第208話 自分に出来る事をした結果

 早速オリヴィエの元に転移しようと思ったが、すぐにその考えを切り捨てる。


 現在、彼女の周りには大勢の人がいる。いきなり彼女の傍に私が現れたら騒ぎになってしまう。そしてレオス付近の廃坑にも魔物の討伐のために人が集まってきているため、入り口付近に転移するのも拙い。


 仕方が無いので走って移動しよう。何、私ならそう時間は掛からないさ。

 ああ、そうだ。幾らか魔物の死骸を回収しておこう。走って帰る以上、必ず人間と出くわすからな。魔物の死骸をいくつか取り出せば、私の行動の証明になるだろう。



 廃坑の入り口に到着してみれば、結構な数の驚いた表情をした人間達に出迎えられる事になった。


 無理もない。彼等は私がここにいる事を知らないだろうからな。


 入り口に戻る道中、人は見かけなかったし、反応も無かった。入り口で魔物を迎撃していたのだろう。当然、入り口から廃坑の奥へと侵入した際に排除した魔物の死骸が回収された様子も無かったので、帰りの道すがら私が回収しておいた。


 入り口の周囲には戦闘の跡が見られるし、魔物の死骸もいくつか見受けられる。そんな魔物の死骸も、冒険者や兵士達によって処理されている。


 ある者はそのまま『格納』空間に収納し、またある者はきっちりと解体してから専用の保管箱に収める者もいる。

 中には、死骸を縄で縛り付け、そのまま引きずってレオスまで戻ろうとしている者すらいる。準備不足なのか、はたまた解体の技術が無いのか。


 入口を見張っていた騎士らしき装備をした男性が私に声を掛けてきた。


 「失礼、『黒龍の姫君』様で間違いありませんか?」

 「うん。私は"上級"冒険者のノア。坑道の地下深くに大量の魔物が発生していたから、排除していたんだ。」

 「それを証明できる物は、何かありますか?」

 「これらは証明になるかな?」


 そう言って、10体ほど龍脈と繋がってしまっていた付近で発生した魔物の死骸を『収納』から取り出して提示する。


 「なぁっ!?」

 「こ、これはっ!?ま、まさかこれほどの魔物が、地下深くに複数発生していたのですかっ!?」


 騎士らしき人物はこの場に3人いるのだが、3人共非常に驚いている。

 

 当然だな。彼等は騎士ではあるが、だからと言ってティゼム王国の騎士団に所属しているような精鋭と言うわけでは無い。

 彼ら3人では、この場に提示した魔物達と戦う事になったら間違いなく全滅していただろう。


 一人の騎士が疑問に思った事があるらしく緊張しながら私に訊ねてくる。


 「魔物の死骸の数は、これで全部なのですか!?」

 「いや、まだまだ沢山あるよ。この場で全てを出しても収まりきらないからね。」

 「そ、それほどの数、このランクの魔物が…!?」

 「な、何と言う事だ……。」


 騎士達は顔を青くしている。私の言葉が事実であった場合、自分達の力ではどうあっても押し寄せて来る魔物を撃退する事など出来なかったためだ。

 彼等は九死に一緒を得たわけだが、ここで騎士の一人に疑問が浮かんだようだ。


 私が廃坑の地下深くにいた理由である。


 「な、何故、『姫君』様は坑道の地下深くへ…。」

 「ああ、私は魔力を感知できる範囲がとても広くてね。魔力濃度が非常に濃いと魔物が発生するだろう?」

 「それで、魔物の大量発生を感知して、という事ですか?」

 「うん。」


 流石に神々から魔物が大量に発生したと聞いたから、とは言えず、気は進まないが私ならば有り得る、と言う内容の理由で説明させてもらった。


 彼等もそれで納得してくれている。

 それはつまり、彼等に取って、私はとてつもない力を持った存在だ、と認識されているという事だ。


 「ところで『姫君』様。地下の魔物はどれほど残っているのでしょうか?」

 「目に付いた魔物はあらかた片づけてあるよ。それと、魔物が大量に発生する事も無いと思う。」

 「どういう事です?」


 そもそも、彼等は魔物が大量発生した原因である高濃度の魔力は何処から来たのかが分かっていない。


 流石に龍脈の事を伝えても理解されないと思う。何せティゼム中央図書館にすらその情報が記載された本が無かったのだ。ざっくりとだけ説明しておこう。


 「地下深くの坑道には魔力が噴出している場所があったんだ。それが溜まりに溜まって魔物が発生してしまうほど濃度が濃くなってしまったんだと思うよ。多分だけど、この前の地震が原因で、魔力が噴出してしまうような罅、ないし穴が開いてしまったんだろうね。」

 「な、なるほど…。」


 目を閉じ、原因を考察し納得した後、彼等は顔を見合わせて一様に頷くと、姿勢を正して私に敬礼の動作を取った。


 彼等の動作の後、私達のやり取りを見守っていた兵士達も騎士達に倣いやや慌てた様子で敬礼の姿勢を取る。


 一人の女性に対して大勢の人間が一斉に敬礼を取ったのだ。彼等の様子を見ていた冒険者達は若干唖然としている。


 当然、冒険者達の視線は私に集まるわけだが、今更その程度の事でたじろぐ私ではない。この反応も騎士達に説明している際にある程度予想出来ていたのだ。


 「『黒龍の姫君』ノア様!!我等ファングダムの窮地を救っていただいた事、一ファングダム国民として!この国の騎士として!心より感謝申し上げますっ!!」

 「「「「「ありがとうございましたぁっ!!!」」」」」」


 この場にいる兵士の数は100人を余裕で越えている。それだけの数の人間が一斉に大声で異口同音の声を出せば圧力も当然すさまじい。

 彼等の感謝の気持ちが、空気の振動と共に勢いよく私に叩きつけられた。


 不思議と、悪い気はしない。それはきっと、彼等が純粋に感謝の気持ちを私に伝えてきてくれていたからだろう。


 さて、事情聴取も済んだ事だし、彼等に軽く返礼をしたら、レオスへと戻らせてもらおう。


 「どういたしまして。私は一足先にレオスに戻らせてもらうよ。連れを待たせているんでね。」

 「はっ!あっ!『姫君』様っ!お待ちをっ!提示していただいた魔物の死骸を回収しなくてもよろしいのですか!?」


 ああ、そうだった。とは言え、あまり惜しいとは思わないんだよなぁ。

 何せ、取り出した魔物の死骸と同ランクの魔物の死骸は、まだまだ大量に私の『収納』空間の中に納まっているのだ。10体程度では、1%も減っていない。


 あの魔物の素材でも、換金すれば結構な金になるのだ。だからこそ騎士の一人も確認してきたのだろうからな。


 ここは気前よく彼等に提供するとしよう。少し変則的ではあるが、被害に遭ったファングダムに対する、私なりの寄付というやつだ。


 「構わないよ。ファングダムは結構な被害を被ったようだからね。寄付と言う形で進呈しよう。」

 「なぁ…っ!?」

 「こ、これを全部っ!?」


 流石に"楽園"の素材と比べれば質は落ちるが、"星付き"~"二つ星"に相当する魔物の死骸が丸々10体分である。

 驚きながらも再び騎士と兵士達は一斉に私に例の言葉を伝えてくれた。


 「「「重ね重ね!ありがとうございますっ」」」

 「「「「「『姫君』様!バンザァーーイ!!」」」」」」

 「どういたしまして。ではね。」


 寄付と言う形でファングダムに進呈した事で、騎士や兵士達は相変わらず、いや、先程以上のテンションで、感謝を伝えてきた。

 なお、高ランクの魔物の素材が目の前で国に回収される事になってしまったため、私達のやり取りを見ていた冒険者達は露骨に残念そうな表情をしていた。


 彼等との会話を終えレオスに向けて足を動かす。そういえば周りの者達から私の体に変化があった事を言及されなかったな。

 慌ただしい状況だったし、それどころではなかったのかもしれないな。




 ようやくレオスに到着して、今はオリヴィエが避難した場所、レオスの教会だ。結局、ここまで来るのに3時間以上掛かってしまったな。


 ここに来るまでの間レオスの様子を見てみたが、どこもかしこも建築物の倒壊がかなり目立っている。

 『広域探知ウィディアサーチェクション』で確認してみれば、街の3割近い建築物が倒壊していると言っていいだろう。

 この被害は魔物の攻撃によるものだけでは無いな。魔物を排除するために人間が放った攻撃も、建築物が倒壊してしまう要因になったのだろう。


 こんな状態では観光どころでは無いだろうな。きっと冒険者ギルドで復興作業の手伝いの依頼などが出される筈だ。私も手伝わせてもらうとしよう。

 被害に遭った場所を見るのは、どうにもいたたまれない気持ちになるし、落ち着かないのだ。



 さて、話を戻して教会である。

 教会と言う建築物の構造上、頑丈でかつ大勢の人間が入る事が出来るのだ。そのうえ、治癒魔術を使用できる者が大勢勤めているのが教会と言う施設だ。避難所として利用されるのも当然である。


 教会の扉を開いて中に入ってみれば、オリヴィエの姿はすぐに見つかった。

 教会の中央部にて横たわるレオンハルトの寝顔を、少しだけ晴れやかな表情で見つめていたのだ。

 ウルミラもオリヴィエの傍で無色透明になって待機している。勿論、この場にいる誰もが、彼女の存在に気付いていない。


 レオンハルトはエリクシャーを使用しなければならないほどの重傷を負っていたわけだが、ベッドなどに寝かされずに床にそのまま寝かせているのは、あの場所が最も回復効果が大きいからである。


 五大神の教会の中央部、その床には治癒効果を高める魔術陣が敷かれているためである。その効果はかなりのものであり、本来の治癒魔術の効果が一段上の効果を得られるほどと言われている。

 殆どの人間が、怪我や病気の治療を教会で行うのはそのためである。


 現在、レオンハルトとオリヴィエの周囲には大勢の兵士が取り囲んでいる。その大半はオリヴィエを見て何かを言いたげにしているのだ。


 オリヴィエを見てみれば、彼女のセットした髪が崩れてしまっていて、化粧も落ちかけている。

 多分だが、何人かの兵士は彼女がオリヴィエだと気付いているのかもしれない。


 それはそうと、私が扉を開けた事で、その音に反応して兵士に限らず、教会内にいたほぼすべての人間が扉に視線を集中させた。当然、オリヴィエもだ。


 私の姿を確認して、オリヴィエが此方に駆け寄ってくる。すかさず、兵士達が動き、道を開ける。彼女を止める者はいないようだ。


 「ノア様っ!ご無事で!」

 「お待たせリビア。私がいない間、凄く頑張っていたみたいだね。」


 オリヴィエを抱きしめて頭を撫でる。彼女の方が私よりも背が高いので、立った状態で撫でようとすると、少し撫で辛い。


 オリヴィエを撫でていると、傍にいたウルミラが自分も撫でて欲しい、と羨ましそうにして私にすり寄って来て撫でる事を要求してきた。

 だが済まない。流石に人前で何もないと思われる場所を撫でるような行為は不審に思われてしまうんだ。


 ウルミラもその事自体は理解してくれているようだ。


 〈ご主人?帰って来たら、ボクの事も撫でてね?〉

 〈勿論だよ。ウルミラ、この娘を守ってくれてありがとう。お疲れさま。帰りはどうする?幻を使えばすぐに家に帰してあげられるよ?〉

 〈自分で走って帰るよ!実はボクさ、"楽園"の外がどうなってるのか、気になってたんだ!色々見ながら家に帰るね!〉


 最初の旅行のお土産に面白いものを要求した好奇心旺盛なウルミラだ。"楽園"の外に興味があるのも当然だな。

 寄り道をし過ぎて帰りが遅くなれば家の皆から『通話』が届くだろうし、心配はいらないかな?


 〈そっか。それじゃあ、ちゃんと家の皆に外を見ながら走って帰るって事を伝えておくんだよ?〉

 〈はーい!じゃ、ご主人!新作のお菓子、期待してるからね!〉


 ウルミラがこの場から忽然と姿を消す。『入れ替えリィプレスム』によって別の場所で街を監視していた幻と位置を入れ替えたのだろう。


 オリヴィエの頭を撫でて彼女を褒めていると、彼女は尻尾を左右に揺らしながらやや顔を赤くさせて謙遜してきた。


 「私は、自分に出来る事をしただけに過ぎません。町を守るために必死になって戦ってくださった皆さんに比べたら…。」

 「リビア。自分に出来る事をしたって言うのは、誇っていい事だと思うよ。」


 オリヴィエは謙遜しているが、非常事態に自分に出来る事を十全に行えるというのは、称賛に値する事だと思っている。

 それは、この場にいる彼女に向けられた視線からも理解できる。


 「リビア、御覧。彼等は貴女の事をどう思っていると思う?」

 「えっ?…ええっ!?あ、あの…み、皆さん…?」


 オリヴィエに向けられた視線には感謝と尊敬の思いが込められている。詳細は私にも良く分かっていないが、彼女は住民の避難が終わった後は私に言っていた通り、怪我人に対して治癒魔術による治療を行っていたようだ。


 一人の兵士に呼びかける。


 「ねぇ、貴方。彼女、リビアはここでどんな事をしてたのかな?」

 「はい!運ばれてきた怪我人に聖職者の方々と共に、治癒魔術による治療を行っていただきました!私も治療を施してもらった者の一人ですっ!」


 他にもオリヴィエから治療を受けた兵士や冒険者、住民はいるようだ。彼等からは特に熱い視線を送られている。

 だが、彼女が行った事はそれだけではないようだ。


 座って体を休めていた冒険者の一人が立ち上がり、オリヴィエの活躍を語る。

 

 「それだけじゃないぜ!聖女様はパニックになった住民を落ち着かせて、いち早く教会まで案内してくれたんだ!おかげで魔物と戦いやすかったぜ!」


 この辺りの住民の避難は早急に完了したため、魔物を迎撃する際に住民を巻き込む心配がなくなっていたんだろう。


 一人の女性が一歩前へと歩み出し、声を出す。


 「避難した先で怯えて不安に駆られるだけだった私達を励ましてくれて、私達に何をすべきか指示を出してくれました!おかげで、魔物に怯える事もありませんでした!」


 きっと、運ばれてきた怪我人の看護や回復薬や医療品の運搬、使用の指示を出していたんだろう。

 怪我人が運ばれてくる事は予め予測出来ていただろうから、予め怪我人を受け入れる体制も整えていたのだろう。

 動いている間は必死になる。その間は自分の事で精一杯だ。魔物の事なんて考えている余裕すらなかったのだろう。

 女性が気付いたころには、魔物の勢いは失われつつあったのだ。


 高位の聖職者と思われる人物が此方に歩み寄り、一つの事実を伝えてくれる。


 「重傷を負って運ばれてきたレオンハルト殿下に何の迷いも無く霊薬・エリクシャーを用いて治療なされました。大変希少な薬品であるにも関わらず、です。」


 そうか。エリクシャーはてっきり教会関係者が所有していた物を用いたと思ったのだが、オリヴィエの私物を使用したのか。

 聖職者は何故彼女が希少な霊薬を所持していたのかは問わないようだ。もしかしなくても、一部の兵士達と同様、彼女の正体に気付いているのかもしれないな。


 「う…うぅ…ノア様ぁ…。」

 「皆、貴女に感謝してる。貴女は本当によく頑張ったよ。」


 オリヴィエは複数の人々から称賛の言葉を送られた事で、顔を真っ赤にしてしまっている。

 ファングダムにおいて、彼女の第二王女としての人気は非常に高い。

 賞賛の言葉もかなりの頻度で受けた筈なのだが、どうやら王女として称賛される事とは別問題らしい。


 「個室を使わせてもらっても良いかな?彼女を落ち着かせたい。」

 「では、ご案内いたします。此方へどうぞ。」


 そう言って、先程の高位聖職者がこの場を後にする。落ち着ける場所へ案内してくれるようだ。後を付いて行こう。


 小声でオリヴィエに声を掛ける。


 「少しはレオンハルトと話せたのかな?」

 「ふぇっ!?あ…はい…ちょっと、複雑ですが私、お兄様から恨まれてはいなかったようです…。」


 なるほど。オリヴィエの表情が若干晴れやかだったのは、それが理由か。部屋に入って、落ち着いたら、詳しく聞かせてもらおうかな。


 なんにせよ、無事に問題が片付いて良かった。

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