第30話 思い出話に花が咲く

 "角熊"くんよ。流石に開口一番にそれは無いんじゃないか?

 やっぱり私は彼にかなりの恐怖を与えていたようだ。正直落ち込む。彼に初めて会った時のことを思い出すな。とにかく、誤解を解かないと。


 〈・・・すまん。冗談だ。まさか、そこまで落ち込まれるとは思わなんだ。〉

 「んぇぁあ?」


 変な声が出た。冗談?程度はともかく落ち込まれると思った?つまり?


 〈貴女が我に危害を加えるつもりが無い事は、あれからすぐに分かったのだ。その際、貴女が切り分けてくれた"死者の実"は有難くいただいた。ああも、甘美な味なのだな、"死者の実"とは。〉


 なんと。彼は私の意図に気付いてくれていたのか。ちゃんと果実も食べてくれたことだし、彼にとっても美味かった、ということなんだろう。嬉しく思う。

 それにしても"角熊"くんのしゃべり方は威厳に満ちていてカッコイイな。


 〈改めて聞きたい。貴女の目的を。我にいかような要件があるか、教えていただきたい。〉

 「君に、私と一緒に暮らさないかと、誘いに来た。」


 簡単に"角熊"くんの質問に答える。なんだか最初から好感を持たれているみたいだし、これは、いい返事が聞けるんじゃないだろうか。


 〈そうか、最近この森の強者が立て続けに一ヶ所に集まっていたのは、貴女の勧誘があったからか。彼等は、その勧誘に乗ったのだな。〉

 「君の察した通りだ。これは私の我儘だけれど、私は森の住民達と一緒に暮らしたいんだ。理由は大したことじゃないし、悪く言えば、我欲に満ちた、下らない理由ともいえるのだが。」

 〈貴女ほどの方が、随分と己を卑下した言い方をするではないか。理由を聞いても?〉


 先程から、"角熊"くんはどうにも私を敬っているようだ。

 彼に対しては、切り分けた果実を渡したぐらいだった筈だが、何か彼にとって役に立ったことがあっただろうか。

 いや、それはいい。質問に答えよう。


 「何、本当に大したものでは無いよ。私が、毛皮を持った動物が特に好きだ。というだけのことさ。そういった者達を撫でたり、体をうずめたり、頬擦りをしたり、抱きかかえたり、だね。あぁ、それと獣の肉球も気に入っている。そういったちょっと過剰になるかもしれないスキンシップを取りながら、今みたいに話をしたり、美味いものを一緒に食べたいのさ。」

 〈それで、か。我の足を掴んで離さなかったのは、そういった理由からなのか。〉


 "角熊"くんが、合点がいったと言わんばかりの声色でつぶやく。まぁ、分からないよなぁ。一応、弁明はしておこう。


 「君が、初めだったんだ。私が出会った動物は。それまでは虫の一匹すらも出会うことは無かったよ。だから、君と出会えた時は我を忘れるほど興奮してしまったよ。」

 〈虫の一匹もいないのは、それはそうだろう。この森の最奥から深部を丸ごと包み込んでしまうほどの力を突如と感じたのだ。大抵のものは、その力から逃げるように去ってしまったさ。〉


 突如として、か。そういえば、私がこの森に現れたのと、私が目覚めたのはどのくらいの差があるのだろうか。後で聞いてみよう。

 それよりも、今は勧誘だ。


 「それで、君はどうする?私と一緒に来てくれるかい?」

 〈一応、聞いておきたい。貴女は我らを集めて何か、成したい事はあるか?〉


 これまでには無かった質問をされた。成したい事か。私の述べたというのは、また別の話なのだろう。

 彼の言う成したい事、というのは森自体をどうするか。といった所か。


 「質問を質問で返してすまないが、君は、結構前に、森全体に振り続けた雨を覚えているかい?」

 〈無論。そして、貴女の放った光によって我々森の民が、救われたことも。〉


 あぁ、ウルミラだけでなく、"角熊"くんも、私があの雨雲を消し飛ばしたことを理解していたのか。だから、自分達を救った私を敬っていたのか。

 確かに、彼と出会った頃はエネルギーを認識していなかったから、出しっぱなしだったものな。そのエネルギーを直視した彼なら、分からない筈がないか。


 「実は、あの雨雲を消し飛ばした際に、結構な範囲の樹木を巻き込んでしまってね。大きな広場が出来上がっている。その場所には、私の家と、それまでに私が寝床としていた場所まで引っ張ってきていた水を、今の家の近くにも引いて来ている。」

 〈なかなか住みやすそうな環境だな。〉


 説明途中ではあるが、"角熊"くんが相槌を入れる。彼は私の住まいに対して、多少なりとも興味があるようだ。


 「実際、住みやすい環境を目指しているからね。さて、ここまで来てようやく君の質問の答えとなるが、これも大したことではない。私が作ってしまった広場に私達が快適に暮らせる環境を築き上げる。それが、今、私が思いつく成し遂げたい事だよ。」

 〈クククッ・・・。快適に暮らせる環境ときたか。それには、貴女の述べていた"美味いもの"を用意することも含まれるのかな?〉


 楽しそうだな。"角熊"くん。"美味いもの"を用意する、か。確かに、快適な環境、幸せを感じる環境に美味い食事は必要かもしれない。

 力を抑えていても相変わらず、私に排泄の欲求が未だに来ないあたり、私の場合は味覚を満足させれば、それでいいかもしれない。

 だが、他の子達はそうもいかないだろうね。

 それに、いくら果実が美味いからと言ってそれしか食べられていないというのも問題だろう。


 「もちろん。可能な限り、沢山の美味いものを手に入れるつもりだとも。実のところ、私が食べたことがあるものは君達が"死者の実"と呼ぶ果実と、この川に流れる魚だけだったりするんだ。ちなみに、君に初めて出会ったときはまだ魚を食べたことが無かった。」

 〈グッハッハッハッ!!つまり、貴女はあの時、完全に善意で我に美味いものを提供しただけだったのか!ハハハハハっ!!これは笑える!!貴女が立ち去るまで、それを知ることが出来なかった自分の愚かさが、あまりにも滑稽だ!!〉


 "角熊"くんが爆笑している。その声色には安堵が感じられる。

 まぁ、今となっては、笑い話に出来る内容か。こうして、お互いの意思を確認できているのだから。


 「私が言うのも何だが、あまり自分を卑下するものでは無いよ。あの時は仕方が無かっただろうさ。後になって森の住民達ではあの果実の外果皮を破壊できないと知ったからね。」

 〈あの時ほど、死を覚悟したことは無かったよ!"死者の実"すら容易に噛み切ったその牙で、我も食いちぎられるのか、と恐怖したものだ!そうかと思えば、今度は美しい断面を見せるほど、見事に真っ二つに切り裂いたのだ!我はバラバラにされてから食われるのだ、と絶望したよ!〉


 "角熊"くんは笑いながら答える。よほど、不必要に怖がっていた自分が可笑しくて仕方が無いのだろう。

 まだあれからさほど時間がたっていないように筈だが、とても懐かしく思えるな。


 「あの時君の見せた絶望した表情と言ったら、私の方が絶望を味わった気分だったよ。悲しみのあまり、思いっきり泣き叫んでやろうかと思ったぐらいだ。」

 〈・・・よ、良く想い踏みとどまってくれたな・・・。それが実行されていたら、尋常じゃない被害が森に出ていたのでは・・・?〉

 「間違いないね。ここだけの話、君と出会う前に盛大にクシャミをしたことがあったんだが、結構なクレーターが出来ていたよ。」

 〈・・・我等を撫でるのも、抱きつくのも構わないが、その時にクシャミだけはしてくれるなよ?〉


 そんなに前の事でもない過去の出来事を懐かしく思いながら、"角熊"くんと会話を弾ませる。

 高々十数日程度の記憶しかない私が言っても、説得力が無いかもしれないが、こうして思い出話で笑い合えるというのは、実に幸せなことではないだろうか。


 〈遅くなったが、貴女の問いに答えよう・・・。是非とも、我をあなたの配下にしていただきたい。貴女が、自分の場所を留守にする際には、我が力で貴女の帰る場所を守護しよう。〉

 「誘いを受けてくれてありがとう。君に名前を付けて良いかな。私と一緒にいてくれる子達には皆、名前を付けているんだ。それと、今更ではあるが、私の名前は"ノア"だよ。」


 "角熊"くんは本当にカッコイイな。セリフ回しならラビックもカッコイイけれど、あの子は外見が、"角熊"くんとは比較にならないくらいに可愛らしいからな。

 とりあえず、今更ながらに自己紹介しておく。


 〈ノア様。我が主よ。願っても無い事だ。是非とも、我に名を与えていただきたい。〉

 「うん。君の名は"ホーディ"。君と思い出話をしていたころからそう呼ぼうと思っていたよ。」

 〈"ホーディ"、か・・・。悪くない。感謝する。我が主よ。〉


 ホーディが自分の名前を受け入れる。


さて、普段なら、ここで果実を切り分けてレイブラン達とも一緒に食べてから、跳んで家に帰るわけだけれども、ホーディはとても巨大だ。どうするべきだろう。

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