第376話 誰から戦う?

 まず私。リナーシェにとっては格上の相手になる。

 初めて会った時以外にも彼女とは稽古という形で戦闘を行いはしたが、彼女が私に一撃を当てることは、けっきょくのところ一度も無かった。まぁ、それは私が当たってやる気がなかったからだが。


 彼女としては私と別れてからの約5ヶ月間で、自分の腕がどれだけ上がったのかを確かめたくて仕方がない筈だ。

 とは言え、リナーシェには悪いが今回も一回も攻撃に当たってやるつもりは無い。傲慢かもしれないが、実力差ははっきりとさせておきたいのだ。

 それに、仮に情けで攻撃に当たってやったとしても、彼女は決して喜ばないだろうからな。むしろ機嫌を悪くしてしまいそうだ。


 次に"ダイバーシティ"。リナーシェがニスマ王国に嫁ぎに来た時からの付き合いである彼等は、最初の出会いからして戦闘だった。

 そして初戦闘から彼等のことを気に入り、ニスマ王国に着いてからも彼等に指名依頼を出して定期的に模擬戦を行っていた。


 模擬戦の結果はリナーシェの全戦全勝。だが、既に彼女は新聞から私が"ダイバーシティ"達を彼女に勝てるだけの実力を身に付けさせたと語っていたことを知っている。

 実際に自分に勝てるかどうか、確かめてみたいと思っている筈だ。

 それに、仮に彼女が『補助腕サブアーム』を習得していたら、それを私や彼等に見せて驚かせるつもりだろうしな。


 まぁ、リナーシェは私がチヒロードで『補助腕』を使用して既にその存在を"ダイバーシティ"達が知っていることも、実際に『補助腕』を使用しての戦闘も経験したことも知らないのだが。

 果たして、驚くのはどちらになるだろうな?


 最後にリガロウ。あの子とは初見の戦いとなる。しかも今までに存在していない新種だ。どのような戦い方をするか、予測し辛いことだろう。それでも、リナーシェならばある程度対応できそうな気はするが。

 まぁ、今のあの子は"ダイバーシティ"達よりもずっと強い。負けることはそうそうないだろう。


 ただ、初見なのはリガロウも同じだ。あらゆる武器を変幻自在に扱うリナーシェの動きは、ある意味では"ダイバーシティ"達以上に手数が多い。

 加えて、彼女は私と再会した時に見せたような、魔力の板による空中での軌道変更も行える。油断していると、動きに翻弄されて痛い目を見るかもしれないな。それでも勝ちは揺るがないだろうが。


 ふと思ったのだが、今のままではリナーシェは三戦とも負けてしまうことになるのだが、大丈夫だろうか?機嫌を悪くしたりしないだろうか?

 彼女のことだから素直に結果を受け入れるとは思うが、それはそれとして長々と文句を言われそうな気がしてならない。


 リナーシェとしても、誰と最初に戦うかを決めかねているようだ。

 私達を訓練場に案内している最中、ずっと悩んでいる様子だった。


 「うーん…久しぶりにノアと戦って私の上達ぶりを見せてやりたいし、"ダイバーシティ"がどれだけ腕を上げたのかも知りたいのよねぇ…。それに何と言っても…」

 「なんだ?俺と戦いたいのか?」


 そこまで言ってリガロウを見つめる。この子も平然と城内を歩いているが、事前に通達しているのだろう。周囲から視線を向けられることはあっても文句を言われたりはしていない。

 若干の恐れは感じられるものの、それ以上に興味の方が強いと言ったところだ。


 人語で会話ができるドラゴンとは、極めて珍しいようだからな。可能ならば会話をしてみたいと思っている者がいてもおかしくはない。

 その辺りはリガロウ自身に任せればいいだろう。この子も城で行動を制限されないようだからな。

 なお、寝泊まりも私の部屋で行って良いらしい。私と同じ場所で寝ることができると知って、とても喜んでいた。


 リナーシェは尚もリガロウに視線を送っている。そして彼女に腕を組まれたままのフィリップはリガロウに対して非常に怯えており、及び腰になっている。彼はドラゴンが怖いのだろうか?


 「そうね!決めたわ!まずは貴方と戦いましょ!良いわよね!?」

 「俺は構わないぞ?姫様、いいですか?」

 「勿論。思いっきり戦ってあげると良い。手加減はいらないよ」


 リナーシェは最初に戦う相手をリガロウに決めたようだ。新種のドラゴンがどのような戦い方をするのか、興味が尽きなかったのだろう。


 良し、私も決めた。リガロウの次は"ダイバーシティ"達と戦ってもらおう。


 リナーシェは戦いの中で成長するタイプの人間だ。リガロウや私と戦っている最中も、少しづつではあるが成長していくだろう。

 別に身体能力や保有魔力量が増加すると言った話ではなく、技量や駆け引き、読み合い等のセンスが磨かれていくのだ。

 "ダイバーシティ"達と戦うのを最後にした場合、リナーシェが勝利する可能性がある。


 別にそれでも私は構わないのだが、私はダイバーシティ達に修業を付けた報酬としてリナーシェに勝利するところを見せて欲しいと言ってしまったからな。報酬を受け取るためにも、彼女には悪いが勝利する可能性を下げさせてもらおう。



 訓練場に到着すると、訓練を続けていた兵士や騎士達の視線が一斉に私達に集まってきた。リナーシェや"ダイバーシティ"達にも視線は向けられているが、その殆どは私とリガロウだ。

 当然と言えば当然だな。リナーシェも"ダイバーシティ"達も、彼等からすれば既に顔なじみの筈なのだから。


 フィリップを引きずりながら、リナーシェが訓練を行っている者の中で一番地位が高そうな人物、恐らく宝騎士の元まで行き、声をかける。


 「試合場を使わせてもらうわよ!」

 「はっ!それで、どなたが最初に?」


 予め、何をするのか伝えていたのだろう。どちらが、ではなくどなたが、と聞いていた辺り、リガロウと戦うことも伝えていたのだろう。


 試合場と呼ばれている場所を見れば、そこにはファングダムで私がリナーシェと戦った場所と同じ機能を持った舞台が設けられていた。

 あの設備は『不殺結界』と同じくダメージを大幅に軽減する機能を持っている。あの舞台の上でならば、リナーシェは思いっきり戦えるというわけだ。


 なお、ダメージは軽減できるが痛みまでは軽減されない。その点も『不殺結界』と同じだな。『不殺結界』との違いは、舞台そのものを破壊されてしまうと効力を失ってしまう点が違いと言えば違いか。


 「まずはリガロウよ!新種のドラゴンがどんな戦い方をするのか、一番最初に見せてもらうわ!良ければ貴方達も見学していきなさい!」

 「はっ!ありがとうございます!お言葉に甘え、リナーシェ様方の勇姿、しかと見届けさせていただきます!」


 訓練していた者達も、リナーシェの試合を見学するらしい。


 成長したものだな。

 リナーシェがファングダムにいた頃は、自分の戦いを周囲の者に見学されていると集中できないと語っていたというのに、今では自分から見学させるとは。


 そういえば、リナーシェの結婚式はファングダムからも資金を提供されたからなのか、かなり豪勢な催しになったそうだな。その際に彼女の姿も大勢の者に公開されている筈だ。

 その時に周囲から視線を浴びることに耐性でもついたのだろうか?なんにせよ、王族としては良いことなのだろうな。

 今後は彼女も人前に出る機会が増えるだろうし、新聞に載る機会も増えるのかもしれない。


 リガロウとリナーシェが試合場である舞台に上がり、お互いに10mほど距離を取った状態で向き合っている。


 舞台の上に立っているのは、リガロウとリナーシェだけだ。審判を務める宝騎士らしき人物は、舞台の外に出ている。戦いの邪魔になると判断しているのだろう。


 なお、フィリップはと言うと、流石にリナーシェの腕から解放されている。ただし彼の両脇は非常に体格の良い騎士に囲まれ、満足に移動できない状態だ。

 この場所から抜け出すのを防ぐためだろうか?


 フィリップは私やリガロウに対して妙に怯えているからな。あのように見張っておかなければ、隙を見つけて逃げ出してしまうのかもしれない。


 宝騎士らしき人物がリガロウとリナーシェに声をかける。


 「両者、準備はよろしいか!?」

 「もちろん!いつでもいいわよ!」

 「こっちもいつでもいいぞ。俺の実力を見せてやる」


 リガロウも"ダイバーシティ"達以外の人間と戦うのはこれが初めてになる。リナーシェと戦うのを楽しみにしていたようだな。初手からいきなり目に物を見せてやろうという意思を感じさせられる。


 それにしても、リナーシェは獲物である月獣器を格納空間から出していないが、アレで良いのだろうか?

 あの状態で準備が良いと言っているのだから良いのだろうが、まさか『大格納』を使用しなくとも自在に武器を取り出せるようになったのか?


 「始めぇっ!!」

 「グルァオゥッ!!」

 「っ!」


 宝騎士らしき人物の試合開始の合図とともに、早速リガロウが噴射加速を披露して見せた。

 しかも背中の噴射孔だけでなく、両翼の噴射孔も含めた六つの噴射孔からなる噴射加速だ。いきなりの最大加速だな。手加減しなくて良いとは言ったが、思い切ったものである。


 地面を蹴り前進すると同時に噴射加速を行ったリガロウは、そのまま地面に設置することなく低空飛行をしながらリナーシェへと肉薄していく。

 肉薄すると言っても互いの距離は10m程度だ。一瞬である。

 そのままの勢いで、リガロウはリナーシェに対して左後ろ足で回し蹴りを放った。


 リナーシェが想定していた速度よりも速かったようで、回し蹴りを繰り出される前に彼女は後ろに飛びのいていた。が、その動作はやや悪手だな。


 リガロウの回し蹴りは前動作でしかない。蹴りの勢いを利用して体を右回転させ、後ろ足以上に太くて長い、尻尾による薙ぎ払いを繰り出したのである。なお、体を回転させる際、翼の角度を調整することによって噴射角を回転に適した角度に調整しているため、回転速度は回し蹴り以上だ。


 後ろに飛び跳ねた時点で、大抵の者は尻尾の一撃を受ける羽目になるだろう。しかもリガロウの尻尾の先端には、私の尻尾と同じく剣のように鋭い鰭剣きけんが生えている。下手に距離を取る方が危険なのだ。


 まぁ、あくまで大抵の者は、だ。リナーシェに尻尾の薙ぎ払いは当たらなかった。


 リナーシェは魔力板を生み出し、空中で軌道を変えることができる。足元に魔力板を生み出し、垂直に跳び上がったのである。

 おそらく、噴射加速を行った時点で、リガロウの動きをある程度予測していたのだろう。大したセンスである。

 しかも回避するだけではない。彼女は上昇した勢いが衰える前に頭上に魔力板を生み出し、体を反転させて頭上の魔力板を蹴ることでリガロウに向けて急降下したのだ。

 彼女の手には、既に月獣器のグレートソードが握られている。彼女は、いつの間にやら『格納』を習得していたようだ。


 あれだけ魔術が苦手だったリナーシェが、本当に成長したものである。

 少なくともファングダムにいる間は魔術が苦手だったはずなので、ニスマ王国に来てから何かいい変化があったのかもしれないな。


 リナーシェの振り下ろしに対して、リガロウは頭部の角で迎え撃つ。

 尻尾の薙ぎ払いを回避されたことなど意に介さず、首を振り上げて頭部から生えている鋭い角でグレートソードを受け止めたのだ。


 リナーシェの膂力は人間の中では最上位と言っていいだろう。彼女の膂力を上回るのは、レオナルドやグリューナと言った、同じく最上位の力を持った人間ぐらいだ。彼女のグレートソードの一撃を受け止められる人間はそうはいない。

 修業を積んだアジーでも、真っ向から受け止めれば押し負けてしまうだろう。


 だが、それはあくまで人間の話だ。

 ドラゴン。それも進化を果たしたドラゴンであるリガロウの膂力には及ばない。打ち合いはリガロウに分があった。


 とは言え、完全にリガロウが優位だったわけではない。あの子は噴射加速によって宙に浮いていたからな。しかも尻尾の薙ぎ払いを最速で放つために、魔力板を生み出していない。

 それどころか、薙ぎ払いをした時点で、あの子は魔力噴射を止めているのだ。リナーシェの振り下ろしを、あの子は首の筋肉だけで受け止めることとなった。


 結果、リナーシェは後ろに吹き飛び、リガロウは地面に押し付けられることとなる。

 

 「グルゥ!やるな!初見で躱されるとは思わなかったぞ?」

 「その割には、躱されても全然驚いた様子は無かったわね!ひょっとして、躱されるのに慣れてた?」


 リナーシェの指摘通り、躱されるのに慣れていたのだ。なにせ、"ダイバーシティ"達はリガロウのあの回し蹴りからの薙ぎ払いに、何度も苦渋を飲まされていたからな。

 何度も受けている内に動きに慣れて、彼等も回避できるようになっていたのである。


 初めて回避された時は非常に悔しそうにしていたな。なにせ自分の持ち味を生かした、自慢の連撃だったのだ。その日の夜は少しいじけていた。


 だが、だからこそあの子は人間の成長性を理解し、油断をしなくなった。

 リガロウは進化をした時点で"ダイバーシティ"達よりも格段に強くなったが、それでも彼等との戦いで多くを学び続け、そして成長し続けたのである。


 リガロウもリナーシェもとても楽しそうだ。

 なにせ、実力がある程度拮抗した相手と、全力でぶつかれるのだから。

 戦うことが好きな者ならばこれほど嬉しいことはないだろう。少し、羨ましいな。


 さて、戦いは始まったばかりだ。


 ここからあの子達がどのような戦いを見せてくれるのか、じっくりと楽しませてもらうとしよう。

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