第290話 密着取材終了
受注した依頼は特に問題無く片付ける事ができた。それというのも、コンテスト開催前に受注していた依頼は、ほぼオスカーに任せていたのに対して、今回は私が片付けたからだ。
『広域探知』を使用すれば、その気になればアクアン周辺どころか他の都市までの範囲を知覚する事が可能である。
オスカーとイネスには悪いが、2人の事はオスカーは尻尾で掴み上げ、イネスは肩に担いで移動させてもらった。勿論、移動した際の2人が受ける風圧は、結界によって防いだとも。
「ひぇええ…。話には聞いてましたけど、シャレにならない速さですねぇ…」
「明日、モーダンに移動する際もこのぐらいの速度で移動するんですよね?」
「うん。モーダンからアクアンに移動した時もこんな感じだっただろう?流石に3回目にもなれば、速度に慣れるんじゃないかな?」
「が、頑張ってみます…」
流石にモーダンからアクアンまでの5分間程度の移動では、私の走る速さになれる事ができなかったようで、今回もオスカーは慄いている様子だった。
そしてイネスはというと、私の走る速度に驚きはしているものの、オスカーほど驚いている様子は無い。むしろ、あの速度を楽しんでいた様子すらうかがえる。
流石と言うか何と言うか、とにかく、大したものである。
「ノア様が移動している最中も、風が顔に当たって息ができなくなるような事も無かったですし、お偉い方々の移送依頼なんかも受けられちゃいそうですね!人によっては移動中の光景はとても怖いかもしれませんが、目を瞑っていれば気にはなりませんし」
「その場合、イネスのように担ぐか、オスカーのように尻尾で巻き付けるかになるだろうね。イネスが言うようなお偉い方々という人物達が、そういった体勢を許容できるかどうか、かな?構わないというのなら、3人までなら運ぼうじゃないか」
イネスの言うお偉い方々というのは、要するに貴族の事を指しているのだろう。
まぁ、貴族以外にもデヴィッケンのような大金持ちや、貴族制度の無い政治家なんかも当てはまるかもしれないが。
いずれにせよ、そういった身分の高い人物達が、担ぎ上げられたり尻尾で摘まみ上げられた状態で荷物のように運ばれる事を許容するとは考え辛い。
いるとしたら、よほど物好きな人間なのだろう。
「なるほど!両腕に一人ずつ、尻尾に一人ですね!確かに、それ以上は物理的に無理ですものね!」
「ん…一応、『
「それは…運搬というよりも、刑罰になるんじゃないですかねぇ…」
私もそう思う。本で読んだが、刑罰の中には、罪人を馬とロープで結びつけ、四六時中引きずり回す刑があるらしいからな。
そんな話をしながら、依頼を終わらせた私達は、比較的ゆっくりとアクアンまで戻る事にした。
アクアンに戻り、依頼の完了手続きを済ませた後は、アクレインでのお土産探しである。
最初に購入すべきだと思ったのは酒である。フレミーだけでなくホーディやゴドファンスも酒は好きだからな。
ティゼム王国の酒はフレミーの分は無かったし、今回は3体分…いや、ヨームズオームも酒は気に入っていたんだった。4体分購入しておこう。
ただし、海外の酒を購入するのは止めておいた。私は今、アクレインのお土産を求めているからな。ならば購入するのはアクレイン特有の品にするべきだと考えた。
海外の品は、やはり原産国で購入するに限ると思うのだ。
人間達は、大量の品を『格納』空間に仕舞って輸送してはいなかった。そして、品物に魔術的な保護をされた形跡も見られなかった。
それはつまり、海を渡っている間に、ある程度品質が劣化していると考えられるという事だ。どうせ手に入れるのなら、新鮮で品質のいい状態のものを手に入れたい。
そういうわけで、海外の品は原産国に訪れるまではお預けである。
まぁ、あくまで個別のお土産の話であり、私が気に入った品は遠慮なく購入させてもらうのだが。
さて、レイブランとヤタールへのお土産はこの国の光物、ラビックへは図書館で複製したこの国の武術書で良いとして、やはり悩むのはウルミラへのお土産だな。ああ、そうだ。ラフマンデーの分も考えないとか。
家の広場にこの国で売られている花を植えられればいいお土産になりそうなものだが、恐らく魔物化するか、育つ事ができずに魔力過多で枯れてしまうだろうからな…。
ああ、いや、待てよ?もしかしたら何とかなるかもしれないな…。とりあえず、既に咲いている花ではなく、その花の種子をいくつか購入させてもらおう。
上手くいけば、この国の人間達の植物を私の家の広場で育てる事ができるようになるかもしれない。
まぁ、できたとしても、人間には出来ない手段だから、ジョゼット達に教えるつもりは無いのだが。
ラフマンデーへのお土産はコレにしよう。多分、喜んでくれると思う。
そうなると、やはり迷ってしまうのはウルミラのお土産か。
ああ、そういえば、あの娘は海の食べ物が気になっていたようだったな。
正確には家の広場で育てられないか、という話だったが。
アレだ。タコだ。トゥルァーケンの身が大量にあるんだった。アレをウルミラのお土産に…はできないよなぁ…。
流石にアレは量が多すぎる。あの娘1体だけに食べさせていたら、食べている内に飽きてしまうだろう。タコは皆で食べるとしよう。
う~ん、まいった…。この街でウルミラが喜びそうなお土産が思いつかない。
きっと適当な食べ物でもあの娘は喜んでくれるのだろうけど、食べ物なら皆で食べたいからなぁ…。
………駄目だな。思いつかないものを淡々と考えていたところで、答えが見つかるとは思えない。
今すぐ家に帰るわけでは無いのだ。アクアンでウルミラのお土産を探すのは諦めて、モーダンかアマーレで探すとしよう。
本命はアマーレだな。あの街はは小型高速艇によるレジャーが人気の街だ。お土産として、小型高速艇の模型が売られていたとしても不思議ではない。
良し、皆の分のお土産は決まったな。では、昼食までの残りの観光時間は、オスカーの案内に任せるとしよう。
オスカーに案内されてこの街の市場や住宅街、騎士舎の近くを見て回ったところで昼食の時間となった。アクアン観光はここまで、という事だな。
今日はイネスと共に行動すると伝えているため、昼食は外で取るとジョゼットには伝えている。
彼女にも別れの挨拶はしておきたいと思ったからだ。
多分だが、彼女とはまた別の機会に会う事になるとは思う。明らかにただの新聞記者では無いからな。もしかしたら別の国でばったりと出会う事になるかもしれない。
別れの挨拶と共に、再会の約束もするとしよう。
「今日は私の我儘に付き合わせる形になったけど、良い記事は書けそうかな?」
「勿論です!ノア様がアクレインに訪れてからというもの、アクレイン新聞は毎日即売り切れです!もう感謝感激ですよ!おかげ様で、私の懐も結構温かくなりました!間違ってもノア様には足を向けて眠れませんね!」
「貴女の書く新聞記事は、私も好きだよ。だから、明日の新聞も楽しみにしているし、これからの新聞も期待しているよ」
「そんな、ノア様ってば、まるでお別れの挨拶みたいじゃないですか」
照れながら答えるイネスの表情は、苦笑いに近い表情だ。私の言葉が冗談に聞こえたのだろうか?
もしそうだとするのなら、ハッキリと別れの言葉を伝えなければな。
「実際、別れの挨拶をしているんだけどね」
「へ?」
「実を言うと、リアスエクから招待状が届いていてね、午後からは王城に行く事になっているんだ。密着取材はここまで、という事になる」
「ええぇ~~~っ!!?」
私が王城に向かう事は予想していなかったようで、非常に驚いている。今回ばかりは、流石に気配を希薄化させることができなかったためか、はたまた大声を上げてしまったからなのか、周囲の客達もこちらに視線を向けている。
突然の知らせを受け、イネスは不満を隠そうともせずに私に対して抗議の声を上げている。
「うぅ…。ひどいじゃないですかぁ…。今朝の内に教えてくれても良かったんじゃないですかぁ?」
「その場合、貴女はどうにかして王城に忍び込もうと考えなかった?」
「………黙秘して良いです?」
私がイネスに急にこのことを伝えたのは、彼女の能力ならば私以外の者に気取られずに城に潜入できてしまうと考えたからである。
流石のイネスでも、即座に城の人間に気取られずに城に侵入する段取りを整えるのは不可能だと判断して、このタイミングで教えたのである。
現に、私の質問にイネスは黙秘権とやらを行使している。私が今朝イネスを誘うついでに城に招待された事を伝えれば、彼女は私の密着取材を行うと同時に、城への侵入手段を模索していた事だろう。
今回私がリアスエクの招待に応じたのは、私からも話したい事があるからで、そしてその内容は極力秘密にしておきたい内容だからである。
可能ならば、イネスに聞かれてしまうのも避けたかった
あの廃坑で起きた事に私が関わっていると知られてしまえば、『
ファングダムの貴族達への事情聴取と言い、断崖塔での捜査と言い、デヴィッケンでの件と言い、更には演奏会でのイメージの伝達と言い、私は最近、少々自重しない行動が目立っているような気がするのだ。
確かに、それらの行動はやむを得ない理由があった。口止めも頼んだし、証拠は残さないように行動した。
だが、このままでは私が自分の素性を公表する前に私の正体が暴かれかねないと判断したのだ。
勿論、『幻実影』や転移魔術だけで私の正体がバレるとは思っていない。
だが、この調子で私が自重を無くして行動し続けていた場合、私は今まで以上に自重しない行動をとる可能性が高い。
人間の中には極めて発想力が強い者がいる。ジョゼットやオスカーもその中に入ると言えるだろう。
彼女達のような人間が、私の正体に辿り着いてしまう可能性を減らしたいのだ。
そのため、新聞という極めて優れた情報伝達手段を持つ新聞記者のイネスには、リアスエクとの会話を聞かれる訳にはいかないと判断したのだ。
「可能ならばあまり人には聞かれたくない会話をする事になるからね。悪いけれど、午後からは取材不許可というヤツだ」
「クゥ~~~っ!ノア様じゃなければ意地でも侵入経路を確保して取材していたのにぃ…っ」!
既にイネスは自身の気配を希薄化させているためか、通常の声量で口にしていても彼女に目を向ける者はいない。
まったく、とんでもない大胆さだ。一般の騎士に聞かれていたら、間違いなく逮捕されていたぞ?
「イネス、ここにはオスカーもいる事、忘れてない?」
「おぅあっ!?あ、あははははぁー…。い、いやですねぇ、冗談ですよ、冗談!ほ、ホントに城に侵入しようなんて企てるわけないじゃないですかぁ」
冷や汗を垂らしながら言っても説得力が無いのだが…。
私が見逃すつもりでいるようだから、オスカーも特に言及はしないようである。だが、彼女を見るオスカーの目には、呆れの感情が含まれていた。
「わ、分かりました!分かりましたよぅ!午後からのノア様の取材はキッパリ諦めます!その代わりと言っては何ですが、オスカー様?」
「え?僕ですか?」
「はい!城にはノア様お一人で向かわれるようですので、午後からはオスカー様の密着取材をさせていただいてもよろしいですか!?」
「ええぇ~…」
本当に、逞しい人だな、イネスは。私の取材が不可能と判断した途端、オスカーの密着取材に切り替えるとは。新聞記者というのは皆、彼女のような気概を持っているのだろうか?
「良いですけど、僕が午後から向かうのはこの国の騎士舎ですよ?あまりイネスさんに構う事はできないと思うのですが…」
「大丈夫です!オスカー様は私の事など気にせず、普段通りに行動してくれればそれでいいのです!取材と言っても、インタビューをするわけではありませんからね!素のオスカー様を知りたいのです!同僚の騎士の方々とどのような会話をなさるのか、私、大変に興味があります!」
「は、はぁ…」
これは…密着取材と言ってはいるが、騎士達に気取られないように気配を希薄化させて取材をするつもりだな?
ジョゼットのいう事が事実ならば、オスカーの傍に女性がいるような事実など、騎士舎に勤める従者候補達が黙っているわけがないだろうからな。
面倒事を避けるためにも、気配を希薄化させるはずだ。良い性格をしている。
まぁ、つまるところ、午後のオスカーは予定通り一人で行動するようなものになるだろう。従者候補達に言い寄られたとしても、イネスは助け舟を出さなそうだしな。
むしろ、取材のネタとして喜んでその様子を観察する気さえする。
薄情かもしれないが、私も助け船を出せそうにない。オスカーが上手く切り抜けられる事を願うとしよう。
さて、昼食も終えて午後0時30分。現在は王城前。既に2人とは別れている。ようやくアークネイトの真実を伝える時が来た。
リアスエクに会いに行こう。
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