第439話 お開き

 ヴィルガレッドから本を受け取り、早速表紙をめくってみる。

 そこに書かれていた内容は、年月と何者かの名前であろう名称の羅列だった。

 名称の隣には、ページを指す番号が振られている。最初のページは、やはり目次のようだ。


 「今のそなたには有益な情報ともなるだろう」

 「どういうこと?」

 「その書物はな、異邦の地よりこの地に現れた者達の時期と、その生涯を記したものである。著者は誰であろう、この余であるぞ?」


 つまり、異世界人の活動内容が記された本、ということか。

 軽くページをめくって内容を確認してみれば、異世界人がこの世界に現れた時期は勿論、その場所に加えてどのような行動を行っていたのかが鮮明に記載されていた。


 彼等がこの世界に現れた場所に訪れて『真理の眼』を使用すれば、アグレイシアの干渉があったか確認ができるだろうし、異世界に干渉する要素を知覚できるかもしれない。

 確かに、異世界人の情報を求めている私にはありがたい書物だ。

 しかし、随分と内容が細かいな。勇者アドモ以外、直接会ったわけではないだろうに、良くここまで事細かく内容を記入できたものだ。


 「なに、大したことではない。異邦の地より何者かが現れれば、その気配を余は察知できる故な。その活動をこの目に収めていたのよ」

 「つまり、覗き見?あまり趣味が良いとは言えないね」

 「失敬な。監視と呼ぶがよい。今はそれほどではないが、異邦の地より現れた者共は、総じて利己的な者共が多い故な」


 人間もドラゴンも、様々な性格の者がいるのは同じだ。それは異世界人も変わらないのだろう。

 本の内容には、平穏な生涯を送った者もいれば、冒険者として活躍した者、悪行の限りを尽くして若くして処刑された者、国主となった者、本当に様々である。


 私がアグレイシアの存在を知るきっかけになった、魔獣になった少年に関しても記入してあるな。

 なお、その魔獣になった少年に対してヴィルガレッドが察知していながらも干渉していなかった理由なのだが、魔獣の標的の殆どが人間であり、自分には無関係だと考えていたからのようだ。


 後で五大神から協力して欲しかったと苦情を言われたらしい。まぁ、ヴィルガレッドが動いたらそれはそれで被害が大きくなっていただろうが。


 ああ、なるほど。この件があったから、ヴィルガレッドはルグナツァリオから異世界人の監視を頼まれたのか。

 そうしてそれ以前の異世界人に関しても覚えている内容を本に記録したようだ。

 うん、勇者アドモやマコトに千尋、そしてジョージのことも記載されているな。


 これはつまり、今も監視を続けていると言うことか。


 「うむ、最近没した錬金術師が分不相応の力を使った過去もあったでな。まぁ、一度使ったきりで二度と使う気は起こさなんだが…。そういうこともあるでな、監視は今後も必要であろうよ。何時悪用されるか、分かったものではない。"女神の剣"なる不届き者共がいるというのであれば、尚更である」


 約80年前と言うのは、別に最近ではないのだが…。ヴィルガレッドの感覚からすれば、最近の出来事なのだろうな。

 しかし、流石のヴィルガレッドもあの力には警戒をするか。"女神の剣"のような者達がいると分かった以上、その警戒を緩めることはないようだ。


 うん?そう言えば、今も内容を記入し続けている本を渡してしまって、大丈夫なのだろうか?


 「案ずるな。その本は複製した特別製よ。この原本に記載した内容がその本にも記載されるようになっておる。少々空間も弄っておるでな。見た目以上のページ数があるのだ」

 「ああ、言われてみれば確かに。へぇ…便利なものだね」


 言われて気付いたが、本の厚みは精々が300~350ページほどの厚みであるにも関わらず、目次には4桁のページ数が記載されていたので、少し違和感を覚えていたのだ。

 それに、他にも面白い機能が備わっている。

 私が受け取った本は複製品であり、原本に今後ヴィルガレッドが記入をすれば、こちらの本にも内容が更新されるのだ。

 つまり、今後はヴィルガレッドからも異世界人の情報が送られてくると考えていいのか。


 うん?それってつまり、私にも異世界人を監視しろ、と言うことなのか?

 この本は、龍脈を整えた褒美だと聞いたはずだが…。仕事を追加で依頼されたような気がする。


 「気が向いたらで構わん。それに、異邦の地より来た者に干渉するのは、そなたも望むところであろう?監視はこちらで行っておく故、そなたは好きにするがよい」


 仕事の依頼、と言うわけではなかったようだ。


 そう言えば、ヴィルガレッドは異世界から人が来るとその気配を察知できると言っていたな。

 気配を察知できるのならば、異世界への干渉方法も知っているのではないか?と言うか、異世界人の気配の察知方法だけでも教えて欲しい。


 「数多のドラゴンの頂点に立つ余とて、全能ではない。異邦の地に干渉する術は余には分からぬよ。だが、あ奴等の気配を察知したいというのであれば、伝授するのも吝かではない。そなたならば、問題無くあ奴等の気配を察知できるようになるであろうよ」


 なら、遠慮なく教えてもらうとしよう。

 ついでだ。ルイーゼやヨームズオームにも教えてあげてもらうとしよう。

 ヨームズオームはともかく、ルイーゼなら何かの役に立てそうだ。


 ―なになにー?新しいことおしえてくれるのー?―

 「わ、私までヴィルガレッド様の教えを受けられるだなんて…」

 「遠慮はいらぬ。教えても察知できるようになるかどうかは、また別の話であるからな。出来なくても気を落とすでないぞ?」


 そうして異世界人の気配を察知する授業、のようなものが始まった。



 ヴィルガレッドの授業の結果、異世界人の気配が察知できるようになったのは私とルイーゼだ。

 残念ながらヨームズオームは習得できなかったらしい。まぁ、この子が異世界人の気配を察知できたとしても、だから何だという話ではあるのだが。


 早速、異世界人の気配をたどってみる。

 ………うん、現在この世界にいる異世界人はマコトとジョージの2名だけらしい。

 異世界の情報を得られる機会が減ることを嘆けばいいのか、異世界からの干渉がこれ以上ないことを安堵すればいいのか、少し反応に困るな。


 過去にはさらに複数の異世界人が活動することもあったようだ。

 ヴィルガレッドもアグレイシアの存在までは分からなかったので、異世界人が複数いた理由に奴の干渉があったかどうかまでは分からないのだ。

 多分だが、異世界人がこの世界に来る原因のすべてが奴の手によるものではないと思っている。


 少なくとも、魔獣になった少年はアグレイシアと会話を行っているようだったからな。これまでの異世界人の中にも、アグレイシアと会話を行っていた者がいるかもしれない。

 これから接触する予定のジョージにも聞いてみないとな。


 「ねぇ、ノア?」

 「ん?何?」

 「読書しながら対局するって、随分余裕ね…」

 「ん、まぁ、そうだね。読書も対局も同時にできるからね…」


 現在はルイーゼとチャトゥーガによる対局中である。

 本の内容が気になるため、本を読みながらルイーゼの相手をさせてもらっているのだが、彼女からしたら手加減されていると思われているのかもしれない。

 別に手加減をしているつもりは無い。情報の並列処理ができれば、読書をしながらの対局も十分可能だからである。


 ルイーゼもその辺りは分かっていると思うのだが、そうでもないのか?


 「並列処理をしなければその分頭は回るでしょうが」

 「そうは言っても、読書してなくても私の場合は変わらないよ?」

 「アンタの場合、並列処理の一つや二つじゃ情報処理能力に変化は無いってこと?ホンット、規格外なんだから…」


 そうは言うが、ルイーゼも人間達から見れば大概な存在だとは思う。

 なぜならば、彼女も世界有数の強者の1人なのである。人間達が世界最強の人類ではなく存在を語るとしたならば、間違いなく抜擢されるほどの力を持っているのだ。


 ルイーゼとて自分の力がどれほどなのかは自覚している筈だ。自分は規格外ではないとでも言いたげなのは、やはりどうかと思う。


 「コレで詰みだね」

 「う゛っ…。はぁーっ。一応聞くけど、アンタって、これで負けたことあるの?」

 「今のところないよ?」


 私の回答を聞き、ルイーゼが勢いよく顔を下に向けている。知っていて対局したんじゃなかったのか。


 「ヨームズオームからは強いとしか聞いて無かったわ…」

 「まぁ、なかなか手強かったよ。ソレの効果、ちゃんとあるみたいだね」

 「コレ付けて敵わないってどういうことなの…」


 今のルイーゼは、私が渡した指輪の効果によって大幅に情報処理能力が飛躍的に上昇している。そのため、先程の対局はヴィルガレッドとの対局同様歯応えがあった。


 次のルイーゼの対局相手はそんなヴィルガレッドとだ。私はヨームズオームとのんびり対局しながら、どちらが勝つかを観戦させてもらうとしよう。



 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、そろそろサーディワンへと戻る必要がある時間だ。今日中に宿に戻ると伝えているからな。


 ルイーゼを迎えに行く際に宿へと向かわせた幻は、あの後普通に城門を通って"ドラゴンズホール"へと向かっている。

 絶えず冒険者達がかの大魔境に挑み続けているため、実際に行動しているところを見せないと証明にならないのだ。


 帰った後は何らかの成果を見せた方が良いと思う。まぁ、どうするかは既に決めているのだが。


 ルイーゼとヴィルガレッドの対局は、1勝2敗。1勝でもできたことに、ヴィルガレッドは非常に驚いていた。

 その結果、その後も対局を付き合わされたのだが。良い遊び相手として彼の目に留まったのだろう。


 ヴィルガレッドは私に勝利することを諦めていない。今後もこうして皆で集まり、再び飲み食いして遊ぶこともあるだろう。その時がとても楽しみだ。


 ヨームズオームはもうしばらくヴィルガレッドと一緒にいるらしい。就寝時間になったら家に帰るのだそうだ。

 そのまま泊まって行っても構わないと伝えたのだが、家の皆に今日中に帰ると伝えているらしい。約束を守るのは良いことだ。偉いと褒めて優しく顔を撫でてあげた。


 そして場所は魔王城上空。再び別れの時が来てしまった。

 再会できることは分かり切っているというのに、やはりとても名残惜しい。


 そんな私の気持ちなど分かり切っていると言わんばかりに、ルイーゼが両手を広げてくれた。


 「アンタのことだからどうせ抱きしめていいかって聞いて来るんでしょ?ホラ、抱きしめてついでに頭も撫でてあげるから、さっさと来なさい?」

 「うん!」


 抱きしめられて、頭を撫でられ、全身が多幸感で満たされる。

 本当に、大好きだ。生涯、大切にするべき親友だ。


 今後も、突拍子もないことを伝えたり悪戯をしたりで、ルイーゼを振り回して迷惑を掛けることがあるかもしれない。だが、それでも彼女とは笑い合える仲でいたい。


 十分に幸せな時間を堪能したところで、お互いを自分の腕から解放する。


 「今度会う時は、魔王国で、だね」

 「ええ、『幻実影ファンタマイマス』。ちゃんと習得して見せるわ」

 「ルイーゼなら、絶対にできるよ」


 ルイーゼが自分の城へと帰っていく。

 その後ろ姿を眺めていると、やはり名残惜しく感じてしまうな。ぬいぐるみを抱きしめておこう。


 そうだ、ぬいぐるみを作ろう。

 ぬいぐるみをくれたお礼に時計カバーを私はしたが、私からもルイーゼにぬいぐるみを送りたくなった。

 素材は、折角だからフレミーに頼もう。あの娘の糸で作った生地や綿で大きなぬいぐるみを作って、ルイーゼにプレゼントするのだ。

 遠慮されてしまうことも考慮して、すぐに渡すようなことはしない。彼女の誕生日にでも渡すとしよう。


 いつまでも魔王城の上空に留まり私の存在を観測される訳にもいかない。さっさと転移でこの場を離れよう。


 転移する先は、"ドラゴンズホール"の上層。"楽園"で言うなれば"浅部"に相当する場所だ。

 人間達に"ドラゴンズホール"で探索をしたという証拠であり成果を見せるためだ。

 早速目的の反応を見つけたので、目の前に転移させてもらった。


 〈あ、あああ貴女様はぁあああああ!??!?〉

 〈ご機嫌麗しゅうぅううううう!!〉

 〈い、以前お会いした時よりも、ますます御力を身に付け、そして美しくなられたようで…ま、誠にお慶び申し上げます!!!〉

 「あーうん、久しぶり。元気だったみたいだね」


 私が向かったのは、以前にも会ったことがある、私に忠告をしてくれたハイ・ドラゴン達である。相も変わらず、私の姿を見た途端に横一列に綺麗に並んで平伏しだしてしまった。

 流石に数ヶ月も経過していると、私が地面にめり込ませたドラゴン達の姿はない。

 この場にいるハイ・ドラゴン達が言うには、あの状態で私とルイーゼが転移して来たころには既に意識が戻っていて、私達がヴィルガレッドの元へ転移した直後に一目散に逃げだしてしまったのだとか。

 今後は、私の姿を見つけても絡んでくることはないとのことだ。


 ただし、それはあくまでもあの時地面にめり込ませた4体だけの話であり、他の力だけはあるアホなドラゴン達は私に一度は絡んでくる可能性があるらしい。

 以前"楽園"に襲撃してきた連中の態度を考えれば、納得できる話だ。


 さて、そんなことよりも私は彼等に用があるのだ。


 「私を乗せて、ここから一番近い人間達の街まで向かってもらえる?」

 〈人間達の街へですか?〉

 〈向かうだけでいいんですか?〉

 〈焼き払ったりしなくて良いんですか?最近、近くの人間どもがうざったいことこの上ないんですよねぇ…〉


 なにやら冒険者達がこの"ドラゴンズホール"で活発に動いているらしい。

 うざったいとは、随分な言いようだ。ハイ・ドラゴン達に度胸試しでもしているのだろうか?

 上澄みの"一等星トップスター"冒険者のパーティならばハイ・ドラゴンと戦えないこともないだろうが、それでも生還率は非常に低い。一般の冒険者が関わるなど自殺行為にも等しいのだ。


 少々過激、というか血の気の多い意見を軽く否定しながら、私の目的を伝えさせてもらおう。


 「焼き払わない焼き払わない。貴方達の姿を見せて、少し人間達を驚かしてくれればそれで良いよ」

 〈お安い御用ですとも!ささ!どうぞ俺の背にお乗りください!〉


 真ん中にいたハイ・ドラゴンが自分の背に乗るように促してきたのだが、それに待ったをかける者達が現れた。彼の左右にいたハイ・ドラゴン達だ。


 〈おぅ待てやコラ。何シレッとテメーがこの御方をお乗せしようとしてんだよ〉

 〈あ?〉

 〈こういうのは、公平に決めねぇとなぁ…!〉

 〈〈〈………〉〉〉


 3体のハイ・ドラゴン達がお互いに顔を向け合い睨み合っている。まさかこの場で喧嘩でも始めるつもりか?


 〈上等だオラァ!!かかってこいやぁ!!!〉

 〈いい機会だ!こん中で誰が一番上かってのを教えてやらぁっ!!!〉

 〈この御方を背に乗せる栄誉は、この俺のもんだあああああ!!!〉


 ハイ・ドラゴン達が殴り合いを始めてしまった。彼等は皆体長20m以上ある巨体だから、間近で見ると、凄い迫力だな。


 早く街に帰りたいので、ちょっと大人しくなってもらおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る