第205話 煌命神・キュピレキュピヌ

 自信満々だったからある程度は警戒していたが、やはり駄龍は駄龍だったか。

 少しきつめに締め付ける思念を送っておこう。


 『ま、待ってくれノア、その頭を締め付ける思念を送るのを、一時中断してもらって良いかな!?とても痛くて説明が出来ないよっ!?』

 『自分で言っていたよな?二柱以上の神とつながりを持った人物は伝説上の存在だと。今の私に伝説上の人物になれとでも言うつもりか?その結果何が起こるか、予想は出来てるはずだよな?また全力でぶん殴られたいのか?』


 『わ、私の言い分も聞いてくれないか!?ちゃんと訳も話すからっ!?とりあえず、この頭を締め付ける思念を送るのを一度止めてくれ!』


 ルグナツァリオにも一応言い分があるらしい。聞くだけ聞くか。多分、納得できない内容だとは思うが。


 締め付ける思念を解除して話を聞く姿勢を取る。


 『ふぅ…。いや、本当に貴女は凄まじいね。私達にこうも簡単に痛みを与える事が出来るのは、貴女しかいないよ。』

 『私が思念を止めたのは貴方の称賛を聞くためじゃないんだ。貴方の言い分を聞かせてもらえる?』

 『分かっているとも。…だんだん私に容赦が無くなってきていないか?』

 『ルグナツァリオ?』

 『言う!すぐに言うから!落ち着いてくれたまえっ!流石に少々気が短すぎじゃあないかな!?』


 短くもなるだろう。こっちとしては他にも聞きたい事があるんだ。それに、いつまでもオリヴィエの隣にいるのが幻では、彼女に失礼だと思い始めて来たんだ。

 そろそろ幻を解除して本物の体でレオスも見て回りたいしな。


 ようやく説明が始まるようだ。


 『怒らないで聞いて欲しいのだが、まず、貴女が今まで以上に祭り上げられ、称えられる事に関しては、もう諦めて欲しい。』

 『…どうしようもないのか?』

 『私達では無理だよ。多分だが、貴女がその状態になったのは、この星そのものと繋がったからだと思うんだ。』


 それに関しては、ある程度私も予想していた。そうなると、あの時私に声を掛けて来た慈愛の視線は星そのものの意思、と考えられる。

 星の意思が何故私に現状を訪ねて来るのかは分からない。だが、私からしてみればこの星は私の親も同然の存在だ。

 私の仮説が正しい場合、星の意思が生み出した我が子を想って自身の行いの是、私という存在を産みだして良かったのか、私が産まれた事を嘆いていないかを確認したかった、とでもいうのだろうか?


 流石に分かるわけが無いな。多分だが、あの時の状況を再現しようとして魔力嵐の中に飛び込んでも、もうあの時の状態にはなれないと思う。

 ヴィルガレッドすら耐えられず、私ですら強い負荷を感じた魔力嵐であったと言うのに、意識を取り戻した際にはまるで負荷を感じていなかったのだ。

 魔力嵐によって私が一時的に消失していたからあの状態になれたと言うのであれば、魔力嵐の中で平然としていられる状態になってしまった私では再現が不可能、というわけだ。


 あの視線が星の意思だと仮定して再び星の意思と意思疎通を行おうと思った場合、もっとこの星の魔力の根源的な場所に向かう必要があるだろうな。


 話を戻そう。とにかくだ、私は星の魔力を取り入れる事によって肉体が再構築、変化してしまったのだろう。


 『貴女のその変化は変身ではなく進化に分類されるだろうね。』

 『自分の意思でこうなったわけでは無いのだけど?』

 『何らかの意思が介入した事は間違い無いだろうね。』

 『私としては何らかの意思と言うよりも星の意思が介入したと思うのだけど?』


 ルグナツァリオは星に意思があるとは思っていないのだろうか?いや、私も星に意思があるのは家庭の段階でしかないのだが、私に語り掛けて来た視線を考えると、そうとしか思えないのだ。


 『星の意思か・・・貴女がそう思う理由があるのだね?』


 頷いてあの時の状況をルグナツァリオに説明する。私が訊ねられた質問の内容、それに対して私が何と答えたか、その後私に何を望んだのか、私が感じ取った事をそのまま伝えた。


 『…多くの幸せ、か…。愛されているねぇ…。』

 『あの視線の主がこの星の意思で、私を娘だと思っているのなら、それは嬉しい事だよ。尤も、そう簡単に会う事はおろか、再び意思の疎通をする事すら難しいだろうけど。』

 『だろうね。それで、だ。ノア、今の貴女は完全に私達よりも上位の存在と言って良い。貴女が望めば、すぐにでも神として昇格するだろうね。』

 『しないよ?』


 するわけが無いだろう。神になったとしたら、どれだけの責任がのしかかって来るか、分かったものじゃない。ヴィルガレッドにも言った事だが、神になんてなったとしても、面倒なだけだ。気軽に世界を楽しめなくなってしまう。


 あと、私の性格上、神には不向きだ。私は我儘だし、気に入った相手には贔屓もする。現状の五大神の様に公明正大に分け隔てなく生物を見守る何て、出来そうにない。

 多分だが、練習だとかなれとかでどうにかなる問題じゃない。どうやっても出来ない事は、するものじゃないのだ。


 寵愛を授ける行為を贔屓だと言うのなら、きっと私は大勢の生物に寵愛を授ける事になってしまうだろうな。

 そんな事になれば確実に大規模な差別が発生してしまう。

 予測できるなら寵愛を授けなければ良い、と言う話になるのだろうが、無理だ。さっきも言ったが、私は我儘なんだ。感情を抑制して、加護や寵愛を授けないようにする事など、出来る筈が無い。


 だから、最初からそんな地位になどつかなければ良いのだ。


 幸いな事に、ルグナツァリオはそんな私の心境を理解してはくれているようだ。


 『分かっているとも。だが、巫覡が今の貴女を目にしたら、間違いなく私達の影響に関係なく貴女を神と同格の存在として捉えるよ。そして巫覡の感覚は魔法はともかく、魔術で誤魔化せられるようなものではないんだ。』

 『……事実なの?』

 『こんな事で嘘はつかないさ。』


 困ったな…。ただでさえルグナツァリオの寵愛を詐称するために魔法を使用していると言うのに、その上で更に魔法を上乗せするのか?

 出来ない事は無いだろうが、多分違和感が尋常じゃなくなりそうだ。


 『ノア、貴女も察しているだろうけど、詐称のための魔法の上乗せは、止めておいた方が良いよ。』

 『やっぱり?違和感とか持たれてしまう?』

 『持たれてしまうよ、流石にね。そんな事をするぐらいなら、貴女がその状態になったという、誰もが納得できるだけの理由があった方が、ずっと気が楽になるんじゃないかな?』


 それはそうだ。そもそも、私も今の状態で堂々と人前に出る事が出来る理由が欲しいと思っていたのだし。


 『そこで話は最初に戻るわけだよ。』

 『つまり、この身体の変化は、更なる神の寵愛を得たから、という事にしてしまえば良い、と?』

 『その通り!実はね、その事で既にキュピィに声を掛けておいたんだ。』

 『おい…。』


 ルグナツァリオの言うキュピィというのは、十中八九煌命神・キュピレキュピヌの事だろうな。

 まったく、本当に思い立ったらすぐに行動を起こす神だ。相手にも都合というものがあるんじゃないのか?


 まぁ、私もマコトやユージェンに無遠慮に『通話』を掛けているから言えたものではないかもしれないが。


 『いやいや!決して彼に迷惑は掛けていないとも!それに、最終的に寵愛を受け取るかを決めるのは貴方だしね!まだ彼の気配は現れてはいないだろう!?それに、彼も私の提案には非常に乗り気なんだ!』

 『煌命神も貴方の同類なのか…。』

 『ちょっとちょっと、ノアちゃん!?いくら何でもそれはヒドくないっ!?』


 キュピレキュピヌをルグナツァリオと同類ではないかと言った途端、賑やかな気配がこの場に現れた。話の流れからしてこの賑やかな気配が煌命神・キュピレキュピヌなのだろう。


 ルグナツァリオと同類の扱いをされる事に抗議の声を上げているが、そう言いたくもなるだろう。


 『私の事情を知っているうえで、私に寵愛を与える事に賛成しているのだろう?その結果私がどのような扱いをされると思っているんだ?』

 『そりゃあ承知の上だけどさぁ!でも、現状ノアちゃんにとって一番都合が良いのは、僕から寵愛を授ける事なんだぜ?』

 『納得のいく説明をしてもらえるかな?』


 既に知己を得ているダンタラやロマハではなく、何故キュピレキュピヌなのか?私のこれまでの行動が起因しているとでも言うのか?


 『ノアちゃんはさ、あの蛇の坊やのヨーちんを助けてくれただけじゃなくて、ヨーちんの性質そのものを変えて、この星に住むあらゆる生物にとってスッゴクありがたい存在にしてくれたじゃん?それは紛れも無くみんなから称賛されるべき功績なんだよ!だからこそ、この星の生命エネルギーを管理する、この僕がノアちゃんに寵愛を授けるべきなのさ!』

 『筋としては通っているけど、その事を知っているのは、ほんのごく一部だし、人間達は誰も知らない事だよ?』


 私がヨームズオームに教えた事は、掛け値なしに神々から称賛される行為だったようだ。それ故にキュピレキュピヌからも私に寵愛を送りたかったそうなのだが、それを人間達にどう説明すると言うのだろう?


 『安心してよ!僕達は巫覡に声を伝える事が出来るんだよ?人間達に事情を説明する事なんて楽勝さ!』

 『神のお告げって言うのは、巫覡には正確に伝わらないって聞いたけど?ちなみに、どんなふうに説明するのさ。』

 『正確に伝わらないから、良いんじゃないか!それに、人間達は僕達の行動に一々詳細を求めていないんだよ!漠然と、ノアちゃんに僕からの寵愛を授けたって知ってもらえれば、それでいいのさ!』

 『気楽でいいね。祭り上げられる私の身にもなってくれないかな?』


 キュピレキュピヌにしろ、ルグナツァリオにしろ、彼等が巫覡に私が新たな寵愛を得たと知ったら、間違いなく世界中で大騒ぎになる。

 特に、私が滞在しているファングダム、とりわけレオスでは、それこそ一目私を見ようと多くの人間が最近足繁く通い詰めている魔術具研究所や宿泊中の宿に屯してしまうんじゃないだろうか?


 『祭り上げられるからと言って、ノアちゃんが人間達に応えてあげる必要は無いんだよ!ノアちゃんはいつも通りにしていれば、それでいいのさ!』

 『貴女の身は私達が保障するのだからね。貴女が人間達にそっけない態度を取っていたとしても、特に貴女に対して不満を抱くような事はしないよ。』

 『僕達がさせないからね!』

 『やりたい放題だね…。』


 二柱とも、私が祭り上げられようとも、私はいつも通りにしていて問題無いと言う。それは、態々私を祭り上げてくれている人間達に対して失礼じゃないのか?


 『むしろ、ノアちゃんの都合を考えずに、ノアちゃんの傍で騒ぎ立てる人間達の方が失礼でしょ?ノアちゃんはノアちゃんでやりたい事が沢山あるみたいだしさ!それだって言うのに邪魔をするなら、人間達の方に非があるよ!』

 『いや、騒ぎ立てる原因を作った神がそれを言うのかい?』

 『そりゃ言うさ!僕はルグと違って、ノアちゃんが人間達から称えられるようにするために寵愛を授けるわけじゃないからね!これは、ノアちゃんの頑張りに対する、正当なお礼ってやつなのさ!』


 キュピレキュピヌはそう簡単に寵愛を与える神ではないらしい。ルグナツァリオとは確かに違うな。

 とは言え、いつも通りにしていても問題無いと言う理由が出来ればもう一声欲しい所だな。欲を言えば、そもそも騒ぎを起こさないでくれると嬉しい。


 『それなら、巫覡にノアちゃんの周りで騒ぐなって言っておくよ!』

 『えっ?そんな事出来たの?内容はちゃんと伝わるの?』

 『当ったり前じゃん!ルグはその気になればノアちゃんがティゼミアに到着する前に、シセラちゃんに予めノアちゃんの事を教える事も出来たんだよ!』

 『あっ!?おい馬鹿っ!?それはっ!?』

 『ほう…?』


 事前にシセラがルグナツァリオを通して私の事を知っていたとしたら?しかもその時に私を担ぎ上げないで欲しいとも伝えていたら?


 ここまでの騒ぎにはなっていなかったのでは?

 しかも今の反応を見るに、知っていて敢えてそれをやらなかったな?


 …良し、締め付けを再開しよう。


 『ぐわああぁあああーーーー~っ!!?』

 『おおーっ!コレが思念攻撃ってやつかぁ…!怖っ!ノアちゃんの事は怒らせないようにしないとね!』

 『まぁ、言い分は理解できたよ。貴方達が予め巫覡達に連絡してくれれば、騒ぎにはなるけど、少なくとも私の周りでは騒がれないんだね?』

 『そういう事!ルグはどうにも、ノアちゃんが人間達から称えられるところを見たいようだからね!』


 多少、いや、かなり周囲からの私の扱いが変わってしまうかもしれないが、それでも私は今まで通りにしていて良いらしい。


 …自分で望んでおいてなんだが、周囲に称えられるほどの功績を成し遂げたり、無視できない大きな力を所持しておいて放っておいて欲しい、それでいて不埒な輩からは干渉されたくない、などと思うのは、やはり贅沢で我儘な事なんだろうなぁ…。


 自分のとった行動に可能な限り責任を取るつもりではあるが、その場合、やはり騒がれるし、称えられるし、祭り上げられるんだろうなぁ…。


 なるほど。ルグナツァリオが諦めて欲しいと言うわけだ。


 だが、やはり神々が今まで通りにして良いと言ったとしても、人間達が私を祭り上げ、称えると言うのならそれを無下にし続けるのは悪い気がしてしまう。


 どういう形であれ、強い思いには答えたくなってしまうのだ。多分、これは私の悪癖だな。


 否定せずに、受け入れよう。その上で、私が納得する生き方をしていこう。


 さて、私が堂々と人前を歩ける理由は手に入った。ここからは本題。神の力を頼ってでも排除したい存在について聞かせてもらおう。


 『ルグナツァリオ、悪いけど、もう一つ貴方達に聞きたい事があるんだ。』

 『その質問には貴女にファングダムで活動してもらっている間に答えようか。』

 『?どういう事?』


 私がルグナツァリオにローブの女性、テロリストについて訊ねたら、彼は深刻な声色で私にファングダム向かうように促してきた。


 まさか、ファングダムで何か起きているのか?レオスに配置している幻からは特に大きな変化は見られないぞ?


 『ノアちゃん、ヨーちんを地下から空に転移させたらさ、当然ヨーちんが埋まってた場所ってすっごくデッカイ空洞が出来るよね?』

 『そうだね。そしてその空洞はそのまま龍脈にもなっているようだね。』

 『うん。でね。その空洞ってさ、人間達が金を掘ってる場所と繋がっちゃってるんだよね。』

 『坑道と龍脈を塞げばいいの?』


 どうにもキュピレキュピヌの声色からは焦りが見えると言うのにもったいぶった説明をしている。結局何が言いたいんだ?


 『それもあるんだが、事態はもっと深刻だよ。龍脈から流れ出た魔力が坑道の至る場所に行き渡り、大量の魔物が発生してしまっているみたいなんだ。ファングダム中の坑道から魔物が溢れ出て来るぞ!』

 『っ!?!?そういう事は早く教えてくれっ!!』


 急いでファングダムに転移しなければ!まったく、一難去ってまた一難とはまさしくこの事だな!

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