第204話 また会う日まで
さて、ルイーゼに送るぬいぐるみのお返しはどんなものが良いだろうか?オーカムヅミはとても喜んではくれたが、違う物が良いだろう。出来る事なら、食べ物よりも実用品にしておきたい。
アレは私なら何時でも振る舞えるし、食べてしまったらそれで終わりだからな。
そういえば先程ルイーゼに時間を訪ねた時、彼女も懐中時計を懐から取り出していたな。
オリヴィエと被ってしまうが、彼女にも時計カバーをプレゼントしよう!勿論、カバーには絵も描きこむ!
オリヴィエは私の姿絵が入っていると喜ばれると言っていたから、少しだけ気は進まないが、私の姿絵を描きこもう。
やり方は彼女の櫛で一度経験済みだから問題無い。
そうと決まれば早速製作開始だ!材料となる木材は勿論、オーカムヅミの樹木だ!幻を木材の保管場所に出現させて少量だけ回収、『収納』を通して私の手元に木材を取り出す。
「…ノア?何してんの?」
「ん?ぬいぐるみのお返しをね…。ああ、ルイーゼ。サイズの確認をしたいから、さっき見せてくれた懐中時計を見せてもらって良い?」
「え?いいけど、何を作るのよ…?」
「時計カバー。」
疑問をぶつけながらもルイーゼは懐中時計を取り出して私に見せてくれる。
大きさと形状は把握した。それにしてもミスリル製の懐中時計とは。流石魔王。所持品も豪勢だ。人間の価値観で言ったら、金貨何枚になるんだろうな?
「時計カバー、ねぇ…。ああ、アンタのその尻尾に被せてるようなのを作ってくれるの?」
「うん。すぐに出来るから、ちょっと待ってて。出来上がったら魔王国に転移魔術で送るから。それまで紅茶でも飲む?」
「今はいいわ。それよりも…その…ちょっと…。」
何とも歯切れが悪いな。ルイーゼの視線は私ではなくヨームズオームの周りに集まっている皆の方へと向いている。
ひょっとしてみんなの事を撫でたりしたいのか?
「みんな、ちょっといい?これからルイーゼに贈り物を作るから、それまで彼女に構ってあげてもらって良いかな?」
「ちょっ!?ノアッ!?」
驚いて抗議の声を上げてはいるが、ルイーゼの内心は期待に満ちている。なるほど。ルイーゼもモフモフを堪能したかったのか。
問題無いとも。ウチの子達の毛並み、存分に堪能すると良いさ。きっと貴女に至福の時間を齎してくれるよ。
私が皆にルイーゼの相手を頼めば、ヨームズオームも混じって彼女の元へと集まり体を密着させていく。
「ほわぁあああああっ!?なにこれぇえーーっ!?フッカフカーーッ!!モコモコだしサラサラしてるぅーーーっ!!うっひょおぉーーーっ!!」
ルイーゼが今までとは違う方向にはっちゃけている。彼女も私と同じく、モフモフ好きだったんだな。
ウチの子達は凄いだろう?何せ洗髪料のおかげで皆の毛質は出会った時以上の触り心地になっているからな。私がホーディやゴドファンスの上に乗っかって寝転んだらそれだけでイチコロだと思うほどだ。存分に癒されると良いよ。
さて、ルイーゼが皆の毛並みを堪能している間に、私は時計カバーを作り上げてしまおう。描きこみ方法は焼き絵式だ。彫刻も悪くは無いのだが、アレはどちらかと言うと立体感を出したい模写物の方が映えると思うのだ。
そんなわけで懐中時計をピッタリと嵌め込めるサイズのカバーを作り上げた後に『熱線』を用いて時計カバーの裏側に私の姿絵を描いていく。既に慣れた事とは言え、やはり自分の姿を描くのは少しだけ抵抗を覚えるな。まぁ、これで受け取ってくれる相手が喜んでくれるなら文句はないか。
ああ、そうだ。ただの時計カバーだと味気ないな。小さな魔石の一つでも埋め込んでおこう。
自分の魔力を手のひらに集めて圧縮していけば、麦一粒ほどの大きさの魔石が出来上がる。
コレを私の姿絵の胸部に当たる位置に埋め込んでおこう。なに、この程度の加工は魔法を用いればすぐである。
時計カバーの製作が終わり、ルイーゼの方に視線を向ければ、彼女はとてもだらしのない表情をして痙攣していた。
とは言え、私が力を込め過ぎた抱擁の時と違い、その表情は至福に満ちていた。
「ウヘ、ウヘヘヘヘ…スベスベで、サラサラで、堪んないのぉ~…。」
「ルイーゼとは、今後とも仲良く出来そうだね。」
〈沢山撫でてもらったのよ!〉〈一杯可愛がってもらったのよ!〉
〈魔王もご主人と同じぐらいボク達みたいな生き物が好きみたい。ずっと幸せそうだったよ?〉
見れば分かるとも。本当に幸せそうな顔をして正気を失っている。ルイーゼをモフモフで囲ってしまうのは刺激が強すぎたようだ。
「ルイーゼ、時計カバーが出来上がったよ。起きて。」
「ウヘヘヘヘェ…私此処で暮らすぅ~…。幸せぇ~…。」
「それが許される立場では無いのだろう?引退した後に此処で暮らすと言うのなら歓迎するけど、今は城に戻ろうね?」
今の私の発言の中にルイーゼの琴線に触れたらしい。激しく体を起こして私の両手を掴んだ。
「ホントにっ!?引退した後はここで暮らしていいのっ!?」
「ああ、構わないよ。その時は、のんびりと皆と過ごすと良いさ。だから今は魔王としての仕事をしよう?魔王国までは私が送るから。」
「後から[やっぱナシ]ってのは無しよっ!?忘れてたら『
「そんな事しなくてもこっちから迎えに行くって。」
「いぃぃぃいやっっったぁああああっ!!」
そこまで嬉しい事なのか。未だかつてここまで激しい喜びの感情を露わにした人物を、私は知らない。
まぁ、こういう反応をするからルイーゼは面白いし好きなのだが。彼女はよっぽどモフモフが好きなのだろう。
とにかく彼女には落ち着いてもらおう。これではプレゼントを渡しても印象が薄くなってしまう。
落ち着いてもらうためにも先に魔王国まで転移させてもらおう。皆がいる場所だとどうも興奮してしまうようだ。
「それじゃあ皆。ルイーゼを魔王国へ返して来るよ。ヨームズオームはどうする?一緒に来る?」
―んー?ルイーゼにもまた会えるし、お話出来るんでしょー?それならぼく、ココでみんなとお話しするー。―
〈分かったよ。皆、その子の事、頼んだよ。私はルイーゼを送ったら、そのままファングダムに戻るよ。〉
〈承知致しました。この方の事は我々にお任せください。〉
〈おひいさまの真のご帰還を心よりお待ちしております。〉
〈行ってらっしゃい、ノア様。〉
あの様子ならヨームズオームの事を心配する必要は無さそうだ。安心して魔王国へと転移しよう。
皆に見送られながら、転移魔術を発動させる。
そうだ。流石に魔力はもう抑えておこう。転移先でも私の魔力が確認されてしまったら大騒ぎになるだろうからな。
到着した場所は魔王城と思われる場所の上空3㎞の位置だ。魔王国を見てみたい気持ちもあるが、それは正式に魔王国に訪れた時の楽しみにしておこう。
この国はとても栄えているようだからな。いつの日か、この国を訪れるその時が来るのがとても楽しみだ。
ルイーゼも大分落ち着いている。転移直後が上空だったため少し慌てたようだが、すぐさま浮遊の魔術を使用して空中に留まっている。
転移先が上空だと説明しなかった事を咎めるようにこちらを睨んでいるが、あの時のルイーゼに説明しても結局耳に入っていなかったと思うし、容赦して欲しい。
とにかく、落ち着いてくれたようなので、時計カバーをルイーゼに渡そう。
「ルイーゼ。時計を貸してくれる?カバーをはめ込むから。」
「どうぞ。ふふっ…どんなのが出来上がったのかしら?アンタの事だから、とんでもない代物だったりしてね。」
人間基準で言ったらまず表に出せない品かな?
何せ"楽園最奥"の品に加えて私の魔力から作り出した魔石を埋め込んでいるからな。人前に出したら大騒ぎ間違いなしだ。
まぁ、ルイーゼは魔王なんだから、そういった品を持っていても何も不思議では無いだろう。何せ魔王だからな!人間も魔王国の魔族も納得してくれるさ!
時計カバーをルイーゼの時計にはめ込んで返却する。
時計を受け取ったルイーゼはカバーを眺めるなり、目を見開いて驚いている。果たして気に入ってくれただろうか?
「ノアァ…。アンタ、随分ととんでもないものを寄越して来たわねぇ…。こんなの、煌貨を出したって手に入れられないわよ?」
「それって、時計込みの価値?」
「カバーだけの価値に決まってんでしょうが。素材の木材からしてどこにあるのか分っかんない代物だし、アンタの精巧な姿絵なんて、今じゃ世界中の人間や魔族がこぞって欲しがってんだから。しかも、カバーに埋め込まれたこの魔石。コレが尋常じゃなくヤバイわね。」
「そこまで?宝石代わりになれば良いと思ったんだけど…。」
本当に小さな魔石だから、実用的では無いと思ったのだが、やはり私の魔力で魔石を作るのはやり過ぎだったのだろうか?
どうやらそうらしい。
「どこの世界に七色の魔力が籠った魔石が存在するって言うのよ?これじゃあ、アンタが"楽園の主"だって言ってるようなものよ?」
「あー…上手い事、隠してくれると嬉しいなぁ…。」
しまった。現状、七色の魔力を持っているのは私だけであり、人間や魔族の見解としては七色の魔力反応が"楽園の主"であるという説が最も有力だ。
そんな"楽園の主"を彷彿させる魔石を私の姿絵に、それも装飾品の様にはめ込まれているデザインとなっては、確かに私が七色の魔力の持ち主、すなわち"楽園の主"と公言しているようなものか。
流石に隈なく観察しなければ分からないだろうが、目ざとい者には分かってしまうかもしれないな。
ルイーゼに頼んで魔力の隠蔽をしてもらうか。
「ま、私ならそれぐらい、簡単に出来るけどね。」
そう言ってルイーゼは時計カバーの宝石部分に隠蔽の魔術を施す。流石魔王だ。これで傍から見れば、あの魔石は珍しい宝石程度にしか思われない筈だ。
時計カバーに描かれた私の姿絵を眺めて、ルイーゼは嬉しそうに微笑んでいる。何はともあれ、プレゼントは喜んでくれたようだ。
「ホンット、ただのぬいぐるみが、とんでもない代物に変わっちゃったわね!今更[返せ]なんて言っても返さないわよ?」
「言うわけないだろう?ルイーゼ相手だから自重はいらないと思ったんだ。」
「今は人間のフリしてんでしょうが。自重しなさいっての。」
怒られてしまった。まぁ、ルイーゼの言う事は尤もだ。だが、彼女の表情はとても朗らかだ。優しそうに、嬉しそうにしている彼女の表情は初めて見る。
「でも、ありがと!大事にするわ!」
そう言って、ルイーゼは屈託のない笑みを見せてくれた。
思わず抱きしめたくなったのだが、こういう時のためのぬいぐるみだ。左腕で抱えているコレをルイーゼだと思って両腕で抱きしめておこう。
…自分の作ったもので喜ばれるのは、やはりとても嬉しい。それが友達ならば尚更だ。甲斐がある。
「じゃ、私はそろそろ城に戻るわ。ウチに来るときは、ちゃんと事前に連絡しなさいよ?それから、転移魔術使っていきなり私の目の前に出て来るんじゃなくて、ちゃんと街の入り口から来なさい、良いわね?」
「ああ、約束する。ねぇルイーゼ。」
「何よ。」
「やっぱり、最後に一度だけ抱きしめて良いかな?」
「力を込めないのなら、良いわよ?」
ルイーゼとの別れが、これまでの誰との別れよりも名残惜しい。
駄目元で抱きしめて良いか頼んでみたら、なんと承諾してくれた!が、力を込めて抱きしめては駄目らしい。
まぁ、それで一度気絶させているから、仕方が無いのだが。
人間を、エリィやシンシア、オリヴィエ達を抱きしめていた時のように、優しく抱きしめよう。
すると、驚いた事にルイーゼの方からも抱き返してくれたのだ!
物凄く嬉しい。だが、ここで感極まって抱きしめる力を強めてしまったら、色々と台無しである。
ルイーゼは呆れながらも許してくれるかもしれないが、彼女は私を信用して抱き返してくれたのだ。その信用は裏切れない。
「ノア…アンタ、相当な寂しがり屋ね?」
「否定は出来ないかな?家の皆にもよく言われてるかも。」
実際のところ、一人でいるよりも親しい者に傍にいてもらえた方が私は嬉しい。多分だが、この感覚は今後もずっと変わらないと思う。
「そのぬいぐるみ、一点ものなんだから、大事にしなさいよ?」
ルイーゼが私にくれたぬいぐるみは、これ一つしかないらしい。
彼女は幼い頃はぬいぐるみを抱いて眠っていたそうだし、このぬいぐるみも、彼女にとってはとても思い入れのある、大切な品なのだろう。
だったら、粗雑に扱う事など出来る筈が無いな。
「うん。大事にする。」
「よろしい。それじゃ、頑張んなさい。ファングダムとそこのお姫様を助けてあげるんでしょ?」
私がファングダムで活動する事に対して、ルイーゼは特に何かを言及する気は無いらしい。
私の事を信用してなのか、それとも人間に対して干渉する気が無いのか。
「うん。約束したからね。今の私は、やる気十分だよ。」
「フフッ!人間相手なんだから、少しは手加減してあげなさいよね?」
人間に対して気を遣っている辺り、どちらかと言うと私の事を信用してくれているらしい。ならば、その信用に応えないとな。
黙って首を縦に振ると、それが合図とでも言うかのように、お互い同時に腕を離した。これでルイーゼとはお別れだ。
互いに離れ合い、ルイーゼはそのあと一言も語らずに城へと降りて行った。言うべき事はすべて言った、という事なのだろう。
さて、色々ととんでもないイレギュラーが発生してしまったが、ルイーゼと言うかけがえのない友を得て、更には新たに家で一緒に暮らしてくれる可愛い弟分も出来てしまった!
結果的にはとても喜ばしい出来事だ。
が、手放しで喜べない事もある。
先ずはヨームズオームを目覚めさせてファングダム中を毒で包み込もうと企んだローブの女性の存在。
ルイーゼ曰く、彼女は十中八九何らかの組織に所属しているらしい。
そう、何らかの組織、だ。
国の規模で人々の命を奪う行為を躊躇いも無く行う組織。所謂テロリストと呼ばれる類と考えて良いだろう。
私としては世界中を旅行するにあたって迷惑極まりない組織である。早急に排除するべきだろう。
四の五の言ってはいられない。ここはルグナツァリオの力を貸してもらう。
そしてもう一つ。やはり今の私の状態で人前に出るのは悪戯に混乱を与えるだけだと思うのだ。
幻などの偽装を行わず、堂々と今のまま人前に出られるための案も、同じくルグナツァリオに相談しよう。
『と言うわけでルグナツァリオ、何かこう、私が今の姿になった事に納得できる理由を持たせたいのだけど、いい案はあるかな?』
『良くぞ聞いてくれたね。その質問を待っていたよ。勿論あるとも。それも、貴女だからこそ納得されるだけのとっておきの理由がね。』
物凄い自信だな。それだけ自信たっぷりだと、逆に不安になってくるんだが、大丈夫なのか?
まぁ、一応聞くだけ聞いてみるか。もしも駄龍的な考えだったら、頭を締め付けるような思念を送りつけて痛い思いをしてもらおう。
『何、貴女にしか出来ず、そして貴女ならばとても簡単な事さ。』
『もったいぶるね。そろそろ教えてくれる?』
『寵愛の数を増やせば良いのだよ。』
良し、締め付けよう。
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