第378話 長めのインターバル

 リガロウの尾撃が見事に決まり、試合の勝敗が決した瞬間、試合を観戦していた周囲は静寂に包まれていた。全員が決着の瞬間に息を呑んでいたのである。


 「し、勝者、リガロウ!」

 「グルォオオオン!!」


 審判を務める宝騎士が一番最初に我に返り、やや慌てた様子で決着の宣言をすれば、リガロウはその声に合わせて勝利の雄たけびを上げていた


 互いを認め合い、戦いの中でお互いが成長し続ける、良い戦いだった。

 周囲は未だに静まり返っているが、リガロウとリナーシェに、惜しみない拍手を送らせてもらおう。


 私の拍手に周囲の観戦者達も我に返り、一斉に歓声と拍手を送り出した。"ダイバーシティ"達もそれは変わらない。

 彼等は5人共、リナーシェがリガロウ相手にここまでやるとは思っていなかったようだな。


 ただ、リナーシェの戦いを目の当たりにして、少しだけ安堵の表情を見せている。

 客観的に彼女の全力を見ることができて、自分達が一方的に打ち負かされる心配はないと判断したのだろう。


 しかし、"ダイバーシティ"達の表情に油断はない。今しがた安堵の表情を見せていると言ったが、どちらかと言うとむしろ、不安の方が強いと言っていい。

 彼等も、リナーシェの成長性を理解しているのだ。

 リガロウとの戦いで急激に成長していく彼女の姿に、彼等はさぞ危機感を抱いたに違いない。


 そういえば、次は"ダイバーシティ"達にリナーシェと戦ってもらいたいとは、誰にも伝えてはいなかったな。

 私が勝手にそうしたいと考えただけだし、この要望は通るだろうか?


 「あーあ…負けちゃったかぁ…。ま、でも楽しかったわ!またやりましょ!」

 「お前…」


 試合場の機能のおかげで碌にダメージを追っていないリナーシェが、けろりとした表情でリガロウに再選を申し込む。そんな様子に、あの子は呆れた視線を送っている。


 負けたことを特に気にしていない様子に対してではない。

 リガロウは気付いていたのだ。リナーシェが何かをしようとして、やはりやめてしまったことを。彼女の技の全てを観れずに、不満を抱いているのだ。


 その不満はリナーシェにもしっかりと伝わったらしい。


 「ゴメンって。でも、アレはノアか"ダイバーシティ"達に最初に見せたかったのよ。また日を改めて、今度は最初から全力でやりましょ!」

 「…ま、いいさ。次も俺が勝つし、お前が何を隠していたとしても、アイツ等はともかく姫様が負けるとは思えないしな」

 「言ってくれるわねぇ…。見てなさいよ?アナタ達がこの国にいる間に、絶対に一回はアナタに勝って見せるんだから!」

 「望むところだ。戦いの中で成長するのはお前だけじゃないことを教えてやる」


 …リガロウとリナーシェ、随分と仲良くなったみたいだな。しかもあの調子だと明日にでも再戦しそうだし。


 羨ましい。私など、今まで一度もリガロウと戦ったことがないというのに。あの子は相変わらず私と戦うことを避けるのだ。

 私を敬ってくれるのは構わないのだが、私もあの子に稽古をつけてあげたいというのに…。


 …家に帰る時は、一緒に噴射飛行で帰ろうか?

 数ヶ月程度とは言え、噴射飛行の扱いに関しては私の方が先輩なのだ。何か教えられることがあるかもしれない。


 あ、リガロウが私の元に戻ってきた。

 試合中に嬉しい事を言ってくれたし、優しく抱きしめて沢山撫でて可愛がってあげよう。


 両手を広げてリガロウを迎えてあげれば、あの子は嬉しそうに私の元まできて頬擦りをしてくれる。その上甘えた声まで出してくれるから、もう可愛くて仕方がない。


 「お疲れ様。リナーシェとは随分と仲良くなれたようだね?」

 「見どころのある人間です。俺も進化したからと言って、いつまでもいい気になってはいられないですね」


 おお!リガロウが私に指摘されるでも無く自分を戒めたぞ!?リナーシェとの戦いは、この子にとって自分を見直すいい機会になったようだ!後でリナーシェに礼を言っておこう!


 そしてそのリナーシェなのだが、このまま"ダイバーシティ"達と連戦するつもりのようだな。試合場から移動する気配がない。

 彼女は、現在の"ダイバーシティ"達の実力を正確に把握していないため、今の状態でも十分戦えると踏んでいるのだろう。彼女の視線は、ティシア達5人に向けられていた。


 リナーシェは、リガロウの次は"ダイバーシティ"達と戦うつもりなのか。

 私もそのつもりだったから構わないのだが、すぐに戦おうというのであれば、流石にそれは甘く見積もり過ぎだ。

 彼女の奥義を1時間も継続できるようになっていたのは褒めるべきだし、それでもまだ余裕があるようだが、消耗していることに変わりはないのだ。


 それを敗北の理由にされても面白くはないし、リナーシェも納得しない筈だ。そもそも、良い時間なので、いったん試合は中断した方が良いだろう。


 「さ、次を始めましょ!私はまだまだいけるわよ!」

 「元気なのは良いことだけど、消耗した状態で戦って、それで負けたら目も当てられないよ?」

 「む…」

 「あとリナーシェ。そろそろ昼食の時間だよ。次の試合は、食事を終わらせてからにしよう。食事をしながら、貴女とも色々と話をしたいしね」


 リナーシェの元へ行き、試合を続けることに待ったをかけると非常に不満気な顔をされてしまった。

 だが、続けてもう昼食の時間であることと、私が彼女と話がしたいことを伝えると急に上機嫌になった。相変わらず現金な娘である。


 審判役を務めていた宝騎士に時間を訊ねれば、現時刻は午前14時42分だと張りのある声で答えてくれる。

 リナーシェもそれで昼食を取る気になったようだ。


 「いいわ!お昼にしましょう!ノア!アクレインでの話や"ワイルドキャニオン"での話を詳しく聞かせてちょうだい!」

 「勿論だとも。それに、チヒロードで経験したことも話させてもらおう」


 昼食を了承すると、一足飛び出フィリップの元まで跳躍し、彼と腕を組んで再び私のところまで戻ってくる。

 戦っている時以外はリナーシェは基本フィリップに触れていたいようだ。

 顔が好みだと言っていたが、だからと言ってここまで密着していたいものなのだろうか?後で常に密着している理由を聞かせてもらおう。



 食事は食堂でフロドや彼の妃、それにフィリップ以外の兄弟達とも一緒に取ることとなった。

 "ダイバーシティ"達は勿論、なんと意外なことにリガロウも一緒である。私がこの子のことを非常に気に入っているためか、気を遣ってくれたようだ。

 しかもリガロウに提供される食事も人間の料理と同じ物だ。それもこの子に合わせた量である。


 この子がが人間の料理を食べるのは初めてになるな。

 初めて人間の料理を食べさせる時は、私の作った料理を食べさせたかったという気持ちもあるため、少しだけ複雑である。

 だが、提供された料理は匂いからしてそれが非常に美味いものだと理解できる。リガロウの味覚は人間とそう大差ない味覚のようだ。きっと満足するだろう。


 実際に口に運んでみれば、濃い味付けの中にも繊細さが見て取れて、料理人の試行錯誤が感じられるとても美味い料理だった。

 食感も素晴らしく、この日のために最高の食材も用意してくれたようだ。ニスマ王国の気遣いを素直に感謝し、思う存分堪能させてもらおうとしよう。


 リガロウも前足で器用に器を掴み、容器に盛り付けられた料理を口の中に放り込んでいく。その様子は、王族達にはさぞ珍妙に映ったようだ。とても興味深そうにしていた。


 この子がその気になれば、フォークやナイフと言ったカトラリーの類も扱えないこともないのだろうが、この子は目の前にいる王族達に対して、そこまで気を遣う気はないようだ。食べたいと思ったものを好きなように食べている。


 「リガロウ、美味しい?」

 「はい!人間の食べる料理というのも悪くありません!後は食べ応えがあれば言うことはないです!」


 リガロウに合わせた量とは言え、提供された料理は人間のサイズに合わせた形状をしている。

 この子が好むのは、口いっぱいに頬張れるような食事なのだ。巨大な肉塊の丸焼きなんかがあれば、大いに喜んでいただろうな。


 だが、味自体は気に入ったようだ。

 一つの器の料理を口に流し込むたびに、とても嬉しそうな表情をしている。


 「我が国の料理の味、リガロウ君には気に入ってもらえたようだね」

 「そうみたい。この子は人間の料理を食べるのは初めてだから、人間の料理もこの子にとって美味しい食べ物だって理解できたと思うよ」

 「それは良かった。まだまだたくさん料理は用意できるから、好きなだけ食べると良い。先程の試合、実に素晴らしかったよ」

 「?お前達も見ていたのか?」


 見ていたのだ。尤も、訓練場ではなく、城内の上層からではあるが。

 劇場で私がもらった簡易望遠鏡のようなものを使ってこの子達の試合を観戦していたのである。

 言葉通り、試合の内容はとても楽しめたようで、フロドは非常に上機嫌である。


 別にリナーシェが敗北したことが嬉しかったというわけではない。純粋に試合の内容がフロドにとって興奮するほどに楽しめた内容だったというだけの話である。


 が、リナーシェはそうは捉えなかったようだ。


 「非道いわね、御義父様ったら!義娘が負けるところを見て楽しかっただなんて!フィリップ、慰めて!」

 「は、はは…。ち、父上も、君が負けたから喜んでいるわけではないよ」


 そう答えながら、フィリップは自信の父親であるフロドに視線をチラチラと送っている。リナーシェに何か言ってほしそうにしている。

 口には出していないが、彼はフロドに対して[お願い!何とかして!]と言っているようにしか見えない。


 「ん?ああ、違うよリナーシェ。誤解しないでくれ。君とリガロウ君の戦う様がとても勇ましく、興奮させてもらったからね。純粋に試合の内容が素晴らしかったと褒めているのだよ」

 「なぁんだ、それなら別にいいわ!義娘の負ける姿を見て喜んでいるようだったら、その分いっぱいフィリップに慰めてもらおうと思ってたから、それはそれで別にいいけど」

 「………」


 なるほど。リナーシェが不機嫌になると、そのしわ寄せがほぼすべてフィリップに向かうらしい。

 詳しくは分からないが、おそらく今見ている以上にフィリップに甘えるのだろう。それも夜の時間に。つまりは、夫婦の営みがいつも以上に激しくなるのだと思う。


 普段から毎晩やつれるほどに行為を行っているというのに、更に求められたらフィリップとしても堪ったものではないのだろう。

 フロドにフォローを懇願したのは、そういうことのようだ。


 この話は続けない方が良さそうだな。微妙に話の路線を変えさせてもらおう。ちょうど私の話したいことでもあったしな。


 「そういえば、リナーシェは『格納』を使えるようになっていたんだね。私がファングダムにいた時はまだ使えていなかったのに」

 「ふふん!凄いでしょ?少しでもノアに近づくために、頑張ったんだから!私には『大格納』が使えればそれでいいと思ってたんだけど、コレがいざ使ってみると凄く便利なのよね!もっと早くに知りたかったわ!」


 リナーシェはこう語っているが、実を言うと彼女の『格納』の使い方は異常である。

 本来、『格納』は戦闘中に即座に武器を持ち変えるために使用するような、頻繁に使用できるような魔術では無いのだ。


 ただ、私はこの武器の使い方をする人物を一人知っている。


 「スーヤ」

 「や、リナーシェ様が教えて欲しいって物凄い剣幕で言って来たから!断れるわけないじゃないですか!」


 別に怒っているわけではない。むしろ良く教えてあげたと、良く教えられたと褒めたいぐらいだ。


 「教えたのは私になります。スーヤは感覚派なので」

 「エンカフは教師に向いてるわよ!私に子供ができたら、その子の魔術の教育係にしたいぐらい!」


 絶賛である。確かに、"ダイバーシティ"達は全員が『格納』を使用できる。本来ならば高等魔術とされ、冒険者パーティに一人いれば十分すぎると言われるほどの魔術だ。

 それを全員が使用できるのは、間違いなくエンカフがパーティメンバーに使い方を根気よく教えたからだろう。

 魔術の苦手なアジーまでもが使用できるのだ。彼女が『格納』を使用できるようにした経験と実績が、リナーシェに『格納』を習得させる一助となったのだろう。


 まぁ、教えるのが上手いからと言って、教育者に向いてるかと言えばそうとも言えないのだが。


 エンカフは根っからの研究者である。暇さえあれば自身の工房に引き籠り研究に没頭する人間である。

 彼がパーティメンバーに『格納』を教えたのも、そうすることで荷物持ちとしていちいち駆り出されて研究の時間を奪われないようにするためだろう。


 そして現状エンカフは冒険者である。


 「大変光栄ではあるのですが、私はまだ見ぬ未知を求める身ですので…」

 「残念ねぇ…」


 心から残念そうにそうつぶやいたのは、フロドの妃だ。

 エンカフは寿命の長い妖精人エルブだからな。彼が国に仕えて王族の教育係や宮廷魔術師にでもなれば、少なくとも魔術に関しては安泰だと考えているのだろう。

 そして、彼が寿命の長い妖精人だからこそ、まだ諦めていないのだ。



 その後も私がこれまでの旅行で経験してきたことやリナーシェがどのような修業をしてきたのかといった内容や、私がこの国に来る少し前にオリヴィエから手紙が届いたと言った会話を続けながら、ゆっくりと食事を取り続け時刻は午後2時15分。

 食後の休憩も終り、いよいよ試合の再開にリナーシェの意識が向いたようだ。


 試合場に再び足を運んだ後、私達に弾んだ口調で試合の再開を促してきた。


 「さ!続きをやりましょ!次は"ダイバーシティ"!アナタ達と戦いたいわ!」

 「だよねー。リガロウとの試合が終わった後、コッチ見てたもんね~」

 「思った以上に戦闘中でのリナーシェ様の成長速度が早かったわね…。正直、二戦目に私達を指名してくれて助かったわ…」

 「へっ!上等だぜ!リナーシェ姫様、今までのようにいくとは思わねぇで下さいよ!?」


 リナーシェからの指名を受けた"ダイバーシティ"達の反応は様々だ。

 そもそも最初からあまりリナーシェと戦いたくないスーヤはややげんなりとしているし、リナーシェがリガロウとの戦闘で成長していることを正確に見抜いたティシアは少し安堵している。

 そしてアジーはこの時を待ちわびていたと言わんばかりに魔力を放出する。


 その魔力を受け、リナーシェはリガロウとの戦闘中に見せていた獰猛な笑みを露わにする。アジーの闘志が彼女の琴線に触れたようだ。


 「フフフ…!良いわ…!アナタ達をノアの元に送って正解だったわ…!こんなにも、私は興奮してる…!」


 そしてアジーの魔力を押し返すように自分も魔力を放出し始めた。まだ試合場に立っていないというのに、既に臨戦態勢だ。


 〈リガロウ少年と戦ってた時も思ったんですけど、人間って強いのはここまで強くなるんですねぇ…。主、大丈夫です?この人間、個人の力だったら主達よりも強いですよ?〉

 「分かってるわよ。一対一でリナーシェ様に勝てるだなんて思ってないわ!だけど、私達がノア様の修業で得たものをぶつければ、きっと勝てるわ!っていうか、勝たないと不味いの!」

 〈ぴ、ぴよぉ…領域の主様と一週間は無理ですぅ~…!〉


 ティシアは契約の内容をしっかりと覚えているようだ。

 勝てなかった時に自分達がどうなってしまうのか、彼等は理解している。そしてフーテンもしっかりと覚えていたようだ。

 試合場にリナーシェと"ダイバーシティ"達が立ち、戦闘態勢をとる。


 「冒険者パーティ"ダイバーシティ"、リナーシェ様、双方準備はよろしいか!?」

 「バッチリよ!」

 「「「「「応っ!!」」」」」


 引き続き審判役の宝騎士の問いに、6人とも威勢よく答える。


 「さぁ、アナタ達の修業の成果、見せてもらうわよ!!」

 「始めぇいっ!!!」


 第二の試合、リナーシェとダイバーシティ達の戦いが始まった。


 おそらく、この試合でリナーシェは『補助腕』を使用するだろう。


 どの程度扱えるのか、しっかりと見せてもらうとしよう。

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