第189話 私個人の敵
十分な睡眠をとり、朝食も済ませた私達は、現在ファングダムの王都であるレオスへと向っている最中だ。
「アークネイト様が・・・?」
「ああ、実際にファングダムに来ているみたいなんだ。」
「ノア様、ひょっとして、例の幻をレオスに?」
「うん。あの記事を見た後だと、どうしても気になってね。真偽を確かめたくて調査を行ってた。」
オリヴィエは少しだけ暗い表情をしている。
その表情から読み取れる感情は、不安や疑念がおもではあるが、何処か不満げでもある。その不満の感情は私に向けられているような気がする。
もしかして、レオスに幻を出した事を伝えていなかった事が原因か?
「伝えておくべきだったね。ごめん。」
「い、いえ!私が知ったところで、不安が募るだけでしたし・・・。ただ、ノア様を案内する役目をいただいていたので・・・。」
ああ、レオスに幻を出した事でレオスの街並みを私が既に知っている事、それを案内出来なかった事が残念なのか。
「リビア。確かにレオスに幻を出現させて王都で情報収集をしたけれど、何処に何があるかとかは殆ど分かってないんだ。」
「え?」
「何せ透明の状態で行動をとっていたからね。話しかけようにもかけられないから、言い方は悪いけれど、盗み聞きのような事しかやっていないし、街並みも碌に知らないんだ。」
流石に姿を現して聞き込みをしようとは思わなかった。
幻の姿は一昨日同様、顔の無い性別不詳の体系だからな。仮に透明では無かった場合不審極まりない外見なのだ。そんな外見で聞き込みが出来るとは思えなかった。
最悪衛兵に追われかねない。そうなったら正体を明かせばいいのだろうが、それはそれで余計な混乱を招いてしまう。
そう言うわけだから、私は聴力を頼りにアークネイトの姿を見たと言う人物を見つけて、他人にその話をしているところを聞くことぐらいしか出来なかったのである。
「そうなのですか?では、レオスの案内は・・・。」
「勿論必要さ。レオスの自慢できるところを、沢山教えて欲しい。」
「はい!お任せください!」
良かった。オリヴィエの機嫌は取り戻せたようだ。
調査の方法が方法だからな。レオスに幻を出現させはしたが、私はその場所から碌に移動をしていないのだ。
目撃情報の詳細を聞く事自体は、そこまで大変では無かった。姿を見られる事が無いので、調査は遠慮せずに魔法を使わせてもらったからだ。
使用した魔法は『収音』。レオス中のあらゆる音をかき集めて、アークネイトについて話をひたすらに聞き分けた。
その結果、ここ5日間の間にアークネイトの姿を見たという人物が多数いる事が分かったのだ。ローブを着込んであからさまに怪しい雰囲気をした人物と一緒にいるところを多くの者が目撃したと言うのだ。
聞いているだけでも怪しさしか感じられない。私がレオスに急いでいるのは、アークネイトとローブの人物がレオス近辺の廃坑のある方角へ進んでいったと言う目撃情報を耳にしたからだ。
彼等が地下の魔物を知っていようが知っていまいが、碌でもない事を企んでいる事だけは確かな筈だ。
もしも彼等の行動が原因で地下の魔物が目覚めてしまったら、かなり強引な手段を取らざるを得なくなる。可能であればそれは避けたい。
移動しながらオリヴィエに昨日聞き取ったアークネイトの目撃情報について説明すると、彼女もローブの人物が気になるという意思を示した。
「そのローブの人物、何者なのでしょうか・・・?」
「間違いなくアークネイト以上に警戒すべき相手だろうね。アークネイトが厳しく監視された状態で幽閉されていたとなれば、自力で脱出する事は困難を極めるだろうから、そのローブの人物がアークネイトの脱走を手引きした可能性が非常に高い。」
アークネイトも勿論だが、ローブの人物の目的は何なのだろう。十中八九ファングダムに対して良い感情を持っているとは思えない。
こういう時、憶測だけで考えるべきでは無い。今の私達には情報が少なすぎる。今はとにかく、レオスまで急ごう。
あの会話の後、少し走るペースを速めた事もあり、5分もしない内に私達はレオスに到着した。
相変わらずの歓迎っぷりには流石にもう慣れたが、今の私は少し慌てている。
何せ、二人の人間の反応がレオス近辺の廃坑に入ってくのを少し前に確認したからである。
二人の反応は地下の魔物の頭部があると思われる場所へ迷わず進んでいるようにも感じられる。
「リビア。悪いんだけど、ゆっくり案内をしてもらう暇はないみたいだ。」
「まさか、アークネイト様が?」
ひとまず宿泊する宿へと足を運びながらオリヴィエに状況を伝えれば、彼女もアークネイトと彼と共にいるローブの人物が廃坑へと向かったと予測した。
流石に先程の話をしたばかりでこんな情報を与えられたら、誰だってそう思うだろうな。
「彼かどうかは分からないけど、少し前に廃坑へと足を運んだ二人組の反応を捉えたんだ。その反応の進行に迷いが見られない。目的地が最初から分かっているかのような動きだ。」
「それでは、その二人は魔物の頭部に・・・!?」
「今の私達の判断材料だけで考えると、その可能性が一番高い。」
正直なところ、さっさと転移魔術で彼等の元まで転移してしまいたいのだが、厄介な事に彼等が通った場所の空間に歪みが発生しているようで、その場所を転移先に指定できなくなってしまっている。
根本的な移動原理が同じため、彼等の傍に『幻実影』を出現させる事も出来ないし、当然『入れ替え』による移動も出来ない。
強引に転移しようとすれば出来ない事は無いだろうが、時間が掛かる。そんな事をする暇があるのなら、廃坑の位置口まで転移して彼等を直接追った方が早い。
幸い、彼等が廃坑の扉を開けてくれたようなので問題無く後を追う事が出来る。
オリヴィエに事情を説明して、廃坑へ行かせてもらおう。
「リビア。私は廃坑へ行って来るよ。貴女は、しばらく幻と共に宿で待機してもらっていいかな?」
「あの魔物が目覚める可能性が高いのですね・・・?わかりました。ノア様。どうか、ファングダムの未来を、よろしくお願いします。」
「うん。なるべく早く、そして大事にならないようにして来るよ。」
宿へ到着し、チェックインを済ませたら、『幻実影』で幻をを出現させ、私は廃坑の入口に誰もいない事を確認してからそこへ転移した。
廃坑は少し進むと、ゴルゴラドでも確認できた例の魔物の魔力が高濃度で充満していた。
しかもその魔力によって人間からすれば強力な部類の魔物が大量に発生してしまっている始末だ。この連中を外に出すだけでもレオスにかなりの混乱が生じてしまうのは間違いない。
推定お伽話の魔物の頭部へと進んでいる二人組の逃げ道を塞ぐためにも、廃坑の入り口は『我地也』で塞いでおいた。
廃坑内部は非常に入り組んでいて、地図が無ければ容易に迷ってしまうような構造をしているが、私が迷う事は無い。
2人の人間が通過した場所は未だに空間に歪みが生じているわけなのだが、それが道しるべとなっているのだ。
だが、これもまた厄介な話なのだが、安易に全力で走ったりするわけにはいかなそうなのだ。
廃坑と呼ばれるだけあって、この坑道を閉鎖したのには当然理由がある。
金の採掘量の減少だったり、魔力濃度が濃くなり過ぎた事も理由の一つには挙げられるのだが、一番の理由は坑道の老朽化に伴う崩落の危険性である。
レオスの近くに位置して、かつ坑道の至る場所で金が採掘できていたため、想定以上に採掘を行ってしまっていたのである。
そしてレオス近くにあるこの坑道が崩落してしまえば、地盤の変化や魔物の襲来、高濃度の魔力の噴出などによって、間違いなくレオスにも影響が出てしまう。
そうした危険性が現実味を帯びてきたため、この坑道は40年近く前に閉鎖されたのだ。
それだけの年月が経っていれば、崩落の危険性は更に高くなっていると考える。のがふつうである。
そのため、崩落を避けるためにも坑道に『不壊』を施しながら移動してはいる。
だが、それでも私が全速で移動すればほぼ確実にこの坑道は崩壊する。いつもの[何となく]である。
まったく、今に始まった事では無いが、身体能力が高すぎるのも考えものだ。
とにかく、坑道に影響が出ない範囲で先を進む2人の反応を追う事にした。
それにしても、不可解なのはこの空間の歪みだ。コレが無ければすぐにでも反応のする場所まで転移できると言うのに、まるで此方が転移が可能な事を分かっているかのような状況である。
失礼だと思うが、アークネイトにそれほどの知識や能力があるとは思えない。これも十中八九、同行しているであろうローブの人物の仕業だろう。
ここまで来ると、アークネイトはローブの人物に誑かされて利用されているだけなんじゃないかとすら思えてくる。
小説の知識で不謹慎かもしれないが、その類の話は利用された後は無残な死を迎えてしまうケースが非常に多い。
私の実体験で語るならば、インゲインの例が近いだろうか。
非情と言われても仕方が無いが、正直私はアークネイトの命については別に何とも思っていない。彼が死のうが死ぬまいがどうだっていいのだ。
問題は、その過程によって禄でも無い事が起きそうな気がしてならない、という事である。
可能ならば、アークネイトを捕らえて事情を問いただしたいところではある。
しかし、ローブの人物の詳細は知らないと思うのだ。彼を捕らえたところで、大した情報は得られないと思う。
2人の反応が近づいてきた。途中、大規模な昇降機があったのだが、昇降機を使用した後でその機能を停止させたのか、昇降機を操作をしても動く気配が無かった。
まぁ、私には関係ない。昇降機を使う必要などないからな。その場で飛び降りて着地は坑道に影響が出ないよう、魔力の板を発生させてそこに着地した。
これでかなりの距離を縮める事が出来た筈だ。先を急ごう。
可能な限り急ぎはしたのだが、残念ながら私は少し遅かったようだ。
私が2人の人間の姿を捉えた時には既に、アークネイトと思わしき人物が汚れた剣を片手に、狂ったように高笑いをしているところだった。
「フ・・・フハ・・・ッ!フヒャハハハハハ・・・ッ!やった・・・!ヒヒッ!ヒハハハハッ!!やった!!やったぞぉおおおおおっ!!ヒャァーハッハッハッハッハァッ!!!」
「おめでとうございます。アークネイト様。」
先程のやり取りからして、やはり汚れた剣を持ち狂ったように笑っている人物がアークネイトで間違いないようだ。
彼は正気を失っているようで、目の焦点がまるで合っていない。口からは涎も流れ落ちている。
ローブの人物がアークネイトに祝辞を送っている。声質からして女性のようだ。
声色からは心からの歓喜に満ちている。今の事態、彼女にとってそれほどまでに嬉しい事なのか。
そしてアークネイトが手に持つ剣だ。
私の予想が正しければ、あの『黄金の夜明け』の内容が、紛れも無く事実であるのならば。
今、アークネイトが手にしている剣は、魔物の頭部に突き刺さっていた黄金の剣という事になる。
御伽話の魔物は、眉間に黄金の剣を突き刺された事によって、その活動を停止していたと伝えられている。
それが引き抜かれたと言うのならば、もたらされる結果は―――。
坑道全体が振動を起こし、濃密な魔力が辺り一帯に充満する。
その後に鈍く、低く、これ以上ないほどの大音量の咆哮が坑道全体に鳴り響く。
おとぎ話の魔物が、目を覚ましてしまったのだ。
忌々しいな。妙な敗北感すら感じる。
私としては、もっと穏便に魔物を目覚めさせて、事情を伺い周囲に被害が出ないようにと思っていたというのに!よくもやってくれた!
せめて現行犯である彼等を捕らえようと思い、ローブの女性を無力化しようと彼女に接近し尻尾カバーによる打撃を放ったのだが、私の打撃は彼女に届かなかった。
何らかの障壁に止められてしまったのである。
その結果に、驚愕を隠す事が出来ない。
確かに人間相手、それも命を奪わないようにするために加減はしたが、私の知る限り、人間が使用する結界では防ぎようのない威力で放ったはずなのだ。
ローブの女性が、此方を振り向いた。
「おやおやおや、これはこれは、『黒龍の姫君』様ではありませんか。このような場所までお越しいただけるとは、まこと、今日は素晴らしい日で御座います。」
「お前は、自分が何をやったのか、分かっているようだな・・・。」
「ええ、それは勿論。しかし、恐ろしいにもほどがありますねぇ。たったの一撃、それも、私を捕らえるために加減したであろう一撃でこの有様ですか・・・。」
障壁に力を加えながら、障壁の解析を行う。
どうやら、自身に向けられたあらゆるエネルギーと同等のエネルギーの壁を瞬時に生み出して相殺しているのが、この障壁の仕組みのようだ。
つまり、理論上はどれだけ強力な威力だろうと防ぎきる事が出来る、何とも厄介な結界、という事になる。
だが、あくまでも理論上は、である。障壁を生み出すには当然ながら相応のエネルギー、魔力が必要になる。その魔力が尽きてしまえば、障壁を張る事は出来ない。
そうと分かれば今度は思いっきり尻尾を叩きつけようと思い、一度障壁から尻尾を放したところで、ローブの女性が凄まじい速度で後退してしまったのだ。
何してそうなった!?一瞬で100mは離れたぞ!?
「とても恐ろしいので、私はこれでお暇させていただきます。御機嫌よう。もう二度と会う事も無いでしょう。正直、貴女様がこの場にいらしていただけた事が、一番の僥倖ですよ・・・。」
「お前・・・っ!」
語りながらも後退し続け、彼女の反応は消失してしまった。
転移したとでも言うのか!?魔術を使用した形跡は無かったぞ!?
どのようにして今の現象を引き起こしたのかは分からないが、彼女の反応が消失してしまっている以上、今は捨て置く。
それよりもアークネイトだ!
今も坑道全体が地震が起きてるかのように揺れているというのに、その揺れで立っている事もままならずに仰向けに倒れてしまっているというのに、彼は先程から狂ったように笑い続けている。
明らかに異常である。不審に思い彼を見てみれば、先程打撃を防がれた時以上に驚愕する。
アークネイトは、既に死んでいるのだ。
死んでいるのに、笑い続けている。いや、肉体自体は死んでいないと言えるのかもしれない。だが、彼の魂がこの肉体に無い。あるのは、残滓とも呼ぶべき微かな魂の欠片だけである。
始めから使い捨てにするつもりで、アークネイトを連れて来ていたのか。
そして、汚れた剣を手にしている彼の右手、いや、右半身だな。魔物の魔力に汚染されて、既に機能していない。
剣を引き抜いた時点で、完全に汚染されていたと見て間違いないだろう。
ローブの女性がアークネイトを連れて来たのは、自分が汚染を避けるためか。
どうする?私ならば魔法や『真言』を用いればアークネイトを復活させる事は、おそらく可能だ。そうすればローブの女性について事情を聴く事も出来るだろうし、アクレインに彼の身柄を引き渡す事も出来る。
だが、果たしてそれを行って良いのだろうか?
終わってしまった命を蘇らせる行為は、自然の摂理に反する行為だ。越えてはいけない一線の様な気がする。
この一線を越えたら、私はきっと、とてもつまらない生を過ごしていく事になると思うのだ。
この星、この世界で生きる生物として、最低限のルールは守りたい。
それと、あんまりな話ではあるかもしれないが、仮にアークネイトを蘇らせたとしても、碌な情報を得られない気がする。
本当に非道い話だが、蘇らせる価値を見出せないのだ。
アークネイトは、この場で終わらせよう。
だが、一応証拠品として彼が手にしている剣は『収納』に仕舞い回収しておこう。
その後、効果範囲と威力を抑えた『真・黒雷炎』によって、彼の肉体を完全に消滅させる。
何とも言えない、虚しい気持ちだ。哀れにすら思えてくる。
長年幽閉される事になった原因はアークネイトの自業自得だが、それでもこんな結末になるなど、誰も予想していなかったし、望んでもいなかっただろう。
少なくとも、彼を幽閉したアクレイン王国の国王は、こんな結末など望んではいなかった筈だ。
だが、それを自らの目的のために意図的に引き起こした人物がいる。
人間でありながら人間の命を何とも思わず、平然と食い潰して使い捨てる人物。
あのローブの女性は、私の敵だ。
"楽園"に関わらない、私個人の敵が、初めて現れたのだ。
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