第288話 アクアン観光最終日
日が変わり、新しい朝を迎える。今日の第一の楽しみはやはり新聞だな。昨日の私の行動が、イネスによってどのような記事にされているのか、少しではあるが楽しみにしていた。
朝食を取りに食堂に足を運べば、既に新聞が机に置かれていた。いつもの事だ。私やオスカーよりも早起きな使用人達が屋敷のポストに配達された新聞を回収して、この場所に置いてくれているのである。
新聞を手に取り内容を確認してみれば、やはり私の昨日の動向が一面記事に記載されていた。
『痛快にして爽快!!オシャントン会長、『姫君』様に叱られる!』
大きな文字で見出しの一文が記載されている。これまでのデヴィッケンの行動は、周囲の人間達の反感を嫌でも買う行為だった。それ故に、あの男がショックで気絶してしまうような出来事は痛快に想えたのかもしれないな。
なお、昨晩のデヴィッケンに行った仕打ちに関しては記載されていなかった。時間が時間だったため、今朝の新聞に間に合わなかったのかもしれない。
オークションの記事の作成に関しては元より徹夜をしてでも書き上げるつもりだったようだが、今回に関しては既に記事を完成させたであろう状況から更に事件の発生、という流れなのだ。
イネスも休んでいただろうし、記事を書いている暇など無かったのかもしれない。
新聞に目を通し終わり朝食を堪能していると、起床したオスカーが朝食を取りに食堂に入ってきた。
「おはようございます、ノア様。…その、新聞にはやはり?」
「ああ、昨日のアクアンタワーでの一件が記載されているよ。読むかい?」
「はい」
私の隣の席にオスカーが腰を掛け、新聞を受け取り目を通す。昨日の時点で新聞に私の動向が記載される事を伝えているため、あまり驚いてはいない。
「この記事、まるで喜劇の一節のように書かれていますね…」
「私としては有り難いかな?おかげで周囲から怯えられる心配はなさそうだ」
仮にイネスが今日の新聞記事の内容を私の恐ろしさを伝えるような記事にした場合、周囲の反応は友好的な物にならなくなる可能性が高い。
だが、イネスが新聞記事を読者にとって笑い話になるような記事にしてくれたおかげで、その心配も無くなったわけだ。
私の行動次第では恐れられるのも当然だとは思っているが、それでも恐れられていない、好意的に捉えられている方がずっと活動がしやすい。仮に恐れられていたとしても、絡んでくる者は絡んでくるからな。
昨日の一件でそれが良く分かった。
オスカーが新聞を読み終わり朝食に手を付け始めるころ、ジョゼットも身だしなみを整えて食堂に入ってきた。
自分の席に移動しながら、オスカーから新聞を受け取っている。
「二人ともおはよう。さて、あのお嬢さんはどんな記事を書いたのかな?」
ジョゼットとしても、昨日の私の説明があった時から、新聞の内容が楽しみにしていたようだ。口頭の説明と文章での説明。それから、第三者による視点からの見解では私の説明と異なるだろうと理解しているのだ。
しばらく新聞に目を通していると、彼女の体が小さく震え出し、遂には堪え切れなくなり声を出して笑い出した。
「フッ!アッハハハハハ!これは痛快だ!バッチリと気絶しているカエルの姿まで写真に収めているとは、あのお嬢さん、やはり只者ではないね!」
「傍にいた当事者としては、あまり笑い事では無いのですけど…」
オスカーは、そう簡単にあの時感じた恐怖を払拭できはしないようだ。
無理も無いだろうな。例えこの子が騎士の任務として魔物の討伐に参加していたとしても、あの時の私から感じ取った力は、これまでこの子が相対して来たどんな魔物よりも強大な力を持っていると感じただろうから。
実際に私の魔力量が分かったわけではない。だが、私の放った言葉が、オスカーは真実だと直感で気付いてしまったのだ。そして、それ故に私の力の一端を理解してしまったのだろう。
人類ではどうにもならないような、圧倒的な力を。
時間をかけて、ゆっくりと受け入れてもらうしかないだろう。幸い、オスカーは私に対して悪意を持っているわけではないようだからな。
「ノア様、今日の予定はいかがいたしましょうか?」
「まずはいつも通り冒険者ギルドに立ち寄ろう。その後は、一度ホーカーのところに顔を出したい。そろそろ故郷に帰るだろうからね」
「ホーカー氏にですか?」
「装飾品の注文をしたいからね」
既にホーカーのところには装飾品の注文が殺到しているかもしれないのだ。彼の宿泊宿に、貴族の使用人らしき人物が入っていくのを、私は『
このままでは仮に注文ができたとしても、私の注文した作品が完成するのがだいぶ先になってしまう可能性がある。
構いはしないといえば構いはしないのだが、欲しいと思った品を可能ならば早く手に入れたいと思うのは、誰だって同じはずだ。
「ホーカーは間違いなく人気の装飾品作家になるよ。今のうちに注文をしておかないと、確実に予約待ちの状況になってしまう。私自身が彼の作品を気に入ったし、私の家にいる子達の中に、ああいった光物が大好きな娘達がいるからね。お土産にしたいんだ」
「はぁ…。その、家にいる方々というのは、ひょっとして…」
「ストップだオスカー。それはきっと、私達が知ってはいけない事だ。そうだね?『姫君』様」
しまった。口が滑った。この2人は数分間という短時間とは言え、私の家の様子を垣間見てしまっている。
少しの情報を与えるだけでも、私を"楽園"と結びつけてしまう可能性がある以上、あまり私の家の事を話すのは避けるべきだ。
口に出してしまった以上は仕方がないとは言え、今後は注意しなければ。
幸いな事に、ジョゼットは私が私の情報が知られる事を避けている事を理解してくれている。
まぁ、私の不興を買いたくない、という思いもあるからだろうが、彼女の言葉に便乗しない手は無いだろう。
この話題はジョゼットの呼びかけに黙って頷くだけにして、早々に切り上げさせてもらうとしよう。
この場所にイネスがいなくて本当に良かった。彼女ならばオスカーに盗聴用の魔術具を付けるなり、この屋敷にすら侵入して情報収集をしようと思えば可能なのだ。私に察知される事を了承すればの話ではあるが。
流石に高位貴族の屋敷に侵入する気は無いらしく、彼女は冒険者ギルド付近で私が訪れるのを隠れて待機している。
そうだな。どうせだから、今日は午前中だけになってしまうが、イネスも一緒に行動してもらうとしよう。
仮に冒険者ギルドで依頼を受注したとしても、彼女ならば問題無く私達についてこられるだろうしな。そうしよう。
今日自由に行動できるのは午前中だけだ。午後からはリアスエクの招待に応じて、王城に出向く必要がある。流石にイネスも一緒に王城に入れるわけにはいかない。
世間話程度ならば問題無いだろうが、私がリアスエクと話すのは、国家機密に関わる事だからだ。
朝食も終えていつものように冒険者ギルドへと足を運ぶ途中、イネスが気配を希薄化させて死角に隠れているのを確認した。
彼女はまだ私達に気付いていない。まだ1㎞以上離れているからな。いつも通りに冒険者ギルドに訪れると思っているようなので、気にもしていないようだ。
信頼してくれているようで嬉しいところだが、今回はこちらから声を掛けさせてもらう。
「イネスに声をかけて来るよ。そのまま冒険者ギルドに向かってもらえる?問題無く合流できるから」
「分かりました」
先に私がどうするかをオスカーに伝えた後、気配を消して移動し、少し歩いたところでイネスの近くまで転移する。
彼女の傍に転移して声をかけてしまったら確実に驚かせてしまうので、少し離れたところで彼女を見つけた
「やぁ、イネス。おはよう。今日も私の取材かな?」
「ふぉっ!?お、おあ!お、おはようございますっ!?」
「落ち着いて」
気付かれているとは思っていなかったのだろう。声を掛けた瞬間、チャチャに初めて声を掛けた時と同じぐらい飛び上がり、心拍数を上げている。
自分の存在を気取られただけでなく、自分が気付かない内に声を掛けられるとは微塵も思っていなかったようだ。
失態だな。転移した後は、声を掛ける前に徐々に気配を鮮明にして、イネスに接近を悟らせておくべきだった。
しかし流石は私が手練れと認めた人間だ。盛大に驚きはしたが、すぐに深呼吸をして落ち着きを取り戻してしまった。
しかも、頬を膨らませて不満を私に伝えて来るだけの精神的な余裕まである。大したものだ。
「もう、非道いじゃないですか!私、こう見えて繊細なんですからね!?急に声を掛けられたらビックリしちゃいますよ!?」
「ふぅん?私がアクアンに着くなり私に隠れて私の事を取材していたのは、結構な胆力だと思っていたんだけどね?それでも自分を繊細だと言うのかい?」
イネスの今日までの動向をそれとなく伝えると、彼女は非常にばつが悪そうな表情で苦笑しだした。
「あ、あはは~、い、いやですねぇ、そ、そのぉ、ノア様の気を紛らわせないための私なりの気遣いと言いますか…。えへへぇ…」
「私に気付かれていたら世話が無いね」
「おぅふ!うぅ~…。自信無くしますよぅ…。今まで気づかれた事なんて一度もなかったのにぃ~」
自分の隠形を見破られた事がかなりショックなようだ。自信を無くしたと言っているのも事実なのだろう。
「自信を無くす事は無いよ。私が見る限り、少なくともタスクに気取られる事は無いだろうからね」
「その辺り、分かっちゃうんですか?」
「分かっちゃうんだよ。貴女の隠形を見破れる人は、私を除いていないと考えて良いんじゃないかな?誇って良い事だと思うよ?」
「ど、どうも…」
イネスの隠形が世界でもトップクラスだと教えたのだが、それでも彼女はあまり嬉しくはなさそうだ。
まぁ、彼女としては私に気取られてしまうのは避けたかったのかもしれないな。現在彼女が取材対象としているのは、他ならぬ私なのだから。
「今日声を掛けたのは、今日は一緒に行動しないか誘うためなんだ」
「えっ!?それって、ひょっとして、密着取材ってやつですかぁっ!?」
「ひょっとしなくても、密着取材というやつだね。どうせだったら、私に許可を得た状態で私の傍にいた方が良いネタも見つかるんじゃないかな?」
「あ、ありがとうございます!!」
私としては、彼女には今日の新聞の件で多少の恩がある。
今も私がこの国の人々から敬われ、慕われているのは、間違いなく彼女の新聞記事のおかげなのだ。多少の見返りとして、密着取材を認めるぐらい、わけは無い。
「さ、そうと決まれば早速いつも通り冒険者ギルドへと行くとしよう。オスカーには一人で向かわせているからね。待たせるわけにはいかないんだ」
「了解しました!ぐふふ…っ!よもや再びこうしてノア様の隣を堂々と歩けるとは思ってもいませんでした!」
さっきまで不満の方が強かったというのに、もうご機嫌である。現金な女性だ。
私達が冒険者ギルドに到着する時、丁度オスカーも冒険者ギルドの扉の前に到着したところだった。まぁ、ある程度歩く速度を調整したのは口に出すまでも無い。
「おはようございます、イネスさん。今日はよろしくお願いします」
「はい!おはようございます!オスカー様!本日もお二方の御活躍を期待させていただきますね!」
「あ、あはは…。その、お手柔らかにお願いします…」
イネスからしてみれば、オスカーも十分に新聞記事のネタなのだ。実際、この子の記事も私ほどではないが記載されていたし、新聞を読んで黄色い悲鳴を上げている女性を見かけなかったわけではない。期待されるのも当然だな。
さて、今日も冒険者ギルドに私が受けても良いと思える依頼が来ていないか確認しているのだが、今日は何と冒険者ギルドから指名依頼が発注されていた。
「街道の治安維持活動…。ああ、そろそろ美術コンテストやオークションのために集まった者達が帰国したりするから、そのための?」
「はい。特に出品者の方々は懐がとても豊かになっている方々が多いでしょうから、コンテスト開催前よりも治安が悪くなりがちなのです」
説明された理由に一応の理解はできるが、何故それで成功できると思えるのか、不思議でならない。少なくとも、私が捕らえた賊は脱走したという話は聞いていないし、この時期を狙っていたと考えるべきなのだろうか?
「いえいえノア様?あくまでも治安維持活動ですから、必ず賊がいるとは限りませんよ?あくまでそういった連中がいないか調査をして、もしも発見した場合は捕らえて欲しい、という内容でしょうから」
「加えて、新たに発生した魔物の討伐も依頼内容に含まれていますね」
「はい。お願いできますか?」
イネスとオスカーの説明を受けて納得する。それにしても、報酬金額が金貨10枚とはまた随分と奮発したものだ。
「ノア様に街道を一通り見てもらえれば、それだけで問題が片付いてしまいますからね。今年のコンテストは極めて平和でしたよ?道中賊に襲われたり、魔物に襲われたという報告が全くありませんでしたから」
賊や魔物はしらみ潰しにしていたからな。
もしも紛失したり破損してしまっては私の楽しみが損なわれてしまうのだ。手を抜く理由が無い。
そして、今回の依頼も当然のように引き受けるし、手を抜くつもりはない。
私を楽しませてくれた作家達には是非とも今回稼いだ金で英気を養い、作業環境を改善し、次回のコンテストでより優れた作品を提供してもらいたい。
そのためにも、彼等の可能性を奪おうとする者達に容赦をするつもりはない。
依頼を受注する旨を伝えると、受付嬢は花が咲いたような笑顔で感謝を伝え、手続きを行い始めた。
カルロスにこの笑顔が向けられていたら、彼は即座に求愛行動を取っていたかもしれないな。それだけ魅力的な笑顔だった。
それはそれとして、今日はそれ外にも冒険者ギルドに用がある。
「ところで、ギルドマスターに面会できるかな?」
「へ?はい、大丈夫ですが、何かご用件が?」
「ああ、こういうのはちゃんとしておかないといけないからね」
ギルドマスターに直接伝えて始めた事だ。終わらせる時も、ちゃんとギルドマスターに話を直接通しておくべきだろう。
リアスエクとの会話が終わったら、アクアンを出ようと思う。
それはつまり、アクアンを訪れた翌日から始まっていた冒険者達への稽古の終わりを意味していた。
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