第292話 新たな楽しみ

 リアスエクに帰国指示を出してもらうのはいいのだが、どうやって話を切り出すべきだろう?


 やはり、私の方からも要件がある事を伝えるのが手っ取り早いか。


 「実を言うとね、今回私が招待に応じたのは、私の方からも貴方に要望があったからなんだ。仮にその用事が無ければ、招待に応じるつもりが無かった」

 「貴女が私にか?思い当たる節が無いのだが…」


 先程のやり取りを振り返れば、リアスエクは私がアークネイトがどうなったかは興味の外にあったと考えていただろうからな。

 自分に用があるなどとは思わなかっただろう。


 「なに、それほど難しい事じゃないさ。今の話と無関係でもないしね」

 「無関係ではない?つまり、あ奴の行方が関係しているのか?」

 「そうだね。元々私は、貴方にアークネイトがどうなったのか、その顛末を伝えるつもりだったんだ。ある目的のためにね」

 「ある目的…。ああ、そうか。貴女は、ファングダムに向かわせたあ奴の行方を捜索している者達を、アクレインに返したいのだな?」


 リアスエクは、なかなかに頭の回転が早いようだ。これまでの会話の流れから、私の目的を予測し、的中させた。話が早くて助かる。


 「知っているだろうけど、ファングダムは秘匿技術を手に入れたからね。下手に国中を探し回って、秘匿技術を目にしようものなら、穏やかじゃない手段を取らざるを得なくなっていたと思うよ」

 「確かに、場合によっては国交問題になりかねない話だな。勿論、調査に向かわせた配下は即座に本国に帰還させよう。ただな…」


 そこまで言って、リアスエクは言いよどむ。彼からは不安の感情が見て取れる。

 次に自分の口から出す言葉が、私の不興を買わないか心配なのだ。


 「配下を国に帰国させる事は可能だが、冒険者達はそうはいかない。彼等が活動する場所を制限する事はできないからな」


 なるほど。確かに、冒険者という組織は完全にとは言わないが国から独立した部分がある。例え国王の命令と言えど、冒険者達の活動場所を強制するのは不可能とは言わないが難しいのは間違いない。

 まぁ、そうは言っても国王ほどの地位の者が命令を出せば、大抵の者はそれに従う事になるだろうが。


 「問題無いよ。流石に大勢の冒険者達の行動を国王が強制しようとしたら、印象が悪いだろうからね」

 「気遣い、感謝する」


 リアスエクとしても、少しぐらいは魔石製造機の情報が欲しいのだろう。

 彼とて懇意にしている冒険者の1人や2人はいる筈だからな。十分な情報を仕入れてから帰国してもらいたい、と考えていても、何ら不思議ではない。

 というか、国王という立場である以上、それぐらい強かであるのが普通だと私は思っている。


 まぁ、冒険者達に関しては、リオリオンやレオナルドの方でも事情を分かっている筈だ。簡単に情報収取ができないように、何らかの対策を取っていると思いたい。

 ここで対策を取らないような2人ではないし、全面的に協力する事を誓ったあの貴族達が黙っていないだろうからな。


 冒険者という職業は、活動範囲に制限が無い。自分の行ける場所ならば、どこで活動しても構わないのだ。

 所属というのは、あくまで現在活動している場所、という意味でしかない。冒険者とは、非常に自由な職業と言えるだろう。


 そんな自由を認められている冒険者達の活動を、権力に物を言わせて強制しようものなら多くの者達から反感を買うのは、目に見えているのだ。

 この星に住まう人間達の最も人口の多い職業は、他ならぬ冒険者なのだから。


 まぁ、自由である事が、必ずしも良い事であるとは限らないが。


 私のように称号を持っていたり、五大神のいずれかから寵愛を受け取り世界的に有名になっている人物ならまだしも、基本的に冒険者の信用はランクによって決まってしまう。


 ランクの低い内から各地を転々と移動したところで、碌な信用を得る事ができないだろう。

 尤も、低ランクの冒険者が各地を転々とすることができるとは思えないが。



 さて、目的も達成したのでもう王城から立ち去っても構わないのだが、折角招待を受けたのだから、可能な限り歓待を受けてからジョゼットの屋敷に戻ろうと思う。


 品評会の時にもそれなり以上のもてなしをされているので、今回もそれなり以上の歓待を受けられる筈だ。意地汚いと思われるかもしれないが、もらえるものは遠慮せずにもらうとしよう。


 それに、リアスエクには聞きたい事もあるしな。


 「ところで、今回はアークネイトの件があったからこうして招待に応じたけど、もし私が招待を拒否していたらどうするつもりだったんだい?」

 「その時は、指名依頼でも出していたさ。なにせ、貴女に聞かなければいつまでも答えが分からなかった問題だっただろうからな」

 

 その場合は、招待した時ほどの歓待を受ける事は無かったかもしれないな。それどころか、城へ向かう事も無かったかもしれない。

 冒険者ギルドの個室に案内されて、使者に説明をされるだけのような気がする。


 「それで?私を招待したのは、アークネイトの捜索を依頼するためだけなのかな?他に何か用はある?」

 「おお、よくぞ聞いてくれた!実は、貴女にもう一つ頼みたい事があるんだ!」

 「聞かせてもらおうか?」


 リアスエクに質問をすれば、彼は先程の沈痛な面持ちから一変して、目を輝かせて私に要望を伝えようとしている。


 これは、この表情は、国政の話ではないな。十中八九リアスエクの趣味の話になるだろう。

 今の彼の表情が、冒険譚に憧れる少年のそれなのだ。


 話を催促すると、リアスエクはやや興奮気味に語り出した。


 「貴女もマギモデルとマギバトルは知っているだろう!?かくいう私も、アレには目が無くてね!半年後にティゼム王国で開催される、マギバトルトーナメントに出場するつもりなのだよ!」

 「マギバトルトーナメント…」


 聞くだけで胸の奥が厚くなるような響きだ。

 十中八九、あのピリカの魔術具店で見かけた超高性能玩具、マギモデルを使用した闘技大会と考えて間違いない。


 何だそれは!?私だってできる物なら参加してみたいぞ!


 いや、資金自体は問題無いな?それに大会が開催されるのが半年後というのなら、私にだって参加できる可能性がある筈だ!


 だったら近い内にピリカのところに顔を出して、マギモデルを1つ購入させてもらおうじゃないか!


 一目見た時から、あの玩具は欲しいと思っていたのだ!

 あの時はとてもじゃないが手の出せる値段じゃなかったが、今は違う!金貨数百枚程度なら、余裕で支払う事ができる!


 そうだ!なんだったら家の皆の分も購入してしまおうか!?マギモデルなら、ある程度対等な条件で皆で遊ぶことができるんじゃないか!?


 いいな!凄くいいぞ!決めた!すぐにとは言わないが、マギモデルを買うぞ!そして皆で遊ぶのだ!


 っと、いかんいかん。つい妄想が膨らんでリアスエクを蔑ろにしてしまった。

 どうやら彼には、マギバトルのライバルがいるらしく、その人物もマギバトルトーナメントに参加するそうなのだ。


 しかし、ライバルとの戦績は、現状あまり芳しくないのが現実。

 そこでリアスエクは、一日だけで良いので私にマギバトルの指導、並びに特訓をして欲しいそうなのだ。


 「私用のマギモデルはあるのかな?」

 「勿論だとも!しかもあの始祖ピリカの製作した一品だ!性能は一級品だ!その言い方をするという事は、私の特訓に付き合ってくれるのだね!?」


 始祖って…。いやまぁ、確かにマギモデルは最初にピリカが作ったそうだが、物凄い呼ばれ方をしているな。


 「引き受けよう。私もマギモデルは好きだからね。軽く触った程度ではあるけれど、動かした事もある」

 「おおおおお!それは心強い!では、早速移動しよう!マギバトルには専用の設備が必要でね、これがなかなかに場所を取るのだよ!」

 「マギバトルのルールまでは把握していないから、出来れば先にルールの説明をしてもらって良いかな?」

 「勿論だとも!それほど難しいルールでは無いからね!移動がてら説明させてもらおうじゃないか!」


 本当に、60を過ぎた男性とは思えないほどのはしゃぎぶりである。よほどマギモデルやマギバトルが好きなのだろう。


 まぁ、それはそれとして、私用のマギモデルは用意してくれるらしいので、存分に扱わせてもらおう。

 マギモデルならば、ティゼミアでウルミラのお土産を探している時に操作した事がある。その際にピリカからも扱いが上手いと言ってもらえた。

 それがリアスエクにとって参考になるかは分からないが、やれるだけの事はやるとしよう。正直、マギバトルがこんなに早く体験できるとは思っていなかったので、楽しみである。




 現在時刻は午後6時50分。ジョゼットの屋敷で夕食を取っている最中である。


 いつもよりも夕食が遅れてしまった事に、ジョゼットは不満の表情を隠そうともしていない。先に食べてくれていても良かったのだが、今日が私との最後の夕食のためか、どうしても一緒に食べたかったそうだ。


 「まったく、陛下のマギモデル好きにも困ったものだな。時間を忘れて『姫君』様と遊び呆けてしまうとは」

 「アレは仕方が無いよ。とても楽しかったからね。ジョゼットはマギバトル…興味なさそうだね」


 マギバトルの特訓は非常に盛り上がったと言えるだろう。時間を忘れて数時間も休憩抜きで続けてしまうほどなのだ。


 どうやら職務を放棄してまで特訓を続けていたためか、額に青筋を立てた側近と思われる人物から、反省を強く促されていた。


 しかし、アレは良い物だ。リアスエクが時間を忘れてしまうのも頷ける。

 私としても大いに盛り上がったのだが、ジョゼットはそうでもないらしく、私がマギモデルについて訊ねようとしても、興味なさげにしていた。


 「確かに、マギモデル自体は悪くは無いのだけどね。それこそ、あのピリカ氏が手掛けたマギモデルは非常に精巧な作りをしているから、美術品としても一級品と言えるだろう。だがっ!」


 ジョゼットにしては珍しい。普段であれば、あのような行為は行わないのだが…。

 彼女は、テーブルに並べられた食器が軽く跳ね上がってしまうほどの強さで思いっきりテーブルを叩きつけたのだ。


 わざわざテーブルを思いっきり拳で叩きつけてまで訴えたい事があるらしい。


 「だがねだよ!?何故素晴らしい芸術品を自分達で壊そうとするのか!?私にはそれが分からない!正気を疑うね!」


 なるほど。芸術品や美術品と言ったものをこよなく愛するジョゼットとしては、それらを自ら進んで破壊してしまうような行為は到底受け入れられない、という事か。


 「しかしねぇ…少なくとも、ピリカの作ったマギモデルはちょっとやそっとの事では壊れないのだから…」

 「それでも!折角の作品に粗暴な行為を行う事が我慢ならないのだよ!!」


 例え壊れなくとも、そういった素振をするだけでも受け入れられないのか。

 それではジョゼットがマギバトルを受け入れられないのも無理はないか。


 「マギモデル自体は気に入っているんだね?」

 「まぁ、ね。ただ、私が手中に収めたいような作品は、今のところピリカ氏の作品ぐらいだからね。なかなか手に入る機会が無いのだよ」


 残念な事に、ジョゼットは現在マギモデルを所有していないらしい。

 それなら、一ついい情報を教えてあげようじゃないか。


 「まぁ、マギバトルだけがマギモデルの楽しみ方というわけでは無いからね。例えば、戦いではなく踊りを披露する事も出来る」

 「む…。出来ない事は無いだろうけど、難しくないかい?」

 「私が所持していれば、この場で見せてあげられたのだけどね…」


 今回の特訓の報酬として、私が使用したマギモデルを要求するような事は、流石にしなかった。

 リアスエクが使用していた物も、私が使用していた物も、どちらも彼にとっては大事な品なのだ。


 それに、マギモデルの標準価格は金貨約200枚だ。今回の特訓だけでもらって良い報酬ではない。


 特訓の報酬には、マギモデルを空中に固定して設置しておける魔術具をもらう事にした。

 使用していない時は、好きなポーズを取らせて飾っておくのだ。今からピリカの店でマギモデルを購入するのが楽しみである。

 ………売り切れてなければいいのだが…。


 まぁ、それはいい。今はジョゼットへの説明である。この場で実施できない以上は口頭での説明になる。


 「私もピリカとは知り合いでね。彼女と出会ったその日にマギモデルを教えてもらったんだ。その時に彼女にも説明したのだけど、マギモデルで演劇を行ってみたらどうだろうかと提案してね?」

 「ほう!?演劇!?マギモデルでかい!?」

 「そう。マギモデルなら、自分好みの造形が作れるからね。物語に理想的な登場人物を作り、それらに物語を演じてもらうのさ。彼女、とても乗り気になっていたよ」

 「素晴らしいっ!!」


 ジョゼットの事だから、演劇を好んでいるだろうと思っていたが、思った以上の好反応だな。やはり、理想的な造形の登場人物に演劇を行ってもらうというのが琴線に触れたのだろう。


 「実に素晴らしい企画じゃないかっ!だがその企画を通すには莫大な予算がいる筈だね!?援助しよう!ピリカ氏ならば既に自国の有力貴族から協力を得ているだろうが、予算は多いに越したことはないだろうからね!こうしてはいられない!早速手紙を書いてピリカ氏に送らなければ!ああ!それにしても『姫君』様!貴女は天才か!?そんな発想ができるだなんて!」


 これは長い話になりそうだ。だが、残念ながら、今日も今日とて冒険者達の稽古がある。それも今日は最終日だ。

 ジョゼットには悪いが、多少強引にでも話を切り上げさせてもらおう。



 夕食を終え、冒険者ギルドの訓練場に顔を出せば、いつも以上に多くの冒険者達が感謝の気持ちを込めて私に視線を送っている。


 いつものように彼等の前に立てば、一人が代表して大声で感謝の言葉を述べた後、一斉に他の冒険者達が続けて礼を述べて来る。


 「『姫君』様!今日までのご指導!誠にありがとうございましたぁ!!」

 「「「「「ありがとうございましたぁっ!!!」」」」」

 「そういう挨拶って、稽古が終わってから言うものじゃない?」


 彼等としても本当ならば稽古が終わってから礼を述べたかったそうなのだが、毎回稽古が終わる時は疲労困憊で最大声量で感謝の言葉を伝えられないから、先に礼を述べたのだとか。


 声に出さなくても、感謝の気持ちは十分に伝わっているから、別に大声で伝えなくても構わないのだけどな。コレが彼らなりのやり方なのだろう。


 「なら、今日もいつも通り疲労困憊になるまで稽古を行うとしようか」

 「「「「「おおおおおーーーっ!!!」」」」」


 気合十分である。

 実際、彼等は初日と比べて随分と成長した。流石に既に"星付きスター"になっている者達がワンランク上の実力を得るほどとは言わないが、真面目な"上級ベテラン"冒険者達なら、"星付き"に届きうるほどの実力を手に入れているのである。

 後は、経験と実績だけだな。油断する事なく冒険者稼業を続けて行けば、"星付き"になれるだろう。頑張ると良い。


 冒険者達の懸命な姿は、オスカーにもいい刺激になったようだ。自分と互角以上に戦える"二つ星ツインスター"冒険者達と切磋琢磨し続けた事で、互いにメキメキと実力を上げていた。


 夕食時に軽く確認を取ってみたのだが、オスカーは騎士舎に顔を出した際に、騎士舎に勤める騎士達と一通り模擬戦を行ったらしい。


 その結果は、一等騎士達の中では全勝。大騎士にも迫ると言った結果となった。流石に宝騎士が相手では手も足も出なかったようだが。


 結果を報告するオスカーの表情はとても晴れやかであり、[短時間でこれだけの実力を身に付けられたのは、紛れもなくノア様のおかげです!]と満面の笑顔で感謝してくれた。正直、オスカーに稽古をつけて良かったと思えた瞬間だ。


 シャーリィがオスカーの事を知ったら、是が非でも戦いたがるだろうな。

 マギモデルを買いにピリカを訊ねる時に、ついでに彼女のところにも顔を出すとしよう。アイラとも話をしたいしな。



 そうして最後の稽古も無事終わり、今日も一日が終わる。


 明日はいよいよアクアンを立つ。モーダンへ向かいコーヒーやら海外のお茶やらを購入したら、次は小型高速艇に乗りにアマーレに出発だ!


 そしてアマーレの観光でもって、今回の旅行を終わりとしよう。

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