第207話 "魔獣の牙"の"蛇"
移動の際には坑道ではなく、すぐ傍にある龍脈を利用させてもらう。龍脈から魔力が漏れ出ているのが今夏にの騒動の原因なのだから、龍脈全体を巡りまわって穴や隙間を確認、見つけ次第埋めていくのが最も効率的だと判断した。
勿論、『
ただし幻を通して魔術も使用しなければならないため、出現させる幻の数は魔術の同時使用可能数の半分がせいぜいだろうな。
体が虹色の光沢を放つようになってからというもの、魔術の同時使用可能数を検証する暇が無かったので、今この場で一度『幻実影』を可能な限り発動してみる。
同時発動可能数は14、か。こんな状況でなければ手放しで喜んでいただろうな。
何せ14だ。これだけ同時に魔術が発動できるのなら、念願の魔術を用いた理想の飛行が、余裕を持って可能になるのだから。
尤も、同時発動可能数はゆっくり時間を掛けて増やすつもりだったので、飛行に適した魔術の開発はあまり進んではいない。今回の旅行が終わったら、レイブランとヤタールと一緒に開発していこう。
話を戻して、龍脈の修繕である。
今回はレオス以外の六つの都市の地下を通る龍脈に、それぞれ幻を出現させて一斉に修繕を開始していく。それぞれに『
『
まぁ、レオスはファングダムのほぼ中心ヶ所に存在しているのだ。
レオスで『広域探知』を発動すれば、ファングダム内で魔術の効果が届かない場所は殆ど無いとは思う。
とは言え、ファングダムの土地にある龍脈の長さはかなりのものだ。幻を総動員しても全てを修繕するには時間が掛かる。
修繕のついでに、近場の坑道に発生しているであろう魔物の排除も、並行して行うためである。
発生した魔物の強さは確かに一体で街を滅ぼせるほどの強さは無い。私ならば容易に排除可能だ。
だが、人間達からすれば一体一体が"
そんな魔物が所狭しと坑道の地下深くに大量に蔓延っている。この魔物達が地上に出てくる可能性は低いかもしれないが、そうなった場合のファングダムの被害は計り知れない。
先ず龍脈の隙間を埋める。傍の坑道に転移、ないし幻を再出現させた後にその周囲の魔物を排除。次の修繕地点へと移動する。
コレを龍脈の隙間が無くなるまで繰り返す。
いかに私の『我地也』や『広域探知』の効果範囲が広大とは言え、流石に一瞬で終わらせてしまうような事は出来ない。
『広域探知』による観測から予測して、2時間近くは掛かってしまうだろうな。
それまでの間に、人間達の都市や坑道の近くにある町村等に被害が出なければいいのだが…。
あまり他の事に気を向けている場合じゃないな。
私が今やるべきは、一刻も早く魔物が大量に発生してしまう要因と、既に発生してしまった強い力を持ってしまった魔物の二つを排除する事だ。
なるべくそちらに意識を集中しよう。
だが、聞くべき事は聞いておかないとな。作業を行いながらも元からルグナツァリオに聞きたかった事を訪ねてみた。
『ところでルグナツァリオ、転移する前に貴方に聞きたかった事があるのだけど、そろそろ答えてもらって良いかな?』
『問題無いよ。ヨームズオームを目覚めさせた女性についてだね?』
その通りなのだが、ここで一つの疑問が生じた。
今、普通にルグナツァリオと会話できているな?彼の力は龍脈があるような地下深くには届かないんじゃなかったのか?
『私の方から貴女に声を届ける事は出来ないよ。その辺りは『通話』と同じだね。今回は貴女の方から私と繋がってくれたおかげで、こうして私は貴女と会話が出来ているのさ。』
『なるほど。それについては理解したよ。それじゃあ、貴方も私が聞きたい事を分かっているようだし、ローブの女性について聞かせてもらって良いかな?』
果たしてあの女性は何者なのだろうか?手加減していたとは言え、私の一撃を防いだ以上、警戒しないわけにはいかない。
可能であれば早急に始末、仮に彼女がルイーゼの言う通り何らかの組織に所属しているというのなら、その組織も纏めて排除してしまいたいところだ。
『彼女は"魔獣の牙"と呼ばれている反社会組織の構成員、その中でも特に積極的な活動をする人物だよ。彼女は自分の名前を捨てていて、組織内では"蛇"と呼ばれているね。』
『どの道彼女の事は始末するから、特に過去を知るつもりは無いよ。それよりも、彼女が高速で移動した事や、私の攻撃を防いだ事、後は今も発生しているこの空間の歪みを彼女が発生させていた理由を知りたい。』
相手の過去を知れば、それだけ情が移る可能性が高いからな。もしかしたらローブの女性、"蛇"には、彼女なりの信念があったのかもしれないが、彼女は私の問いに肯定していた。
私の[何をしているのか分かっているのか]という問いに、明確に肯定したのだ。
それはつまり、彼女が悪意を持ってこの国を滅ぼそうとした事の、何よりの証拠である。
故に、容赦はしない。彼女の行為は、どのような理由があったとしても、私の判断基準で許せるものではない。今度会ったら即座に排除する。
あの時は衝撃的な事ばかりで色々と後手を取ってしまった。
反省を生かして、今後は敵対した相手には初手で『モスダンの魔法』を使用するよう心掛けておくとしよう。
そういえば、ルグナツァリオとしては反社会的な組織とは言え多くの人間を私が始末する事に同意してくれるのだろうか?
それとも、ルイーゼの時の様に手心を加えるように要請するのだろうか?
『先に貴女の疑問から答えようか。彼女を含め、"魔獣の牙"を排除する事に対して異議は無いよ。残念な事だが、彼等は我々の存在が疎ましいらしくてね。今の世界を滅ぼそうとしている。私の眼を掻い潜れる術を知っているらしく、地下深くを根城にしているようだね。』
『今の世の中が気に入らない?』
『詳しい理由は私にも分からない。ただ、彼等は今のこの世の中を滅ぼす事を使命としているようだよ。』
理解が出来ないな。多種多様な種族が生きるこの世界において、今の情勢は比較的安定しているといって良い。
何故、態々それを破壊しようとするのだ?今の世の中を滅ばした先に、何があるというのだ?
どう考えても放置して良い存在ではない。それに、ルグナツァリオの言い分では、"魔獣の爪"は彼等五大神を敵視しているようにも感じられる。
ルグナツァリオには、少し無理をしてもらってでも彼等の拠点を探り当ててもらうとしよう。
私から繋げたとはいえ、遥か上空からこうして地中深くにいる私と会話が出来ているのだ。
感知能力をを狭めれば、地下の様子も探れない事は無いんじゃないのか?
『そうだね…確かに視点を狭めれば問題は無いのだが、それは即ち、他の者達を一時的とはいえ、目を離すという事だからなぁ…。』
『目を放している隙に、良からぬ事をされないか心配?』
『今の世の中を乱そうとしている者達は、"魔獣の爪"だけでは無いからね。』
『だけど、その"魔獣の爪"以外の反社会的組織だって貴方の行動を理解できているわけでは無いのだろう?』
『それはそうなのだがね…。過去の事例を考えると、ああいった組織から目を離すと、いつの間にか良からぬ事をを決行している場合が多々あってね…。』
不安が募る、という事か。
気持ちが分からないわけが無い。私だってウルミラに護衛を頼んでいるとは言え、今もオリヴィエの事が心配だからな。
そうだ。自分が見張っておけないと言うのであれば、同僚に監視を頼めばいいのではないのか?
って、ああ、駄目だ。ここでダンタラが眠りについてしまっているから地上及び地下の監視が難しくなっているのか。
『不甲斐無い事にね。ズウは海であれば大体の事は把握できるが、代わりにそれ以外ではほぼ役立たずだし、キュピィや根暗では生物の居場所を把握できてもそれが誰なのか、どのような行動をとっているかまでは把握できない。ノア、貴女が思っているほど、私達は万能では無いのだよ。』
『ダンタラが目覚めるのは、どれぐらい先になりそうかな?』
『今回は力を使い果たしたと言うわけでは無いからね。早ければ3ヶ月、遅くても半年の内には目覚めると思うよ。』
となれば、ダンタラが目覚め次第、反社会的組織を片っ端から潰していこうか。
あの連中にどんな理由、思想があったとしても関係ない。私にとって不都合であるならば排除させてもらう。
その結果、巡り巡って私に厄介事が降りかかると言うのであれば、望むところだ。私の意思が、行動が招いたと言うのであれば、私のやり方で、私が納得できるようにその責任を果たすまでだ。
『どのような思想を持っていようとも彼等も人間、私達にとっては愛し子だ。なるべくならば穏便に済ませたいのだがね…。』
『神々には悪いけど、ここは我儘を通させてもらうよ。私が親しみを覚えた者達を傷付けようとした相手を、私は許せそうにない。力を貸して欲しい。』
『止はしないさ。元より、私達では貴女を止める事は出来ないのだからね。』
やはり神々としては、例え敵対者であろうと人間の命を奪う行為に良い顔は出来ないようだ。
止はしないと言ってくれてはいるが、理由の一つはルグナツァリオが言っているように、彼等では私を止める事が出来ないから、と言うのも理由の一つなのだろう。
彼の声には諦めの感情が感じ取れる。
反社会的組織への私の方針は確認できた。ルグナツァリオもそう判断したのか、私が彼に聞いた"蛇"の能力について、その正体を語ってくれた。
『そろそろ初めの貴方の質問に答えようか。"蛇"と呼ばれている女性が貴女に見せた能力は、古代文明の遺産だよ。反社会組織が所有する強力な力の大半は人間達が
『彼女自身の力では無かったのか…。』
『その辺りの詳細は、貴女ならば問題無く解析ができる筈だ。』
多分だが、ルグナツァリオは『モスダンの魔法』の事を言っているのだと思う。
あの魔法の本質は、言ってしまえば極めて強力な解析だ。その解析能力は『
この魔法は人に限らず、視界に入れたあらゆるものを解析できる。"蛇"が私に見せた驚異的な能力が古代遺物によるものであったとしても解析できるはずだ。
ん?待てよ?見たものを解析できるという事なら、ひょっとして…。
試してみる価値はありそうだな。ちょうど修繕作業と魔物の排除も終わるころだ。一度あの場所へと向かって確認してみよう。
私が目的地、"蛇"と対峙した場所に到着した。ここに到着する頃には他の修繕作業や魔物の排除も終了している。
とは言え、『広域探知』で確認出来る限りでは、上層の魔物はやはり地上に出現してしまっていた。
少し話を戻すが、魔物が地上に出る前にその事実を巫覡に伝えられていたおかげか、思ったよりも街の住民達の混乱は大きくなっていない。
いや、違うな。混乱し、パニックになってしまっている人々を落ち着かせ、安全な場所へ避難させている者達がいる。
冒険者であったり、騎士であったり、教会関係者であったりだ。その中には、勿論オリヴィエも含まれている。
彼等の頑張りのおかげで、人的被害に関しては殆どなさそうだな。
私に言っていた通り、オリヴィエは危険な場所へは向かわないようにしてくれているようだ。
ウルミラもしっかりとオリヴィエの事を守ってくれているようだし、彼女に問題は無さそうだ。
目的地へ移動している途中、そのウルミラから『
〈ご主人!もうほとんど魔物はいないよ!ご主人が守ってって言ってた女の子も大丈夫だよ!〉
〈ありがとう。その娘と似た匂いをした男性はどうかな?〉
〈それがさぁ、火傷してたり背中に傷があったりした状態で女の子がいる場所に運ばれて来て大変だったんだよっ!周りにいた人間達が凄くビックリしてた!〉
何だって!?それはつまり、レオナルドかレオンハルトが大きく負傷したという事なのか!?
傷付いたのはやはりオリヴィエの『夢見』通りレオンハルトか!?
しかし大変だったと言う割にはウルミラの口調が随分と軽いな。ひょっとして今は無事だったりするのか?
〈人間達って面白いね!酷い怪我や火傷だったのに、エリクシャー?って言うのを浴びせたら切り傷も火傷も治っちゃったんだ!今はグッスリ眠ってるよ!〉
エリクシャーと言えば、10mlほど入った瓶一つで金貨数百枚はする、最高級の回復薬だった筈だ。ひとたび振りかければ不治の病だろうが部位欠損だろうがたちまち回復させてしまう夢のような薬だ。
レオナルドかレオンハルトかは分からないが、今は無事とは言え、それだけの薬を使用しなければならないほど危ない状態だったらしい。
〈ウルミラ?私としては、出来ればその男性が怪我を負う前に助けてあげて欲しかったよ…。〉
〈きゅうぅん…。ごめんなさぁい…。人間達の街、面白くって…。面白そうな場所にも魔物がいたから、ソッチやっつけてたの…。〉
そんなに落ち込んだ声を出さないで欲しい。何だか虐めてしまっているようで罪悪感が凄いんだ。
やはり私ではあまりこの娘を強く責める事は出来そうにない。
ウルミラにとっては初めての人間の街なのだ。彼女の興味を引く物があちこちにあった事だろう。
そんな状態でオリヴィエも離れた場所にいるレオンハルトも守って欲しいと言うのは、流石に贅沢が過ぎたのかもしれない。
多分だが、ゴドファンスは結構怒ると思う。後は、ホーディもかな?そしてウルミラを叱ってやれない私にも苦言を呈するだろう。甘んじて受けよう。
〈うん。まぁ、面白そうなの一杯あるものね。とりあえず、守って欲しいと言った人はどちらも無事で、一緒にいるのなら、もう大丈夫そうかな?〉
〈うん!でもまだ魔物はちょっと残ってるから、ご主人が来るまではここで女の子と男の人を守っておくよ!〉
私からは怒られないと分かったのか、ウルミラの声に再び活力が戻ってきた。
うん、私からは怒らないよ。帰ったらゴドファンスやホーディに、一緒に怒られようね。
とりあえず、オリヴィエもレオンハルトも無事のようだ。私が地上に戻るまではちゃんと二人の事も護衛してくれるらしい。
そういうわけだから、私は私で検証を始めるとしよう。上手くいけば、"蛇"の情報をかなり正確に入手する事が可能になる筈だ。
先ず使用するのはオリヴィエの『夢見』の力。それを本来の用途で使用した魔法、さしずめ『真理の眼』とでも名付けておこうか。
この魔法を用いて、この場で対峙した"蛇"の姿を思い浮かべる。
流石に魔力の消費量が尋常じゃないな。私の知る魔術や魔法の中でも、かなり消費量が多い部類に入るんじゃないだろうか?
とは言え、すぐ目の前の映像、しかも人間一人分の映像のためか、思ったよりも魔力の消費は少なくて済むようだ。
これが遠く離れた場所の遠い過去や未来の映像を対象にした場合、どれだけの魔力を消費する事になるのか、想像もつかないな。
尤も、私ならばそれでもまるで問題無く使用できてしまうわけだが。
私の瞳に"蛇"の姿が映し出された。これは、私の瞳にのみ映っているようだ。
さて、検証はここからだ。瞳に映った"蛇"に『モスダンの魔法』を施してみる。
この瞳に映っている映像がただの幻ではなく、真実だと言うのであれば、"蛇"の情報を解析できるかもしれない。
"蛇"の映像から様々な情報が流れてくる。
この映像が実際に存在していた時間、"蛇"の種族、年齢、魔力量と密度、その他生物としての情報、更には彼女の衣服や身に付けている装備の詳細すらもが私の頭に流れ込んできたのだ。
成功である。つまり、『真理の眼』と『モスダンの魔法』を併用する事で、より多くの情報を得られるようになったわけである。
途轍もなく強力な力だ。その分、消費する魔力も尋常じゃなくなるが。
だが、今後反社会的組織を追い詰めるのに非常に有用な事は間違いない。これらの魔法を私に解析させてくれたモスダン公爵とオリヴィエに感謝しながら、ありがたく使わせてもらうとしよう。
ただ、オリヴィエの『夢見』に関しては、本人の承諾無しで習得してしまったので、若干の罪悪感もあったりする。今後、時間に余裕が出来た時にでも事情を説明して、勝手に魔法を解析した事を謝っておこう。
私が地下で行うべき事は終わった。勿論、坑道に発生した強力な魔物の排除も龍脈の修繕もバッチリである。
地上に戻ってオリヴィエと合流しよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます