第442話 編隊飛行パフォーマンス

 ディアスの案内に従い、複数のワイバーンと竜騎士が待機している平地へと降下していく。

 やはり竜騎士団のワイバーンと言うのは、調教が行き届いているのだろう。

 あの場にいる全てのワイバーン達が、綺麗に整列して平伏したまま微動だにしていない。あの子達は、私に対して頭を下げている。


 チバチェンシィにいた調教中のワイバーン達ですらあの態度だったからな。調教が完了した竜騎士達のワイバーン達が、私のドラゴンの因子を感知できない筈がなかったのだ。


 流石に、あの子達全員を撫でてあげることはできなさそうだな。時間が足りない。人前で『幻実影ファンタマイマス』を使用して私の幻を出するわけにもいかないしな。

 あの子達には悪いが、やるべきことを終わらせた後にでも撫でさせてもらおう。


 リガロウが地上に着地する前には、竜騎士団達も跪いて私を迎えようとしている。

 先にディアス達が着陸し、すぐさまワイバーンから降りると、彼もまた他の竜騎士達と同様に跪いた。


 リガロウにはディアスの前に着陸してもらい、足を止めたところで私も一度リガロウの背から降りる。

 私が地面に足をつけ、騎士団達に顔を向けたところで、ディアスが改めて私を歓迎する言葉を口にしだした。


 「『黒龍の姫君』ノア様には、我等の要望を聞き届けていただき、誠に感謝いたします!!改めまして、我等がドライドン帝国への御来訪を歓迎いたします!!」

 「「「「「ノア様の、ご来訪を歓迎いたします!!」」」」」


 彼等は、事前に打ち合わせでもしていたのだろうか?全員の台詞がまるでズレることなく発せられている。それとも、特に練習などしなくともこれぐらいの連携は取れるのだろうか?

 そうだとするのならば、ワイバーンの機動力も相まって竜騎士団の戦力は非常に強力なものとなるのだろうな。


 「歓迎ありがとう。知っての通り、『黒龍の姫君』と世間から呼ばれている"上級ベテラン"冒険者のノアだよ。これから、ロヌワンド上空を貴方達と共に移動する、と言うことで良いかな?」

 「はっ!民達にノア様の御威光を見せつけていただければと存じます!」


 ふむ。

 ディアスはそう言っているが、果たしてワイバーンに囲まれた状態のリガロウを見て、ロヌワンドの住民達はディアスが想像するような威光とやらを感じ取れるのだろうか?

 どちらかと言うと、ワイバーンに意識が集中するような気がするな。


 ワイバーンはドラゴンからすれば小さいが、リガロウからすれば非常に巨大なのだ。どちらかと言うと、彼等の威光を見せつけるためのダシに使われているような気がする。


 「…段取りを考えたのって、ディアス?」

 「いえ!竜騎士団長のハドレッド=フォミュラです!」


 ディアスが注意を促すこともあり、多分私が想像した目的で合っている気がする。加えて、私やリガロウを下に見せたくしているのかもしれないな。


 ならば、推定ハドレッドの目論見を潰させてもらうとしよう。


 「少し、我儘を言っていいかな?」

 「はっ!お伺いさせていただきます!」

 「リガロウは元がランドランから先祖返りしたランドドラゴンだからね。走るのが大好きな子だ。だけど、スラスタードラゴンとなった今、噴射加速による飛行も大好きでね…」


 話を伺うと言ってから、ディアスを含め竜騎士全員が頭を下げたまま固まってしまっている。

 ディアスからは焦りの感情も読み取れるな。

 リガロウが噴射飛行が可能なのは、少なくとも私がこの国を訪れた時点で確認しているのだ。

 当然、その飛行速度に関しても、ある程度の予測は立てられているだろう。


 だとするのならば、だ。

 ディアスはリガロウが好きなように飛行できなかったことにストレスを感じていたかもしれない、と考えているかもしれないな。

 彼は、それが間接的に私の不興につながるのではないかと考え、焦っているのだ。


 その考えはすべてではないが当たっている。

 1時間近くワイバーンの飛行速度に合わせてゆっくりと走るのは、リガロウにとっては煩わしいことだったようで、この子は移動の途中から噴射飛行を行いたくてウズウズしていたのだ。

 これからさらにワイバーン達に合わせてゆっくりと空中を移動するとなれば、流石に不機嫌になりかねないだろうな。


 だからこそ、そのストレスを解消してやる必要があるのだ。


 「ここまで来る途中、ずっと空中をゆっくりと走っているだけだったから、思いっきり空を飛ばせてあげたいんだ。その方が、威光とやらもロヌワンドの住民達にも伝わるだろう?」

 「は、はっ!良きお考えかと…で、ですが…」

 「ああ、住民達に危険が及ぶような飛行は行わないよ。それは約束しよう」


 ロヌワンドに被害が出るような危険な飛行は行わせないが、それはそれとしてはドレッドの目論見は潰させてもらう。

 おそらくだか、ディアスはハドレッドの目論見を理解しているのだろう。

 そしてその目論見が潰れれば、その責任はディアスへと向けられることとなるだろう。


 彼には悪いと思うが、ここは我儘を通させてもらう。ハドレッドから文句や嫌味を言われるかもしれないが、多少はフォローをするから大目に見て欲しい。

 ハドレッドの評価をディアスから聞く限り、得意げな顔をさせたくないタイプなのだ。


 「了承してくれるのなら、早速どのタイミングでどのようにリガロウを飛ばせるか打ち合わせしようか」

 「それは…」

 「今回の飛行は、私とリガロウだけでなく、貴方達竜騎士団の威光も示すのだろう?リガロウばかりに注目させるわけにはいかないのだから、あの子達も貴方達も目立つように飛ばないとね」

 「あ…ありがとうございます!」


 ハドレッドの目論見を潰すと言っても、それはあくまでもリガロウの評価を下げさせるという内容だけだ。竜騎士団の評価まで下げさせるつもりは無い。

 少なくとも、この場にいる者達は真っ当な騎士のようだからな。彼等の評価をなるべく下げたくないのだ。



 打ち合わせも終り準備も整ったので、そろそろ空中パレードを開始するとしよう。


 「リガロウ、打ち合わせ通りにね」

 「お任せください!姫様の威光、存分に街の人間達に見せつけてやります!」


 見せつけるのは、リガロウの凄さなんだけどな…。

 まぁ、ディアス達も含め、今回の空中パレードは私の威光を示すためのものだと思っているようなので、否定しないでおく。


 竜騎士団員達も自分の騎竜に騎乗したのを確認したら、私もリガロウに跨り上空へと移動して行く。


 一度ロヌワンドとは逆の方向へと上昇し、それから隊列を揃えてロヌワンドへと向かっていくのだ。

 その際、竜騎士団の数名が所持していた楽器を奏でて自分達の到来をロヌワンドの住民達へ伝えていく。


 勇壮さがありながらも心が弾むようなメロディーの曲だ。一応は喜ばしいことなのだから、物々しすぎる曲は控えたのだろう。


 遠方から聞こえてくる曲に反応して、ロヌワンドの住民達が音のする方向、つまりは私達に視線を向けていく。

 そして綺麗に整列しながら飛行するワイバーン達に囲まれて空をゆっくりと走るリガロウの姿を見て、住民達が一斉に歓声を上げ出した。私達は、少なくとも一般の人間達からは盛大に歓迎されているのだろう。


 まずはハドレッドの計画通りの動きで街全体をゆっくりと円を描くように移動して行く。街の住民達全員にワイバーン達の勇士を見せるためだ。

 ワイバーン達に比べればリガロウはとても小さいので、この子のことはあまり目に入らないだろう。

 ワイバーン達の距離が近ければ尚更だ。今の状態では、編隊の中に何か小さな者が混じっていると見えてもおかしくない。

 

 今頃城でワイバーン達の動きを見てほくそ笑んでいるハドレッドのことを想うと、若干の苛立ちを覚えてしまうな。

 まぁ、だからこそ自分の計画にない動きを見て、それが住民達に盛大にウケた時の顔は私の胸がすくような思いをするのだが。


 30分間ゆっくりとロヌワンドの上空を移動し、最初にロヌワンドの城壁内に入った位置に到着したところで、ワイバーン達が急上昇を開始した。ここから先は、ハドレッドの計画には無い動きだ。


 「待たせたね、リガロウ。思いっきり飛んで良いよ」

 「ようやく俺の出番ですか!目に物を見せてやりますよ!」


 リガロウもここまで好きに噴射飛行ができなかった分、盛大にロヌワンド上空を飛び回るつもりらしい。

 うん、見せつけてやろう。


 急上昇したワイバーン達が、隊列を変更し、輪の状態を作る。

 満を持して噴射飛行を開始したリガロウが、その輪を高速で突き抜けて、そのまま上空200m近くまで上昇していく。

 この子の飛行能力ならばさらに上昇することも可能だが、あまり上昇しすぎても人々から見えなくなってしまう。小さな点としてでもしっかりと認識してもらうためには、このぐらいの高度が限界だろう。


 リガロウがワイバーン達の輪を通過した後、ワイバーン達が5体ずつの小隊となり、隊列を変更してそれぞれの小隊が半径20mほどの輪を形成していく。


 上空200m地点までリガロウが上昇したら、身を翻して噴射加速によって今度は急降下していく。そして5つある輪の内の一つを通過していく。リガロウが通過したワイバーン達の輪は、この子が通過した時点で螺旋を描くように開き、次第に小隊が別の場所へと移動して行く。


 輪を通過したリガロウはそのまま上空20m近くまで急降下を行い、その地点まで到達したら翼の角度を変えて降下速度を減速しながら空中に魔力板を生成してその上に着地する。

 流石にここまで降下すればリガロウの姿がよく見えることだろう。近くでこの子の姿を見れた住民達が、一層大きな歓声を上げている。


 もう少し降下しても良いとディアスから言われたのだが、噴射孔から噴射された魔力の影響範囲を考えると、この高度が限界だ。危険な飛行はしないと約束したからには、街に被害を出すわけにはいかないのだ。


 空中に生成した魔力板に着地したリガロウはすぐに上を向き、再び噴射飛行によって上昇していく。

 そして上昇や下降、急激な方向転換やバレルロールを織り交ぜて残りの4つの輪の中心を通過して行った。


 最初の輪と同様に、リガロウに通過されたワイバーン達は広がるように散っていき、気付けば先程とは別の小隊が組み上がっていた。

 そして新たな小隊が再び輪を形成させていき、その輪をリガロウが通過していく。


 そうして編隊飛行のパフォーマンスを続けること20分。そろそろ仕上げである。

 ワイバーン達がロヌワンドの城門からジェットルース城まで続く2本の直線、即ち道になるように飛行し、リガロウがその道に着陸するように魔力板を生成してゆっくりと城に向かって走っていく。


 ワイバーン達も一緒にジェットルース城まで移動していく。これでパレード兼パフォーマンスは終わりだ。


 ジェットルース城。

 パフォーマンス中もしょっちゅう目に入っていたのだが、思った以上に好みに合わない装飾だな。

 日が出ていることもあり、貴金属が日光を反射してとてもギラギラとしている。いつぞやの"楽園"に襲撃して来た、力だけはあるアホ共を彷彿とさせる輝きだ。

 用がなければ自分から向かおうとは思わない外見である。アインモンドを含め、"女神の剣"を排除したら、この城の装飾も取り除いてもらおう。


 ジェットルース城には、ワイバーンが複数体着陸できるだけの広い空間が発着場として設けられている。私達もその発着場に着陸するのだ。


 発着場には既に複数の人間が、私達を迎えるために待機している。


 パフォーマンス中にも思ったのだが、今回の旅行、ちょっと意外なことがある。

 ロヌワンド内に、何人か見知った人間を見つけたのである。


 発着場で私達の着陸を待ち構えている者達の中にも、その人物はいたりする。


 ロヌワンドの住民達の歓声を浴びながら発着場に着陸すると、すぐさま1人の男性が私の元まで歩みを勧めながら声を掛けてきた。

 30代前半の男性だな。金色の豪華な装飾と複数の魔術効果が施された騎士鎧を身に付けているが、その鎧に見合った実力は、微妙に持ち合わせていないな。もう少し鍛錬をすべきだろう。


 この男が、竜騎士団長のハドレッド=フォミュラだろう。表面上は笑顔を形作っているが、内心は苦虫を噛み潰したような気分なのだろう。魔力に感情が籠っているため、容易に分かる。


 「ジェットルース城にようこそお越しいただきました!流石は世界中から注目を集めるスラスタードラゴン!見事な飛行でした!」

 「ああ、自慢の子だからね。ロヌワンドの住民達も楽しんでくれたようで良かったよ」


 リガロウから降り、歩みながら語り掛けてくるハドレッドに対し、私も歩みながら答える。

 ディアスがハドレッドの態度を見て表情を険しくしている。歩きながら語り掛ける行為が失礼に当たると考えているのだろう。

 私としても、ハドレッドの態度は礼節を弁えているようには見えなかったので、同じような態度を取らせてもらった。


 「私は竜騎士だ―――」

 「久しぶりだね、まさかこの国で貴方達に合えるとは思っていなかったよ」


 ハドレッドが自己紹介と共に私に握手を求めて手を伸ばそうとするが、言葉の途中で私は見知った顔の人物の元まで移動して、その人物達に声を掛ける。


 「ふぅ…遠慮なしですね。お久しぶりです、ノア殿。こうして再会できたこと、嬉しく思います」

 「お、お久しぶりです!そ、その…!以前にもまして美しくなられたようで、大変喜ばしく思います!」

 「私も嬉しく思うよ、レオンハルト、クリストファー」


 そう。発着場にいた見知った顔とは、ファングダムの第一王子であるレオンハルトと、ティゼム王国の第一王子であるクリストファーの2人だ。

 この2人がこうしてドライドン帝国に訪れていたのは、実は新聞を通して知っていたのだ。

 ジェットルース城に入れば、必ず2人と接触すると思っていた。


 積もる話も沢山あるが、今は打ち合わせ通り謁見の間へと移動しよう。


 皇帝の現在の状態を、この目で確かめるのだ。

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