第440話 誘いに掛かった

 大人しくしてもらおうにも、力の加減は慎重に行わないとな。

 以前、地面にめり込ませたハイ・ドラゴン達の時以上に小さな力を扱わなければならない。

 まして、あの時の私は龍脈と繋がり進化する前だったのだ。力のコントロールは繊細を極める。

 まぁ、家での日課であるトレーニングを欠かさなかった私ならば、できないことではない。


 3体とも、それぞれに意識が集中しすぎて私のことなど既に意識から抜けてしまっている。

 尻尾を伸ばし、特に魔力も込めずに尻尾カバーで素早く3体の頭を地面へと叩き落すとしよう。


 〈ぐわっ!?〉〈んぎゃあっ!〉〈ゴヘェッ!?〉

 「私は早いところ街に行きたいんだ。喧嘩して余計な時間を作らないでほしい」

 〈〈〈も、申し訳ございませんでした…〉〉〉


 とても反省してくれたようなので、このぐらいにしておこう。もしも彼等よりも上の立場のドラゴンから説教を受けるようなら、コッテリと絞られると良い。


 ところで"ドラゴンズホール"のドラゴン達なのだが、ヴィルガレッドは彼等に対して特に取り締まりをしたりしているわけではないようなのだ。力だけはあるアホが何をしようと好きにすればいい、というスタンスである。

 まぁ、その代わり表向き"ドラゴンズホール"の主とされている、竜王ドラゴンロードが黙っていないらしいのだが。


 "ドラゴンズホール"の竜王、ガンゴルードは、偶にヴィルガレッドと連絡を取り合っているらしい。ヴィルガレッドのことを主上の存在として崇め、絶対の忠誠を誓っているのだとか。


 そんな忠誠を誓われているヴィルガレッドなのだが、ガンゴルードに対してやや煩わしさを覚えているようだ。

 彼曰く、[雄にああまで言寄られても嬉しいとは思わぬわ。あ奴が雌ならば、少しは変わっていたのかもだがのぅ…]とのこと。

 そこまでくると、向けられている感情は忠誠だけでは無いような気もするが…。あまり深く考えないようにしておこう。


 さて、そんなガンゴルードなのだが、非常に厳格な性格でもあるとのことだ。ドラゴンとしてみっともない行為は許さないらしい。

 彼自身もドラゴンであるため、多少の横暴は大目に見るらしいのだが、あまりにも度が過ぎた行動を取れば、例え上層に生息する末端のドラゴン達にすら叱りつけに来るらしい。

 ガンゴルードの名は、"ドラゴンズホール"全体で見ても恐怖の象徴とされているようだ。


 尤も、判断が人間基準ではなくドラゴンの基準となっているため、少なくとも私に絡んで来たあの4体程度の行動ならばまだ許容範囲のようだ。

 ガンゴルードも私が何者かを理解しているので、2度目は無いらしいが。


 3体のハイ・ドラゴン達も大人しくなってくれたことだし、さっさと一番近くにいたハイ・ドラゴンの背に乗って移動してもらうとしよう。


 「ゴ!?グギャアアアアン!!?!」〈お!?おあああああ!!?!〉

 「ギャオオオオオン!!!」〈うぉおおおおおん!!!〉

 「シャギャアアアアア!!!」〈そんなぁあああああ!!!〉


 一番近くにいたハイ・ドラゴンの背に乗った途端、3体同時に大声で叫び出した。

 1体は歓喜の叫びで、残りの2体は落胆の叫びだ。よほど私に乗ってもらえなかったのがショックだったらしい。


 仕方がないので、背に乗らなかった2体には私の魔力を少し多めに渡しておこう。

 当然、背に乗ったドラゴンにも私の魔力は渡す。一応私の要望を応えてくれる彼等に対する、対価のようなものだ。


 魔力を多めに受け取った2体の機嫌も良くなったようだ。ただ、先程以上に大きな雄叫びで喜びを表現するのはどうかと思うが。

 ああ、周りのドラゴン達が反応しているじゃないか。こっちに来る前に移動してもらおう。


 「準備は良いね?そろそろ移動してもらえる?」

 〈ははぁっ!お任せください!人間どもの街までならすぐですよ!〉

 〈ワハハハハ!オラオラドケドケェ!偉大なる姫様の御通りだぞぉ!!〉

 〈見せもんじゃねぇぞ!だが慄け!崇めろ!称えろぉ!〉


 セリフが三下の悪党なんだが…。それを彼等に指摘したところでどうにもならないし、コレが若いドラゴンの基準なんだろうなぁ…。周りのドラゴン達も特にこの3体に対して悪感情を抱いていないようだし。

 むしろ、やや嫉妬交じりの尊敬の念すら感じられるな。此方に意識を向けているドラゴン達には、私のドラゴンの因子を認識できるのだろう。


 3体のドラゴン達は、私の魔力を受け取ったことで身体能力を始めとして様々な力が上昇したようだ。

 いつも以上に早く飛翔できるためか、非常に上機嫌である。まぁ、リガロウの方が速いがな。

 とは言え、純粋な戦闘能力で考えれば、まだまだリガロウはハイ・ドラゴンに並ぶほどの力はない。この3体の姿を見て、更なる向上心を持ってくれるようになれば嬉しい限りだ。



 サーディワンの住民達に対してドラゴンを連れてくるなどと言う報告はしていないため、上空から3体ものハイ・ドラゴンが街に迫ってくれば、これ以上ないほどの騒ぎになるのは当然の帰結だ。


 無論、理解したうえでの行動だ。

 私が"ドラゴンズホール"へと向かったのは周知の事実なのだ。ならば、街にいる人間達は私が何か大きなことを成し遂げて街に戻ってくると期待しているのは大体察しがついていたのだ。

 彼等は、私に自分達を驚かせるような何かを見せて欲しかったと言っても良いだろう。


 そんなわけで私は街の人間達を、ドライドン帝国の人間達を驚かすために、3体のハイ・ドラゴンを従えて街に戻ってきたと言うわけだ。

 あくまでも従わせただけであり、従魔契約を結んだわけではない。ハイ・ドラゴン達が私に従っているのは一時的なものにすぎない、という筋書きだ。そうでなければ、あまりにも影響が大きすぎるだろうからな。

 実際はと言うと、彼等は私が頼めば普通にこのまま私と共に行動してしまいそうな気配がある。

 しかし、私の同行者は依然変わりなくリガロウとヴァスターだけだ。彼等の同行を認めるつもりは無い。

 そもそも、彼等は体が大きすぎるから人間達の生活圏で行動できないのだ。


 慌てふためく人間達の様子を見て、ハイ・ドラゴン達が得意げになっている。


 〈偉大なる姫様!!目的地に到着いたしました!!〉

 〈恐れ戦け!こちらにおわすは偉大なる竜の姫君なるぞ!!〉

 〈グハハハハハッ!慌ててる慌ててる!アイツ等に届かない範囲でブレスでも吐いてやろうか!っあだぁっ!?〉


 人間達にはどうせハイ・ドラゴン達の声など聞こえないので、威張り散らすぐらいならば好きにさせるのだが、不必要に怯えさせるのはやり過ぎだ。尻尾カバーで軽く小突いておく。


 「あまり怖がらせない。だけど、ご苦労だったね。またいずれ、"ドラゴンズホール"には顔を出すことになる。その時には、再び貴方達の所にも顔を出すかもしれないね」

 〈ははぁっ!またの御来訪をお待ちしております!!〉

 〈我等で良ければ、何でもお申し付けください!貴女様のためならば、この命に代えてでも成し遂げて見せましょう!〉

 〈おさらばです!偉大なる姫様!!〉


 ハイ・ドラゴン達に感謝を告げてハイ・ドラゴンの背から飛び降りれば、彼等は思い思いの返答をしながら"ドラゴンズホール"へと帰って行った。


 ハイ・ドラゴン達の近くに集まってきた冒険者や騎士達は、1体のハイ・ドラゴンから何かが落下してきたのが確認できていたのだろう。落下している私に意識を向けている。


 「やあ、ただいま。まだ街には入れるよね?」

 「ノ、ノア様!?お、お帰りなさいませ!い、今のハイ・ドラゴン達はまさか…!」

 「"ドラゴンズホール"に遊びに行っている最中にちょっとね。遊び過ぎて遅くなってしまったから、彼等に頼んでここまで連れて来てもらったよ」

 「「「………」」」


 この場に集まっている全員が信じられない物を見るような目で私に視線を向けている。

 それはそうだろう。通常のドラゴンどころか、その上位種であるハイ・ドラゴンを3体も引き連れて来て、一時的とは言え従えていたのだ。私の知る限り、人間の歴史上前代未聞の偉業である。


 驚いているのは良いのだが、そろそろいい時間なのだ。このまま何も反応がないと街に入れなくなってしまう。

 いや、転移魔術や『幻実影』からの『入れ替え』を使用すれば問題無く街の中には入れるが、それは普通にルール違反だ。人間の生活圏で人間として活動する以上、ルールは極力守るとも。


 「それで、私は街に入って良いのかな?」

 「っ!?た、大変失礼いたしました!!どうぞ、お通り下さい!!」


 これでようやく街に入れる。街にはいったら、宿に行かず、まずはリガロウの所に顔を出すとしよう。抱きしめて沢山撫でてあげるのだ。


 そう思い預り所に向かいリガロウの元へ顔を出したのだが、少しだけ様子がおかしい。なにやら拗ねているようなのだ。


 「姫様、お帰りなさいませ」

 「ただいま。リガロウ、何かあったの?」

 〈いと尊き姫君様がどこの誰とも知らぬハイ・ドラゴンの背に乗っていたので、彼等に嫉妬していたのですよ〉

 「あっ!?ヴァス爺!」


 そういうことか。

 この子にとって、自分の背に私を乗せることは誇りそのものだっただろうからな。

 この子からすればハイ・ドラゴン達に嫉妬するのは当然なのだ。

 しかし、今のリガロウではあのハイ・ドラゴン達には敵わない。それを理解しているから拗ねているのだ。


 ああ、本当に私の眷属は可愛いなぁ…。拗ねている姿すらも可愛いとは…。

 優しく抱きしめて慰めてあげよう。

 そして嫌な思いをさせたのは間違いないのだから、そのことを謝りながら優しく撫でてあげよう。


 「嫌な思いをさせてしまったね。"ドラゴンズホール"に向かう以上、人間達には何らかの成果を見せる必要があったから、彼等を利用させてもらったんだ」

 「クキュルゥー…。でも…アイツ等、俺よりも強いです…」


 うん、この子は自分とハイ・ドラゴン達の実力をしっかりと把握できているようだ。これも蜥蜴人達リザードマンとの生活やヴァスターの教育の賜物かな?


 「今は、だろう?自信を持ちなさい。君は私の眷属じゃないか。断言しよう。1年もあれば、その間驕らずに自分を高め続ければ、彼等の強さぐらいあっという間に追い抜いてしまうさ」

 「姫様…!俺、頑張ります!どれだけ力をつけても、上には上があるって改めて思い知りました!これからも沢山沢山修業して、ドンドン強くなります!それで…いつか、ヴィルガレッド様にもお目にかかりたいと思います!」


 リガロウはヴィルガレッドに会ったこともその存在も知らなかった筈だが、今では彼に純粋な敬意を向けている。私が彼の住処で宴を開いている間にヴァスターから詳しく説明を受けたようだ。


 良かったな、ヴィルガレッド。私の眷属は貴方を尊敬しているみたいだぞ?精々その尊敬を失うような姿を見せないようにするんだな。


 「応援しているよ。君なら必ず会えるようになるし、ヴィルガレッドもその日を待っている」

 「はい!」


 良かった。もう拗ねていないようだな。

 拗ねていた時も可愛かったが、やはりこうして快活な姿を見せてくれた方が私は嬉しいし、ヴァスターも微笑ましいと思っている。

 だがヴァスター、他人事のようにしているが、ヴィルガレッドの元にリガロウを連れていく時は、貴方も一緒だ。その時はリガロウを立派なドラゴンに育てたこと、存分にヴィルガレッドから褒められると良い。勿論、私は何かある毎に貴方を褒めるけどな!


 夕食は既にヴィルガレッドの住処で済ませている。リガロウ達と別れた後は、図書館で軽く時間を潰したら、風呂屋でサッパリして部屋でぐっすりと眠るとしよう。



 翌日となり、私は冒険者ギルドに顔を出している。

 流石に3体のハイ・ドラゴンが人間達の生活圏内に一度に現れたのは異常事態そのものであり、詳しい事情説明を求められたのだ。


 そんなわけで私に説明を求めたギルドマスターの執務室の扉を開くと、そこにはギルドマスターともう一人、宝騎士らしき人物が私を出迎えた。


 ギルドマスターが何かを言うよりも先に、宝騎士が丁寧な礼をした後、挨拶をしだした。


 「お初にお目にかかります。『黒龍の姫君』ノア様。この度は御足労いただき、誠にありがとうございます」

 「構わないよ。かなりの騒ぎになってしまったみたいだしね」

 「重ね重ね、ありがとうございます。ですが、実を言いますと、本日は昨晩の件の説明以外にも用件がございます」


 説明以外の用件?その用件は、ギルドマスターからしたらあまり歓迎したくない話のようだな。

 あの表情は、受け入れたくはないが拒否することもできないことへの不満の表情か。


 今のギルドマスターの表情と近しい表情を私は知っている。

 アクレイン王国でリアスエクから招待状が届いた時のジョゼットの表情と似ているのだ。


 それはつまり…。


 「皇帝陛下より、『黒龍の姫君』ノア様を陛下の居城まで御案内するよう仰せつかっております。どうか、御同行していただきたく存じます」


 来たか。


 観光はまだ終わっていないが、この国でやっておきたいことは可能な限り済ませた。後は、ジョージとの接触と"女神の剣"の殲滅だ。

 それには城へ入ることが大前提だったからな。なるべく早く城へ入り、用件を片付けたかったのだ。


 私の方から相手側に押しかければ自棄を起こされるかもしれないが、それならば向こうから私を呼び寄せるようにすればいい。要は、私が城へ入る理由を相手に作らせたのだ。

 派手に動けば、向こうの方から私を呼び寄せると思っていた。だからここまで大きな騒ぎを起こしたのだ。


 当然、私に対しての対策も十全にしているつもりなのだろう。だからこそこうして迎えを寄こしてきたのだろうからな。


 上等である。何を仕掛けているかは、大体予想が付く。


 真正面から叩き潰してやろう。

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