第441話 散歩感覚の空中移動

 城への招待に応じるのは良いとして、まずは昨晩の騒動の説明だな。まぁ、説明と言ってもそれほど長話にはならないだろうが。


 ギルドマスターに向かい合うようにソファーに腰かけ、立ちっぱなしの宝騎士に視線を向け、彼にも何処かに腰かけるように促す。

 宝騎士は椅子に座る気が無いようだ。この様子だと、彼もあまり長話になるとは思っていないようだ。


 「それじゃあ、昨日のハイ・ドラゴン達のことについて話そうか」

 「お願いします」


 もったいぶるつもりは無いし、折角こうして迎えが来てくれたので、説明はさっさと終わらせてもらおう。


 「知っているかもしれないけど、竜人ドラグナムを含めドラゴンの因子を持つ者達は、自分以外のドラゴンの因子を感じ取れるんだ」

 「はい。我が国に在住する竜人も、ワイバーン達や"ドラゴンズホール"のドラゴンの因子に敏感に反応しています」

 「あの3体のハイ・ドラゴン達は、ノア様のドラゴンの因子を理解して従った、と言うことでしょうか?」


 まぁ、そうなるな。なにせ、初めてヴィルガレッドの住処に転移して移動する際に中継地点として彼等の元に転移した際の反応は、私の力ではなく私のドラゴンの因子に反応していたのだから。

 ただ、ドラゴンの因子が強ければいいというわけでもない。


 「それもあるけれど、あの場所は自然の掟が通用する場所だからね」

 「その、自然の掟…と言うのは?」

 「何のことはないよ。力が全て、ただそれだけさ。軽く頭を叩いて大人しくしてもらってから、この街の上空まで行くようにお願いした、と言ったところだね」

 「「………」」


 ハイ・ドラゴンの頭を叩ける人間が、世界にはどれぐらいいるのだろうな?少なくとも、目の前の2人では単独では成し遂げられないのだろう。絶句した様子でこちらを見ている。


 「信じられない?」

 「あっ!いえ!そのようなことは決して…!で、ですが、あまりにも…!」

 「分かっているよ。そんなことを気軽にできる人間なんてそうはいないだろうからね。だけど、貴方達もいい加減、私が常識から逸脱した存在だと言うことは理解できているだろう?中にはこれぐらいできてもおかしくないと考える人達もいるんじゃないかな?」

 「え、ええ、それはもう…。昨晩は何処の酒場や飲食店もノア様を称えながら、半ば宴会のような騒ぎになっていましたよ」


 思い返してみれば、今日までに人間達の生活圏内で色々と常識外れなことをやらかしてきたからな。

 私のことを只の竜人だと考えている者は殆どいないんじゃないだろうか?


 自分から語り出したこともあり、宝騎士が私の正体に関して何やら尋ねたいようだな。


 「あの…、失礼を承知でお伺いさせていただきたいのですが、ノア様の御両親は…」

 「ディアス君!」


 ギルドマスターが語気を荒げて宝騎士を諫める。流石にこれまで一切不明だった家族の内容に踏み込んだ話をするのは失礼だと感じたのだろう。


 しかしそうか、宝騎士はディアスと言うのか。だから何だという話ではあるが、城へ向かうまでの間は彼と同行するのだし、名前を知っておくのも悪くはないな。


 まぁ、それはそれとして、残念ながらディアスの疑問に素直に答えてやることはできない。


 「ああ、別にいいよ。どうせ碌な情報を渡せないしね」

 「と、言いますと…?」

 「竜人の親のドラゴンに関しては、2種類のタイプがいるのは知っているね?卵の状態から構い通して、孵化した後も構い通すいわゆる親バカタイプと、産んだら後は何処かへ去ってしまう放置タイプだ。私の親は、後者だったようでね。物心ついたころには、森の奥で一人だったよ」

 「つまり、人間の親も一切不明、と?」

 「そうなるね」


 嘘は言っていない。

 私は意識を覚醒させてから1年も経過していないが、意識を覚醒した時点で物心はついていたし、その時は正真正銘の孤独だったからな。皆に会えて本当に良かったと思っている。


 「私の両親に関しては、そちらで好きに想像してくれて構わないよ。私にとってはどうでもいいことだからね。さて、他に何か聞きたいことは?」

 「「………」」


 黙ってしまった…。2人から何処か気まずさを感じる。聞いてはいけないことを聞いた、とでも思っているのだろうか?

 人間のフリをしている今は、特に否定も肯定もする必要はないな。勝手に勘違いして気を遣ってくれるようだし、放置で良いだろう。


 「特にこれ以上聞きたいことがないようなら、招待に従って城まで行くとしようか。ディアスと言ったかな?案内を頼むよ」

 「はっ!ははぁっ!自己紹介が遅れ申し訳ありません!私はドライドン帝国に所属する竜騎士団の副団長、ディアス=シュトルムと申します!」

 「街の外にワイバーンの気配が感じられるし、あの子は貴方の騎竜、と言うことで良いのかな?」

 「はっ!我が生涯の友であり相棒です!街に近づくにつれ、ノア様の気配を感じ始めたのか、大変大人しくなりました!」


 ならば、移動時間はそれほどかからなそうだな。ワイバーンの移動速度に合わせることにはなるが、ランドランの走行速度に合わせられるリガロウならば、特に心配する必要も無いだろう。

 ディアスのワイバーンも調教が済んでいるからか、非常に従順なようだし、合流したら少し可愛がらせてもらうとしよう。


 だが、ワイバーンに合流する前にリガロウだ。どうやらディアスもあの子を一目見たいようだからな。



 リガロウは新種のドラゴンと言うだけあり、極めて珍しいドラゴンだ。実際にこの子を目にしたディアスも、興奮を抑えられないようだ。

 早くその姿を目にしたくて仕方がなかったのだろう。預り所に入った途端、リガロウの元まで駆け寄って行った。


 「おお…!なんという勇ましさ…!ノア様の騎獣に相応しい姿だ…!」

 「ん?人間か?騎士のようだが、俺に何か用か?」

 「君を一目見たかったんだよ。彼はこの国の竜騎士でね」

 「あ!姫様!おはようございます!出発ですか!?」


 急に話しかけてきたディアスに不審な視線を送っていたリガロウだが、私の姿を見つけた途端、上機嫌になった。瞳の輝きが全然違うのだ。可愛いので、首に抱き着いて優しく撫でてあげよう。

 ディアスを少し無視してしまう形になってしまうが、私にとってはリガロウの方が優先順位が高いのだ。


 リガロウを撫でるついでに、この子に思念会話で次の目的地について説明しておこう。


 〈昨日の騒ぎが功を成してね、早速城の方から迎えが来たよ〉

 〈つまり、これからが本番ってことですね?〉

 〈城にいる者達は君を手に入れようと動く可能性が高い。気を付けるんだよ?〉

 〈はい!ヴァス爺もいますから、ご安心ください!〉

 「次の場所は、彼のワイバーンについて行くことになる。スピードを合わせてやってくれる?」

 「分かりました!」


 ディアスはリガロウに興味はあるが、欲しているわけではないようだな。ギルドで語っていた、自分のワイバーンが生涯の友であり相棒と語っていたのも嘘ではなかったようだし、この国でも騎士は真っ当な人物と判断して良いかもしれない。


 そう思った矢先である。


 「ノア様、大変失礼ながら竜騎士団長であるハドレッド=フォミュラにお気を付けください」

 「竜騎士団って、一枚岩じゃないのかな?」

 「嘆かわしい話ではあるのですが…」


 どうやら今回私を迎えに来た騎士が偶々真っ当な人物だっただけらしい。竜騎士団長を始め、結構な数の竜騎士団員がリガロウを欲しているようだ。

 竜騎士と言うのは、ディアスが語っていた通り、自身の騎竜を生涯の友とするんじゃなかったのか?


 「まぁいいさ。精々、私の不興を買わないように気を付けるといい」

 「…私の相棒の元までご案内します」


 ディアスは私の不興を買えばどのような結果になるのか、大体予想がついているようだ。表情が硬くなり、冷や汗が出ている。

 私とてむやみやたらに手荒な真似をするつもりはない。要は私が不愉快な思いをしなければそれで良いのだ。

 ワイバーンの元まで移動する間に、竜騎士団長のハドレッドとやらの話を聞かせてもらうとしよう。



 ハドレッドと言う男、どうやら高位貴族の息子らしく、親の権限によってやや強引に今の地位に付いたようだ。つまりは、コネである。

 騎士団に入団できているだけあって相応の強さはあるようだが、その精神まで騎士に相応しいかどうかと問われた場合、首をかしげることになるらしい。


 騎士となる条件だが、これは国によって条件や基準が異なっている。

 強さに関しては強さを測定器するための魔術具があるので、階級と強さはある程度世界共通となっている。

 だが、騎士を騎士として決定づける人間性は、他者が決めることだ。


 ここに高位貴族のような権力者が絡んでくると、判断基準が大きく変動してしまう。

 ティゼム王国に存在していたナウシス騎士団がいい例だな。

 あの騎士団はインゲインやサイファーによって意図的に自分達に都合の良い者達を騎士として採用していた。


 ハドレッドも似たようなものなのだろう。だからこそ、ディアスは先程私に注意するよう伝えてきたのだ。


 ディアスのことを聞き終わる頃には、ワイバーンの元まで到着していた。会話の内容に合わせて歩く速度を調整していたようだな。


 ワイバーンの様子はと言えば、チバチェンシィで会った子達と同様、平伏したような姿勢から動く気配がない。とても素直で従順な子のようだ。

 これは撫でてやらないわけにはいかないな。リガロウから降りて、ディアスに撫でる許可を貰うとしよう。


 「副団長の騎竜と言うだけあって、とてもしっかりとした子のようだね。ちょっと顔を撫でてもいい?」

 「はっ!コイツも喜びます。どうそ、可愛がってやってください」


 と言うことなので、遠慮なく撫でさせてもらうとしよう。


 うん、目を閉じて気持ちよさそうにしている。チバチェンシィでも思ったことだが、こうしているとワイバーンでも可愛いと思えてくるものだな。

 それに、あの時の子達よりも従順と言うか、理知的に想える。例え今この子を撫でるのをやめたとしても、私に再度撫でて欲しいとねだることもないのだろう。


 さて、気の済むまでディアスのワイバーンを撫でたことだし、そろそろ城まで案内してもらうとしよう。


 リガロウに跨り、上空へ移動するように指示を出す。

 魔力板を生成して空へと駆け上がっていくと、続くようにディアスがワイバーンに装備された鞍に跨り、飛翔するように指示を出している。


 ワイバーンの飛行可能高度は、個体差はあるとしても大体が地上から100mほどが限界だ。

 限界高度で移動しては疲れさせてしまうだろうし、副団長の騎竜と言うことも考慮して地上80m辺りで待機しておこう。


 ディアス達が私達のいる高度まで上昇して来たので、後はワイバーンに並走するように移動しよう。


 「お待たせ致しました。これより、皇帝陛下の居城であるジェットルース城までご案内いたします」


 ジェットルースと言うのは、ドライドン帝国初代皇帝の名前だ。10年近く前までは補修こそすれど外観は建設当初から変わることはなかったのだが、現在では黄金や銀と言った貴金属をふんだんに使用して装飾を施している。

 その結果、現在のジェットルース城は以前とはまるで違った外見をしているそうだ。

 聞いているだけでギラギラとしていそうであまり目にしたくないような印象を受けるが、目的地でもあるので向かわないわけにはいかない。ワイバーンの速度に合わせて移動しよう。


 ディアスのワイバーンの飛行速度は、最大で時速550㎞弱と言ったところか。

 あの子を撫でた際に私の魔力を渡したので、普段よりも飛行速度が上昇しているだろうが、これならばリガロウには魔力板を生成して走ってもらうだけで十分だろう。噴射飛行の必要はない。それどころか、スピードを落としてやらないとワイバーンを追い抜いてしまう。


 リガロウの移動方法を見て、感心したようにディアスが話しかけてきた。

 声に魔力を乗せて発しているためか、風圧の影響は受けていないようだ。私は勿論、問題無くリガロウの耳にも彼の声が届いている。


 「空中をまるで地上と同様に駆け抜けられるとは、先程空中に停滞していたことも含め、見事な魔力操作ですな!」

 「師匠に徹底的に叩きこまれたからな!魔力板を生成できないと痛いどころじゃすまなかったんだぞ?」

 「師匠、と言うのは?」

 「魔境"ワイルドキャニオン"の主、グラシャランだよ。ドライドン帝国までは情報が行ってなかったかな?」

 「何と!?」


 ディアスの反応からして、リガロウがグラシャランに修業を付けてもらったことは知らなかったようだな。

 ニスマ王国以外では、修業の内容は詳しく伝わっていないのだろうか?

 私も修業の内容を話したのはアリドヴィルにいた記者ぐらいだからな。伝わっていなくてもおかしくはない、かもしれない。

 記者と言うのは、積極的に他国の記事を見ないものなのだろうか?それとも、その辺りも国によって変わるのか?


 そもそも、あの時の記事もニスマ王国の人間達からすれば修業の内容は、"ダイバーシティ"達をメインに取り上げていたように感じる。

 自分の国の情報を、易々と他国に渡さないための処置だったのだろうか?

 まぁ、私にはあまり関係のない話だな。


 移動を開始してから約1時間。ようやく首都・ロヌワンドがリガロウの視力でも確認できるようになってきた。


 「姫様!やたら大きな城壁に囲まれた街が見えてきました!アレが目的地のロヌワンドですね!?」

 「そうだね。そして中央にある一際大きく、そして光を反射しているのがジェットルース城、と言うことで良いのかな?」

 「はっ!ですが、ロヌワンドに向かう前に、一度別の場所に降りていただきます!よろしいでしょうか!?」


 地上を確認してみれば、ロヌワンドの城壁から5㎞ほど離れた場所で、24体ものワイバーンと竜騎士と思われる者達が地上で待機している。


 この流れは、パレード的なものを行うつもりか。

 彼等と共にロヌワンド全域の上空を移動して、ゆっくりとジェットルース城に移動する予定なのだろう。


 招待された身なのだ。それぐらいは付き合おう。

 とは言え、ここまで空中を移動している間、リガロウは噴射飛行を行っていない。

 依然変わりなく走ることが大好きなこの子ではあるが、それはそれとして噴射飛行によって空を自由に飛び回ることも同じぐらいこの子は好きなのだ。


 少しぐらいは、この子の凄さというものを見せつけてやろう。

 それで余計にリガロウを欲しがる者が現れる?構うものか。


 欲しいと思うだけならば好きなだけ思えばいい。

 だが実際に行動を、それも強硬手段を取ろうというのならその時は…。


 その時は身の破滅を覚悟してもらうとしよう。

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