。


 龍脈を伝って、感知範囲を広げる事が出来るのだ!

 つまり、この場所を移動しなくとも龍脈を伝ってファングダムはおろか、ティゼム王国の状況や私の家の周囲、更には魔王国の状態まで認識できてしまっている!


 流石に『広域ウィディア探知サーチェクション』を発動した時ほど状態を鮮明に理解できるわけでは無いが、今理解できる情報だけでも幻を出現させられるし、感知が行き届くため転移魔術を使用する事すら可能となっている!


 勿論オリヴィエの位置も確認済みだ!まだ宿泊部屋からは退出していない。

 だが、目覚めた時に私の姿が見当たらない事に困惑してしまっている。幻を出現させて安心させよう。

 勿論、角も翼も仕舞った状態にして、光沢も以前の2色の状態で、人間の国で活動用の衣服を着た幻、つまり私がファングダムを訪れた時の姿の幻を、だ。


 慌てているからと言って、それをミスする私ではない!

 ……本当を言うと、うっかり今の姿で幻を出現しそうにもなったが、実際は出現させてないから問題は無い。


 「おはよう、リビア。ごめんね。ちょっと向こうの方で色々あってね。幻を解除せざるを得なかった。」

 「い、いえ。大丈夫です…。おはようございます。」


 何やらオリヴィエの様子が少し変だ。私を見て少しだけ訝しんでいる。何か気になる事でもあるのだろうか?


 「あ、あの…ノア様、何処かお変りになりましたか?」

 「?何か変わっているかな?自分では良く分からないんだけど…。」


 ううむ。獣人特有の勘の良さか?それともオリヴィエの夢の力か?なんにせよ、オリヴィエは今の私の姿に違和感を覚えたらしい。


 オリヴィエが私の幻の周囲をくまなく確認していると、唐突に本物の私の両胸が背後から鷲掴みされた。


 犯人はルイーゼである。一体どうしたと言うのだ。


 「やっぱり…間違いないわ…っ!1セム大きくなってるーっ!」

 「大して変わらないよ。気にするほどの事?」


 セム、と言うのは魔族で伝わっている長さの単位だな。だが発音が違うだけで尺度は㎝と変わらない。

 つまり、ルイーゼは私の胸を鷲掴みにして少しだけ胸が膨らんだ事を確認したという事だな。


 1㎝ではほとんど変わりがないだろうに、何故そうまで恨めしい目でこちらを見て来るんだ。


 「その大した事の無い変化が積み重なって、気付いたらいつの間にか手のひらに収まらないくらいデッカくなってくのよ!!アンタに分かるっ!?日に日にドンドンでっかく膨らんでく親友の胸を見ながら、一向に膨らまない自分の胸を見て惨めな思いをする、この私の気持ちがああっ!?」

 「分かるわけないじゃないか。私は別に胸の大きさとか気にならないし。」


 訴えながらルイーゼは私の胸を揉みしだいている。彼女の両手に宿る妬みの感情が凄まじい。

 確かにルイーゼの胸はあまり膨らんでいないが、それが何だと言うのだ?むしろスッキリしていて動きやすいと思うのだが。


 ああ、いやでも、小説に限らず様々な書物に、豊満な胸は男性にとって魅力的に映る、という記述があったし、胸は女性の象徴、と記載している本もあったな。

 男性に限らず、女性も大きな胸に憧れるものなのか?


 その辺りの事、少しオリヴィエにも聞いてみるか。



 と思ってオリヴィエにも訊ねようかと思ったら彼女は自力で私の体の変化に気付いたようだ。

 彼女の前に出現させている幻は光沢を以前の状態にしているだけで他の人間部位は今の状態のものだからな。

 当然胸の大きさもルイーゼ曰く1㎝大きくなった状態だ。


 「分かりました!お胸ですっ!ノア様、お胸が少し豊かになられたのです!」

 「分かるものなんだねぇ…。自分ではまるで気にならなかったのだけど。」

 「私が人の事を言えた義理ではありませんが、ノア様は御自身の事に無頓着なところがありますからね。気付かなかったとしても無理はありまません。」


 だよなぁ。この場合、オリヴィエの感覚が優れていたのと、ルイーゼが自他ともに胸のふくらみを非常に注視している事が理由だろうな。


 「一応聞くけど、このぐらいだったら誤差の範囲だって思われるよね?」

 「はい!問題ありません!…ですが、羨ましくはありますね…。」


 偽りなく羨まし気に私の胸部に視線を向けるオリヴィエ。思えば、彼女の胸もあまり大きいわけでは無かったな。ルイーゼほど小さくも無いが。


 という事は、やはり女性も小さいよりは大きな胸の方が良いのだろうか?


 「バランスが大事なのですっ!大きすぎても、小さすぎても、度が過ぎてしまえば魅力を失ってしまいますっ!」

 「ああー…確か、[過ぎたるは猶及ばざるが如し]、だっけ?」

 「ですっ!」


 なるほど。まったく無いのは嫌だし、大きすぎても駄目。ある程度は欲しい。我儘な望みと言えば我儘だ。

 だがまぁ、その考え方に関しては、私も自身の外見の美醜について似たような考え方をしているから、非難する事など出来ないか。



 乳房と言うのは、相手のものを揉みしだいたからと言って、自分のものが大きくなるわけでは無い。

 だからルイーゼ。そろそろ妬みの感情全開で私の胸を揉みしだくのは、止めにしないか?虚しくなるだけの様な気がして仕方が無いんだ。


 「力があればっ!力があればこんなものぉおお…っ!」

 「城に帰った方が良いんだろう?そんなに胸を揉みしだきたいなら城に帰ってそのとても胸の大きな親友の胸を揉みしだけばいいだろう。」

 「余裕っ!?その態度は持ってる者の余裕なのっ!?んがぁああああっ!!」


 余計に取り乱させてしまっただろうか?そろそろ大人しくなってもらいたいし、仕方が無い。ちょっと強硬手段を取らせてもらおうか。


 家の皆に事前に連絡を入れておこう。


 うん。問題無いな。


 「ヨームズオーム、これから私の家に行くよ。家の皆を紹介しよう。」

 ―うん!分かったー!ヴィルおじちゃん、またねー!―

 「慌ただしい奴らだのぅ。まぁ良い。坊よ。何時でも遊びに来るが良いぞ?なんならノアから転移魔術を学び、坊だけでこの場に来ても構わんぞ?」


 ヴィルガレッドはやはり少し名残惜しそうにしているな。まぁ、酒の席を中断されてしまった状態でコレだからな。また改めてゆっくりと酒と、今度は料理も振る舞わせてもらうとしよう。


 ―分かったー!ぼく、頑張って覚えるねー!―

 「うむうむ!期待して待つとしよう!」


 ヨームズオームに転移魔術を教えるのは問題無いのだけど、この子だけでヴィルガレッドの元へ向かわせたら、際限なく甘やかしてしまいそうだな。何時までもヴィルガレッドの住処に居続けそうな気がする。

 まぁ、あまり帰りが遅くなるようだったら私が迎えに行けば良いか。


 「来た時も帰りも唐突で悪いね、ヴィルガレッド。仕事も溜まってるみたいだし、そろそろルイーゼを城に返さないと拙いらしいから。」

 「良い。そなたには龍脈の流れを正してもらった恩もある。落ち着いたらまた余の元に来るが良い。褒美を取らせよう。」

 「分かった。それじゃあ、またね。」

 「うむ。達者での。」


 ヴィルガレッドに別れを告げて、転移魔術を発動させる。転移先は魔王国、の前に私の家、の近くにそびえたつ私の城の最上階、玉座の間である。



 事前に連絡をしていたので玉座の間には家の皆が勢ぞろいである。


 〈お帰りなさいませ、おひいさま。一時の御帰宅とは言え、どうぞ、ごゆるりとお過ごし下され。〉

 〈そちらの方々が魔王ルイーゼ陛下と我等の新たな仲間であるヨームズオーム殿ですね?"楽園の最奥"、"黒龍城"へようこそ。我等"最奥"の住民一同、御二方を歓迎いたします。〉

 〈とは言え、魔王陛下は多事多端の模様。あまり派手な歓迎は出来まい。〉

 〈じゃあ、早いとこ用件だけ済ませようよ!〉

 〈貴方綺麗な鱗ね!傍にいるとなんだか気持ち良いわ!〉〈思ったよりも小さいのよ!綺麗な色ね!〉

 〈素敵なマントだね。何を素材にしているのかな?"楽園"に代用できそうなものがあると良いなぁ。〉

 ―ふおおぉー・・・!みんなこれからよろしくねー!―

 「…な…は…え…?」

 城の最上階に到着するなり、皆して私達に歓迎の言葉を掛けてくれる。


 ちなみに、ラビックの口から出た"黒龍城"と言うのは、言わずもがなこの城の事である。私が『黒龍の姫君』と言う称号を得た事をみんなに伝えたら、皆してこの城をそう呼ぶようになってしまったのだ。

 まぁ、特にそれに関しては言及する事は無い。好きなように呼べばいいさ。


 さて、ヨームズオームには伝えていたが、ルイーゼは我を忘れて私の胸を揉みしだき続けていたので、ここに連れてくる事を伝えなかった。

 家の皆を見て彼女は口の開閉を繰り返している。絶句してしまっていて、まともに声が出せていないでいるのだ。


 出来てしまった。龍脈を伝って家の周囲の状況を感知できていたので、転移できるんじゃないかと思ってやってみたのだが、問題無く転移できてしまった。


 これは凄い事だぞ?何せ、私にとっては龍脈全体が『幻実影』や『広域探知』、転移魔術の中継地点になっているようなものなのだ。

 そして龍脈を伝って感知できるのは、何もこの大陸だけの話だけではないのだ。

 龍脈は世界中に張り巡らされている。それはつまり、私の感知能力と龍脈を利用すれば、地上でいけない場所はほぼないといっているのと同義といって良い。


 本当に、とんでもない能力を習得してしまったな。

 多分、あの慈愛に満ちた視線と関わった際に習得したのだと思うのだが、あの視線の主は、私に何を望んでいるのだろうか?


 …今気にする事では無いな。まずは固まってしまっているルイーゼを正気に戻さないと。

 流石に手の動きは止まってはいるものの、未だに私の胸を鷲掴みにしているルイーゼを尻尾を用いて引きはがす。

 彼女の事はその場に置いておき、私は自信の玉座まで移動して、腰かける。


 これで私はルイーゼを見下ろす形となったわけだ。


 「はへ…?」


 私はルイーゼに強い友情を抱いている。それこそ、ヴィルガレッドに並ぶほどの親しみを持っている。


 だが、だからと言ってうやむやにしてはいけない問題がある。

 魔力を制限せずに解放すれば、流石のルイーゼも表情を引き締めた。解放された私の魔力に、家の皆も緊張しているように見える。


 「ルイーゼ。いや、敢えてこう呼ばせてもらう。魔王国国主、6代目新世魔王・ルイーゼ=ノヴァーガ=オーダー。5カ月前の蛇の月10日。貴女が"楽園"に行った行為について、申し開きがあるなら聞かせてもらおうか。」

 「ひぅ…っ!?」


 ルイーゼがかなり怯えた様子で目を見開いている。


 私はまだ、ルイーゼから雨雲の件について謝罪の言葉をもらっていない。

 いくら強い友情を抱いた相手とは言え、それとこれとは話が別である。


 ケジメを付けよう。そして、後腐れなく、改めてルイーゼと友諠を結ぼう。

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