第390話 遊びながらの談笑

 フロドとチャトゥーガを始めて1時間。これで3戦目になるのだが、彼はこの対戦を終えても、まだ対戦を続けるつもりらしい。そういう表情をしている。

 なお、先の対局は2戦とも私が勝利を治めさせてもらった。


 1分近く熟考した後、自信ありげにフロドが駒を動かす。


 「……これなら、どう来るかな?」

 「では、ここに」

 「っ!?うぅ…むむむ……!」


 フロドが駒を動かした直後、私が間を置かずに駒を動かす。

 すぐさま手番が帰ってきてしまったことに驚くとともに、再びフロドは次の手を打つために頭を回転させる。


 このチャトゥーガと言うゲーム。いや、このゲームだけに限らず、手番が交互に変わるゲームは、いかに頭の回転が速いかでかなり優劣が変わってくるな。


 別に私は考え無しに駒を動かしているわけではない。

 フロドがどういった手を打つのか、私が打った手にどう返すのか。それらを考える時間は、フロドが考えている最中に行えるのだ。

 ここまでの対局で、私の手番で考えに浸った時間は10秒にも満たない。


 フロドも最初から私に勝てるとは思っていなかったようで、最初の対局で決着がついた時も、それほど悔しそうにはしていなかった。


 「ぬ、ぬぅ…。ここを…あ、いや待て…こっちは…む、これも駄目だ…」


 駒を動かそうとフロドが手を伸ばすが、その手は途中で止まる。どの駒をどこに動かすべきか、決めかねているようだ。

 そうして悩んでいる時間は、そのまま私の考える時間となる。彼もそれは理解しているのだろうが、だからと言って思考速度を速めることはできない。


 …面白いゲームだとは思うが、同時に少し物足りなさを感じるな。

 マス目が64マス、駒の数はそれぞれ16個で役割は6つ。そうパターン数は約10 120通りだ。私ならば、やろうと思えば全てのパターンを把握することが可能である。

 それをやった場合、このゲームで負けることはほぼないと言っていいだろう。

 私が負ける可能性があるのなら、私の注意や動揺を誘って、誤った選択をさせるぐらいか。


 フロドの決心がついたようだ。魔力を送り、駒を操作する。

 今更な話だが、このゲームは直接駒には触れず、盤面である紙に魔力を送ることで、動かしたい駒を操作させる。

 そうすると、最初に紙の上で整列して見せたように指定した配置に駒がひとりでに移動してくれるのだ。


 勿論、全てのチャトゥーガの駒や盤面がこういった機能を持っているわけではない。あくまでもこれは、趣向品としてこういった機能を付けただけである。

 ルールは同じなのだ。やろうと思えば印をつけた石ころを駒に見立てて遊ぶこともできるだろう。


 フロドの魔力に反応して駒が動き、手にした武器で私の駒を攻撃する。攻撃されて倒れた駒は、そのまま盤面の外へと移動していく。


 では、フロドが駒を動かしてくれたおかげで道ができたので、そこから攻めさせてもらうとしよう。


 「ぐぅっ!?さ、流石だね…。これでもチャトゥーガには自信があったのだけどねぇ…」

 「実際、エンカフとはいい勝負をしているのだろう?彼は頭の回転が非常に速いようだし、誇れることだと思うよ?まぁ、私の場合は情報処理能力が違い過ぎるということで納得してもらいたい」

 「どうやらそのようだね…。そんな貴女は、息子のことをどう思ったかな?」


 おや、ここで身内の話をしだすのか。

 フロドの言う息子というのは、フィリップのことで間違いないだろうな。彼以外にも王子はいるが、まともに話をしたことがないし。


 例え父親であるフロドの前とは言え、正直にフィリップの評価を口に出すつもりは無い。彼の秘密は口外しないと約束しているからな。

 フロドが真実を知ることがあるとすれば、それはフィリップの口から直接語られた時のみじゃないだろうか?


 「話に聞くほど、禄でもない人間には見えなかったね。これはリナーシェのおかげかな?」

 「そうだろうね。結婚してからというもの、彼女は常に息子の傍にいてくれてね。そのおかげで、下手なことができなくなっているようだよ。まるで、息子を何かから守ってくれているかのようにも見える。ありがたいことだ」


 やはり、フロドは私が思った通り、フィリップの本質に気付いているようだな。

 チャトゥーガはついでなのだろう。話の本題は、フィリップのことについてで間違いなさそうだ。


 次の一手を考えながらも、フィリップについて語る口は止まらない。元から何を話すのかは決めていたのだろう。

 それにしたって、別のことを考えながら言葉を口にするのは、人間からしたら相当器用なことだとは思うが。


 「周りの者達は息子を色々と言っているし、下の子供達まで蔑んでいる始末だ。だが、私は息子が幼い頃を知っている。とても利発的で、将来を任せられると確信した、あの時の息子を」

 「人は変わる生き物だろう?何か衝撃的なことが起きて、変わってしまったとは考えないの?」


 フィリップが利発的な行動をとっていたのは、彼が8才の頃までだ。かけがえのない友人を失って以降、彼は王位継承権を失うために、暗愚であろうとした。ある意味では、変わってしまったと言えなくもない。


 「私にはそうは見えなかった。時折見せる息子のあの瞳には、強い意志を感じられたんだ。何者かの思惑を砕こうとする、強い意志を」

 「フロドは、今もフィリップに王位を継がせるにふさわしい人物だと思っているんだね」

 「そうだね。だから私は、息子の評価が地に落ちようとも王位を継ぐことに文句を言われない方法を考えた」

 「それがリナーシェだったわけだ。フロドは随分と前からリナーシェのことを知っていたみたいだね?」


 最初から、リナーシェが超がつくほどの武闘派であり、武術の達人であることを知っていたのだろう。

 彼女ほどの武力を持ちながらも我が強く、それでいて善良な性格ともなれば、誰も文句を言えなくなると思ったのだろうな。実際、その通りにことが進んだわけだし。


 「ああ、知っていたよ。あれは今から5年ほど前になるか…。外交でファングダムに訪れた際、たまたま彼女が訓練場で鍛錬しているところを見かけてね。一目見て、彼女ならば息子をあの頃の姿に戻してくれる、そう思ったよ。まぁ、そのすぐ後に物凄い勢いで部下に部屋へ連れ戻されたのだけどね」


 無断で城内を出歩いていたらしい。それは連れ戻されても文句は言えないな。だが、そのおかげで今の2人があるわけだから、分からないものだ。

 それにしても、フロドも随分と強気な行動をとったものだ。


 5年前ならばファングダムもまだ経済的にかなり余裕があった筈だ。評判の悪い自分の息子に長女を嫁に欲しいと良く言えたな?


 「はっはっは、リナーシェはレオナルド王から見ても元気過ぎる姫だったようでね。嫁の貰い手に悩んでいたのだよ」

 「それでも、彼女がフィリップを気に入らなかったらすべてご破算だろう?彼女ならばフィリップを気に入るという確信でもあったの?」

 「いやぁ、コレが信じてもらえるかどうか分からないのだけど、あの時ファングダムに発つ前に、ウチの巫覡から[訓練場]とだけ告げられてね。これも神々の思し召しなのかと思って、思い切ってしまったよ」


 なるほど。

 つまり、フィリップの祈りはルグナツァリオにしっかりと届いていたわけだ。

 リナーシェならばフィリップを助けられると分かっていたから、彼女の姿がフロドの眼に止まるように言葉を送ったと言うことだな。


 多分、可能な限り人間達の手で解決させたかったからだろうが、随分と回りくどいことをするものだ。

 尤も、当時は五大神も裏で暗躍する組織があることは分かってはいたものの、アグレイシアにまで答えが辿り着いていなかったからな。

 そこまで深刻な事態だと思っていなかったのだろうし、思いたくもなかったのかもしれない。


 だが、今は違う。

 この城で起きた認識されない騒動の発端が、この星、この世界に起因したものではないと判明したのだ。

 まぁ、相変わらず直接動くことはしないようだが。

 この星の一大事なのだから、もう少し大きく干渉しても良いような気もするのだが…。


 それは、この星で生まれた私だからそう言えるだけなのかもしれない。

 詳しくは知らないが、五大神もかつてはこの星とは別の、遠く離れた星から来た存在なのだ。

 変なところで卑屈な部分のあるルグナツァリオならば、自分達のことをある種の侵略者と考えていてもおかしくはない。


 被害を被るのは彼等が生み出した命の子孫達なのだから、遠慮する必要はないと私は思うのだがな。

 この辺りのことは、今回の旅行から帰る時にでもルグナツァリオとじっくりと話をさせてもらおう。リガロウにも彼の姿を見せてやりたいしな。


 フロドの駒が動く。会話をしながらも、思考はしっかりとチャトゥーガにも向けられていたようだ。

 とは言え、それは私も同じだ。

 再び間を置かずに私の駒が動き、フロドは苦笑いをしている。


 「もしかして、『姫君』は全ての盤面を把握しているのかい?」

 「やろうと思えばできなくはないだろうけどね。今は、貴方が考えている間に私も考えさせてもらっているだけだよ」

 「まいったね。考えれば考えるほど不利になるのか…」


 そう言って悩みながら思索に耽るフロドの表情は、何処か楽しげだ。勝つことを目的としているわけではないな。

 多分だが、これはリアスエクと同じか。

 格上の相手と対局することで、自分を鍛えようというのだ。


 理由は勿論、エンカフとの対局の勝率を高めるためだろう。ついでとは言え、あわよくばというヤツだ。


 「フロドは、私にどうしてほしいのかな?フィリップの話をすると言うことは、彼を助けてやってほしい、と言うことで良いのかな?」

 「…そのつもりではあったのだけどね…。いざあなたのことを目にすれば、これ以上なく怯えだすし、かと思えば夕食時にはそのような気配はなくなっていたりと…。リナーシェは何も言っていないけれど、貴女は既に息子を助けてくれたようだ。その礼を、伝えたかった…」


 そう語り、フロドは駒を動かしながら頭を下げる。

 フィリップは幸せ者じゃないだろうか?これほどまでに息子を思ってくれる父親というのも、そうはいないと思うのだ。


 フロドからしたら当然のことなのかもしれないが、多分クレスレイ辺りは息子のクリストファーがフィリップと同じことをしていた場合、普通に見限ると思うのだ。というか、それが普通の国王ではないだろうか?


 だがそうなって来ると、フィリップの話もあくまでついでだったと言うことになるな。彼が夜に一対一で話がしたいと言ったのは謁見の時。私に対するフィリップの様子が変化する前なのだ。


 だとすると、やはり不埒な貴族に制裁を与えたことぐらいしか思い当たる節は無いな。フィリップもそのことに関して言及していたし。


 やはり、文句の一つでも言われるのだろうか?

 ああ、そうだ。こうして一対一で会話をしているのだから、ミシュガ=ブルーガスの不正の証拠を此処で渡してしまおう。有効活用してくれる筈だ。


 「フロド。話題を変えても良いかな?貴方に渡したいものがあるんだ」

 「渡したい物?うん、まぁ、私もそろそろ別の話をするつもりだったから問題無いけれど、何を渡してくれるのかな?」


 フロドから、若干の警戒が見て取れる。厄介事でも押し付けられるのではないかと思っているようだ。


 まぁ、ある意味では厄介事だな。

 一人の貴族の不正の数々の証拠なのだ。いきなり国王にこんなものを渡しても余計な仕事が増えるだけである。

 本当ならばこの国の治安組織の長に出も渡せばいいのだろうが、こうして国の最高権力者と会話をしているわけだしな。手っ取り早いのだ。


 『収納』からミシュガの不正の証拠を取り出し、フロドへと渡す。


 「私が制裁を加えたミシュガ=ブルーガスは、結構な悪党だったようでね。コレは、その証拠だよ」

 「…やはりアレ等は、貴女がやったことだったか…。三家同時に起きたことだからね。大騒ぎになっていたよ。ああ、証拠はありがたく受け取ろう。有効に活用させてもらうね」


 口には出していないが、フロドからは若干の非難の感情が込められている。

 私が思っていた以上に大事になっていたようだな。

 新聞にも載ってはいたが、それほど大きく取り上げられていなかったため大した事ではないと思っていたが、権力者からすれば大事も大事だったようだ。


 まぁ、フロドもミシュガの悪事に関しては目を付けていたらしい。

 迷わず証拠を受け取り、そのまま机に置いている。彼は『格納』を使用できるわけではないようだな。


 「チラッと目に入ったが、デヴィッケンともいくつか不正な取引をしていたようだね。コレでようやくあの男を排除できそうだ。重ね重ね、礼を言うよ。ありがとう」

 「どういたしまして。やっぱり、デヴィッケンってフロドからしたら厄介者だったの?」

 「それはそうだろう。貴女には通用しないだろうけど、アレの使用する魔法はなかなかに厄介でね…」


 デヴィッケンの魔法。自分に対する疑いを取り除き、加えて自分を信用させる、感情に作用させる魔法だったな。

 意思の強さやデヴィッケンに対する感情によって効果は変動するが、あの魔法のおかげで、あの男は好き放題やってこれたのだ。


 そのせいででフロドもかなり頭を悩まされたらしい。

 そんな男を排除できるとあって、随分と晴れやかな気分になっているようだな。

 だが、その晴れやかな気分はすぐに鳴りを潜め、彼は再び非難の感情を私に向けてきた。


 「証拠はありがたく受け取るけどね、それでも文句の一つぐらいは言わせてもらうよ?大体の事情はすぐに把握できたけれど、あの一件で高位貴族達が貴女に対して酷く怯えるようになってしまったんだ」

 「…貴族達の間では、私のやったことだってバレてる?」

 「全員ではないけどね。まぁ、憶測でしかないけれど、あんなことができるのは貴女しかいないだろうし、あの三家が何をしようとしていたのかも、貴女に怯えた者達は知っていたからねぇ…」


 少し派手にやり過ぎたのだろうか?だがまぁ、憶測でしかないというのなら、憶測のままでいてもらおう。

 おそらくフロドがパレードを行って私を迎え入れ、こうして城に宿泊してもらうのも、私に対する印象を少しでも良くするためなのだろう。


 目に余るほどの悪行を行うでも無ければ危害は無い。

 そのように私に対して怯えてしまった高位貴族達に伝えたいのだろうな。 

 迷惑を掛けてしまったようだし、ここは素直に謝っておこう。


 尤も、今後も似たようなことがあったら同じことを私はするだろうがな。


 その時は、フロドのような立場の者には事前に通達しておくようにしよう。

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