第377話 リガロウの全力戦闘

 最初の様子見が終わってからは、リナーシェも果敢にリガロウに攻め始めた。

 彼女は元より守りの戦い方を好まないというのもあるが、あの子の瞬発力を見て、守りを主体にした戦い方は圧倒的に不利だと悟ったのだろう。

 格納空間から手数が多い月獣器を素早く取り出し、あの子と真っ向からぶつかるように連撃をぶつけている。

 その際、最初に取り出したグレートソードは再び格納空間に仕舞っている。


 やはり、リナーシェはほぼ完ぺきに『格納』を習得して使いこなしていると考えて良いだろう。

 日常生活を送る上で極めて便利な魔術であるうえ、戦闘の幅も広がるため習得したのだろうが、これまで魔術を苦手としていた彼女が自在に扱えるようになったのだ。どれだけの努力を積み重ねたのだろうな?

 これは、『補助腕』も習得していると考えた方が良いだろう。


 リガロウも容赦なくリナーシェに突撃して牙や角、前足、後ろ足、尻尾を使用して果敢にリナーシェを攻め続ける。

 当然、噴射加速も制限無く使用している。しかも魔力の噴射量に緩急をつけ、自分の速さに慣れさせないようにもしている。


 私やリガロウの噴射加速、それも翼による噴射加速は、高機動戦闘を行う際に極めて便利な機能と言わざるを得ない。

 なにせ翼の可動範囲が非常に広いからな。自身の全周囲どの方向にも急加速が可能なのだ。

 大振りの攻撃を行い、その反動で動きが硬直したとしても、魔力噴射を行い強引に移動できてしまうのだ。

 攻撃を回避するために距離を取ることも、追撃のために距離を詰めることもどちらも可能である。相手からしたら厄介なんてものじゃないだろう。


 だが、それはリナーシェにとっては喜ばしいことだったようだ。

 戦い甲斐があるのだろう。最初のやり取りを終えてからというもの、非常に嬉しそうな表情をし続けている。猛獣を思わせるような獰猛な笑みがずっと続いているのだ。


 私との時と違って、攻撃を回避される機会があまりないのが理由の一つだろう。

 今のところ、リナーシェの放った攻撃がリガロウに直撃したわけではないが、大抵の攻撃はあの子の爪や角によって受け止められている。

 その際の衝突の衝撃が彼女にとっては心地良いようだ。


 攻撃が空振りするよりは、ずっと気分が良いのは間違いないだろうな。リガロウもリナーシェと打ち合うのが楽しそうだ。


 リナーシェがリガロウと戦って嬉しそうな理由の一つとして、あの子が人間のような体術を行える点がある。

 グラシャランと修業をしている際に身に付けた技術であり、初撃に使用したような回し蹴りは勿論、爪ではなく指を折り曲げて拳撃のような動作や相手を掴んでからの投げ技まで使用するのだ。

 爪による斬撃にこれらの動作を織り交ぜられることがどれだけ厄介なのか、それは"ダイバーシティ"達が身をもって経験していた。


 そしてドラゴンらしく噛みつき攻撃もすれば角や鰭剣きけんによる剣術まで繰り出して来るのだ。リガロウの手数は、リナーシェとは別の意味で豊富だったのである。


 「良い!アナタ凄く良いわ!出来ればずっとこの城にいてもらいたいぐらいよ!」

 「お前との戦いが楽しいのは俺も同じだ。だが、お前の願いを聞いてやるわけにはいかない。俺は姫様の配下だからな!」


 嬉しいことを言ってくれる。今回の試合が終わったら沢山可愛がってあげよう。


 それにしても、お互いに手加減はしていないようだが、全力の戦闘を行っている様子では無いな。

 リナーシェが全力戦闘を行うとなれば、当然全ての月獣器を同時に使用する"千差万別変幻自在"を使用するだろうし、リガロウはリガロウで使用しているのは体術による攻撃に留めている。

 あの子は魔力を爪や鰭剣に込めてそれを撃ち出す飛爪や飛剣と呼べる攻撃方法がある。

 更に進化を果たしたことで地面に体を固定したり、空気中から魔力を回収せずともドラゴンブレスを放てるようになったし、魔術だって使用できる。

 私やグラシャランが教えたからな。便利な生活魔術から強力な攻撃魔術まで、そのバリエーションは多岐にわたる。


 多分だが、リナーシェが『格納』以外の魔術を使用しないため、彼女に合わせているのだろう。彼女と打ち合うのを楽しんでいるようだしな。あの子はこの状況をまだ楽しみたいのだ。


 リガロウとリナーシェの攻防は、私や"ダイバーシティ"達、そして審判である宝騎士以外の者達からしたら、凄まじい戦いに見えているのは間違いない。

 兵士達はおろか、宝騎士以外の騎士達までもが、息を呑んで観戦しているのが何よりの証拠だ。


 あの子達は、互いに相手の動きを覚え、対応し合っているのだ。だからどちらもいつまで経っても決定打が与えられず、そしてその状況を楽しんでいるのだ。



 試合を始めてから2時間が経過しようとしている。状況は未だに変わっていなかったが、ここにきて遂に変化が訪れた。


 互いの蹴りがぶつかり合い、強制的に距離を取る形になった際に、周囲の状況に気付いたようだ。


 「ちょっとはしゃぎすぎちゃったかしら?」

 「そうなのか?確かに、姫様以外は退屈そうにしているな…」


 そう。流石に2時間近く同じような状況を見せられ続けていたため、観戦していた者達に疲れが生じ始めたていた。要するに、飽き始めたのだ。

 私としては2人の成長が見続けられて退屈しないのだが、他の者達からしたら上達しているように見えていないだろうから、退屈に感じてしまっても仕方がないのである。


 「うーん…。今のこの状況、自分の腕が上がってるのを実感できるし、貴方と打ち合うのが楽しいから、ずっと続けていたいんだけどなぁ…」

 「そろそろ出し惜しみは無しにするか?お前はアイツ等とも姫様とも戦うんだろ?」


 お互いに、自分達だけがこの状況を楽しんでいると自覚したようだ。続けてもらっても私は構わないのだが、周りの者達はそうはいかないのだろう。

 それに、リガロウの方がそろそろリナーシェの本気を見たくなったようだな。


 「へぇ…?アナタ、実力をまだ出し切っていないんだ…」

 「お互い様だ。お前、今まで出してきた色々な武器をいっぺんに使えるんだろ?見せてみろよ。今度は俺も出し惜しみしない。実力を出し切らないと、一瞬で終わるぞ?」


 リガロウが実力を出し切っていないと知ると、リナーシェは少しだけ不機嫌そうに、それでいてさらなる戦いが楽しめそうだと知ってより攻撃的な笑みを浮かべる。

 そこにあの子から自身の技を指摘され、更には全力を出さなければ一瞬で決着がつくと言われたため、彼女の闘争心が一気に燃え上がった。


 「…ふふふ…っ!バレてたんだ…!…上等よっ!!見せてあげるわ!出し惜しみ無しの、私の全力をね!月獣器よ!私の元へ!!」


 そう叫び、リナーシェは頭上に『大格納』による空間の穴を発生させ、全ての月獣器を自身の周囲に浮遊させる。


 "千差万別変幻自在"。


 正真正銘、リナーシェが全力戦闘を行う際に使用する、彼女の奥義とも呼べる戦闘形態だ。


 対するリガロウも準備が整っていたようだ。リナーシェが戦闘態勢を整えた瞬間、その場で跳躍して、地面に向けてドラゴンブレスを放ったのである。


 だが、今のリナーシェには例えドラゴンブレスと言えど、あの程度の威力ではダメージにはならない。

 全力で放ったドラゴンブレスならば話は別だっただろうが、あの子が放ったドラゴンブレスは全力の威力の半分にも満たない。魔力を込められた月獣器が彼女の盾となってブレスは遮られてしまった。

 あの子の放ったブレスを意に介することなく、彼女はあの子の元まで跳躍する。


 それがリガロウの誘いとも知らずに。


 リガロウが放ったドラゴンブレスは囮である。

 初めて"ダイバーシティ"達にドラゴンブレスを放った際、あっさりと破られてしまったことを教訓にしているのだ。


 初手で大技を放つと、見抜ける者はその隙を狙って強力なカウンター攻撃を仕掛けてくる。リガロウはリナーシェが初見で自分の放ったブレスに対処できると踏んだのだ。


 そして、逆にそれを利用した。


 リナーシェの攻撃に合わせるようにして彼女に翼の噴射孔を向け、思いっきり魔力噴射を行ったのだ。

 リガロウの噴射孔は、私の噴射孔と違ってドラゴンブレスのような魔力の奔流を放出できるだけの機能は無い。

 だが、至近距離から魔力噴射を行われるだけでも十分なのだ。


 自身の体を急加速させるだけの勢いを生み出す噴射は、至近距離で放てばそれだけで強力な攻撃手段となる。

 ブレスに対して強力なカウンターを当てられると踏んで大きく振りかぶったリナーシェは、逆に強烈なカウンターを受けてしまったのだ。


 更にリガロウの攻勢は止まらない。あの子はそのまま噴射飛行を行い、空中で体勢を崩したリナーシェの背後に回る。

 そこから前転を行い、彼女の後頭部に尻尾を振り下ろしたのだ。


  リナーシェの背後には月獣器が浮遊していて、彼女の盾となっているが、それでもリガロウの振り下ろしの勢いを防ぐことはできずに地面に向けて叩き落されてしまう。


 追撃のチャンスのように見えるが、リナーシェはそこまで甘い相手ではない。地面に叩き落された彼女を追って接近した場合、手痛い反撃を受けたことになっていただろう。


 グラシャランに鍛えられ、20日間近く"ダイバーシティ"達と戦い続けたリガロウは、大胆さと共に慎重さを併せ持つようになっていた。

 叩き落されたリナーシェに向かって突進せずに、その場でリナーシェに向けて飛爪を連続で撃ち出したのである。


 繰り出された飛爪は、全て正確にリナーシェの元まで到達するが、手応えがない。彼女の周囲に浮かせた月獣器が、全て防いでいるのだ。アレもなかなか大概な性能である。

 しかも、彼女は飛爪を浮遊した月獣器で防いでいる間にグレートソードを両手に持ち、そこに大量の魔力を込めている。


 巨大な魔力の刀身をグレートソードから生み出し、未だに向けられる飛爪ごと、リガロウを薙ぎ払うつもりなのだろう。

 更に、確実に薙ぎ払いを当てるために、あの子に両側面から合体させた両剣と大鎌が高速回転しながら迫っている。

 どちらの武器も翼で防がせて、動きを固定させる魂胆だ。


 そしてリガロウに両剣と大鎌が当たるタイミングでグレートソードによる薙ぎ払いを放つ。


 グレートソードから20mにも及ぶ巨大な魔力の刃が発生し、リガロウへと押し迫る。


 「くっ!らっ!えええええっ!!!」

 「なぁめるなぁあああ!!!」


 リガロウの両側面から襲い掛かってきた月獣器は確かにあの子の翼に命中し、噴射飛行による薙ぎ払いの回避を妨害した。

 だが、あの子が噴射加速を行えるのは翼だけではない。


 背部の突起から魔力を噴射させ、今度こそリガロウはリナーシェに向けて突進したのだ。


 さらに、リナーシェに向けられた角にはグレートソードに込められた魔力に勝るとも劣らないほどの大量の魔力が込められている。

 いかに魔力量が同じであっても、射程と範囲を得るために魔力を引き延ばしたリナーシェの刀身と、一点突破のために角に魔力を集中させたリガロウの角。

 この二つが衝突した場合、どちらに分があるか。結果は見るまでもなかった。


 魔力の刀身にリガロウの角が触れた瞬間、魔力の刀身が砕け散り、リガロウは勢いを失うことなくリナーシェの元まで突撃する。

 普通ならばこれでリガロウの角が相手に突き刺さり勝負が決まるわけだが、そうならないのがリナーシェだ。


 「まぁだまだあああああ!!!」

 「グルァアアアアア!!!」


 魔力の刀身が砕け散り霧散した瞬間、彼女はグレートソードを手放し、薙ぎ払いの勢いのまま一回転すると、今度は槌を手にしてリガロウの突進の迎撃に出たのだ。

 当然、槌にも十分な量の魔力が込められている。両者の衝突は巨大な爆発が起きたと錯覚するほどの衝撃を周囲に巻き起こした。


 「ぐっ…!な、なんと凄まじい…!」

 「これ!試合場は大丈夫なんですか!?壊れちゃったりしません!?」


 あまりの衝撃に城に勤める兵士や騎士が試合場の設備が壊れたりしないか心配しているが、安心して欲しい。訓練場に来た時点で私が補強済みだ。

 元々試合場の強度はリナーシェが全力で暴れても問題無いように作られているが、念のためというヤツである。


 そんなことよりも試合の行方である。


 お互いの攻撃は、ものの見事に相殺し合えたらしい。リガロウの突進も、魔力の刃を砕いた際に角に込められていた魔力をいくらか消費してしまったためか、リナーシェの槌の一撃とそう変わらない威力まで落ちてしまったのだ。


 両社が衝突した衝撃の中、どちらも硬直はしていなかった。

 リナーシェはすぐに槌から手を放し、短刀を右手に、蛇腹剣を左手に持ってリガロウと激しい格闘戦を繰り広げている。


 リナーシェには周囲に浮遊させている月獣器があるため人間とは思えないほどの手数を有しているが、手数の量ならばリガロウも負けてはいない。

 それは全力でぶつかり合う前から分かっていることだ。

 しかも今度は一切の容赦をする気もない。


 体術を織り交ぜながら至近距離からの前後の爪から飛爪を放ち、尻尾からは飛剣を飛ばし、魔力噴射による回避と攻撃。それらに加えて口から噛みつきと弾丸ブレス。更には魔術まで使用してリナーシェを追い詰めていく。


 飛爪と飛剣を掻い潜り、弾丸ブレスと魔術を浮遊した月獣器で迎撃し、肉薄できたとしても噴射加速によって距離を離されてしまう。

 かと思えば急激に距離を詰められて格闘戦を強要され、牽制を封じられてしまう。


 そんな攻防が続きお互いが全力を出し始めてから1時間が経過しようとした時、ほんの僅かに生じたリガロウが見せた隙にリナーシェの目が光ったのだが、彼女はここにきて新しいことをするでもなく、リガロウの尾撃をまともに受けたことで勝敗が決した。


 どうやらリナーシェは、リガロウには真の切り札を見せる気はないらしい。

 彼女は、間違いなく『補助腕サブアーム』を習得している。


 リナーシェが試合の最後に見せた目の輝きは、私にそれを確信させた。

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