第201話 龍脈

 ヴィルガレッドが縮小化を一度解除して魔力嵐の中心点と思われる場所へと意識を向ける。

 縮小化を解いたという事は、それなりの労力を要求されてしまうのだろう。彼の表情は若干不機嫌だ。

 酒を楽しんでいた真っ最中に労力を求められては、そうもなるか。


 ヴィルガレッドの顔の近くに移動して、助力を提案する。


 「手伝おうか?」

 「む。頼めるか?この規模では鎮めるのに2日は掛かってしまいそうでの。折角の酒の席だと言うのに、碌に楽しめなくなる。」

 「了解。で、何をすればいいの?」


 この辺り全体の乱れている魔力に私の魔力を浸透させれば鎮める事は出来るだろうが、それでは効率が悪すぎる。

 ヴィルガレッドはそんな強引な手段を取る様子も無いし、きっともっと効率的な手段がある筈だ。


 ヴィルガレッドがこの魔力嵐の発生原因を教えてくれる。


 「うむ。そもそもこの場がこうまで魔力が乱れるのは、この場があらゆる龍脈と繋がっておる事に原因があっての。」

 「龍脈?」


 初めて聞く単語だ。少なくとも私の読んだ本にはそういった単語は無かった。


 「この星の地下深くを流れる、膨大な量の魔力だと思っておけばよい。」

 「生物に例えたら、血管みたいなもの?」

 「似たようなものではあるな。」


 つまり、この場所の魔力が乱れるのはその龍脈に問題があるという事か。


 「うむ。原因の一つとして、これまでは龍脈のある場所に坊が眠っておったという事もある。」

 「ヨームズオームが龍脈に居座っていた事で、魔力の流れが詰まってた?」

 「左様。それ故に他の龍脈から大量の魔力が押し寄せてきてのぅ。」


 それで定期的にこの場の魔力が乱れていたのか。

 ん?待てよ?それなら既にヨームズオームは龍脈の場所にいないのだから、魔力の流れは正常に戻るんじゃないのか?


 「戻りつつはある。だが、すぐに戻ると言うわけでも無いのだ。それに、今まで坊が眠っておった場所には、今も大量の魔力が流れてきておるでな。」

 「なるほど。むしろ余計に魔力の流れが乱れていると。」

 「うむ。」


 となると、この魔力の乱れを正すには、龍脈の流れを正常にする必要がある、という事だな?

 龍脈に流れる魔力に意思は感じられない。こちら側が意思を込めれば問題無く操作可能になるだろう。


 ならば、私がやる事は一つだな。魔力嵐の中心点へと移動しよう。


 「む?ノアよ、そなた何をするつもりだ?」

 「この星を巡っている龍脈の魔力を、掌握してみるよ。それにはあの場所が一番都合が良い。」

 「それが出来れば苦労はせんのだが…出来そうなのか?」

 「うん。多分大丈夫だと思う。」


 ヴィルガレッドの問いに軽く頷き、翼を羽ばたかせて魔力嵐の中心点へと入る。


 直後、暴風の如き魔力の流れが私の全身に叩きつけられる。


 これは、かなりの負荷だな。ヴィルガレッドでもこの負荷には耐えられそうになさそうだ。

 だが、私ならば耐えられる。叩きつけられる魔力に自分の魔力を溶かし込ませるようにして混ぜ合わせ、そこに意思を込めていく。

 私の魔力と意思が魔力嵐に乗り、龍脈へと流され、自分の意思がこの星全体に浸透していく事が理解できる。


 良い調子だ。この調子で龍脈に意思を流し続ければ、いずれはこの魔力嵐はおろか、龍脈の流れそのものを操作する事も出来るようになる。


 「よもや…これほどとは…。ぬぅ…余がこれほどまで驚愕する事になるとは…このような体験は長き生の中で一度も無かった…!」

 ―んー?ヴィルおじちゃん、ノア、どうなってるのー?―


 ヨームズオームが今の私の状態に異変を感じたのだろう。今の私の状態を把握して驚愕しているヴィルガレッドへと状況を聞いている。


 「あ奴は、龍脈と、この星の魔力と一つになろうとしておる。流石の余でもそのような事は土台無理である。魔力も意思もそのように広げる事など出来ぬ。」

 ―ノアって優しいけど凄いんだね~。―


 そうか。ヴィルガレッドにはこの方法でこの魔力嵐を鎮める方法は出来なかったのか。つくづく規格外だな、私は。

 それはそうと、ヨームズオームが私の事を褒めてくれている事が嬉しい。思わず顔が綻んでしまう。これではヴィルガレッドの事をだらしが無いとは言えないな。


 「うむ。あ奴は余よりも強いでな。…坊よ。あの姫の元で暮らすのだな?」

 ―うん!ノアの家には他にもお話しできそうな子がいるらしいのー!―

 「そうか。多くの者と、多くを語るが良い。それはきっと、坊を大きく成長させるであろうよ。」

 ―ヴィルおじちゃん、寂しいの?一緒にノアの家に来る―?―


 私は今、この星全体に張り巡らされている龍脈を操作して、今後この場所に魔力嵐が発生しないように、龍脈の魔力の流れを安定化させようとしている。


 龍脈を流れる魔力が正常な状態になれば、ヴィルガレッドがここに留まる理由も無くなる筈だ。"楽園"に遊びに来ても問題無いと思う。

 尤も、彼が世界に与える影響は非常に大きいため、地上に出てくる気は無いのかもしれないが。


 「クカカ!坊は優しい子だのぅ!だが、心配はいらぬ。坊にも、ノアにも、話そうと思えばいつでも話が出来る故な。」

 ―そっかー!じゃあ、ヴィルおじちゃんに会いたくなったら、ここに会いに来ていーいー?―

 「勿論だとも!歓迎しよう!いつでも会いに来るが良い!」

 ―わーい!―


 どうやら今後もヨームズオームを連れてヴィルガレッドの元に遊びに往く事になりそうだ。


 まぁ、構わない。私も彼と話をするのは結構好きだ。

 出来ればその時はルイーゼも一緒の方が嬉しいのだが、生憎と彼女が今回一緒にいてくれているのは偶々だ。


 彼女が魔王と言う役職に就いている以上、そう安々と私達と共に遊び呆けるわけにはいかないだろう。


 というかだ。今更だが私はルイーゼを長時間拘束し過ぎている。流石にそろそろ彼女を魔王国に返してあげないと拙い気がしてきた。

 魔王としての仕事、どれほど溜まってしまっているのだろうか?


 時間は既に深夜。午前1時過ぎである。

 龍脈を安定させたら、拘束しすぎた事をルイーゼに謝り、彼女を魔王国へと返してあげよう。…彼女との別れは名残惜しくはあるが。


 私ならば、移動を始めてしまえば私ならば5分と掛からない。何せ私は光の速度を超えて移動できるからな。その際はちゃんと障壁を張ってルイーゼに影響が出ないように注意しておこう。



 そんな事を考えながら魔力と意思を広げ続けていると、龍脈から私の意思の宿った魔力が私に叩きつけられてきた。


 どうやらこの場所から流した魔力と意思が一巡して来たらしい。

 つまり、今この星には、少量とはいえ私の魔力と意思が満遍なく宿っている状態となっているのだ。この状態ならば龍脈の魔力全体を操作する事もできる筈だ。


 改めて龍脈に対して意識を集中させる。



 そこで私の意識が途絶えた。








 優しい何かに包まれる感覚。視界は、良く分からない。周囲の状態は真っ暗と言えば真っ暗だし、反対に真っ白のような気さえする。

 この感覚は一体、何なのだろう?今までにない感覚だ。わたしの経験の中で一番近い感覚は、頭も含めた全身を、湯を張った浴槽の中に沈めた時の感覚だろうか?


 暖かさを感じる何らかの流れが、まるで心音の様に私に伝わってくる。


 今の状態が心地良いのは間違いない。出来れば、ずっとこうありたいと思えてしまうほどである。



 誰かが、私を見ている気がする。


 だが、嫌な視線ではない。この視線からは、慈愛を感じて止まない。


 誰の視線だろうか?ダンタラか?

 いや、多分だが、彼女ではない。彼女とはまだ直接会った事は無いが、その気配は何となく把握している。


 私に向けられる慈愛に満ちた視線の気配は、地母神と呼ばれる彼女ともまた違った気配に思える。



 声が、聞こえる気がする。




              今、幸せ?




 少し躊躇いがちに、視線の主は私に訊ねてきたように感じる。

 何故か、今の問いをしたのが私に視線を送っている者だと理解できてしまった。


 視線の主が何故そんな質問を私にするのかは、私には分からない。だが、悪い気はしないし、私は今、とても幸せだ。

 意識を覚醒させてから、数えきれないほど覚めて良かったと思ったのだ。幸せでない筈が無い。


 だから、私は答えよう。私が魔力から産まれた原種のオリジンドラゴンだと言うのならば、私はこの星によって生み出されたのだ。


 この星にこれ以上ないほどの感謝を込めて、視線の問いに答えよう。



      幸せだよ。幸せだし、生きているのがとても楽しい。



 不思議と、視線の問いかけと同じような方法で答えを返す事が出来た気がする。

 今の私の状態は普通ではないらしく、声を出して返事をしたつもりだと言うのに、声が出なかったのである。




          よかった。これからも貴女の生に




 深い安堵と喜びの感情が伝わってくる。同時にやはり慈愛の感情も一緒に。

 悪い気はしないし、嬉しくもあるのだが、この視線の主は、一体何者なのだろう?この感覚は、五大神の誰とも違った感覚の様に思える。




           沢山の幸せが訪れますように。




 今後の将来の幸せを願われた後、視線の気配は消え去ってしまった。少しの寂しさを覚えたが、どうやらその寂しさを感じている暇はないらしい。








 いつの間にか、視界がヴィルガレッドの住処に戻っていた。


 ―ノア―!大丈夫ー!?―

 「まったく、心配させおってからに!無茶をするでないわっ!」

 「ノア!大丈夫なの!?」


 皆が心配そうに私を見つめている。私が意識を失っている間、私の外見に大きな変化が生じていたようだ。ルイーゼもヨームズオームもヴィルガレッドも、心配そうな視線を私に送っている。


 「大丈夫!もうちょっと待ってて。すぐに龍脈の流れを安定させるから!」


 意識が戻った私には何らかの大きな変化があったようだ。


 それと言うのも、今も私に叩きつけられている魔力に対して、私は何の負荷も感じていないのだ。

 それどころか、この星を巡る魔力の流れが手に取るように理解できてしまうのだ。そして、私ならばそれを操作する事すらも容易に可能だと、本能的に理解してしまっていた。



 一度星全体の魔力の流れをほぼ制止した状態にし、ヨームズオームが眠っていたファングダムの地下にのみ、魔力を増幅させて流していく。


 ファングダム地下を巡る龍脈に魔力が満ちたら、ゆっくりと全体の魔力を動かして、次第に龍脈の魔力から私の意識を切り離していく。


 ほどなくして、魔力嵐は収まりを見せた。

 龍脈を伝って、そよ風の様に魔力がこの場を流れていく。私達がこの場を訪れた時よりも快適に感じる。


 今後、この場所で魔力嵐が発生する事は無いだろう。龍脈の安定化には成功したようだ。皆のところに戻るとしよう。


 「お待たせ。もう、魔力嵐が起きる事は無いと思うよ。」

 「「………。」」―ふおおぉー…。―


 皆私を凝視して固まってしまっている。一体どうしたと言うのだろうか?

 確かにかなり規格外な事をしてしまった自覚はあるが、ルイーゼの視線は私の至る場所へと向けられているし、ヨームズオームはヴィルガレッドの宝物を見た時の様に瞳を輝かせている。


 そんな視線を送られたら、まるで私の外見が変わってしまったみたいな反応じゃないか。


 「あ…ア…ア、アンタねぇ!!ただでさえ手に負えないようなヤバい存在だったってのに、何でそこから平然と更に成長しちゃうのよっ!!?!」

 ―ノアが前より綺麗になってるー!キラキラしてるー!とってもキレーイ!―


 …私の外見が変化してしまっているようだ。それも外見だけでなくルイーゼが言うには力そのものが大きく成長してしまっているらしい。


 あまり実感が湧かない。一体どうなっているというのか?


 「ノアよ。疑問に思っておるのなら鏡でも用意して自分の姿を確かめてみよ。状況を確認するのであればそれが一番であろう?」


 そうだな。魔術や魔法で自信を感知しようとしても自分の事のせいか客観的に見れないと言うか、いまいち自分の状態の変化に気付きにくいのだ。


 そういうわけで、『我地也ガジヤ』を使用して高さ2m、幅1mの鏡を生み出して、今の自分の姿を確認してみた。


 鏡に映る自分の姿を見て、私は困惑せざるを得ない。


 「ええぇ…。」

 「いや、何でアンタがそんな声出すのよ?」


 そこにあるのは確かに私の顔なのだが、頭髪も角も翼も尻尾も、全てが今まで以上に派手になっていた。

 黒を基調としているのは変わらないが、どの部位も虹色の光沢を放つようになってしまっているのである。


 私は派手なのは好きじゃないんだけどなぁ…。これでは人間社会では目立って仕方が無いだろう。


 どうするんだ?コレ?

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