第203話 謝罪をしよう

 怯えて固まってしまった様子のルイーゼを見て、私はふと疑問に思う。

 彼女が怯えているという事は、私の魔力を感知できているという事だ。私の魔力は、ルグナツァリオが隠蔽してくれているんじゃなかったのか?


 確認を取ってみよう。


 〈『ルグナツァリオ、今、私の魔力って隠蔽されてる?』〉

 『されていないねぇ。不甲斐なくて申し訳ないが、彼の住処までは私の力は及ばなくてね。貴女が消失してしまってからこの場に転移してくるまで、貴女を認識できなかったんだ。無事で何よりだよ。』


 今、何やらとんでもない事を言ってなかったか?私が消失していただって?

 もしかしなくても、あの視線を感じていた時の事か?そういえばヴィルガレッドの住処に視界が戻った時は皆とても心配そうに私の事を見ていたな。あの時私はどうなっていたんだ?


 これに関しては目視していたルイーゼやヨームズオームに直接聞くのが一番か。後で聞いておこう。


 隠蔽が解除されてしまったのなら、もう一度かけ直してもらうか。


 〈『それじゃあ、もう一度隠蔽してもらって良いかな?』〉

 『構わないけど、そこは貴女の居城であり、貴女の領域だろう?隠蔽する意味は無いんじゃないかな?』


 そうだった。阿保か私は。

 それに、折角格好をつけて姫っぽい振る舞いをしているのだ。

 ここで再び隠蔽を掛けてルイーゼから私の魔力が感知されなくなってしまったら、色々と台無しである。


 そうだ。私の隠蔽が解除されているのなら、ついでにヨームズオームに掛けられている隠蔽も解除してもらおう。承知しているとは思うが、この子もここで暮らす事も私の口から伝えておきたいしな。


 〈『それなら、ヨームズオームの隠蔽も解除しても大丈夫かな?聞いているとは思うけど、この子もここで暮らす事なったんだ。それに関しては構わないよね?』〉

 『勿論承知しているよ。むしろこちらからお願いしたい。その子が不自由なく暮らせる場所は、今のところ貴女のその広場ぐらいなものだからね。』


 はて。確かにヨームズオームは元は極めて巨大な蛇だ。だが、地図を見る限りではこの子が本来の姿で活動が出来る場所が、無いわけでは無いと思うのだが。


 『人間達の生活圏にその子を活動させるのは、推奨しないよ。』

 〈『この子はもう毒を出したりしない、無害な存在だよ?』〉

 『そうとも。むしろ浄化と治癒の効果を常時発現する極めて有益な存在となっている。そんな魔物が自分達の近くに存在したら、人間達はどうすると思う?』

 〈『…独占しようとして、拘束する?』〉

 『それだけならばまだ良いさ。人間と言う生き物は、魔物が相手だと、とにかく自分達の道具の素材にしたがるきらいがあるんだよ。』


 なるほど。つまり、この子を傷付けようとする輩が現れる可能性がある、と。

 …仮にそんな不届き者がいたら、生まれてきた事を後悔させてやろうじゃないか。絶対に、楽に死なせてやるものか。少なくとも、あの研究施設の連中以上の苦しみを味わってもらおう。

 間違いなくヴィルガレッドも黙っていないだろうからな。存分に後悔させてやる。


 ってああ、そうか。ルグナツァリオとしては、私にあまり人間達に危害を加えて欲しくないのか。だから、私を怒らせる要因を最初からなくすためにも、この子をここで生活させる事を推奨するんだな。

 

 『分かってくれたかな?その子は是非ともその場所で健やかな時を過ごしてもらいたい。それと、その子の隠蔽は時間を掛けてゆっくりと解除していこう。』


 ふむ。その方が都合が良いか。ヨームズオームが所有する魔力量は、ドラゴンの頂点、竜帝カイザードラゴンであるヴィルガレッドすら上回る。

 そんな存在の魔力が急に"楽園"で観測されたらどうなるか。

 折角世界中が私の魔力反応に慣れてきたと言うのに、再び混乱の渦に飲み込まれてしまうだろう。


 だからルグナツァリオトしては徐々に隠蔽を解除して、人間達からは"楽園深部"で何かとてつもない存在が育っていると思わせたいのだろう。


 私もその方針に賛成だ。だがそうなると、しばらくはヨームズオームと共に人間達の生活圏に旅行に行く事は、出来そうにないな。

 まぁ、その分家の皆に可愛がってもらうとしよう。


 『ところでノア、彼女を放っておいていいのかい?』

 〈『えぅ?彼女…?ああっ!?』〉


 しまった!ヨームズオームの事を考えていたらすっかりルイーゼの事が頭から抜けてしまっていた!

 折角姫っぽく振る舞って国主同士のやり取りを演じていたというのに、これではルイーゼに失礼だ!


 〈『ルグナツァリオ、ゴメン!色々とまだ聞きたい事があるけど、今はルイーゼの事に集中したい!』〉

 『問題無いとも。貴女とはいつでも話が出来るのだから。それよりも、彼女と仲良くしてやって欲しい。それでは、また…。』


 そう言い残して、ルグナツァリオの気配は消え去ってしまった。ルイーゼと仲良くして欲しい、か。言われるまでもない。彼女と仲良くしたいのは、私だって同じなのだからな。


 さて、その肝心のルイーゼだが。


 まだ固まってた。今の私が恐ろしいのか、若干震えてすらいる。

 彼女の両手は力いっぱいまで握り締められていて、何かに耐えている。いや、何かに、ではないな。私の魔力に耐えているのだ。


 解放された私の魔力は、圧力となって今もルイーゼに襲い掛かっている。

 ルイーゼはその圧力に必死に耐えている。そして、それ故に何かを言う余裕が無いのだろう。


 頑張れ、ルイーゼ。貴女ならこの圧力を押しのけ、私と話が出来る筈だ。


 と、そこにルイーゼの状態が気になったヨームズオームが、私に今の状況を訊ねて来た。


 ―ねーねー。ノアとルイーゼどうしたのー?ケンカー?―

 「ケンカでは無いよ。ただ、少し前にルイーゼがこの森にちょっと迷惑をかけてしまったんだ。」

 ―そっかー。ノアはその事、怒ってる?―


 確かに、あの時、雨雲を消し飛ばした時は間違いなく怒っていたな。だからこそ手加減抜きで全力でドラゴンブレスを放ったのだ。

 だが、今も怒っているのかと尋ねられたら首を横に振る。

 結局のところ全員"楽園"の住民は無事だったのだし、ルイーゼにも事情がある事は理解しているからだ。

 とは言え、彼女のとった行動が軽率だったのは擁護のしようが無いがな。


 だからこそ、しっかりとしたケジメが必要なのだ。ちゃんと自分のした事の非を認めて"楽園"に対して謝罪をしてくれれば、言う事は無い。


 「怒っていないよ。私はルイーゼと仲直りがしたいんだ。」

 ―そっかー。悪い事をしたらごめんなさいだもんねー!―


 ヨームズオームは本当に良い子だなぁ。こんなに良い子がずっと昔は誰からも嫌われ、避けられ、恨まれていただなんて…。

 今まで報われなかった分、これからは沢山甘やかして可愛がらないとな。家の皆も沢山可愛がってくれる筈だ。


 って、いかんいかん。今はルイーゼだった。


 ヨームズオームの言葉を聞き、その言葉を励みにしたのだろう。ルイーゼの口が動いた。


 「…も…申し開きは無いわ…。」

 「それなら、貴女は自分の行為に非があると認めるんだね?」

 「…え、ええ…認める、わ…!」


 ルイーゼの体は未だに震えている。彼女の怯えはまだ拭われていないようだな。だが、それでも、私はこの魔力をまだ抑えるわけにはいかない。

 ルイーゼが自分の国を想って行動したのならば、そしてこの"楽園"を国として捉えるのなら、今のこの問題は紛れもない国際問題なのだ。

 だからこそ、国主同士のやり取りとして、手を抜くつもりは無い。これも、一つのケジメである。


 ヨームズオームの顔を撫でながら、ルイーゼに私の要望を伝えよう。


 「それならば、この子が言っていたように、謝罪の言葉を貴女の口から聞かせてほしい。私にではなく、この"楽園"に対してね。」

 「……っ!」


 ルイーゼとしては、私の先程の怒っていないと言う言葉に、信憑性を持てないのだろうか?彼女からは未だに怯えが消えていない。

 何だか、ホーディやウルミラと出会った時の事を思い出してしまうな。あの時は彼等を優先したが、今回は状況が違う。彼女には恐怖に打ち勝ってもらう。


 少しの沈黙の後、彼女は頭を下げ始めた。

 遂に謝罪の言葉を紡ぐのかと思えば、彼女の動きは止まらない。そのまま膝を折り、膝をつき、地面に額を付けて平伏してしまったのだ。つまりは土下座である。

 そこまで望んではいなかったのだが、彼女は至って真剣だ。今更[土下座しないで良いよ。]とは言えない。


 「こ、この度は…わ、私の、軽率な判断が、原因で…"楽園"の、皆様に…た、多大なご迷惑をかけた事を、お詫びします…!」


 震えながらも、怯えながらも、ルイーゼは謝罪の言葉を言いきった。ならば、もうこの話は終わりだ。


 「ルイーゼ。貴女からの誠意の籠った言葉。確かに受け取ったよ。ならば、この話はもうこれで終わりだ。私達の間に、もう軋轢は無い。怖かっただろうに、よく頑張ったね。偉いよ。」


 言って、私は立ち上がりその場から飛び跳ねてルイーゼの目の前に降り立つ。

 彼女の両脇を抱えて立ち上がらせて、そのまま彼女を抱きしめた。


 「ひぃっ!?な、何っ!?なんなのっ!?」


 やはりルイーゼは抱き心地が良い。彼女には悪いが、正直彼女にもらったぬいぐるみよりも心地良く感じるのだ。嬉しさのあまり、徐々に腕に力が入っていく。


 「ぐぇぇっ!?」

 「嬉しいんだ。過去を清算して、貴女とこうして後腐れの無い関係になれた事が。これからはかけがえのない友として、貴女と接する事が出来る。改めて、これからよろしくね。」


 抱きしめながら、彼女に私の思いを伝える。これで憂いなくルイーゼと仲良くできる。私には、それが嬉しくて堪らないのだ。


 「だっ!かっ!らぁっ!なんっで!アンタはっ!そうやってすぐに抱きついてくんのよぉーーーっ!!?」

 〈ノア様だからよ!〉〈貴女が好きだからよ!〉

 〈おひいさまは親しみを感じた相手に対しては、それはもう頻繁に触れ合おうとなさいます。そのようにルイーゼ陛下を抱きしめるという事は、陛下に対して強い親しみを抱いている証拠に御座います。〉


 ゴドファンス達があんまりな事を言っているが、言うほど私は誰かに抱きついたりしているだろうか?

 ……思い返してみれば、私は家にいる時は必ずといって良いほど誰かと触れ合っているな?それに、親しみを感じた人間に対しても、優しくではあるが普通に抱きしめていたような気が…。ああ、後感動した時もか。


 …ゴドファンス達の言葉を否定できそうにないな。まぁ、だから何だと言うのだ。


 ルイーゼからも私を抱きしめて欲しいのだが、彼女はむしろ私から離れたそうにしている。あんまりだ。もう少しこうしていようよ。


 「それっ!自体はっ!嬉しいけどっ!抱きしめる力にもっ!限度ってもんがっ!あんでしょうがぁーーーっ!!骨!骨がミシミシいってるから!ちょっとは、力を抜きなさいぃーーっ!!」


 ルイーゼは調子を取り戻したようで、今までの様な口調で遠慮なく私にツッコミを入れてくれている。

 そうそう、ソレ。そういう対応をしてくれるから私はルイーゼが好きなんだ。


 感極まってしまい、更に腕に力が入ってしまう。


 「なんっで!余計にっ!力が入ってんのよぉーーーっ!!?力を抜けっつってんでしょう、があああああっ!!?!……うぐぅっ!?」


 この遠慮のないやり取りが楽しくて仕方が無い。ついつい力が入ってしまう。

 だが、流石に調子に乗り過ぎたようだ。ホーディから待ったが入ってしまった。


 〈主よ。その辺にしておけ。ルイーゼ陛下を陛下の城に返すのが本来の目的だったのだろう?それに、流石にそれ以上は体が持たない様だぞ?〉

 「んぇあ?」


 ふとルイーゼを見てみれば、彼女は白目をむいてけいれんを起こし、気絶してしまっていた。


 なんてこった!いくら何でもやり過ぎたっ!すぐに治療しよう!後、我を忘れて気絶させてしまった事もちゃんと謝らないと!


 ルイーゼの状態を確認してみる。彼女は骨が軋む音がすると言っていたが、特に骨に損傷は無いようだ。これならば治癒魔術を使用すればすぐに目が覚めるな。


 ―ルイーゼ大丈夫ー?元気になーれ!―


 治癒魔術を施そうと思ったら、先にヨームズオームがルイーゼの傍に寄り添って普段から放っている治癒の効果の出力を上げたようだ。

 すぐさまルイーゼは意識を覚醒させた。


 「ん…?あれ…?何ともない…?」

 ―ルイーゼ起きたー!ノアー?ノアは力が皆より強いんだから、ちゃんとかげんしないとダメなんだよー?ルイーゼにごめんなさいしよう?―


 あぐぅぅうっ!!こ、これは非常に心苦しい!!ヴィルガレッドから叱られる時は感謝の感情が真っ先に湧いて来るのだが、ヨームズオームに叱られると、罪悪感が真っ先に湧いて来る!!


 直ちにルイーゼに謝ろう!


 「ルイーゼ、ごめん…。嬉しさのあまり、自制が出来なくなってた。本当にごめんよ…。」

 「もぅ、良いわよ…。これでお互いさま。それでいいでしょ?でも!ちゃんと自分の感情を自制できるようにしておきなさいよねっ!?私はアンタほど頑丈じゃないんだから!」

 「うん!気を付ける!」


 ルイーゼに許しをもらった事で嬉しくなり両手を広げて抱きしめようとする。

 が、ルイーゼから冷たい視線を感じたので抱きしめる前にとどまった。さっきの今で再び暴走しそうになっていたようだ。


 「ホントに大丈夫ぅ~?ちょ~っと、いや、かなぁ~り不安ねぇ?」

 「だ、大丈夫だとも。今もこうして踏みとどまれただろう?」

 「ノア。アンタはしばらくはぬいぐるみを出しておきなさい。で、思わず誰かを抱きしめたくなったらぬいぐるみを抱きしめなさい。」

 「…うん、分かった。そうしよう。」


 『収納』からルイーゼからもらったぬいぐるみを取り出して左腕で抱きしめる。うん、良い抱き心地だ。…ルイーゼの抱き心地には劣るけど。


 ―仲直り出来たー!良かったねー。―

 「ヨームズオーム…。アンタは良い子ねぇ…。」


 お互いに謝り、私達がこの場に来る前の関係に戻った事が、ヨームズオームにとっても嬉しいようだ。


 ルイーゼが優しい表情でヨームズオームを褒めて、頭を撫でている。彼女があの子を撫でるのは、これが初めてだな。あの子もとても嬉しそうだ。


 ―わーい!ルイーゼに褒められたー!―

 「ノア?アンタもこの子を見習いなさい!凄く喜んでるのにアンタみたく巻き付いたりしてこないわよ?」

 「…善処するよ…。」


 さて、ここにルイーゼを連れてきた要件も済んだ事だし、名残惜しいがそろそろ彼女を魔王国へと送るとしよう。


 そうだ!別れの際にはぬいぐるみのお返しも渡しておこう!

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