第291話 真実を伝える

 ジョゼットに渡された招待状を門番に見せれば、すぐにリアスエクの元へと案内してもらう事ができた。


 リアスエクと会う場所はどうやら謁見の間では無いらしい。かと言って彼の私室というわけでもない。部屋の様子から察するに、応接室、と言ったところか。


 「すぐに陛下がいらっしゃいますので、今しばらくお待ちください」


 案内をしてくれた使用人が紅茶を用意しながら時期にリアスエクが訪れる事を伝えてくれる。

 王城で使用されているだけあっていい味だ。良い茶葉を使用しているのも当然あるが、淹れ方も良いのだろうな。流石である。


 しかし、リアスエクが私に会おうとする理由は何なのだろうな?

 アークネイトの事を伝えるために今回は招待に応じていたが、特に用事も無かった場合、私は招待には応じていなかったと思う。


 紅茶の味を楽しんでから5分も経たないうちに応接室の扉が開かれ、初老の男性が入室してきた。年齢は60代前半と言ったところだな。

 この国の長を務める、リアスエク=アクレイン。つまり、この国の国王だ。


 立ち上がって挨拶でも交わそうと思ったのだが、その前に軽く頭を下げられて今回の招待に応じた事への礼を告げられてしまった。招待状の時も思ったが、妙に気を遣われているような気がする。


 「御機嫌は如何かな?まずは、急な招待に応じてもらった事、感謝しよう。知っていると思うが、この国の王、リアスエク=アクレインだ。こうして会えたこと、光栄に思うよ」

 「初めまして。"上級"冒険者のノアだよ。オークションの時は悪かったね。あの場で貴方と会話をすると、他の者達も押し寄せてきていただろうから」


 礼を伝えながら私の向かい側に腰かけ、自己紹介を始めたので、私も椅子に座ったまま自己紹介をする。ついでに、オークションで私に会いたがっていたのに気配を消して早々に立ち去った事を軽く謝っておこう。


 「いやなに、貴女に煩わしい思いをさせたくは無いからな。残念ではあったが、理解はしているよ」

 「そう。ならよかった」


 周りの貴族達に押し寄せられるのもそうだが、オークション会場にはデヴィッケンもいたからな。間違いなく騒ぎになっていた筈だ。

 金で買った身分とは言えデヴィッケンも貴族の一員だ。下手をすれば国交問題になっていたとしてもおかしくなかっただろう。


 その危険性はリアスエクも理解していたようだ。今度は座ったままの姿勢で深々と頭を下げてきた。


 「それと、新聞を読ませてもらった。ああいった輩に対して、此方で取り締まれなかった事を深く詫びよう。そして、奴の態度に対して寛大な処置で済ませてくれた事にも、礼を言わせてもらおう」

 「いいよ。あの様子じゃ、例え宝騎士に対応させたとしても態度を変えなかっただろうからね」


 リアスエクの言うああいった輩というのは、勿論デヴィッケンの事だ。やはり今朝の新聞を読んで、私の不興をあの男が買っていたことを深刻な事態として捉えていたようだ。


 頭を下げているのは、デヴィッケンを私に接触させて騒ぎになってしまった事に対する謝罪の意志だろう。

 私とあの男が対峙すれば、ほぼ確実に騒ぎになる事は承知していたらしい。それでもあの男を制止する事ができずに私と対峙させてしまった事に、自分達の不備を感じているのだろう。


 そして不興を買っていながらも物理的な被害を一切出さずに騒ぎを鎮めた事に対して、感謝を示している。頭を下げたのは、謝罪のためだけでは無いのだ。


 尤も、今回の場合、無理も無いというのが私の見解だ。デヴィッケンという男は、どうにも尊大が過ぎる。

 あの男は自分以上に偉い存在はいない、とでも思っているのではないだろうか?

 莫大な資産と自分の魔法さえあればすべてが自分の思い通りに出来るとでも思っているような人間なのだ。宝騎士を用いてあの男を制止しようとしても、振り切られていたんじゃないだろうか?


 実際のところ、莫大な資産と魔法。その2つの要素があれば大抵の人間に対して優位に立てるのだろう。デヴィッケンの財力ならば、小国の主になら自分の無茶な要望を通す事すら可能だったのかもしれない。


 だが、全てとはいかない。世の中には金で靡かない者もいるし、魔法の力をもってしても自らの意志を曲げない者もいるだろうからな。


 「貴方の言葉を受け入れるよ。さて、それじゃあそろそろ私を城に招待した理由を教えてもらって良いかな?」

 「うむ。貴女がこの国に訪れて最初に向かったのは、イダルタの断崖塔だと報告が上がっている。その目的も、ファングダムで行方をくらませた、アークネイトの捜査のためだとも」


 なるほど。つまり、リアスエクとしてもアークネイトの行方が気になっていたというわけか。

 だとすると、私を城に招待したのはアークネイトの捜索、身柄の確保を依頼するため、といったところか。


 「捜査結果は聞いてる?」

 「うむ。奇妙な女によって、脱獄したとな。映像の内容も、口頭ではあるが確認させてもらった。脱獄の真相を伝えてくれた事もまた、感謝させてもらおう」

 「どういたしまして。とは言え、脱獄の方法が分かったとしても、行方までは分からないだろうけどね。壁もすり抜ける事ができていたし、対策はとれていないんじゃないかな?」

 「貴女の言う通りだ。頭の痛い事に、あのような手段を取られては、我々は対策の取りようがない」


 伝えてはいないが、相手は"古代遺物アーティファクト"を使用しているからな。現存する魔術具よりも遥かに強力な性能を持つ道具だ。対抗手段が無いというのも仕方がない事だ。


 まぁ、あの連中は一人残らず私が始末したので、しばらくは問題無いと考えて大丈夫だろうが。


 「私を城に呼んだのは、アークネイトの捜索のため?」

 「ああ、可能であれば、アレの身柄を確保してもらいたい。過去の映像を知る事の出来る貴女ならば、アークネイトの捜索も可能な筈だ。頼めるか?」


 つまり、リアスエクはアークネイトが未だ生きていると思っているのだ。

 身柄を確保して欲しいと言う以上、血縁者としての情が多少なりともあると考えて良いだろう。


 そんなリアスエクに、私は今からアークネイトが死亡した事を伝えなければならないわけだ。


 私を城に招待した理由がアークネイトの捜索のためだというのなら、手間が省けるというものだ。これから、アークネイトがどうなったのか、その一部始終を見せればいいのだから。


 私は、リアスエクからどのように思われてしまうだろうか?

 私が狂ったように笑うアークネイトを見た時には、既にその命を終えていたわけだが、映像で見れば、私が殺したように見えてもおかしくないだろう。


 「悪いけれど、その依頼を受ける事はできない」

 「…ファングダムに対する、義理立てのためか?」


 事情を説明する前に、依頼を受けられないを予想して、私に確認を取ってきた。


 アクレイン王国からすれば、ファングダムは頭が上がらない相手だ。婚姻を結び付ける事ができた相手の第一王子の顔に泥を塗っただけでなく、当時国に蔓延っていた数々の不正を暴き、多くの犯罪者を捕らえる事ができたのだから。

 匿名とは言え、誰がそれを成したのか、リアスエクには理解できていたらしい。


 ファングダムの王族と私が良好な関係を築いている事はリアスエクも知っているのだろう。

 彼がファングダムへの義理立てというのは、私がファングダムからアークネイトの扱いをどうするか頼まれているから、とでも思っているのだろうか?


 「そうじゃないさ。死んだ人間。それも、亡骸すらない人間を確保する事は不可能だからだよ」

 「なっ!?で、では、あ奴は既に…っ!」

 「ああ、死亡している。証拠の映像を見せよう」


 そう伝えて、私はアークネイトの最期の映像をリアスエクに見せる。"蛇"とのやり取りも含めてだ。


 「こ、これはっ!この映像はっ!?」

 「ファングダムの首都、レオスの近くにある廃坑の最深部だよ。そこにファングダムを滅ぼせる要因があってね。それを達成した際の映像だよ」

 「こ、この映像の視点は…!まさか!?」


 映像を見ている内に、リアスエクは一つの事に気付いたようだ。それは、この映像が誰の視点で移されているかだ。

 "蛇"との会話も、尻尾の動きも映っているから、映像を注意深く見ていれば大抵の者は分かるとは思うが。


 「そう。私もその場所に居合わせていたんだ。理由はまぁ、それこそ、ファングダムへの義理立てのために黙らせてもらおうか」

 「………」


 ヨームズオーム、所謂ファングダムの御伽噺の魔物が復活しそうになっているからそれを止めるため、と伝える事は出来ないことは無い。だが、教える必要も無いので止めておいた。

 それに、詳しく説明をするとなれば、どうしても『幻実影』や転移魔術の事まで説明する必要が出てきてしまう。

 私がリアスエクにそこまで教える義理は、残念ながら無い。


 映像は、私がアークネイトを消滅させたところで終了させる事にした。それ以上は、流石に見せるわけにはいかない。

 言葉として聞き取れないとは思うが、五大神と会話をしていたりヨームズオームを遥か上空に転移させるなど、見せなくても良い映像だからだ。


 映像を終了させてからしばらくの沈黙の後、リアスエクがようやく口を開いた。


 「………いくら探しても見つからないわけだな…。よもや、あのような事になっていたとは…」

 「自己弁護をするつもりではないけれど、彼は私が消滅させる以前から、肉体としては死んでいたよ。死霊魔術で無理矢理魂を繋ぎ止めて、強引に動かしていたんだ」

 「…毒に侵されていない部位でさえ朽ちかけていたのは、それが理由か…」


 動揺していながら見ていたにしては、良く気付けたものだな。それだけ、リアスエクにとって、アークネイトには思い入れがあったという事か。


 さて、私はリアスエクからどのように思われるかな?


 「形だけとは言え、私がアークネイトを殺したと言えなくもない。恨み言があるのなら、大人しく聞くよ?」

 「いや、それには及ばない…。例の妙な女に誑かされていたとは言え、あ奴はついぞ、自らの過ちを反省する事は無かった…。私は、それが悲しい…」


 彼の瞳には、僅かな涙が浮かんでいた。

 天井を仰ぎ、静かに語る。リアスエクとしては、アークネイトに自信の罪を反省してもらい、余生を大人しく過ごして欲しかったのかもしれない。


 涙をこらえ、こちらに顔を向け、リアスエクは"蛇"の所在について訊ねて来た。


 「アークネイトを誑かしたあの妙な女…。貴女ならばその所在すら分かるのではないか?」

 「分かるよ。そしてもう終わらせている。彼女はある組織の一員だったのだけどね。彼女含めて彼女の拠点に組織の構成員が全員集まったところで一人残らず始末させてもらったよ」

 「そうか…。やはり、貴女は恐ろしい人だな…」


 リアスエクの問いになんの事でもないように"蛇"の末路を伝えれば、彼はうな垂れ、右手で両目をあてがった。右手を両目にあてがったのは、僅かに滲んだ涙をぬぐうためだろう。


 彼の言葉に嘘は無いし、私に対して怯えの感情も表している。改めて、デヴィッケンの態度は、私の不興を買い、この街に大きな被害を生みかねない態度だったと認識したようだ。


 さて、アークネイトの顛末を知らせるという目的は果たした。


 そろそろ、もう一つの目的、アークネイトの捜索のためにファングダムに向かわせている者達に、帰還命令を出してもらおう。

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