第289話 装飾品の製作を依頼しよう
ギルドマスターとの話を終えてロビーまでも取って来ると、オスカーもイネスも心配そうな表情で私を見つめていた。
私が彼とどんなことを話していたのか、気になるのだろう。
「ノア様、ギルドマスターとはどのようなお話を?」
「イネスも私が夜に冒険者達に稽古をつけているのは知っているね?」
「はい。おかげさまで最近この街の冒険者の方々がとても活気づいています!皆さんノア様を称えていましたよ!」
「私もとても感謝しています。モーダンを出る前と比べて、かなり腕が上がった自覚があります」
本来はオスカーの稽古のついでだったのだが、何時の間にやら冒険者達への稽古がメインになってしまっていたような気さえする。
上を目指そうとする彼等の意志は、決してオスカーに劣るものではなかった。
「感謝してくれるのは嬉しいのだけど、明日にはこの街を出る予定だからね。稽古は今日が最終日になるという事をギルドマスターに伝えてきたのさ」
「な、何と!?そうですか…。それは寂しくなりますね…。ノア様、是非お聞きしたいのですが、ノア様はこのアクアンの街を、そしてアクレインの国をお楽しみいただけましたか?」
「勿論。とても楽しかったよ。また訪れたいと思ったとも。それに、他の大陸に船で向かうには、この国を利用しなければならないだろうしね。必ずまた訪れさせてもらうよ」
その気になれば海の上でも走れるし、飛行すれば船に乗る必要も無いのだが、デンケンにも約束している事だしな。
この魔大陸を見て回った後は、モーダンでデンケン達の船に乗せてもらい、オルディナン大陸へと向かうのだ。
明日にはモーダンへと再び向かうので、機会があれば彼にも声をかけておこう。
冒険者ギルドでの目的も済ませたので、早速依頼をこなしたい所なのだが、今日はその前にもう一件向かう場所がある。
彫金師のホーカーの元へ向かうのだ。目的は勿論、装飾品の注文のためだ。
「そういえば、今朝もホーカー氏の元へ向かうと仰っていましたね」
「おお!ホーカー氏と言えば、今回の美術コンテストで5位に入賞した作品の制作者ですね!?ノア様の目にも、あの作品は素晴らしい物に映った、という事なのですね!?」
「ああ、あの作品、とても気に入ったんだ」
まぁ、気に入ったからと言って、あのブローチを購入するつもりはないが。
あのブローチは彼が愛する女性、キーコのために作った、彼女のためのブローチだ。他の誰かに渡していいものではない。
仮に他の者が身に付けるとしたら、キーコから受け継がれる形になるだろうな。
だから、あの作品はオークションにも出品されなかった。多くの者達から懇願されはしただろうがな。それでもホーカーはオークションへの出品を拒否したのだ。
ホーカーの身分は決して高いものではない。むしろ、低い方だ。あまり身分の高い者からの要望を断り続けて機嫌を損ねれば、不興を買って強硬手段を取られていた可能性もあった。
幸いな事にそういった事態にはならなかったが。
理由はどうやら私にあるらしい。
品評会で私がホーカーのブローチについて説明した内容を、マフチスを始めとしたあの場にいた身分の高い者が他の貴族達に情報を流したらしい。
ホーカーに危害を加える事は、私の不興を買う行為だと。
大抵の貴族達はデヴィッケンのような向こう見ずな性格ではなかったらしく、ホーカーの意を汲む事にしたようだ。
まぁ、それ故に彼には注文が殺到する事になったわけだが。
そういうわけで、依頼を片付けてからホーカーの元に向かったらいつ私の注文した作品が作られるのか分からなくなってしまう。というか、現時点で既にだいぶ先のような気さえしてしまう。
こんな事なら、品評会の時にホーカーに会いに行った際に、ついでとばかりに彼に装飾品を注文をしておくべきだった。
とは言え、それはそれで何だか抜け駆けをしているようで狡い気もするので、観光を優先してしまった私の責任だと諦めよう。後はこれ以上遅くならないようにするだけだ。
ホーカーの宿泊先に訪れてみれば、彼は帰り支度をしている最中だった。
ギリギリだったと言って良いだろう。危うく装飾品を注文する前にこの国を去られてしまうところだった。
「やぁ、ホーカー。コンテスト5位入賞、おめでとう。沢山の注文を受けたようだね?」
「ひ、『姫君』様!?ご、ご機嫌麗しゅうっ!」
かなり畏まった態度を取られてはいるが、彼の身分からしたらコレが普通の対応なのだろう。それに、こういった対応をされるのにもいい加減慣れているからな。今更である。
品評会の日に今回のような態度をされなかったのは、恐らく私が描いた絵を見て盛大に泣きはらした後で、気が動転していたからではないだろうか?
もしかしたら、前回の態度を悔いているのかもしれない。
「い、以前はぶ、無礼な態度を取ってしまい…」
「いいよ。私は気にしていないから。ところで、貴方に装飾品の製作依頼をしたいのだけど、大丈夫?」
「は、はいっ!も、問題ありません!で、ですが…」
緊張しながらもハッキリと了承してもらえたのは良かったのだが、何か、口ごもってしまう事もあるようだ。
私に言い辛い事だとは思うのだが、はて、どうしたというのだろうか?
「『姫君』様が仰られたとおり、製作の注文が殺到しておりまして…。完成はおそらく数ヶ月は先になりそうなのですが…」
「それぐらいはどうという事は無いよ。それなら、貴方の故郷の国に訪れるのは、その数ヶ月後にするとしようじゃないか」
「は、ははぁーっ。そ、それとなのですが…」
「まだ何かあるんだね?いいよ。言ってみて?」
「その、非常に申し上げづらいのですが、非常に多くの方が注文されたため、お一人様一品のみの受注とさせていただいております…」
なんてこった…。これではレイブランとヤタールのお土産にすることができなくなってしまうぞ?
しかし、ホーカーの言い分だと、後になってから一人一品の受注体制に変更したようだが、良く貴族達がそれを認めたな。
彼等は基本的に自分より身分の低い者の要望を受け入れようとしない。ホーカーの決定も、認めようとしないと思うのだが…。
「………よく、貴族達がその要望を受け入れてくれたね…」
「はぁ…。それが、私にもよくわからないのです…。私も、この要求は却下されるものだと思っていましたので…」
つまり、ホーカーも意外だと思ってしまったほどにすんなりと要望が通ってしまったという事だ。一体何故だ?
その答えは、イネスが教えてくれた。
「いやいやノア様?ホーカー氏に危害が及ぶような行為はノア様の不興を買う行為だと貴族様方には伝え広まっているのですよ?ホーカー氏の要望を無視、あるいは強引に従わせようとしようものなら、それこそノア様の不興を買うのではありませんか?」
あー…。そういう事か。ここでも私の影響力が働いたわけだな。
私の不興を買わないようにするためにホーカーの要望は通り、彼が危害を加えられるような事も無かった。
だが、それ故に私も一品しか注文できなくなってしまったわけだ。
果たして良かったのか良くなかったのか…。
…前向きに考えよう。
一人一品しか注文できないからこそ、私の注文した作品も数ヶ月程度で完成すると考えよう。ホーカーの要望が通らなかったら、数年先まで待たされる可能性すらあったことを考えれば、実に喜ばしい事じゃないか。
「納得したよ。それに、ホーカー。一品のみという条件も勿論了承するとも」
「ありがとうございます!それでは、製作するにあたって、ご要望は何かございますか?」
「それなら、対照的な色合いの2羽の鳥をモチーフにしてもらえるかな?」
レイブランとヤタールのお土産にすることが難しそうなので、2羽をモチーフにした装飾品を制作してもらう事にした。
そうだな。折角だから、もっと具体的な事を教えておくとしよう。
「オスカー、イネス。悪いのだけど、少し席を外してもらえるかな?5分程度で良いから」
「分かりました」
「ムムム…。何をするのか気になりますね…。ですが、ノア様の御要望とあれば拒否する理由はありません!出来れば後で何をしたのか教えてもらいたいですが…」
「5分経過したら、勝手に部屋に入ってきていいからね」
そう語りながらイネスもオスカーと共に素直に退室してくれた。イネスの事だから聞き耳を立てるだろうし、厳重に防音結界を施しておこう。
『収納』から、横笛を取り出す。オークションで落札した、見事な装飾を施された一品だ。
私は、音楽を通してホーカーにレイブランとヤタールのイメージを連想させる事にした。勿論、実際の姿を連想させるわけではないが。
「『姫君』様?」
「これから一曲、曲を演奏しよう。貴方は、その曲から得られたイメージを元に装飾品を制作して欲しい」
「きょ、曲をっ!?ひ、『姫君』様は演奏がっ!?」
「さ、演奏を始めるよ?目を閉じた方がイメージはしやすいと思う」
ホーカーは驚いたままではあるが、5分程度と言った手前、彼を落ち着かせている暇はない。落ち着ける静かな曲を演奏して、彼を落ち着かせながら2羽の姿を連想してもらうとしよう。
曲を奏で終えると、ホーカーが固まりながら静かに涙を流していた。
前向きに、泣くほど感動したと思いたいところだが、果たして2羽の姿は伝わったのだろうか?
「よろしかったのでしょうか…?」
「ホーカー?」
「私は、これほどの体験をしてしまって、よろしかったのでしょうか!?」
良く分からないのだが、とりあえず私の演奏は好意的に捉えてもらえたようだ。少なくとも、不快感は与えていない筈だ。
ホーカーは祈りを捧げるように両手を組み、天井を仰ぎながら感想を述べる。
「これほどの演奏!高位の貴族様ですらそう簡単に耳にする機会は無い筈です!それどころか、『姫君』様の演奏を、一時とは言え私が独占してしまうだなんて…!ああ!これだけでも、私は十分に対価をいただいてしまっている!いや!私の作品一品程度では払いきれないほどの対価と言って良い!!」
「ホーカー、2人が戻って来るし、落ち着いて?」
私の想像以上にホーカーにとって私の演奏は感動を与えてしまったらしい。非常に興奮してしまっている。
喜んでくれたようで悪い気はしないのだが、少し落ち着いて欲しい。
こんなところを2人に見られたりしたら、オスカーはともかく、イネスには何をしたのか細かく言及されるに決まっているからな。
というか、ホーカーに2羽の姿は連想してもらえたのだろうか?
「それで、イメージはできたかな?」
「はい!完璧です!私の瞼に確かに映りました!広大な森の上空を、優雅に舞い飛ぶ、2羽の巨大な鳥の姿が…!」
「それは良かった。演奏した甲斐があるよ」
イメージはバッチリできたようだ。なら、後は代金を支払うだけだな。
そうして話を進めようとしたところで、5分が経過したのだろう。2人が部屋に戻ってきた。
「ええっと…この状況は…」
「何やら、ホーカー氏が非常に感激なさっていますね…。ノア様、何をなさったのか、教えていただく事はできますか?」
涙を流して感激しているホーカーを見て、オスカーは唖然としているし、イネスは目を輝かせながら、自分達が退室している間に何が起きたのかを尋ねてくる。
別に教えても教えなくてもいいのだが、ここで教えないと、彼女は多分心当たりがあるであろうオスカーに聞くのだろうな。
オスカーに迷惑が掛からないようにするためにも、素直に教えておくとしよう。
イネスも知っている、私が落札した横笛を見せながら、彼女の問いに答える。
「注文の品をよりイメージしてもらうために、彼の前で一曲演奏したんだよ。折角入手した楽器だし、演奏してみたかったというのもあるけどね」
「うぉっほぉおおーーーっ!そ、そんな金貨100枚払っても見られないようなコンサートが、ホーカー氏の目の前で開催されていたんですかぁっ!?」
「そうなのです!しかも、ただの演奏では無いのです!演奏を耳にした途端、私の閉じた瞳に、明確にイメージが映ってきたのですっ!」
「く、詳しく!詳しくお願いしますっ!」
ああ、イネスが目をギラつかせながらメモ帳を取り出している。特大のネタだと判断したのだろう。
私の判断ミスだな。例え感動したとしても、ジョゼット以上の反応をすることが無いから、イネスやオスカーに伝わる事が無いと思っていたのだが、私の想像を超えてホーカーに感動を与えてしまったのだ。
それが、こうしてイネスの記者魂に火をつける事になってしまった。
間違いなく明日は私が楽器を演奏できることが世に知れ渡る事だろう。
私の立場を考えれば無いとは思いたいが、自分のために楽器を演奏して欲しい、という依頼が舞い込む可能性が出てきたわけだ。
まぁ、デヴィッケンのような人間がそう何人もいるわけではないと信じよう。
それに、そのデヴィッケンは今朝目を覚ますなり、凄まじい勢いでこの国から逃げるように自国へと帰ってしまったのだ。
そのことも伝わるだろうから、私に変に絡んでくる者は少なくなると信じよう。
さて、取材をしている所悪いが、そろそろ取引を再開させてもらおう。今日は午後から予定が入っているので、あまり悠長にはしていられないのだ。
「ホーカー、装飾品の前金を支払いたいのだけど、そろそろいいかな?」
「そ、そんな!いただけません!あれほどの演奏を奏でていただいたというのに、そのうえお金を頂戴するだなんて…っ!私には恐れ多すぎます!」
「そう言わないで。あくまでも演奏は私が勝手にやった事なんだ。私は貴方の仕事に対する、正当な報酬を払わせてほしいんだ」
流石に彼の作品に対して数分の演奏ではつり合いが合わなすぎる。ホーカーはそうは思っていないようだが、私が納得できない。
何だったら、私がホーカーの故郷に訪れた際に、彼の故郷で演奏したっていい。是非、恢復した恋人と共に聞いてもらいたいものだ。
もっと食い下がられると思ったが、思いのほかホーカーはあっさりと受け入れてくれた。これも私の不興を買いたくないという一般的な人間達の考えからだろうか?
なんにせよ、早くに決着がついて良かった。
さて、ホーカーに製作依頼も出した事だし、受注した依頼を片付けよう。
明日にはこの街を出るからな。手早く済ませてしまおう!
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