第8話 私にも料理ができるぞ

 沈む気持ちを乗り越え、切り替えていくとしよう。動物は、決して彼だけではないのだから。

 本来の目的は水の流れる音を辿って川を見つけることだ。水を手に入れて生活環境を整えよう。近くにあった果実を尻尾で手繰り寄せて、食べながら移動する。


 "角熊"くんに背を向けて立ち去ったところから一万歩と少し歩いたくらいか。樹海を抜けて、ようやく水の音源地にたどり着く。


 灰色の砂利が広がる河原に挟まれた、私の歩幅千歩分はある、なかなか幅の広い川が視界に入る。日の光を反射して煌めく、透明感のある水が流れる川の景色は、とても美しい。涼やかな水の流れる音と共に、可愛らしい動物に怯えられて傷付いた私の心を癒してくれる。川の向こうに見える樹木は高さこそこちら側の樹木と変わらないものの、別種の木であるようだ。枝や葉の付け方がこちら側のものとは違う。


 歩を進めて、河原の砂利を踏みしめる。日の光に温められた砂利が私の足の裏を刺激する。丸みを帯びながらも突き出した部分が足の裏をマッサージをするように押しつけて、とても気持ちいい。


 川のほとりまでたどり着いたので、しゃがみこんで川の水をじっくりと観察する。透明感のある澄んだ水は川の底までを綺麗に映してくれている。流れの速さは私の歩行速度の倍はある。川の深さは私の胸の辺りまでありそうだ。

 水中には私の前腕部より一回り小さい魚が、少なくない数遊泳している様子を見ることができた。彼らには申し訳ないが、後で捕まえて食べてみよう。


 水の中に手を入れてみる。水温は低いらしく、ひんやりとしていて気持ちいい。両手ですくって口に含む。舌で転がしてみると、まろやかでさっぱりとした感触の水が口の中に広がり、口内を冷やす。

 口の中をゆすいで、ぬるくなってしまった水を吐き出す。もう一度、水をすくって口に含み、今度はそのまま、喉に流し込んでゆく。喉越しはすっきりとしていて、喉から体に冷たさが伝わっていくのが分かる。濃厚な味を持つ果実とはまた違った美味さだ。二度、三度、喉を鳴らして水を飲んでゆく。喉が冷やされたからか、息を吐くと肌よりも少しひんやりとしていた。

 三度、水をすくって私の顔に水を掛ける。水の冷たさが顔の表面の体温を下げていく。顔に張り付いていた砂埃を始めとした細かい汚れが落とされ、大分気持ちがリフレッシュされる。


 こうなれば、全身を洗い流したくなるというのは自然なことだろう。一度立ち上がり、"布のようなものを"脱ぎ、尻尾の付け根まで通しておく。これなら、水に流されたり風に飛ばされたりする心配は無いだろう。

 別に裸で生活することに抵抗は無い。しかし、この"布のようなもの"はとても着心地が良いのだ。同じ材質の生地がまとまった量あったならば、惜しみなく寝具に使いたいほどだ。できる事なら肌に触れ続けさせておきたい。


 かわのほとりに腰かけて、膝から下を川の水に入れる。流れる水がたちどころに身体を冷やしてくれる。しばらくこのままでいてもいいが、気になってしまった身体の汚れを落としたい。尻尾で体を押し出し、水に沈めていく。

 水につかった部分がが冷やされていき、その快感から、思わず長いため息が出る。身を屈めさせて全身を川の水に沈めさせる。このまま川の流れに身を任せていれば、そのうち汚れも洗い流されていくだろう。が、それは少々もどかしく思えるので水温に慣れたら体を立たせて掌で体を撫でるようにして汚れを落としていこう。


 身体の汚れも洗い流せたので、一度川から上がる。濡れた身体を乾かすとしよう。

 河原に目を向けると肩幅ほどの直径がある大きめな石を、尻尾の届く範囲でいくつか見つけたので、鰭剣きけんの腹を当てて私の近くまで投げ寄せる。

 次に、地面に平行に横向きに倒した鰭剣で河原を薙ぎ払い、地面を平らに均す。集めた石を平らな箱状に切り裂き、私が腰かけるのに適した石の椅子を作り、平らにした地面に置く。

 残った大きめな石の一つを手で掴み、川に背を向けて樹木の高さまで放り投げる。尻尾を伸ばしながら最大速度で加速させる。上昇し終え、落下し始めた石に鰭剣を下から垂直にあてがう。落下しながら石は縦に切り裂かれ、その断面は赤熱している。

 検証によって、十分な距離を最大速度で尻尾を振れば、岩を溶かせる温度まで鰭剣の温度が上昇することが分かっている。

 落下してきた二つの石を手に取れば高温を帯びており、水に濡れていた全身から真っ白な蒸気が勢い良く放たれる。水分が一気に蒸発したのだろう。水分を含んでいた"布のようなもの"もちゃんと乾いたようなので尻尾から抜き取り着用する。やはり、良い着心地だ。


 身体が十分に乾いたところで、魚を捕って食べてみよう。

 先程魚を見つけた場所に目を向ければ、今も魚は遊泳を行っていた。距離はおおよそ三十八歩分離れた場所。鰭剣の射程範囲内だ。


 魚に悟られないように尻尾を上に伸ばしてから狙った魚に鰭剣を近づけていく。魚までの距離が十歩分の所で一度接近を止め、狙いを付ける。魚が川の上流へ頭を向けた瞬間、鰭剣を魚に向けて突き出す。鰭剣はうまく魚に突き刺さった。そのまま抜け落ちないように私の元まで捕った魚を手繰り寄せる。


 ここまで慎重にならなくとも捕ることは可能だったかもしれないが、勝手がわからない以上、失敗したくなければ堅実に行動すべきだろう。

 魚を鰭剣から抜き取り、まずはそのまま頭からカマの部分まで齧りつく。

 何の抵抗もなく骨ごと噛み切ることが出来たので、しっかりと咀嚼して魚の味を味わうとする。

 骨は噛んでいくうちに旨味がにじみ出てくるのだが、頭の部分は苦味が強くあまり美味しいとは思えない。しかし、カマの部分は身が締まっていながら脂がのっていて美味しいと思える。そこまで大きくないため量は少ないが。

 さて、次の一口。胸ヒレの付け根辺りを噛み切って咀嚼する。魚の身は引き締まっていて、カマの部分ほどではないが旨味を含んだ脂ものっているためとても美味しい。何といっても身の食感が良い。舌にのせた時はプルりとした食感が、奥歯で噛み潰したときにブツリと千切れる感覚が新鮮で楽しいのだ。残った部分も立て続けに食べてしまった。

 せっかく高熱を放っている熱源があるため、もう一匹魚を捕って、今度は加熱して食べてみよう。

 先程の魚を食べている間に、余った大きめの石を私の角くらいの厚みのある石板に加工していたのだ。

この石板を未だ赤熱している石の断面の上に乗せる。準備も済んだことだし魚を捕るとしよう。


 今度はこの場所からそのまま尻尾を伸ばして捕ってみよう。高熱を帯びないように速度を出しすぎないように気を付けて鰭剣を突き出す。魚に反応させることなく、鰭剣をエラの部分に突き刺すことができた。

 鰭剣で魚を縦に均等に切断する。魚の切り身を先程の石板の上に乗せれば、魚に程よく熱が伝わっていく。火の通った魚の身からは脂が溢れ出し、魚の焼けた匂いが私の鼻腔を刺激する。

 十分に魚が焼けたと判断して切り身をつまみ取り、そのまま齧り付く。もう片方の切り身は横に倒した鰭剣の腹に乗せておく。

 火を通した魚の身は生で食べた時とはまた違った食感で、口の中で優しくふわりと崩れながらも、旨味の詰まった脂によって滑らかな食感も同時に楽しませてくれる。とても美味しくてもう一切れもぺろりと食べてしまった。

 とはいえ、味自体はどちらも淡白なため、果実のような濃厚な味を経験をしていると物足りなく感じてしまう。


 次は果実の果汁をかけて食べてみようか。いや、あの魚の味はおそらく果実の甘味は合わない気がする。というか、果実がもったいないのでそのまま食べた方が良いだろう。


 さて、魚の味を堪能したところで川全体に目を通す。この川の流れの元を辿っていくと崖の方へと向かっている。と、いうことはこの川を辿った先には滝があるとみていいだろう。うまく利用すれば寝床の近くまで水を引いてくることが出来るんじゃないだろうか。後で行ってみよう。

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