第444話 不遜な態度

 謁見の間に入室してから30mほど歩いたところでジェームズが歩みを止めて跪く。

 ジョスターまでの距離はまだ20m以上あるが、これ以上は皇帝に近づいてはいけないのだろう。


 玉座までは、一段の高さが15㎝ほどの階段が20段続いている。

 一段の幅が広いな。踏み外すのを防止するためだろうか?


 玉座には当然、皇帝であるジョスターが腰かけている。そしてそのすぐ隣に立つ人物がいる。

 この国の宰相であり、この世界を滅ぼそうと画策し暗躍し続ける組織、"女神の剣"の構成員でもあるアインモンドだ。


 …ふむ。私を見て内心かなり警戒しているな。

 表情には出さないようにしているが、この感情は…焦りと恐怖か。

 だが、それと同時に期待も感じる。私を従わせられれば、自分達の目的達成が実現させやすくなる、とでも考えていそうだな。


 さて、ジェームズは謁見の間にいる者達は全員私が頭を下げるつもりがないことを承知していると語っていたが、周囲の反応はあまり良いものではないな。明確に私達を睨みつけている者達もいる。

 態度が気に入らないのだろうな。今私を睨みつけている者達からしたら、どれだけ他国の王族に認められようとも只の冒険者に過ぎないのだろう。


 それ以前に[謁見では玉座に座る者に対して跪いて頭を下げるのがルールなのだから守れ]と言いたいのかもしれないな。まぁ、私には関係ないが。

 極めて我儘な話だが、嫌なものは嫌なのだ。


 周りの視線に対してまったく意に介していないという態度を見せるため、腕を組んでジョスターとアインモンドを見据える。

 例え上から見下ろそうとも、力の関係は変わらない。私が上位者だ。

 そう思い知らせるように毅然とした態度を取る。実際に私はこの場にいる誰よりも上の立場だと思っているが。


 私の態度に、周囲に緊張感が増していく。鎧を着込み、ポールウェポンを手に持つ者達に至っては、ほぼ全員が柄を持つ手に強い力が込められている。余程私の態度が気に入らないのだろう。


 さて、謁見の間にいる者達は全員私の事情を把握していると伝えたジェームズなのだが、内心非常に焦っているようだ。私に対して焦りの感情を持っているわけではないので、この焦りは周囲にいる者達に対する感情だろう。

 私の態度に対して、彼等がこれほどまでに不快感を抱くとは思っていなかったのだろうか?


 焦りを悟らせないように静かに深呼吸をしてから、ジェームズは頭を下げたまま報告をする。


 「陛下、『黒龍の姫君』ノア殿を謁見の間に案内いたしました。騎獣のリガロウも御覧の通り一緒です」

 「ご苦労でした、ジェームズ殿下。下がってくださって結構です」

 「……承知いたしました。それでは、失礼いたします」


 ジェームズの報告に対してアインモンドが間を置かずに答える。

 それで良いのか?アインモンド。それでは自分が皇帝だ、と言っているようにも聞こえるぞ?


 ジェームズもそう考えているようだが、特に言及はしないようだ。

 間を開けて返事をした後、無表情で立ち上がり謁見の間を後にした。


 …周りの状況を考えるに、現状私の味方はリガロウとヴァスターのみのようだな。全員が私に対して好印象を抱いていないようだ。尤も、ヴァスターの存在は人間達には分からないだろうが。


 リガロウが周囲の気配を感じ取り、先程侍女達を怯えさせたように唸り声を上げようとしている。尻尾で軽く撫でて宥めておこう。


 〈大丈夫。この国の人間達の態度から大体こうなることは、元より分かっていたからね〉

 〈分かっていて、敢えて連中を挑発しているのですね?なら、黙っておきます〉


 うん、大人しくなってくれた。そしてアインモンドも覚悟を決めたようだな。ようやく私に声を掛ける気になったようだ。


 「『黒龍の姫君』よ。ドライドン帝国に、そしてこのジェットルース城に良くぞ参られた。私はこのドライドン帝国の宰相、アインモンド=ハイテナイン。皇帝陛下は体調がすぐれない状態です。陛下に代わり、私が対応させていただきます。よろしいですかな?」

 「ああ、構わないよ。よろしく」


 随分と見下した視線をするものだ。まぁ、物理的にアインモンドは私よりも高い位置にいるので見下す形になるのは当然なのだが、それはそれとして[重い体を引きずって謁見してくれた皇帝に感謝しろ]とでも言いたげな視線を送ってきているのだ。

 周囲の人間達も大体同じだな。従う気も必要もまるでないが。


 私が態度を変える素振を見せないと分かると、すぐに話題を変えだした。今度は城の自慢をしたいらしい。


 「貴女も御覧になられたでしょう。いかがでしたかな?我が国の財を知らしめるジェットルース城の煌びやかな装飾は」

 「多くのドラゴン達が喜びそうな装飾だね。アレは貴方が考えたのかな?」

 「いかにも。装飾を施してからというもの、ハイ・ドラゴンの姿を見る機会が増えたという報告も受けています」


 どの程度増えたのか、正確に教える気はないらしい。

 ちなみに、私をサーディワンへと運んでくれたハイ・ドラゴン達が語っていた人間達のうざったい行動と言うのは、どうやら"ドラゴンズホール"での採掘行為が原因らしい。

 何を採掘しているかと言えば、当然ジェットルース城を装飾するための貴金属だ。

 ここ数ヶ月で急に採掘者が増えたらしい。私を運んでいる途中に彼等が教えてくれた。


 理由は明確だ。ジェットルース城の装飾の中でも割合の多かった黄金の入手が、容易ではなくなったからである。

 元々この国が、と言うよりもアインモンドが黄金をどこから手に入れていたのかと言えば、ファングダムからである。

 狙ってやったわけではないのだが、"魔獣の牙"とアインモンド達のとある計画が上手い具合に重なったのである。


 "魔獣の牙"はファングダムの地中に埋まっている黄金を取り除き、ヨームズオームを目覚めさせたかった。アインモンド達はとある計画のために黄金を含めた大量の貴金属が必要だったのだ。渡りに船だったのである。


 レオンハルトがこの国に来ていたのは、黄金の輸入量に関する交渉のためじゃないだろうか?

 こういった交渉はオリヴィエの方が向いていそうだが、大事な可愛い妹をキナ臭いと感じている国に向かわせたくはないのかもしれないな。その辺りは後で本人から聞かせてもらうとしよう。


 話を戻してハイ・ドラゴン達の目撃件数の増加についてなのだが、3%が3.1%になった程度だったりする。この事実を指摘したとしても、アインモンドがどう答えるかなどどうせわかり切っているので、話題を変えさせてもらう。


 「ある伝手から耳にしたのだけど、次期皇帝を決める催しを近い内に行うそうだね?」

 「…耳が早いですな。流石のお手並み、と言ったところですかな?」


 一瞬、アインモンドの眉が跳ねるように動く。何故、そして何時私がそれを知ったのか、理解ができないのだろう。

 当然だ。後継者を決める決闘の日時の情報は機密情報なのだから。少しでもその情報が漏洩していたとなれば、警戒を強めない理由が無いのだ。

 ただでさえ私は人知れず悪徳貴族から情報を根こそぎ引き抜いたという事例があるのだ。自分でも知らない内に自分の管理する情報を引き抜かれたのではないか、疑念を抱くには十分だろう。


 「後継者候補の方々が一対一で行う決闘です。よろしければ、ノア殿も観戦なさいますか?確か、各国の娯楽を見て回っているのでしたな?良い催し物になるかと思いますよ?」

 「へぇ、決闘の内容は観戦できるんだ」

 「まさか、一般公開はしませんとも。高貴な方々の血が流れるのですから、平民達に見せる道理はございません。観戦するのは、ごく一部の高位貴族のみとなります」

 「私もその中に入れてくれると?」

 「はい。ノア殿は大変素晴らしい眼をお持ちだと聞き及んでおります。決闘の立会人など、行っていただけないかとも愚考いたします」


 おや。まさか決闘に関わらせようとするとは思わなかったな。意図は何だ?

 アインモンドの目的は、第一皇子のジェルドスに他の兄弟を全て抹殺させることだ。

 当然、この男はジェルドスの勝利を確実にさせたいだろうから、彼に不利になるようなルールにするつもりは無いだろう。


 私が知る限り、ジョスターの子供達はその大半が兄弟達を蹴落とそうと躍起になっている。つまり、機会があるのならば、手段を問わず自分よりも皇位継承権が高い者を亡き者にしようと画策している可能性が高いのである。

 ルグナツァリオに聞かされたが、ジョージも他の兄弟からかなり疎まれているらしく、幼いころから食事に毒を盛られたり暗殺者をけしかけられたりもしたらしい。


 つまり、私にルール違反を他の後継者候補が行わないか見張って欲しいとアインモンドは言いたいのか。


 「立会人ね。引き受けても構わないけど、私に何か対価はあるのかな?」

 「対価、でございますか?」

 「私の肩書としては、例え称号があったとしても一冒険者に過ぎない。慈善事業で貴方の催しの助けをする道理はないからね」


 周囲の私を見る目が更に険しくなったな。[自分の立場が分かっているなら相応の態度を取れ]と目で語っている。勿論、従ってやるつもりは無い。

 そもそも、近衛達からしたらアインモンドからの要求に対価を求める行為それ自体が無礼に当たると考えているのだろう。


 リガロウが再び唸りそうになっているので、尻尾で撫でて宥めておこう。


 〈身の程を知らない連中ですね。姫様が視線に込められた感情に気付かないと、本気で思っているのでしょうか?〉

 〈まさか。その逆だよ。視線で私に弁えろと訴えているのさ。彼等としては、私が何者だろうと関係なく、皇帝が最上位の存在なのだろうね〉

 〈自分達の置かれている状況を分かっているんですかね?コイツ等…〉


 リガロウの疑問は、むしろ彼等が私達に向けている疑問なのだろうな。

 アインモンドの許可さえ下りれば、即座に全員全力で私に襲い掛かれる状態だ。

 その結果どうなるかなど、考えるまでも無いのだがな。


 アインモンドもそれが分かっているから近衛達をいないものとして扱っている。彼からしたら、険しい表情をしている近衛達は廊下の端に装飾として飾られている騎士鎧と、何ら変わりないのだ。


 少し考える素振をした後、アインモンドが口を開いた。


 「特別な催しを間近で観戦できるのです。それが対価では納得いきませんか?」

 「観戦を誘ったのは貴方だろう?それとは別に私に行動を要求するのだから、その対価を求めるのは当然だろう?」


 ん?アインモンドの眉が先程よりも激しく跳ねたな。まさか、私ならば快諾してくれるとでも思ったのだろうか?私のことを何だと思っているんだ。


 「がぁっ!?」


 ああ、ついに来たか。この時を待っていたのだ。

 私の態度に我慢ができずに近衛の1人が直立の姿勢を解き、武器を構えようとしたのだ。

 次の瞬間、その近衛は後方に吹き飛び、壁にめり込むことになった。勿論、命に別状はない。加減したからな。


 腕を組んだままの状態で、軽く親指を弾き、その際の空気圧を近衛に当てたのだ。指弾である。

 チバチェンシィでスラム街の子供を助ける際にも使用したが、その時の指弾とでは威力が雲泥の差だ。

 相手は少なく見積もっても大騎士相当の強さを持っているからな。あの時と比べて少し強めに打たせてもらった。


 何が起きたのか、周囲の人間達はおろか、アインモンドも理解できていないようだ。


 では、のどかな会話は終わりとしようか。


 「さて、アインモンド。私は謁見の間に来るまでに、ジェームズから貴方達のことを聞いている」

 「聞いている、とは?」

 「彼は、ここにいる者達はジョスターを含め皆、私がジョスターに対して頭を下げるつもりも遜るつもりもないことを把握していると言っていたよ。で、これはどういうことかな?」

 「どういうことか、と言いますと…?」


 この国の人間達は、どうにも自信過剰である。

 多分だが、この世界の最強種とされているドラゴン達の巣窟である大魔境"ドラゴンズホール"がすぐ近くにあり、自分達はその状況でも滅びずに生きていることが自信に繋がっているのだろう。


 ここにいる者達は、例え私が桁違いの力を持っていようとも、全員で掛かれば制圧できると考えているのだ。


 言い方が悪くなるが、分かりやすく言えば、私を舐めているのだ。

 それはこの国を、ナンディンとチバチェンシィを観光している最中に見た兵士や冒険者達、そしてハドレッドの態度で十分理解できた。


 謁見の間に到着するまでは、軽く魔力を解放して手っ取り早く実力を誇示しようかとも考えていたのだが、ジェームズから釘を刺されてしまっていたからな。

 魔力を使用しない実力行使を行える、建前を作ったのだ。


 要するに、私をこの城に呼び寄せさせたのと同じである。

 こちらから動けないのだから、向こうから先に手を出させたのである。


 「ここにいる者達は、随分と私に対して刺激的な視線を送り続けているね。皇帝も認めた相手に対して、不遜だとは思わないのかな?」

 「貴様ぁ!言わせておけぐがぁあああっ!!?」


 別の近衛が私に食って掛かっている最中に、再び指弾を放った。

 セリフを最後まで言わせるつもりは無い。彼もまた、壁にめり込ませてもらった。


 「ごらんよ。目上の者に対しての態度がなっていない。私はティゼム王国やファングダムの国主達から自分の身内にも等しい存在だと言われているにも関わらず、だ。そんな私に対して[貴様]、だってさ。コレを不遜と言わずしてなんて言えば良いのかな?」

 「……っ!」


 周囲に緊張が走しる。それと同時に、近衛達がアインモンドに意識を向ける。私を制圧する許可を求めているのだ。

 ここでアインモンドが許可を出すのならば、謁見の間の壁の至る場所に近衛達がめり込み、見るも無残なことになっていただろう。


 だが、実際は違う。


 「…大変失礼いたしました。彼等の態度が不快であったのならば、彼等をこの場から下げると致しましょう」

 「なっ!?」

 「宰相様!?お気は確かか!?」

 「臆することなどありません!我等は皇帝陛下をお守りする最強の精鋭部隊なのですぞ!?」


 アインモンドは深々と頭を下げたのである。可能な限り、この場は穏便に済ませたいのだろう。


 私もそれは同意見だ。


 「だ、そうだよ?試す?彼等に稽古をつけてあげよう」


 だから、場所を変えるとしよう。

 今後この城で快適に行動できるようにするためにも、近衛達には痛い目に遭ってもらうのだ。


 可哀想かもしれないが、自業自得な面もある。


 精々、覚悟してもらうとしよう。

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