第443話 謁見までの間に

 自己紹介を無視されて唖然としているハドレッドに声をかけ、皇帝とアインモンドが待っている謁見の間への案内を促す。

 私達を迎えた者達の中には謁見の間まで案内の出来そうな者が他にもいたのだが、移動中にハドレッドと会話をするつもりは無いので、彼を最前列に向かわせるために案内させるのだ。


 「さて、竜騎士団長のハドレッド。これから私を謁見の間まで案内してもらえるかな?貴方は、そのためにこの場に来たのだろう?」

 「は、ははぁっ!承知いたしました!わ、私の自己紹介は必要なさそうですな!」

 「ああ、ディアスから教えてもらったよ」


 軽く会話を済ませ、城内へ続いているであろう扉へ体を向ける。これ以上話すことはないとばかりに案内を促すのだ。


 ハドレッドが私の態度に眉をヒクつかせている。

 彼は自分の扱いに大いに不満を抱いているようだが、彼も私に対してそれほど敬うような感情を抱いていないようなので、妥当な対応だと思っている。


 「お前達はその場で待機だ!いいな!?」

 「了解しました!」

 「ふん…!ソ、ソレではノア殿、皇帝陛下の元までご案内させていただきます」


 ノア"殿"、ね。まぁ、どうだっていいが、やはりハドレッドは私を王族として扱う気が無いらしい。それとも、レオンハルトやクリストファーにも同じような態度を取っているのだろうか?


 それはそれとして、ようやく案内をしてもらえるようなので、謁見の間まで移動しよう。レオンハルトやクリストファーも一緒に移動するようなので、彼等のことも移動中に軽くリガロウに紹介してあげよう。


 「じゃ、行こうか、リガロウ」

 「はい、姫様」

 「は?え!?ちょっ!?お、お待ちくださいっ!」


 リガロウと共に移動しようとしたところでハドレッドが慌てだした。この子を謁見の間まで連れて行く気はなかったようだ。

 一応、リガロウの扱いは騎獣となるので、場内に入ることは基本的にない。ニスマ王国での待遇が特別だったのだ。

 だが、そんなことは私の知ったことではない。

 既に一度リガロウと城内を移動できる扱いを受けたのだ。ならばそれを私は望む。


 一応、移動に待ったが掛かったので歩みを止めるが、私は考えを変えるつもりは無い。

 この場にリガロウを待機させていたら、ハドレッドの部下がリガロウにちょっかいを出すかもしれないしな。


 「なに?」

 「あ…!いや、そのですね…!城内に騎獣を連れ歩くのは…」

 「ふむ…。ニスマ王国ではむしろ嬉々としてリガロウを中に入れて歓迎してくれたんだけど…そう。ドライドン帝国ではそのつもりはないんだね?」

 「うぐっ!…その、申し訳ありません…!き、規則は規則でし―――」

 「構わないよ、連れてきなさい」


 なんとかしてリガロウをこの場に留めようとしていたのだが、セリフの途中で別の者がハドレッドの意見を否定するように発言した。

 セリフからして、ハドレッドよりも地位が上のようだな。


 先程からセリフを遮られてばかりのハドレッドが、驚いた様子で城内へと続く扉へと視線を向ける。

 そこには、20代前半の線の細い男性の姿があった。


 「なっ!?ジェームズ殿下!しかしそれは!」

 「宰相殿も、リガロウ殿には興味がおありだ。この機会だから、直接目に留めてもらおう。勿論、陛下にも許可は取ってある」

 「ぎ…っ!んぐぐ…っ!わ…分かりました…っ!」


 ジェームズと言えば、確かジョージと同じ母親の兄であり、皇位継承権第2位の人物だったか。ジョージはこの人物に次期皇帝になって欲しいのだったな。


 見た限りでは、ジェームズからは邪な感情も悪意も感じない。だが、感情や思惑など隠そうと思えば容易に隠せるものなのだ。

 彼が善良な人物かどうかを判断するのは早計だ。


 そして皇帝から許可が下りた以上、ハドレッドが私を止める理由もなくなったわけだ。

 いい加減城内に入らせてもらおうとも思ったが、その前にジェームズが私の前まで来て挨拶を始めた。


 ジェームズはハドレッドと違い、私の元まで来てから綺麗な礼をした後で自己紹介を始めた。


 「『黒龍の姫君』ノア殿、お初にお目にかかります。私はジョスター=ドレーク=ドライドが次男、ジェームズ=ドラグ=ドライドです。どうぞ、お見知りおきを」

 「私の自己紹介は必要なさそうだね」


 綺麗な礼をした後、自己紹介をして握手を求められたので、素直に応じておこう。

 ついでだ。握手をしたのだからジェームズの人柄もある程度調べておくか。


 私は、リナーシェの人柄を戦いを通じて把握した際にその時の感覚を解析して、触れた者の本質をある程度理解できるようになっていた。

 尤も、それを人間に試すのは今回が初めてなのだが。それに、完璧に把握できるとは思っていない。


 だが、対象の本質や善悪を判断するぐらいならば可能な筈だ。

 一応、家の皆や"楽園"の住民に試してそれぐらいは把握できたので、大丈夫だと信じたい。


 うん。ジェームズは信用のおける人間のようだな。少なくとも、ジョージに危害を加えるような人物ではないようだ。


 そろそろハドレッドに案内をしてもらおうかと思ったのだが、ジェームズが私の手を離すと、そのまま場内への扉へ向いて手を伸ばした。


 「謁見の間までは、私がご案内いたしましょう。ハドレッド団長、この場は任せるぞ」

 「えっ?」


 なんとまぁ。どうやらハドレッドはジェームズからあまり良い印象を持たれていないらしい。明確に避けられている。

 先程この場に残るようにディアス達に命じた直後に、まさか自分も残るように命じられるとは。

 私も彼に対しては良い印象を持ってはいないのだが、少しだけ気の毒に思ってしまった。


 「では、参りましょうか。レオンハルト、クリストファー両王子もご一緒なさいますか?」

 「そうだな。そうさせてもらおう」

 「あ、ああ、私も同行させてもらおう」


 おや、クリストファーのジェームズへ向ける視線に、やや棘があるように見えるな。これは、嫉妬だろうか?

 そう言えば、クリストファーは私の外見に一目惚れしていたのだったか?先程挨拶した時も妙に顔を赤らめていたし、まだ私のことを諦めていないのだろうか?

 まさかとは思うが、私と握手をしただけでジェームズに対して嫉妬した、とでも?


 クレスレイと謁見した際のクリストファーの反応を見ると、この考えを否定しきれないな。


 っと、ジェームズが歩き始めたので、私達も移動するとしよう。道中、リガロウのことも2人に自慢がてら紹介するとしよう。…いや、ジェームズも含めたら3人か?



 レオンハルトもクリストファーも、態度には現していなかったがリガロウのことが気になっていたようだ。


 「新聞で知っているだろうけど紹介しておこう。この子がリガロウだよ」

 「お前達も姫様の友か?…うん?お前、少しリナーシェに似ているな?」


 おっ。リガロウはレオンハルトの魔力がリナーシェと似ていると感じたのか。

 リガロウの言葉遣いに対して特に反感を持つでも無く、レオンハルトは優しく語り掛ける。この子が幼いドラゴンだと見抜いているのだろうか?


 「よろしく、リガロウ。私はレオンハルト=ウィグ=ファングダム。リナーシェは私の姉だよ」

 「ああ、それで似てるのか。…リナーシェほど強くはなさそうだな」

 「ははは!そうだな!ニスマ王国へと嫁いでから益々強くなったと耳にしているし、今後私が姉上に勝てる見込みは無さそうだ」


 そう言って笑う姿は、少しだけレオナルドの面影があった。

 良い顔で笑うようになったものだな。私がファングダムにいた頃はまだぎこちなさが残っていたが、あれからちゃんとオリヴィエと打ち解けたのかもしれない。

 今のレオンハルトが、本来の姿なのだろう。


 「そ、その…!ノ、ノアさ…っ!…ノア殿は、随分とレオンハルト王子と親しいようですが、その…!」


 レオンハルトを眺めている表情が先程と変わっていたからだろうか?

 顔を赤くしたクリストファーからレオンハルトとの関係を尋ねられた。まさか、私達が特別な関係だとでも思っているのだろうか?

 クリストファーは未だに私に対して強い恋慕の感情を抱いているようだし、気になって仕方がないのだろう。


 しかしクリストファー。いくら気になるからと言って、大国の第一王子ともあろう者がそこまで感情を露わにしているのはどうなんだ?


 そんなクリストファーの様子を見て、レオンハルトが苦笑しながら事情を説明しだした。


 「ククク…!クリス、私とノア殿は君が思うような関係ではないよ。ただ、この方は私達家族にとっての恩人なんだ」

 「お…恩人…?く、詳しく聞かせてもらっても構わないか?」

 「それはまた別の機会にしておこう。ここでは耳が多すぎる」

 「む…分かった」


 道中、使用人達や兵士の視線に気づいたのだろう。自国の情報を他国にみだりに話すことの迂闊さは、両王子とも理解しているようだ。


 そして今更ながらにクリストファーがリガロウに挨拶する。


 「リガロウ君、私はティゼム王国の第一王子、クリストファー=ティゼムだ。よろしく」

 「………」


 自己紹介をするも、リガロウはクリストファーを見つめるだけで、返答をしない。

 別に君付けで呼ばれたことに機嫌を悪くしているわけではない。この子は何かを見定めているようだ。


 沈黙に耐えられずにクリストファーが再びリガロウに声を掛けようとしたところで、リガロウも口を開いた。


 「リ、リガロウ君?」

 「お前、姫様と番になりたいのか?無理だぞ?文字通り住む世界が違うからな」

 「んなぁっ!?」


 自分の願望を指摘されたことで、クリストファーがただでさえ赤く染まっていた顔をさらに赤くさせて驚愕している。

 リガロウに見抜かれてしまうほど、クリストファーの恋慕の感情は分かりやすいものだったようだ。


 そんな様子が微笑ましく思えたのか、再びレオンハルトが楽しそうに笑っている。


 「ははは!クリスはもう少し感情を見抜かれないようにした方が良いな!」

 「う…っ!し、精進しよう…」

 「しかし、ノア殿の美しさは新聞で見た写真以上の美しさですからね。魅了されてしまうのも無理はないでしょう」


 前を歩くジェームズが、クリストファーを擁護するように私の容姿を褒めている。

 そのセリフの直後、廊下にいる侍女達からの視線が私に集中した。…凄いな。嫉妬の感情を隠しもしていない。


 人間の美醜感覚からすれば、3人共端正な顔立ちをしているからな。侍女達も彼等に恋慕の感情を抱いているのかもしれない。

 そんな彼等から美しいと思われていることに、彼女達は嫉妬の感情を抱いたのだろう。


 しかし、迂闊が過ぎるな。彼女達の感情を込めた視線、私は勿論だが3人の王子だけでなく、リガロウも読み取れるのだ。

 王子達はともかく、私に対する悪感情をリガロウが読み取ったらどういう反応をするのか、彼女達は分かっていなかったようだ。


 「グルルルゥ…」

 「「「ひっ…!」」」


 軽く睨み、唸り声を上げる。ただそれただけで、嫉妬の感情を向けていた侍女達の過半数が腰を抜かしてしまった。

 腰を抜かした者達は皆してほぼ同時に腰を抜かしていたので、ある意味で喜劇じみている。

 そう言えば、この国にも、ロヌワンドにも劇場はあるのだろうか?あるのならば、是非ともこの国の演劇を観賞させてもらいたいところだ。


 あまりの恐怖からか、中には失禁しかけた者すらいる。流石にやり過ぎか?


 少なくとも、ジェームズはリガロウの行動を気にしないらしい。それどころか、足を止めて深く頭を下げて謝罪しだしてしまった。


 「城の者達が失礼いたしました。あの者達を代表して謝罪いたします」

 「俺が謝って欲しいのは、お前じゃないぞ?」

 「部下の責任は、そのまま上に立つ者の責任となるのだよ」


 それはつまるところ、リガロウの失態の責任も、私の責任となると言っていいだろう。

 此方に意識を向けていないところをみる限り[侍女達の腰を抜かさせた責任を取れ]、と言いたいわけではないようだ。


 「まぁ、アイツ等も身の程を弁えたみたいだから、もういいけどな」

 「寛大な心遣いに感謝するよ。さて、ノア殿。そろそろ謁見の間です。陛下は既にご高齢で、お身体もすぐれておりません。対応はアインモンド宰相が行うでしょう。可能であれば、過激な行動はどうか控えていただくよう、お願いします」


 ああ、なるほど。ジェームズはアインモンドが私に対して失礼な言動をすると予測しているのか。

 私が人前でデヴィッケンに行ったようなことをすれば、最悪の事態になりかねないと危惧しているのだろう。


 皇帝・ジョスターの状態次第ではあるが、魔力の放出などはしない方が良さそうだな。


 「ああ、分かったよ。そういうわけだから、リガロウも相手の態度が不満でも少し我慢しようか」

 「姫様がそういうのであれば、我慢します」


 私が我慢しなかったらその場で暴れる、とでも言いたげだな。 

 ジェームズの発言から、リガロウもどのような態度を取られるのか予想ができたようだ。


 過激な対応はしないが、私も譲れない部分はある。それは通させてもらおう。


 「言っておくけれど、私は相手が誰であろうと頭を下げるつもりも遜るつもりも無いよ?」

 「承知しております。勿論、陛下を始め謁見の間に待機する者達全員が把握しております」


 ならば、ティゼム王国の時の謁見の様にはならないだろう。過激な真似はしなくても済みそうだ。


 ジェームズの言葉通り、謁見の間には先程の会話から時間を掛けずに到着した。

 扉は開いており、そのまま入室して良いのだろう。


 おっと、レオンハルトやクリストファーが同行するのはここまでのようだ。

 2人共足を止め、道を開けるように廊下の両脇に移動した。


 「ではノア殿、我々はこれで。謁見が終わりましたら、またゆっくりと話でも致しましょう。お渡ししたい物もありますしね」

 「か、各国でのお話を聞かせていただけると…う、嬉しいです!」

 「うん。それじゃあ、また後で」


 渡したい物か。人工魔石の状態でも見せてくれるのだろうか?気になるので、是非とも2人とはゆっくりと話をしよう。


 既にジョスターとアインモンドの存在は確認できる。

 …うん、ジョスターの状態は把握した。やはり魔力の放出などの過激な真似はしない方が良いだろう。


 ジェームズの姿を確認した近衛の1人が、声を張り上げて私の入室を宣言する。


 「ノア様のぉ!おなぁーーりぃーーー!!!」


 さて、アインモンドは敵である私に、何を言ってくるかな?

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