第200話 アドモとテンマ

 ルイーゼにしろヴィルガレッドにしろ、どちらも同じ名前を出したという事は、その名前を見た、もしくは聞いた事があると考えて良いだろう。


 見聞きした事のある名前でかつ見た事が無い果実。ひょっとして架空の果実なのだろうか?

 一人で考えても意味は無い。折角命名者が傍にいるのだから、分からなければ聞くのが一番だ。


 と行きたいところだったのだが、ヴィルガレッドがオーカムヅミの名を出した事にルイーゼが驚きを隠せないでいる。


 「竜帝カイザードラゴン様がその名をご存知とは…。」

 「ヴィルガレッドで良い。今代の魔王、ルイーゼよ。そなたにも余の名を呼ぶ事を許す。以後、余の事はヴィルガレッドと呼ぶが良いぞ。」

 「あ、ありがとうございます!ヴィルガレッド様。」


 むしろなぜ今まで名前を知っていたのに呼ばなかったのだろう。本来は名前を呼んではいけないものなのだろうか?


 「知ってるからっていきなり名前で呼んだら、相手に失礼じゃないのよ。」

 「敬称で呼んでも?」

 「敬称で呼んでもよ。」


 そういうものなのか。そういえば人間達も目上の者に対して名前で呼ぶ事は滅多になかったな。

 あるとしたら、マコトがモスダン公爵やクレスレイを愛称で呼んでいたぐらいか。それもクレスレイに至っては私との『通話』をしていた時に聞いただけだ。

 どうやら、目上の相手に対しては役職を敬称で呼ぶのが基本らしい。


 まぁ、私が気にするような事じゃないな。私は今後も誰に対しても今までと変わらない対応をするだろうし。


 それは良いとして、オーカムヅミだ。何故ルイーゼもヴィルガレッドもその名前を知っていたのだろう?


 「それでルイーゼ、オーカムヅミって何?何か由来があるんだよね?」

 「ええ。と言っても、実在する果実では無いわ。少なくとも、この世界ではね。」

 「という事は、由来にしたオーカムヅミも果実なんだ。ん?この世界?」


 ルイーゼの言い方だとこことは違う世界があるかのような言い方だな。それも、小説や絵本の舞台になるような架空の世界、と言うわけでもないようだ。

 かと言って人間達の間で信仰されているロマハが住まうと伝わる、死後の世界の事を差しているわけでもなさそうだ。


 「所謂、異世界ってヤツよ。次元そのものが異なる世界なの。アンタの知り合いにもいるわよ?その異世界から来た人間が。」


 異なる世界から来た私の知り合い…。


 そうか。この星はおろか、そもそもこの世界に彼等の故郷は無かったという事か。だから彼等は"何処からともなく来た"と言われているのか。


 興味深いな。彼等はどうやって"此方"に来たのだろう?それとも意図せず迷い込んだのか?突発的な事故?それとも"此方"側から呼ばれてきた?


 色々と可能性は考えられるが、今考えても仕方が無いか。

 今度マコトと話す機会があったら、彼が許してくれるのなら、その辺りの話をいずれ聞かせてもらうとしよう。


 今、私がルイーゼから聞くのは異世界から来た人間、異世界人の話よりもオーカムヅミの事だ。


 「それで、オーカムヅミは異世界にある特別な果物だって事でいい?」

 「異世界にも実際にあるわけでは無いらしいわ。何せ、異世界の神話に登場する果実の名前だもの。」


 それはまた随分と大層な名前を付けたものだな。それだけ、ルイーゼもヴィルガレッドもこの果実を評価してくれているという事でもあるのだが。

 ここは"楽園"の品が評価された事を誇らしく思っておくべきだろうか?


 ん?そういえばオーカムヅミが異世界の神話に登場する果実なのは良いとして、何故それをヴィルガレッドも知っているんだ?


 さっきからルイーゼの言葉に対して鷹揚に頷いている辺り、ヴィルガレッドの認識も同じようだが、彼にも異世界の知人がいたという事なのか?


 「ルイーゼにもヴィルガレッドにも異世界の知り合いや友人がいるの?」

 「私にはいないわよ。城の書庫に記録として残ってるのよ。」

 「フッ…。懐かしいものよ。確かに、余には異邦の地より訪れた友がいた。が、既にあ奴が没して久しい。今はおらぬよ。」


 そうか。ヴィルガレッドにも友と呼べる人間がいたのか。だがその人物も随分と昔に無くなっているらしい。少し寂しそうだ。


 それにしても、ヴィルガレッドが友と認めるほどの人間って、とんでもないな。それだけの力を持った人間と言うのは、ちょっと想像がつかない。

 同じ異世界人だとしても、マコトでは彼の前に立つ事はおろか、近づく事すらできない筈だ。


 「異世界人とは言え、人間がヴィルガレッドのいるここまで辿り着けたの?」

 「うむ。余の知る限り、あ奴こそ今もなお正真正銘最強の人間である。あ奴よりも優れた人間を、余は知らぬ。」


 なんと。ヴィルガレッドにそこまで言わせるのか。

 予測ではなく断言するほどとはその人物、それだけ隔絶した力を持っていて、人間達から拒絶されなかったのだろうか?


 「畏れられてはいたであろうな。何をとっても、あ奴は人間からしてみれば規格外であった。だが、あ奴は人間達から拒絶はされなかった。出来るわけが無いな。あ奴は世界を救った英雄なのだからな。」


 世界を救った英雄ねぇ…。

 ああ、そういえば異世界人で世界を救ったと言えば、人間達の間でもとても有名な人物がいたな。ひょっとして、ヴィルガレッドの言う友とは、彼の事だろうか?


 「世界を?それって、もしかして勇者アドモ?」

 「人間達からはそのように呼ばれておったな。妙に腰が低く、それでいて芯の強い奴であった。」

 「ヴィルガレッドは勇者アドモが世界を救った時の事を知っているの?」

 「うむ。直接は見ておらぬが、良くテンマと共にここに集まり酒を飲み交わしたものでな!その時にあ奴等が語っておったわ。互いに互いの愚痴を言い合っておってのう。愉快な光景であったわ!」


 勇者アドモとはかなり仲が良かったようだ。それに加えてテンマなる人物。ヴィルガレッドがルイーゼを正気に戻す際に口にした名前だ。

 ルイーゼの事をそのテンマの末裔と言っていたし、そのテンマと言う人物はつまり、彼女の祖先にあたる人物なのか?


 どうやらそうらしい。


 「ええ、初代新世魔王よ。人間達には伝わっていないみたいだけど、こっちだと"諸悪のゼストゥール"は勇者アドモと初代様が協力して討伐された、って記録されているわね。」

 「新世って言うのだから、ゼストゥールに変わる新しい魔王って事だよね?」

 「ええ、そうよ。それにしても、まさか初代様がヴィルガレッド様と旧知の仲だっただなんて…城の記録にも残ってなかったわ…。」

 「我欲のためではなく、他者を想って余の前に現れた稀有な魔族よ。気に入ったが故に余が力を分け与えてやったのだ。」


 なんと。ヴィルガレッドがそこまで気に入る相手だったのか。他者を想うと言うところに感銘を受けたような印象だし、彼はそのテンマと言う人物に王としての資質を見出したのかもしれないな。


 「とにかく、勇者アドモがヴィルガレッドや初代新世魔王のテンマに色々な異世界の知識を教えて、その中にオーカムヅミの名前もあったって事で良い?」

 「そうね。そうなるわ。」

 「うむ。ちなみにな、テンマの名もあ奴、アドモが名付けた名であるな。」

 「そうだったのですか!?」


 テンマの名前の由来はルイーゼにも知らない事だったようだ。


 何でもテンマには元々名前が無かったのだそうだ。

 だが当時の魔族の社会では特別珍しい事ではないらしく、ゼストゥールが存命していた時代は名前を持たない魔族は大勢いたらしい。


 テンマは、当時からそれなりの力を持っていたとは言え、魔王と呼べるほどの力を持っているわけでは無かった。

 そして、弱者を我欲のままに虐げるゼストゥールの支配に憤りを感じ、虐げられる者達の未来を憂いていた。


 いつかはかの魔王に一矢報いる力を得るため、テンマは修行の旅に出てた。

 そうして各地を渡り歩いている中、勇者アドモと出会い彼と意気投合、生涯の友になったのだとか。


 そしてテンマが目を通した事のある文献に記載されていた、ヴィルガレッドの伝説をアドモに伝え、竜帝の力を求めて彼に会いに行ったらしい。


 自分のためではなく、虐げられる弱者を助けるために自分の元を訪れた二人に感銘を受けたヴィルガレッドが、二人に自分の血を分け与えたのだ。


 それは二人にとって大きな試練でもあった。


 膨大な魔力を含んだ竜帝の血を取り込み、力を得るか、そのまま果てるか。

 その場で果ててしまえば、例え力を得ても魔王を斃す事など夢のまた夢。

 力を望むのであれば、力を受け入れられるだけの器である事を証明する事を、ヴィルガレッドは二人に求めた。


 二人は見事試練を乗り越え、どちらも四色の魔力を持つようになったのである。


 その後、彼等はヴィルガレッドの元で修行を続け、ゼストゥールを討てるだけの力を身に付けたと判断したところでかの魔王に挑み、そして勝利したのだ。


 テンマの名は、ゼストゥールを討ちに向かう際に、新たな魔王となる彼の決意に応えて、アドモが付けた名前なのだとか。


 ルイーゼの名前でもあるノヴァーガ=オーダーと言うのは、アドモの故郷に昔存在した魔王の名前に倣ったものらしい。

 そしてその魔王は周囲から天魔と呼ばれていたのだとか。


 それが、初代新世魔王テンマ=ノヴァーガ=オーダーの名前の由来である。


 多分だが、かなりざっくりとまとめてくれたのだと思う。実際には二人がヴィルガレッドから力を受け取ってからゼストゥールを討伐するまでの間にかなりの時間が掛かったと思われる。

 修行の時間に平然と10年と言う単語が出てきたぐらいだからな。


 ちなみに、ヴィルガレッドの話を聞いていたヨームズオームはとても御機嫌だ。

 簡単な説明だったとはいえ、歴史を動かした男達の英雄譚なのだ。さぞ心躍った事なのだろう。


 ヨームズオームには後で私が複製した小説を沢山読ませてあげよう。

 この子の知能であれば言語の習得など訳も無いだろうからな。すぐに読書を楽しむ事が出来るようになるさ。



 さて、果実の正式名称も決まり、その名前の由来も分かったところで次の品を振る舞わせてもらおうか。


 私が皆に振る舞いたいのは、オーカムヅミだけでは無いのだ。


 だが、振る舞うものの中には酒も含まれる。ヴィルガレッドは酒を楽しめるようだが、ルイーゼはそうとも限らない。振る舞う前に確認を取っておかないとな。


 「ルイーゼ、酒は飲める?」

 「飲めないわけじゃないけど、あまり好きじゃないわね。何回か用意してくれた紅茶があるなら、そっちの方が嬉しいわ。」

 「不甲斐ないのう。テンマなどアドモや余と共に浴びるように酒を飲み交わしておったというのに…。」


 残念そうにヴィルガレッドが呟く。

 気持ちは分からないでもないけど、貴方がルイーゼにそれを言ったら酒を飲めと強要してるようなものじゃないのか?無理強いは良くないと思うのだが。


 「うぅ…すみません、お酒を飲んだ後のふらつく感覚が、どうにも好きになれなくって…。」

 「む…。むしろあの陶酔感が良いのだがなぁ…。」

 ―お酒ってどんなのー?おいしー?―


 ヨームズオームも酒に興味を持ったようだ。

 だが果たしてこの子に酒を飲ませても大丈夫なのだろうか?


 「何を不届きな事を。坊の精神は確かに童のそれではあるが、肉体で言えばそなたよりも遥かに年長ぞ?酒ぐらい訳も無く楽しめるわ。そういうわけだからノアよ、もったいぶらずに酒を出すのだ。」

 「分かったけど、あまりルイーゼに強要しては駄目だよ?」


 ヴィルガレッドが誰かと酒を飲むのはとても久しいのだろう。彼が友と認めたアドモもテンマも既にこの世を去っているようだからな。

 待ちきれなくなって私に酒を出すように急かしてきた。


 「ちなみに聞くけど、ヴィルガレッドは強い酒と弱い酒なら、どっちが好み?」

 「無論、酒精が強いものを所望する。弱い酒では刺激が足りぬでな。」

 「ん、分かった。」


 なら、一応所持している全ての酒は出すとして、ヴィルガレッドが気に入りそうな酒を多めに出すとしようか。


 『我地也ガジヤ』でヴィルガレッドやヨームズオームが飲みやすい形をした器を作り酒を注いでいく。味が混ざらないよう、器は酒の種類の数だけ作る。


 「ほう!気が利くではないか!余のように味覚に優れておると、器に残った僅かな酒が混ざるだけでもかなり違和感を覚えるでな!」

 ―なんだか不思議な匂いだねー。コレがお酒かー…。―


 特に拒絶反応は見せず、ただただ不思議そうにしている辺り、ヨームズオームが酒に弱いという事は無さそうだ。


 ―ふおおぉー…コレがお酒かー…。なんだか少しだけフワフワするんだねー。僕この感じ好きかもー。―

 「そうであろう、そうであろう。坊もそう思うであろう!この酔倒感こそが酒の醍醐味というやつよ!」


 私はその酔倒感を楽しめないんだがな。ヴィルガレッドもヨームズオームも問題無く楽しめているようだ。羨ましい。

 まぁ、二体とも酒を楽しんでいるようでなによりだ。


 ヨームズオームの酒に対する懸念も消えた事だし、次はルイーゼの分だな。

 彼女には口当たりの良い、甘さのある果実酒を『収納』から取り出したコップに注いで渡しておく。


 「コレならあまり酒精も強くないし、飲みやすいと思うよ?」

 「ありがとう、いただくわ。」


 コップを受け取ると、まずは鼻を近づけて香りを確認した後、ゆっくりとコップの中身を口に含んで酒の味を確かめている。


 顔を綻ばせている辺り、ルイーゼの舌にも好評らしい。


 「へぇ…。人間達も結構いいお酒を造るのね。このお酒は嫌いじゃないわ。ま、それでも私は紅茶の方が良いかしらね。」

 「それなら、本に書いてあった飲み方だけど、紅茶に今の酒を蒸留したものを少しだけ入れてみるのはどう?」

 「人間ってそんな事もするのねぇ…。面白そうじゃない。それで、肝心の紅茶はあるの?淹れたてじゃないと私は嫌よ?」


 ルイーゼは本当に紅茶が好きなんだな。紅茶に関しては問題無い。なんなら今ここで入れるところを見せてあげよう。

 紅茶用の器具は自分で楽しむために一通り揃えてあるのだ。


 「えっ…?アンタ、紅茶入れられるの…?」

 「うん。私も紅茶は好きだからね。前に出した紅茶も私が入れたものだよ。」

 「ええぇ…。何故かしら、妙に敗北感を覚えるわね…。」


 そう言われてもなぁ…。ルイーゼには毎回紅茶を入れてくれる相手がいるみたいなんだし、そんなに気にする必要は無いと思うがね。



 ヴィルガレッドとヨームズオームが酒を楽んでいる中、紅茶が入ったので果実酒を蒸留したブランデーと呼ばれる類の酒を少量加える。


 折角だから私も楽しむとしよう。

 …香りは問題無いな。ブランデーを加える分量も本に書かれていた通りにしたし、味も問題無い筈だ。ルイーゼに提供しよう。


 「お待たせ。私はこの香りと味は結構気に入ってるんだけど、どうかな?」

 「いただくわ。…へぇ…いいじゃない。この香り、好きよ?味も悪くないわね。今度ウチで紅茶を入れてもらう時は、この方法で入れてもらおうかしら?」


 思った以上に高評価だった。酒は人間達が用意した物ではあるが、紅茶に関しては入れたのは私だ。

 やはり自分が用意した物で喜んでもらえると言うのは嬉しいものだな。


 ヴィルガレッドもきっと、自分の宝物をヨームズオームに喜んでもらえた時には同じような気持ちになっていたのだろう。調子に乗るわけである。



 さて、振る舞うのは酒だけではない。酒に合う料理も提供しようじゃないか。


 そう思って調理設備を『我地也』で作り上げようと思った矢先、周囲を満たしていた魔力が急激に乱れだした。


 「うわ…っ!魔力嵐…!?これ、私にはちょっとキツイわ…!」

 ―おぉー…なんだか激しいねぇー…。―


 私は当然として、ヴィルガレッドとヨームズオームも何とも無さそうにしているが、ルイーゼには少々辛い環境らしい。

 すぐさま彼女の周りに障壁を張っておこう。


 「…ありがと。…この魔力嵐の中でも平然としてられるって、ホントに理不尽な存在よねアンタ達って…。」

 「むぅ…まったく、余が久々の酒を楽しんでいる時だと言うのに…。」

 「この魔力の荒れ方…。こういうのはよくある事なの?」

 「以前も言ったであろう。この場は定期的に魔力の流れが乱れるのだ。」


 ああ、そんな事も言ってたな。なるほど。これは確かに放置していたら、この星にどんな影響が出てしまうか分かったものでは無いな。


 どれ、事前連絡はしたとは言え、押しかけ同然にこの場に訪れたのだ。魔力嵐とやらを鎮める手伝いでもさせてもらおうか!

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