第206話 護衛要請

 魔物が大量発生した道理は分かったが、それにしたって知らせるのが遅すぎないか!?しかも複数個所から同時に坑道から地上に出て来るともなれば、流石に私一人で対処出来るとは思えない!

 魔物が溢れ出てくる事が分かっていて、迎撃準備も万全に整っていると言うのであれば、被害を最小限に抑える事が出来るだろうが、今のところレオスの住民にその気配はないんだぞ!?


 って、そうだ!こういう時こそルグナツァリオ達が巫覡に状況を知らせるべきじゃないのか!?

 二柱とも!のんびりしてる場合じゃないぞ!早く巫覡に連絡するんだ!!


 『分かっているから!ノア!分かっているから、締め付けて揺さぶるような思念を私に向けて送って来るのは止めるんだ!これでは上手く巫覡ふげきに情報を伝える事が出来ない!』

 『ノアちゃんノアちゃん、連絡なら僕の方でやっといたから、そろそろルグを放してやって?』

 『二柱とものんびりしすぎだ!どう考えても国の一大事だろう!?』


 それとも私が人間贔屓をし過ぎているとでも言うのだろうか?

 しかしすでにあの国にも私と親しくなった者達がいるのだ。彼等が傷つく事を私は良しとはしない。


 どうする?被害を最小限に抑えるには、何をしたらいい?

 魔物への対応を考えていると、神々から私に要望を伝えて来た。


 『済まないが、ノアには坑道と龍脈の繋がりを断って欲しいんだ。』

 『数は多いけど、魔物への対応自体は人間達にも出来るからね。ノアちゃんにはやっぱりノアちゃんにしか出来ない事をやってもらいたいね!』


 確かに、いくら魔物を相当したところで坑道に龍脈の魔力が行き渡り続けていたらいつまでも魔物が発生し続ける事になる。

 ならば私がやる事は二柱の要望通り、坑道と龍脈を分断する事だな!


 やるべき事は決まった。だが、文句の一つぐらいは言わせてもらうぞ?


 『それで?どうして今になってそんな話が出て来るんだ?貴方達ならもっと早くに魔物の発生を感知できたんじゃないのか?』

 『不甲斐なくて済まない。私は地上の事ならば大抵の事は分かるのだが、地下の事となるとあまり力が及ばないんだ…。』

 『ルグの眼も一応地下まで届く事は届くけど、龍脈が流れるぐらい地下深くにまでは流石に届かないんだよ。ちなみに、僕の場合は魔物が発生した際の生命エネルギーで感知してたから、僕もさっき分かったばかりなんだ。』


 むぅ…そうなると、悪さを企む連中と言うのは地下深くに潜って神々の眼を掻い潜っているという事か?

 いや、地下の事なら大地の神でもあるダンタラはどうなんだ?そういえば、彼女の気配を感じないが、彼女は今、どうしているんだ?


 『あー…そのぉ…ノアちゃん?怒らないで聞いてね?実を言うとさぁ、タラっちはねぇ…。』

 『貴女に頼られた事が嬉しくて、張り切り過ぎたんだ。龍脈の周囲、及び坑道の補強に力を使い過ぎて、今は休眠中だよ。』

 『達成感に満ちた声で僕等に後を任せて、寝ちゃったんだよねぇ…。ちなみに、タラっちって、一回寝ちゃうとなかなか起きないんだ。』

 『………。』

 『いや、本当に不甲斐なくて済まない。今回の件は全面的に貴女を頼る事になってしまう。』


 怒っているわけじゃないんだ。ただ、自分の要望が原因で肝心な時に一番今回の件で力を発揮出来そうな存在に頼ることが出来なくなった事に何とも言えない気持ちになっているだけだ。


 多分、この感情は後悔なのだと思う。こんな事なら、多少無理をしてでも自力で空洞の補強をするべきだったと考えている自分がいるのだから。



 巫覡にキュピレキュピヌの声が届き、その内容を周囲に通達したからか、レオス中が慌ただしくなっている。全身鎧を身に纏った者の走る音も聞こえてくる。

 幻の隣にいるオリヴィエも不安げにしている。彼女は優れた聴力を持っている。おそらく、住民の会話の内容が耳に入ってしまったのだろう。


 「ノ、ノア様…。」

 「不味い事になっているみたいだね。リビア、悪いのだけど、本来の体を貴女の傍に出すのはもう少し後になりそうだ。」


 ここ数日間、入浴はともかく食事に関しては幻が一緒とは言え、彼女一人にとらせてしまっている。きっと寂しい思いをさせているに違いない。


 こんな問題は早いところ片付けて魔石製造機を完成させてしまおう。

 そして折角レオスに来ているのだ。王族にそれぞれオリヴィエの事をどう思っているのか問いただしてしまおう。


 事情をオリヴィエに説明しようとしたのだが、彼女は決意を固めた表情で私を見つめている。何か言いたい事があるらしい。


 「ノア様、ノア様にしか出来ない事があるのですね?」

 「うん。ちょっと大掛かりな作業になる。ここレオスは特に魔物が押し寄せる可能性がある。オリヴィエはこの場に待機してもらいたい。」

 「申し訳ありませんが、それは出来ません。」


 オリヴィエから明確な拒絶の意思を向けられたのはコレが初めてだな。この部屋に待機することが出来ない大きな理由があると考えて良いだろう。


 可能性として考えられるのは、オリヴィエの夢の力か。


 「夢で何か見た?」

 「お兄様が、この街で、魔物を前に傷付き倒れる姿を。」

 「状況を考えるなら、これから街に侵入してきた魔物との戦闘で、と考えるべきなのだろうね。夢で見たレオンハルトの年齢はやはり、今のものなの?」


 オリヴィエの夢で見る映像は、時間が不安定だ。自分が産まれる前の、過去の映像を見る事もあれば、まだ見ぬ未来の映像を見る事もある。

 彼女の言う傷付き倒れたレオンハルトが未来の姿でない事を一応確認しておこう。真剣な表情をしている以上、十中八九現在の事なのだろうが。


 「はい。四ヶ月前、レオスを旅立つ前に見たお兄様と変わらぬお顔でした…。」

 「リビアは、夢に見た光景を回避したいんだね?」


 訊ね聞けば、オリヴィエは力強く頷く。


 「分不相応な真似は致しません。私は、私の出来る事を行います。ノア様は、ノア様がやるべき事に集中なさって下さい。」


 つまり、オリヴィエは自分に構わず、私がやるべき事を全力でやって欲しい、と私に言ってきているのだ。

 その気持ちはありがたい、ありがたくはあるのだが、それはつまり、彼女を一人にしてしまうという事だ。


 「一人にして、大丈夫?」

 「決して、無理はしません。約束します。」


 オリヴィエの瞳に宿る意思はとても強い。彼女は一人の王族として、街が危険な状況になる事を良しとしないようだ。

 その心構えはとても立派だと思う。だが、具体的に彼女は何をするつもりなのだろうか?


 「今、突然の神の啓示によって民は混乱に陥り不安に掻き立てられています。私にできる事、それは、民を落ち着かせ、安全な場所に誘導させる事。そして、怪我人の治療に物資の調達。やれるべき事は沢山あります。」

 「魔物を万全に迎え撃てる状態にして、レオンハルトが倒れる可能性を少しでも減らすんだね?」

 「はい。私が夢で見る未来は、確定事項ではありません。未来に関係する行動をとる事によって、大きく変化します。」


 つまり、オリヴィエが夢で見る未来の光景とは、現状において最も可能性のある映像、という事だ。以前にも夢で見た未来の内容を変えた事があるのだろう。


 自分の行動次第で悲劇が回避できると言うのであれば、真剣にもなるだろう。

 問題は私だ。正直に白状すると、彼女を一人で行動させてしまう事に非常に不安を覚えるのだ。だが、被害を最小限に抑えるために全力で坑道と龍脈の間を塞ごうとした場合、オリヴィエの傍に幻を置いておく余裕はない。

 これは完全に私が過保護すぎる事が原因なのだが、こうも不安な精神状態で万全に活動が出来るとは思えない。


 どうする…?どうすればオリヴィエから離れても不安を覚えずに行動できる?


 ……やむを得ない。機嫌を損ねる事は間違い無いだろうが、これしか方法は無い。新たに得た私の力、存分に使わせてもらおう。


 私が取る手段。それは、私が直接守る事が出来ないのなら、信用のおける者にオリヴィエを護衛してもらう事だ。


 『通話』を用いてウルミラと連絡を取る。


 〈ん?ご主人?どうかしたの?〉

 〈ウルミラ、悪いのだけど、頼みがあるんだ。〉


 私がオリヴィエの護衛を頼んだのは勿論、隠密行動において彼女の右に出る者がいないからだ。

 彼女は無色透明の状態になれるため、人間の視覚に映る事は無いし、魔力を完全に隠蔽する事も出来る。更に人間達からすれば音も無く超高速で移動が可能だ。

 おまけに、彼女は最近『幻実影ファンタマイマス』を習得してしまったのだ。護衛として、これ以上頼もしい存在もそうはいない筈だ。


 〈ご主人がボクに頼み!?なになにー?〉

 〈姿と臭いを消して、守って欲しい人間がいるんだ。〉


 臭いに関しては私が『無臭』の魔法を施してしまえばいい。自分の体臭が消えてしまう事にストレスを感じさせてしまうかもしれないが、少しの間我慢してもらおう。


 人間を守って欲しいとウルミラに頼めば、彼女は周囲の状況を何となく察してくれたようだ。

 私ならば大抵の事を一人で出来てしまう事は彼女も知っている。だからこそ、私から誰かを護衛して欲しいと要請が来るという事は、私が護衛できないほど逼迫した状態である、と察してくれたようだ。


 〈ご主人がいる所、今危ないの?〉

 〈人間達にとってはね。私は危なくない状態にするのに手いっぱいで、その人間の傍にいてあげる事が出来ないんだ。〉

 〈ん。良いよ。でもご主人さぁ…。気に入った人間を守るためとはいえ、ボクを呼ぶって…いくら何でも過保護すぎない?〉


 人間の生活圏で"楽園最奥"の戦力を行使しようと言うのだ。ハッキリ言って滅茶苦茶である。

 過剰戦力も良い所なのだ。ウルミラが私を過保護と言うのも当然だな。

 だが、過保護と呼ばれようともそれで守りたい者を確実に守れると言うのであれば、私は躊躇わない。


 〈重々承知の上だよ。だけど、私は私が親しくなった者が傷つくところを見たくなくてね。〉

 〈ご主人らしいね。それで、ボクはご主人がいる所に走って行けば良いの?〉

 〈いや、今の私は実質世界中に転移が可能な状態になっているからね。この場所からウルミラのいる場所にも一瞬で移動できるよ。〉

 〈ご主人がまたヤバくなってる…。〉


 ……ドン引きされる事にも大分慣れたな。まぁ、この転移の可能範囲に関しては私自身がドン引きしているので、この反応も当然と言えば当然だ。



 ウルミラの反応のする場所まで転移して来れば、転移した場所は城の玉座の間だ。ルイーゼを送ってからそのままファングダムへ向かうと言ったにも関わらず、結局一度帰ってくる事になってしまった。


 私が玉座の間に現れると、レイブランとヤタールがすぐさま私の所まで飛んできて、そのまま両肩に止まってくれた。


 〈人間達の所に行くのはウルミラだけなの!?〉〈私達も行ってみたいわ!〉

 〈これ!全くお主らは…おひいさまと共に人間達の元へと行きたければ魔力の完全抑制を習得せぬか!〉


 二羽のフワフワな羽根を撫でていると、彼女達から人間達の住まいに行きたいと願われてしまった。だが、彼女達はまだ魔力を抑える事が出来ない。

 連れて行きたいのは山々だが、もしも今の彼女達を連れて行けば大騒ぎ間違いなしである。


 二羽の要望にゴドファンスが注意をしてくれた。


 〈アレ難しいのよ!ゴドファンスも完全には無理でしょ!?〉〈大変なのよ!貴方も完璧には出来てないじゃない!〉

 〈姫様。あの御二方の事はお気になさらず。ウルミラ、頼みましたよ?〉

 〈任せて!ご主人のお願いだもん!頑張るよー!〉


 ゴドファンスの注意に二羽が抗議しているが、ラビック曰く気にしなくていいらしい。ウルミラは臆病な娘ではあるが、今回の件に関してはやる気があるようだ。とても張り切っている。


 玉座の間にはフレミーとホーディ、ヨームズオームの姿が見当たらない。どうやら、あの子達はヨームズオームに家を案内するために下に降りたようだ。


 ウルミラに『無臭』の魔法を施して、無色透明になってもらってから、ファングダムまで転移しよう。



 転移した場所は廃坑の入り口だ。忌々しい事に、未だに空間の歪みが生じているため、内部に転移する事が出来なかったのだ。

 まぁ、ウルミラにレオスまで移動してもらう事を考えると、一概に悪い事とは言えないが。


 『収納』から以前紙に描いたオリヴィエの姿絵と彼女の尻尾をブラッシングしている櫛を取り出して、ウルミラに見せる。


 「この娘を守ってあげて欲しい。彼女の匂いはこの櫛から。この匂いと似ている男性がいたら、その人物も守ってあげてもらえるかな?」

 〈注文が多いなぁ…。まぁ良いけど。ご主人、後でご褒美用意してね?〉

 「勿論。新作のお菓子を最初に食べてもらうね?」

 〈やったぁ!じゃ、行って来るねー!〉


 新作のお菓子を最初に食べられるという事で、ウルミラは御機嫌になっている。張り切って街へと駆け出して行った。

 音は無い。姿も無色透明となっているうえ、私が『無臭』の魔法を施しているので、人間には彼女の存在を認識する事が出来ないだろう。


 ちなみに、新作のお菓子はオーカムヅミを加えたフルーツタルトだ。流石に頼みごとをするのだから、対価は考えているとも。

 ウルミラは元からオーカムヅミを気に入っていたから、きっとそれを利用したフルーツタルトも気に入ってくれる筈だ。


 

 駆け出して行ったウルミラを見送り、私は私で坑道の奥へと進んでいく。片っ端から龍脈が繋がっている場所を塞いで魔力が漏れ出ないようにしておこう。

 途中、魔物の集団に出くわしもするが、私にとっては障害とはならない。殲滅するつもりは無いが、通過する際に『成形』による魔力剣で排除しながら進んでいく。

 流石に解体して回収している暇はない。もしも後からこの場所に訪れた冒険者がいたのなら、好きにすると良い。



 地下深くへと移動して現在は龍脈と坑道が繋がってしまっている箇所に到着している。みれば、小さな罅や穴が開いている箇所が複数みられる。そこから魔力が漏れ出てしまっているのだろう。

 当然だが、こうして龍脈と坑道が繋がってしまっている場所が最も魔力濃度が高い場所だ。つまり、魔物が大量に発生してしまっている場所でもある。


 この場所以外にも龍脈と繋がっている坑道はいくつもあるため、悠長にはしていられない。さっさ罅や穴を塞いで、ついでに大量に発生してしまった魔物を蹴散らしてしまおう。


 罅や穴を塞ぐのは何ら問題無い。『我地也』を使用すればすぐである。『広域探知』も併用して魔力が漏れ出ている場所を把握すれば、造作も無く修繕は完了する。


 魔物の方も問題は無いな。単体で街を滅ばせるような魔物は発生していない。

 最も魔力濃度が濃い場所でこの規模ならば、上層で発生した魔物はここにいる魔物以上の強さを持っているという事も無い筈だ。


 尻尾を伸ばして振り回し、的確に急所を破壊していく。


 ルグナツァリオは私が進化した、と言っていたが、その認識は間違っていないようだ。身体が今まで以上に軽く感じるし、今まで以上に素早く動けるのだ。

 少し意識を集中すれば、それだけで私以外の存在が止まってしまっているかのように見えてしまうほどだ。飛び散った魔物の血しぶきや地面の破片すら止まっているように見えてしまったのである。


 以前もゆっくりと動くような感覚になる事はあったが、それが極限まで高められたかのような印象だ。意識を集中しただけであって、特に魔力を使用したわけでは無いから、実際に時間が止まっているわけでは無いと思う。


 とにかく、今までよりも大幅に身体能力や情報処理能力が上昇している事は間違いない。ただでさえ尋常じゃない身体能力だったと言うのに、更に成長してしまったのだ。ウルミラでなくてもヤバくなった、と言いたくもなるか。


 魔物を蹴散らし終えたら移動開始だ。次の場所へ向かい、龍脈の隙間を修繕をしていくとしよう。

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